◆September Blue Moon◆
達哉のすらりとした長身が、月影に照らされて長い影をつくる。満月の光の下、うす青い闇にややうつむき加減の達哉の顔は僕からは伺えない。
ねぇ達哉、何があったの?
こんな深夜にいきなり僕を連れてバイクを走らせるなんてどうしたの?
心の中でそう問いかけるけど、達哉は僕に背を向けてうつむいたまま。
時折り目を上げてどこまでも続くみたいなまっすぐな道の先をじっと見つめている。そうしているかと思うと、いきなり側にあった空き缶をおもいっきり蹴飛ばした。空き缶を蹴っている達哉のシルエットが、にぶい銀色に輝くアスファルトをくっきりと黒く切り取る。
僕はそんな達哉の後姿を、達哉から少し離れた所でガードレールに座って、見てる。
何があったのか知らないけど、達哉が迷ってたりとか、後悔してるんじゃないか、とか、そういう苦しくて悲しい気持ちでいることはさっきからの達哉の態度や表情でわかる。
ねぇ達哉、真夜中にいきなり電話をかけてきて「今から行く」なんて勝手な事言って僕の返事もまたずに強引に連れ出してどういうつもりなんだい? 何の説明も無しに僕を乗せたままバイク飛ばしてきたのは蝸牛山の山道。アスファルトで綺麗に舗装された道は、真夜中の時間誰も通る人なんかいなくて、僕は闇の中で達哉にしがみつきながら闇を照らすヘッドライトの光をじっと見てた。
君の体温は心地よかったけど、誰もいない道をバイクの音と風を切る音だけを聞いて君と二人で行くのも心地良かったけど。
ねぇ達哉、何があったんだい?
いきなり山道の途中でバイクを止めるけど、君は僕に何の説明もなしだ。
いちおう自分の行動が強引だってことは自覚してるのか、少し困ったような目をして一言だけ「ごめん」と言ったっきり、後は僕をほっといて一人で自分の世界に没頭している。
ジーンズのポケットに手を入れて空を見上げてため息をついたり、やり切れなさそうな目をして頭を振ったり。
話しかけたら壊れてしまいそうで、僕も達哉に声をかけずにガードレールに腰掛けている。
大丈夫、何があったのかは知らないけど、君が僕に側にいて欲しいって事は判ってるよ。
僕はここで君の事待ってるから、気が済んだなら隣に来てくれるかい?
君がなんでも一人で抱え込んでしまって、考える事がいっぱいあるって事は知ってるよ。みんなの信頼に応えようとして一生懸命悩んだり苦しんだりしてるのも知ってる。自分だって大変なのに、僕が犯した罪の重さにつぶれそうになった時も君は支えてくれた。君は優しいから、僕達はつい君に頼ってしまうんだ。でも、一人だけで苦しまないで、君が悲しい時は、僕達に頼って欲しいんだよ。僕はそう思ってじっと達哉を見つめた。
一人でふさぎこんでる達哉を、9月の青い月が照らす。
ふと僕の頬を、涼しい風が通って行った。もう夏が終わるんだ。とそう思うと、なにか一抹の寂しさが僕の胸をよぎる。
ねぇ達哉、過ぎた夏の日々に、悲しい事考えてしまったの?
本当に色々あって、辛くて、悲しい事も多かったし、厳しい状況は今も変わらなくて、将来がどうなるかもわからなくてとても不安だけど。僕は君を見つけて、君は僕を選んでくれた。君が悲しい時に、側にいて欲しいのが僕だってうぬぼれても良いかい?
やがて、何か吹っ切れたかそうでないのかは判らなかったけど、達哉が僕の隣に来てガードレールに腰掛けた。でも、僕に話しかけようとはせずにうつむいて靴先でアスファルトの砂をじゃりじゃり言わせている。
「達哉」
僕がそう話しかけると、達哉がうつむいた顔を上げて僕を見た。
君が少し悲しい光の宿った子供のような目で僕を見るから、9月の青い月みたいに君があんまりセンチで魅力的だから。
僕はちょっとだけ笑って君にキスをした。
ずっと見ているから、これ以上沈まないで。
僕でよければ近くにいるよ。
来た時とは少し違って、帰り道では達哉はゆっくりバイクを走らせた。僕が達哉に頼んでセブンイレブンの前で降ろしてもらい、気分転換に二人で用も無いのに店内を冷やかす事にする。店内を一回りしながら僕が変な冗談を言うと、ふさぎこんでいた達哉の口元が少し緩む。簡単な買い物をして眠そうなレジスターの前を通りすぎ、自動ドアを出た瞬間にふとまた秋の風が僕の頬をなでた。自動ドアが呼んで来た秋の風がまたほんの少し僕の胸を締め付けて、僕は目を細める。店を出て達哉のバイクの元に戻った時、タイミング良く目の前の信号が変わって、街角を赤から青に染めるのが見えた。
達哉を慰めようとしても変な冗談しか言えなかったけど、達哉の表情がさっきとは微妙に変わったのが判った。よかった。すこし元気出たみたいだ。達哉が元気が出たみたいなので、僕の方が嬉しくなって、優しくなった達哉の目を見上げた。
「帰ろう」
僕が子供みたいにそう言って催促すると、達哉が笑って頷いた。
元気が出たかい? 少しは気分も変わったら、二人でいつものようにうちに帰ろう。
僕は君の後をゆっくり追いかけて歩いて行くよ。僕と君との二人だけの道を。
ずっと君と手をつないでいたいから、僕で良かったらそばにいるよ。9月の青い月みたいに魅力的な君をずっと見ているから、どうかこれ以上沈まないで。
そう祈るように思って達哉を見ると、達哉が僕を見ているのに気がついた。僕が達哉に気がついたのを見ると、達哉の手が伸びてきてそっと僕のあごを上向けた。達哉の手に素直に従いながら、達哉の顔が近づいてくるのが、ゆっくり目を閉じる前に見え、目を閉じて達哉が見えなくなったら、今度は達哉の唇が僕に触れてきて達哉を感じる。
君とずっと一緒にいたいから、僕は君の後をゆっくり追いかけて歩いて行くよ。
ENDE
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