女神の足枷
夜空に冴え冴えと光っている初秋の月がレオを濡らす。月はあたりの星の光を無慈悲にかき消し、天空の女王として君臨している。
レオが赤い独眼で月を見ながら、あの人のことを想う。美しく気高い彼の女神の事を。
レオの名を呼んでくれるときのやさしい微笑を、初めて女神と運命の出会いを遂げた彼の救いの日を。
思い出すとレオの心は幸せで満たされる。時折見せる悲しげな瞳と、周防達哉への恨みと想いの狭間で身を焦がす女神を見ると、レオの心には女神の苦しみを取り除いて差し上げたいという想いと、女神を苦しませる者への怒りが募る。
レオの忠誠と愛を一身に受ける女神もこの月を見ているのだろうか? ただし……女神が想うのはレオのことではあるまい。それでもレオは自分の存在のすべてを女神に捧げる。
コンコン……というノックの音でレオがはっと我に返る。思考を中断された不快を露にしながら音のしたほうを振り返った。
「お前か……何の用だ?」
レオの部屋を訪れたのは銀次であった。半開きのドアから少し身を乗り出し、よく見えないが手には何か持っているようだ。
「今宵は月がきれいだ。月を肴にジョーカー様のことでも話しながら飲み明かそうかと思ってね」
言っている内容もその口調もキザなところが銀次らしいが、レオはそういうところが気に入らないのか、銀次自体が気に入らないのかそっけなくあしらう。銀次もそこは心得ていてちゃんとレオをつるえさを用意しているのだ。
「何で俺がお前と飲み明かさねばならんのだ……」
「まあそう言うなよ。お前もこれを見たら気が変わるぞ?」
銀次がそう言うと、手に持っていた日本酒の一升瓶を軽く持ち上げて見せた。貼られていたラベルを見てレオの目の色が変わる。すべては銀次の思惑通り。
「よこせ」
そう言って銀次の手から一升瓶をもぎ取ると、月のよく見える窓辺にどっかりとあぐらをかいて座り込む。
「私もいるんだからせめてコップぐらい使ってくれ……」
銀次が苦笑しながらレオの隣に腰を下ろし、コップを手渡した。
「何か酒の肴が欲しいところだな……。ん? お前、あれはなんだ?」
どうせこの男の部屋にはろくなものがないだろうと半ばあきらめかけて銀次が部屋を見回す。と、テーブルの上に置かれたものに目ざとく気がついた。
「あ、あれはっ! 見るな、気にするな!」
レオがすごい早さと勢いで飛び出し、慌てて銀次からテーブルが見えないように自分の体でさえぎる。
「シフォンケーキ……じゃないのか? 手作りか? 美味そうだなァ」
「やめろ! 俺がジョーカー様からいただいた物だ!!」
「酒を飲んだら甘いものが食べたくなるよなぁ……」
銀次がわざとらしくそう言うと、意味ありげにケーキをちらりと見る。明らかにケーキを狙っているように見える銀次の不穏な空気を感じて危険を察したのか、レオが慌ててテーブルの上のシフォンケーキを一気に全部口の中に詰め込んだ。
「…………おまえ、かわいいな」
銀次が半ばあきれたような目でレオを見た。レオの鬼神のように恐ろしいかと思えば子供みたいな行動をするギャップが銀次は好きだ。
「うふはい!(うるさい!)」
レオが口の中をいっぱいにして不明瞭な発音で叫び返す。何を言っているのかは判らないが、勢いと雰囲気で言いたいことは判る。レオの反応があまりに面白かったので、銀次がいたずら心を出した。
「そういえば、おまえ糸切り歯とがってるよな、牙みたいだな」
「何が言いたい!」
「いや、別に」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
単純なレオが想像通り不機嫌に怒ったので、銀次がこらえ切れないというようにクックックと体を震わせて笑う。一応これ以上レオを怒らせない様に隠しているつもりなのだが、体の震えから笑っていることは一目瞭然であった。
「おまえもう帰れ!」
「わかった、わかった、私が悪かったよ。もうからかわないから一緒に飲もうじゃないか」
「月が……」
「ああ?」
「今宵はいっそう月が……きれいだな。と思ってね」
キザったらしくそう言った銀次をレオが胡散臭げに一瞥をくれただけで無視する。
カッコつけの銀次と単純馬鹿のレオ。お互い合い入れない二人が時々一緒にいるようになったのはいつからだろうか?
「おまえの思ってることを当てようか?」
レオに無視された銀次がふとそんなことを言い出した。レオが馬鹿にしたように先を促す。銀次がレオのきつい態度に全然動じてないあたりがこの二人の中の秘訣のようだ。
「なんだ? 言ってみろ」
判る訳がない。銀次の馬鹿は何をほざいているんだ? とそう思いこんでいる口調。
「月よりもジョーカー様のほうが美しい……」
銀次がレオの方を見てからかうように、わざとキザに言ってみせた。銀次の方も所詮レオの考える事なんてこのくらいでしかあるまいと確信している。果たして正しいのはどちらの方なのだろうか?
「お、おまえ、何で!」
レオが飲みこみかけた酒を噴き出した。正しいのは銀次の方だったようだ。レオが信じられないといった顔で銀次に向き直る。
「図星か……。おまえの考えてることぐらいわかるさ。おまえが好きだからな」
大げさに肩をひそめて、自分の方を向き直ったレオに顔を近づけ、問題発言をさらりと言う。
「ばかばかしい……貴様のたわごとに付き合ってられるか」
銀次を全く相手にせずにレオが鼻で笑い、コップの酒を一気にあけた。または相手にしてないフリ……かもしれないが。
かわされた銀次が「残念!」といった風に軽く肩をすくめ、かわされた腹いせか意地悪そうにレオに言った。
「おまえ、隣にいるのが私じゃなくてジョーカー様だったら良いと思ってるだろ?」
「当たり前だ」
相変わらず不機嫌そうなレオが間髪おかずに即答する。全く、隣にいるのがこんな男ではなくてジョーカー様ならば、どんなに天にも上る心地であろうか?
「私だってかわいい女の子の方が良い」
しみじみと銀次もそう言う。リサ・シルバーマンに振られてから彼は絶不調で最近とんとかわいい女の子に縁がない。それを知っているレオが馬鹿にして侮蔑の言葉を吐き出す。
「ロリコン野郎」
「電波野郎」
仮面党の筆頭とナンバー2の低レベルの悪口の応酬の後、銀次が同情を引くように、または厭味ったらしく悲しそうにしみじみと嘆いて見せた。さりげなくレオにアプローチしているあたりたちが悪い。
「なのに何でこんなかわいくないやつを好きになったもんだか」
「さっきから何なんだ! 新手の嫌がらせか?」
レオがさっきからの銀次の「愛の告白」に耐えきれず堪忍袋の緒が切れたのかイライラして噛み付きそうに吼えた。
「酔ってるからな。許せ」
自分から仕掛けたくせに銀次が笑ってあっさりとかわす。仮面党員を心底震え上がらせるレオの怒りも、銀次にとってはあつかいを心得ている愛しい単純男が何か吼えてるな。といった程度でしかないのかもしれない。
「ジョーカー様か……」
不意に銀次が何かを思い出すように遠くを見ながら小さくつぶやく。耳ざとくそれを聞いたレオが再び今まで以上に不機嫌そうにコップをあけた。
「…………」
「おまえ、自分以外のやつがジョーカー様の名前を呼ぶのも嫌なのか?」
「……嫌だ」
正直にレオが答える。嫌なものは嫌だと言うここら辺の正直さはレオの長所かもしれない。彼は自分の欲しいものを知っている。銀次がそれを聞いて嫉妬か対抗心か、張り合うように言い返す。
「おまえだけのジョーカー様じゃないぞ。私だって前時代的でばかばかしいかもしれないが、ジョーカー様に忠誠を誓っている」
「そんなこと判っている! 俺だってそうだ! あの方のためなら、命さえも惜しくない!」
むきになって言い返すレオに銀次がまた意地悪そうに嫌味を言った。レオをいじめてその反応を見るのが銀次の最近の趣味らしい。
「……その熱意は認めるが、おまえの場合思いこみから来る勝手な行動が多いからなァ。私は違うぞ。自分で言うのもなんだが、ジョーカー様に一番忠実なのは私だ。でもな……」
ふと銀次が射るような真剣な瞳でレオを見つめる。
「おまえのその暴走的で勝手な行動こそがジョーカー様には必要なのかもしれんと最近思ってな」
「どういうことだ?」
レオがいぶかしげに銀次に問い返す。今までの軽い調子の銀次などどうでもよいが、今ふと見せた銀次のその真剣な瞳の訳を知りたい。
「ジョーカー様にただ従うだけではだめになるって事さ」
「わからん」
わざとなのかそうでないのか、銀次が核心だけを言葉にする。説明がないのにレオが不満そうに鼻を鳴らした。銀次がそんなレオをちらりと見て、さらにレオを困惑させる言葉を口にする。
「遠からず私は死ぬだろう。もちろんおまえもだ」
「死ぬ……だと?」
銀二は直接には答えずに、まぶしそうに月を見て目を細めた。
「その時ジョーカー様がどうなるかはわからんが、とにかく我々もジョーカー様も滅びへの道を歩いている。ジョーカー様は正しくない道を歩んでいる。少なくともジョーカー様にとっては、今の道が正しいとは思えない。ま、橿原さんが私達はともかくジョーカー様を見捨てる訳はないと思うがね」
そう言うとレオの反応を見るようにいったん言葉を切った。レオは無言で銀次の次の言葉を待っている。銀次が再び口を開いた。
「私は、おまえにならジョーカー様の道を正すことができるのではないかと思っていたんだ。ジョーカー様の幸せは、仮面党の成功とは別のところにある。いや、仮面党の成功はジョーカー様を不幸に追いやるとしか思えんのだよ」
「…………」
何を思っているのかレオの表情からは察することができない。
「おまえになら、おまえのその暴走した行動力ならジョーカー様をここからさらって逃げることができるのではないかと思っていた。でも、駄目だ。私もおまえもジョーカー様に心酔しすぎて逆らうことができない。ジョーカー様が死ねと言ったら、喜んで死ぬ、ジョーカー様が共に滅びの道を歩んでくれと言ったら喜んで従う……」
誇らしげに、切なげに銀次がそう言うと、レオが唸るようにつぶやいた。
「俺はジョーカー様と共に死ねるなら本望だ」
それを聞いて銀次が少し悲しそうに首を振る。
「それがだめなんだ……。ジョーカー様が間違っていると、修羅の道を歩まれていると知っていてもそれに従ってしまう私たちのような人間ではだめなのだよ。ジョーカー様の意思に逆らってもその道を矯正できるような人間じゃないとだめなのだ」
恐らくそれは、修羅の道からジョーカー様を救い出せるのは周防達哉しかいないのだろう。早くジョーカー様が周防達哉と出会うといい。そう銀次は思った。しかし、その時はジョーカーが仮面党を、自分を裏切る事に他ならない。その時が来るのが早くなれば良いのか、ずっとこなければ良いと思うのか、銀次の心が複雑に揺れ動く。
「ただ……シャドウならあるいはそれができるかもしれない」
ぽつりとそう一言だけつぶやく。
「シャドウか……確かにあいつらは俺たちみたいにジョーカー様を崇拝していない。そこが良いと言うのか? あいつらはジョーカー様を自分がのし上がる道具としか思っていないぞ! そんな奴らがジョーカー様を救えると言うのか!」
レオはシャドウへの対抗心や不快感を激しく剥き出しにしながら叫んだ。ただでさえ奴らは気に入らないのに、シャドウ達はそんな神経を逆なでするように仮面党幹部を無能呼ばわりし、馬鹿にすることはなはなだしかった。
「周防達哉のシャドウを見てみろ……。あの眼は私たちと同じ、ジョーカー様を愛している目さ。あいつならジョーカー様をさらってここから逃げるかもしれん、救えるかもしれんな……」
銀次もそんな思いを抱いているはずだったが、それをおくびにも出さずに、淡々とレオを悟すようにゆっくり言葉を口にした。気に入らないが、周防達哉のシャドウはレオや私と同類だ。ジョーカー様を救いたいという思いでは一致しているに違いないのだ。と思う。
「俺は認めん! 絶対に認めんぞ!」
感情的になってレオが叫んだ。ジョーカー様を苦しめる張本人である周防達哉のシャドウなど認めるものか。あいつはジョーカー様を苦しめる。
あいつを見るたびにジョーカー様のお心の傷はかきむしられるに違いないのだ。そんな男にジョーカー様を救えるものか。そんな男にジョーカー様を救わせてたまるものか。もしそのようなことがあれば俺のジョーカー様が汚されるようなことがあれば、俺はジョーカー様を殺してしまうかもしれん。いや、それこそがジョーカー様のためなのだとレオはゆがんだ思考でそう結論した。
嫉妬、妬み、恨み、怒り、この世の中のすべてのマイナスの感情がレオの中で渦巻く。
「私だって面白くない。あいつら、明らかに私たちを蹴落としてやろうと思ってるからな。そんなやつらにジョーカー様を取られるのは癪だろう? だからおまえに期待してるのだ。まあ、新しいあいつらにとっても古参の我々はいろんな意味で邪魔なのだろうがね」
そう言いつつレオの瞳に暗い炎がともるのを銀次は見て見ぬ振りをした。
それでもいい。こいつの好きにしても良い。こいつがジョーカー様を殺めるような時が来ても私は止めないだろう。いや、むしろこいつの好きにやらせてやりたいとさえ思っているのかもしれない。
おまえにならジョーカー様を譲ってやってもかまわない。
「俺はずっとジョーカー様のために尽くしてきたんだ! それがあんな奴らをなぜジョーカー様は信用する? ジョーカー様は俺たちよりあいつらを信用しているのか!」
仮面党幹部の度重なる任務の失敗、新しく出てきたシャドウ達へとジョーカーの関心が移っていくのを、自分たちのふがいなさを嘆き、レオは悲しげに怒りの咆哮をあげた。銀次がその言葉を聞いて、とまどいながらもずっと心の奥にしまい込んで気がつかないふりをしていた考えをとうとう口に出した。
「時々思うよ。我々は、『女神の足枷』なのではないのかとな」
「足枷だと……」
「我々がいるからジョーカー様は自由になれないのではないか? ジョーカー様にのしかかってくる私たちの忠誠とか、命とか、そういうことに責任を感じてジョーカー様がここから抜け出せられない足枷となっているのではないか、とな」
我々がいるのにジョーカー様が仮面党を出たいなどと思うはずがない。
俺達がジョーカー様の足枷な訳があるものかとレオは感情で結論付けた。
だが銀次には、やはり自分たちは闇夜の海で生まれた天使が、光に向かって飛び立とうとするのを暗い海の底へ引き摺り下ろす手のような存在だという気がしてならない。自分たちが最愛の人を苦しめているなどというそれは銀次にとっても不快な考えだった。ひとつ頭を振り、その考えを振り払うように話題を変える。
「人類をイデアリアンに進化させる……か。壮大な夢だ。俺がジョーカー様についていこうと思ったのは、もう一度音楽業界で成功しようとか、金や名誉が欲しかったからじゃないんだ。まあ、それもあるだろうが、違うんだよ。私は……夢を見たかったんだ」
「俺はイデアリアンなんてどうでも良い。俺にはジョーカー様だけだ、それだけだ」
あっさりとそう言ったレオにやや銀次が物足りなさそうな不満そうな顔で向き直った。彼としてはとりあえずもっと壮大な夢を語りたかったらしいが、相手がレオだという事がそもそも間違っているだろう。
「自らの手で人類を救う。男のロマンじゃないか? これほどやりがいのある事もほかにあるまい? 私が欲しかったのは、そういう高揚感だよ……。佐々木銀次が生きていたという証を残したいんだ。おまえは人々にずっと語り継がれたいとは思わないのか?」
「おまえのようなロマンティストのキザ野郎にはついていけんな」
お前みたいな単純馬鹿で電波な放火魔のいかれた野郎にもついていけんよ。と銀次は思ったがもちろん口に出したのは別の事だ。
「理性の底ではわかっているのだよ。うまくいかないとね。それでも、それでも良いんだ」
成功するかどうかは二の次だ。自分が生きているという実感と共に精一杯やれればたとえ失敗してもかまわない。自分はそれまでの男だったという事だ。
「うまく行かないとはどういうことだ……」
仮面党の成功を疑った事がないレオが銀次を責めるように問いただす。
「仮面党は張子の虎だ。図体だけでかくて中身はすかすか。欲望でつる今までのやり方じゃ仮面党は長続きするまいよ。仮面党の筆頭は勝手な行動をするし、私は仮面党はだめになると思っている。もともとやる気がないレディと、何を考えているのかわからないアクエリアス。ククク、最悪だ」
「ジョーカー様がいる!」
銀次の言葉に耐えきれずにレオが叫んだ。自分が絶対だと信じているものをそうでないと知らされるのはつらい。最後の望みとしてジョーカーの名を出した。ジョーカー様の名を出せば銀次もそのばかばかしい考えを捨てるに違いない。
「ジョーカー様か……。俺はジョーカー様を愛している。だがな、だが……。ジョーカー様は橿原さんの操り人形にすぎないのではないか……と思うのだ」
ジョーカーの名を聞いて銀次はさらにレオを揺さぶることを言った。
「何を言う! 仮面党の棟梁はジョーカー様だ!ジョーカー様が……」
信じていたものが壊されるのを怒りと共に恐れたレオが叫ぼうとするのを銀次がさえぎる。
「まあ聞け。あくまでも私の想像にすぎんが、橿原さんは、私やおまえ、ジョーカー様を使って何か別のことをたくらんでいるのではないだろうか…? とにかく私には橿原さんが本当に人類をイデアリアンにしたいと思っているとは思えないんだ」
「そんなことをして何になるというのだ!」
レオは興奮して吼え、銀次は冷静に答えた。
「さぁな。そこまでは非力非才な人間の身ではわからんよ」
「世界など滅びてしまえばいいのだ! 俺もどうなってもかまわん、だがジョーカー様は、ジョーカー様はどうなるんだ!」
レオのうっとうしい熱血ぶりに銀次が一瞬嫌そうにしたが、その後はむしろレオの一途さに感心した口調で返した。
「興奮するなよ……あくまで俺の想像だと言ってるだろう? それにしても、おまえほんとにジョーカー様のことが好きなんだなぁ」
「ジョーカー様は俺の女神だ」
レオにとっての唯一つの真実。狂おしいまでの思慕の念。それは恋愛感情などよりも信仰に近い。
「だが、おまえの思いが報われることはあるまい? あの方の心はほかの男が占めている。憎しみと愛情はある意味一緒だ。それでもいいのか?」
「……かまうものか。俺が大凶星を始末すればジョーカー様も俺を見てくださる」
「お前はまっすぐな良い漢だな」
レオの答えに銀次が心底嬉しそうに笑うと、レオにちらりと流し目を送りながら笑いかけた。ごちゃごちゃと余計な物に惑わされないレオの猪突猛進な所がたまらなくかわいくて愛しかった。
「お前に誉められても嬉しくなどない」
レオが憮然として言い返した。銀次が唐突にレオの瞳を除きこむ。
「なぁ、俺にしないか?」
「は?」
ふいに問い掛けられてレオが素っ頓狂な声をあげる。
「俺ならば、ずっとおまえを見ているぞ」
「馬鹿言うな」
銀次の悪ふざけに付き合うつもりはない。馬鹿を見るのは御免だ。
「ジョーカー様の事だったら気にするな。おまえもジョーカー様を愛しているだろうが、私もジョーカー様を愛しているからな。お互い様だから私は気にしないぞ」
銀次がまたレオを怒らせる事を確信して言い、レオもレオであっさり予想通りに怒りでぎらぎらした目で銀次を睨み付けた。
「ハッハッハ! また不機嫌になった」
「もうおまえの口車には乗らん!」
また銀次にからかわれたと思ったレオがこんどこそ……という決意を込めて叫んだ。少しでもこいつに気を許しかけた自分が馬鹿だった。
「おまえは単純だからな、喜ばせてやろうとか、怒らせてやろうとするのは簡単だ。ためしに喜ばせてやろうか?」
「気色悪いことを言うな!」
「じゃ怒らせてやろう」
「馬鹿が、もうきさまの口車には乗らんと言っただろう! 怒らせてやろうと言われて引っかかる馬鹿が何処にいる?」
馬鹿にしきった態度で自信まんまんに言い放った瞬間、銀次がレオのあごをがっちりつかみ唇を合わせた。そのまま深く口づける。
もっとそうしていたいが、我に返ったレオに舌を噛み切られても怖い。レオが何が起きたか理解できてないうちに名残惜しく唇を離す。
「きっ、貴様何をするか馬鹿!」
烈火のごとく怒りを爆発させたレオに銀次が冷静に指摘して見せる。
「ほ〜ら怒ったじゃないか! 馬鹿はここにいたようだな」
悔しさのあまり本当に目で銀次を殺せそうに睨み付けながら、レオが地の底から響くような唸り声を出した。
「……今度は俺がおまえを驚かせて間抜け面させてやろうか?」
「ほ〜。私はおまえのような単純馬鹿とは違うぞ。できるものならやってみろ」
今度は銀次が馬鹿にしきった声で自信まんまんに言い終るか言い終わらないかの内にレオが銀二の唇にすばやくキスをした。キス……と言うより噛み付いたと言った方が正しいようなキスだったが。
「…………驚いた」
あっけにとられた顔で呆けたように銀次が呟いた。あんなに嫌っていた自分にキスするなどやはりレオの行動は読めないとつくづく思う。こういうところは全然レオにかなわない。
「ヒャッハ〜。しかと見たぞおまえの間抜け面! 貴様だって単純馬鹿だ!」
自分のした事をわかっているのか疑わしいいほどにレオが無邪気に喜んでいる。馬鹿にされっぱなしだった銀次に一泡吹かせたのがよほど嬉しいらしい。
「このキスは、私の愛を受け入れてくれるということなのかな?」
転んでもただでは起きない銀次がそう言ってレオににじり寄った。嫌がらせか腹いせかはたまたチャンスだと思ったのか、やはりレオより一枚も二枚も上手だ。
「ばっ! 勘違いするな!」
レオが真っ赤になったまま慌ててにじり寄る銀次から逃げ腰になった。怖いもの知らずのこの男にもついに怖いものができたらしい。
「照れるな」
銀次がレオを捕まえようと手を伸ばしながらかわいくてしょうがないという風に言う。冗談じゃないとレオが絶叫する。
「誰が照れるか!」
風流な月夜に似つかわしくない大声が夜空に響いた。
だいぶ傾いた天空の女王が、仮面党の未来とこの二人に幸あれと無責任に祝福してやさしく照らす。
ENDE
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