◆恋愛と、カレーと脅迫に関する一考察◆
「はい、達哉。コーヒー入ったよ、熱いから気をつけてね」
僕はコーヒーの入ったカップを達哉に手渡した。達哉は僕に目でお礼を言うと、またすぐさっき買ってきたばっかりのバイク雑誌を夢中になって目で追っている。
僕は達哉から壁に掛かっている時計に視線を移した。もうそろそろ夕御飯の支度をしなければいけないな……。なんて思いながら夕刊を広げてコーヒーのカップを口元に持っていく。
「熱っ!」
しまった! ドジ……。熱いから気をつけてねってさっき達哉に言ったばかりなのに。舌がじんじんする。痛い。熱いコーヒーでやけどしてしまったようだ。
「大丈夫か……」
達哉が心配そうに僕の顔をのぞき込んだ。優しいんだね、達哉。僕は達哉を安心させるように微笑んで言った。
「ん……平気。でもちょっと痛いかな」
「見せてみろ」
口の中を見られるのは何となく恥ずかしかったんだけど、達哉が顎に手をかけてきたのでほんの少しだけ口を開いて舌を出した。
「結構……痛そうだぞ」
うん、実は痛い。
「ごめんね……」
僕は達哉に謝った。達哉が不審そうな顔をして僕に聞き返す。
「??? 何で淳が俺に謝るんだ」
「だって、しばらくキスできないし、その……口でもちょっと……してあげられないし……」
恥ずかしくてしどろもどろになりながら僕が言うと、達哉の顔色がさっと変わった。
「!!!!」
思いっ切りショックそうな達哉の顔……。あ、ちょっとむかつくかも。
「しばらく……」
達哉が絶望に満ちた顔をしてがっくりとうなだれた。大げさに膝までついている。
「うん、治るまで」
「30分ぐらいか?」
達哉が低い位置から上目遣いで、まるで懇願してくるように僕に尋ねる。
「3日はかかるね」
さっきからわざと冷たくあしらう僕。
「……………………」
苦悩に満ちた表情で頭を抱える達哉……。なんだかかわいそうになって口を開こうとした時、急に達哉ががばっと顔を上げたかと思うと……。
「何て事してくれたんだ……。お前、前からどっかぬけてるとは思ってたけが、ここまでぬけてたとは……」
なんと達哉が僕にそんなことをほざいた。
あまりの言葉に僕は自分の耳を疑った。
一瞬真っ白になった思考が達哉の言った事を理解すると僕の中の怒りのバロメーターがすごい勢いであがっていく。
ぷちっ!
僕の中で何かが切れた音がした。たぶんじゃなくて絶対堪忍袋の緒が切れた音だ。
……ちょっと! やけどしてかわいそうな僕にその言葉はないんじゃないの! 確かにドジだったけどもっと優しいいたわりの言葉はかけられないのかい!
自分が……してもらえないからって僕に八つ当たりして、そんなのひどいよ!
「ちょっと達哉! その言葉はないんじゃないの! もうっ、僕あったまに来た! 一生キスもその先もさせてやらないからそのつもりでいてよね!」
そう僕は怒鳴り散らすと、そのまま床の上にごろんとふて寝をしてやった。
学生向けの狭いワンルームの部屋にふて寝する僕はさぞうっとうしくてじゃまに違いない。ざまーみろ、達哉め。
もうやめ。今日は達哉のために何もしてやるもんか。
たまった洗濯物もほったらかしにしてやるし、部屋の掃除もしないしもちろん口も聞いてやらない。達哉が僕に土下座して謝るまで何もしてやるもんか、ストライキしてやる! 達哉なんか替えのパンツがなくて困るといいんだ!
「淳……」
僕の怒りのオーラを感じて反省したのか達哉が声をかけてきた。
謝ってくるつもりなのかな? すぐには許さないよ。なんて心の中でちょっと期待して、表面上は一応達哉を無視する。そんな僕に達哉がかけた言葉がコレ。
「腹減った。夕飯は?」
は!!! 僕は再び自分の耳を疑った。
何それ? 何よソレ? 何なのさそれ〜〜〜〜〜〜〜〜!!! ごめんの一言もない上に腹減っただと? 飯つくれと言いたいのかい! さっきあんなにひどいこと僕に言ったのに! 僕がすねてるってわかってる癖にそういう事言うわけ!
「カップラーメンでも食ってろ! バカ達哉!」
僕はふてて顔を押しつけていたクッションを達哉の顔面に向かって投げつけた。
クッションはばふっ! と音を立てて達哉の顔面に命中。
もう、完全にあったま来た! もう達哉が何を言っても許すもんか。
何なわけ? 僕は達哉にとって性欲のはけ口と飯炊き男でしかないわけかい? そんなのってひどいよ!。
……でも。
僕は思い直す。達哉の性欲のはけ口になりたい女の子や、達哉のためにご飯を作りたい女の子なんていっぱいいるんだろうな。
僕なんかがストライキ起こしたって達哉は全然平気なのかもしれない。
やだな、そんなのいやだ。
怒りやら悔しさやら情けなさやらおまけに嫉妬やらで涙が出てきた……。あ、ハナミズ……。
僕は寝転がったままティッシュの箱に手を伸ばす。散らかってるとこんな時に便利だなぁ。
「?」
むかつくことに、僕と達哉とティッシュの位置関係からしてティッシュをとろうとすると嫌でも達哉(バカ)の姿が目に入ってしまう。
「何してるの……?」
達哉の奇妙な行動に、絶対口を利かないという僕の誓いは早くも破られた。達哉が冷蔵庫をあさっている。
そこまではいつもの事なんだけど…。
まな板に包丁、お鍋がキッチンに用意されていて、達哉が今手にしてるのは、人参、タマネギ……。
僕ははらはらして達哉を見た。
あっ! そこの挽肉は明日使うから使わないでほしいな……。一応2〜3日分の献立を考えて買い物してきたので、達哉にめちゃくちゃにされるのは嫌だ。また買い物に行くのも面倒だし……。
はっ! そうだ! 僕はもう金輪際達哉のためにご飯なんか作らないんだった。
危ない危ない。ほだされるところだった……。
しかし……。僕は達哉をまじまじと見つめた。
めんどくさいからと言ってコンビニの弁当とパンで生きていた男が料理……。
この材料からして、おそらく達哉の普段の食生活から推測する料理の作り方に対する知識からして……多分作ろうとしているのはカレーだな。
……カレーの作り方を知っているかどうかも怪しいものだけど。
いや、いくら達哉だってカレーの作り方ぐらい知ってるよね、器用だから以外においしいかもしれないし。カレーだったら、まだ使いかけのルーが残ってるから新しいの開けないでほしいんだけど……。
心配なのでそのまま見ていると、達哉が何かを探して視線をさまよわせている。あっちの戸棚を開けたり、こっちの引き出しを引いたりしながら達哉がつぶやいた。
「塩……」
達哉、お塩なら君の目の前の戸棚! ほら、すぐそこに見えてるじゃないか! 僕はじれったくてイライラしながらこっそり達哉の動きを目で追う。思わず声をかけそうな自分を押さえるのに必死。ここで声をかけたら僕の負けだ。
そうしているうちに、僕は大変なことに気がついてしまった。
や、やばいよ! まずいよ……コレはかなりまずい。達哉、ご飯炊くの忘れてる!
カレーができてもご飯がないというのはかなり悲惨な部類に入るよ……。
そう思った僕はしぶしぶ達哉に声をかけてあげる事にする。しょうがない、教えてあげよう。
「ゴハン……」
僕はぼそっとつぶやいた。最大限の譲歩だ。
「ああ、忘れてた」
案の定達哉(料理初心者)がそう言って僕を振り返った。
「サンキュ」
「…………」
無視無視、誤解しないでね、達哉。僕は君のために言ったんじゃないんだ。カレーができてるのにご飯が炊けるのを待つのが嫌なだけ。関係ないんだからね。
再び無視を決め込んだ僕を、達哉がニヤニヤ笑いを浮かべて聞いてきた。
「気になるのか?」
き、気になるもんか。君とはもう縁を切ったんだからね。関係ないんだからね。
僕はそっぽを向いてやった。達哉がまだ嫌な笑いを浮かべながら(見てないけど多分)僕の頭をぽんぽんとあやすように軽くたたいた。
む、子供扱いしたな。
「何だよっ!」
かみつきそうな勢いで僕が達哉を振り返って言った瞬間、大きく開けた口に向かって放り込まれた茶色いモノ。
あ、甘い、おいしい。チョコレートだ。
達哉はそのまま僕の頭をなでた後TVをつけてキッチンに戻る。
チョコレートくれた……。
つけてくれたTVを見ると、ナイナイの岡村さんが出ている。
あ! オカムラさんだ! 嬉しい。
……ん? もしかして達哉、僕の機嫌をとってくれてるのかい?
……僕って、チョコとTVで機嫌が治ると思われてるんだ…。達哉め…。
でも、うふふ。達哉が僕の機嫌をとってくれてるなんて嬉しいな。
かなりいい気持ち。うっふっふ、少しは僕のこと大事に思ってくれてるのかな?
こんな身分も悪くないな〜。と思ってTVに夢中になる。
ん〜、何だがおなかが減ってきたし、口寂しい。ここはもう一度達哉(下僕)を使ってみようかなっ! こんな事滅多にないからわがまま言ってもいいよね?
「達哉ぁ、もっと」
僕はもっとチョコがほしくて達哉にねだった。キッチンにいる達哉が大股で近づいてくる。
「口開けろ」
「あー」
達哉が横着して寝転がったままの僕の口の中にチョコを放り込むと、浮かない顔で戻っていった。
ん?機嫌が悪いぞ。何かうまくいかなかったのかな?
そう思って達哉を見ると、達哉がナベの前で深く苦悩している。
「あ! やめてよ!もったいない」
次の瞬間、僕はつい大声を出してしまった。ナベの前でがっくりうなだれていたかと思うと、達哉がいきなりまな板の上の人参やタマネギ(らしきモノ)を三角コーナーにぶちまけようとしたのだ。な、何てもったいないことを !まだ使える! 僕は自分でも驚くような素早さで起きあがり、達哉の元へ直行した。
「ナニコレ?」
まな板の上には短冊切りのタマネギと、美しく正方形に切られたにんじん。
「間違ってるか?適当に切ればいいかと思ってたんだが……」
いや、変だけど間違ってはいない。あんまりにもウツクシク正確に切られていたからびっくりしただけ……。
達哉って、ほんとに器用なんだね……。変なところで。
「すごいだろ?」
達哉が自慢げに自分が切った寸分の狂いもなさそうに四角いにんじんを指さした。
そりゃすごいけどさ……君は料理するたびにこれを繰り返すのかい……?
「あっ!」
三角コーナーには美しく切るために無駄に切り捨てられた野菜くずがたくさん捨てられていた……。
も、もったいない!農家の人が一生懸命作ってくれた野菜をこんなくだらないことのために捨てるなんて! 食べ物を粗末にしちゃいけないよ!
「すまん淳……」
怒られるならついでに……と思ったのか達哉がナベを指さした。
「なにこれ? ウサギのフン……?」
僕はあきれてナベから達哉へ視線を移した。
ナベの底には真っ黒にこびつりいた謎の物質(かつてカレーのルーだったもの?)が付着している。簡単には落ちなさそうなかなり頑固な物質が……。
「…………達哉ぁ」
地の底から響くような低音の僕の声……。このナベ……誰が洗うと思ってるんだい! しかも君の家にナベは一つしかないのに!
「わ、わかった、もう一度チャンスをくれ! 俺がすぐに食べられるとっておきの漢の料理をつくってやる!」
今にもペルソナを出しそうな僕の不穏な空気を感じたのか、達哉が名誉挽回のチャンスを僕に請うてきた。
僕が頷くと、達哉は冷蔵庫からソーセージを取り出し、切れ目を入れて……箸に突き刺した?
理解不能な僕の不審げな視線に冷たく見られながら達哉がコンロに火をつける。もしかして、達哉……。
「焼けたぞ、食え」
達哉がソーセージを差し出す。漢の料理の調理時間約一分。
「漢の料理ってこれ! こんなのが料理って言えるのかい!」
「失礼だな、俺はこれでずっと生きて……」
達哉が言いかけるのを途中で遮って僕は叫んだ。
「箸の先に突き刺したソーセージをコンロの火であぶって食べるなんて料理じゃないよ!」
ああ! 達哉にちょっとでも期待した僕が愚かだったんだ!
「洗い物も少なくて済むし地球に優しい料理法だぞ、あっ!」
なおも馬鹿なことを抜かしている達哉の手から、箸に刺さったソーセージをもぎ取ると、腹立ち紛れに大口開けて食ってやった。
達哉の分も。
達哉が呆気にとられて僕を見ている。もぐもぐ口を動かしてる僕を見て、達哉が憎たらしいほどに魅力的なほほえみを浮かべて聞いてきた。
「俺ってだめ男か?」
「ダメだね! ダメダメ。今の達哉、僕の中ではかなり高レベルのだめ男だね! ダメ達哉!」
僕は即答できっぱり断言した。
君の今のだめっぷりにはのび太君もびっくりだよ! この姿を達哉(ぬけさく)がかっこいいとか思ってる女の子たちに見せてやりたいよ、ほんとに。
なんて憤ってると、達哉がじっと僕を見つめている。達哉の射るような瞳。心の奥まで見透かされそう。な、何だよ……どういうつもり? 僕はこんな時でも達哉の視線にどきどきして目を伏せた。カレーもろくに作れない癖に何でかっこいいんだろ……。
「淳」
達哉(ジゴロ)が僕の名を呼んだ、なんかもうそれだけでドキドキしてしまう。
あ〜達哉もバカだけど、僕もたいがいバカだ。よく考えろ、淳! 達哉はカレーさえもろくに作れないような男なんだぞ…。
「俺……」
達哉(詐欺師)が僕の瞳をのぞき込んでゆっくりとつぶやいた。
わざとだ、絶対わざとだ! 達哉は僕がどんなに達哉の視線に弱いか知っている。知っててやってるんだ! だまされるな、淳!
達哉がさらに僕の肩に手をかけた。そのまま軽く抱きしめられる。
達哉と密着しているところから僕がドキドキしてるのがバレないか不安だ。
僕は怒ってるんだよ! そ、そんな風になれなれしくしないでったら!
達哉の手を振り払う事なんてとうていできっこない僕が、必死に抵抗して体を堅くする。
まだ許してなんかないんだからねと言う僕のせめてもの抗議。
達哉(僕の)が次の手段とばかりに、今度は僕の頬を両手で包み込んで僕に笑いかけた。僕だけにしか見せない達哉の笑み。僕だけの…。
達哉は、僕にクスリと笑いかけると……、じっと僕の目を見ながらこう言った。
「淳がいないとダメなんだ……」
あまりの言葉に僕の脳は一瞬ストップ。思考は真っ白!ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
い、今なんて言った、この人今何かすごいこと言ったよ!
な、なななな。なんなのさ! 何でいきなりそういう恥ずかしい事言うわけ?? 何でそんな恥ずかしいこと真顔で言えるのさ!
僕はまるでトマトみたいに全身真っ赤になって達哉(淳殺し)を見た。
そ、そんな事って、そんな事って…。嬉しいじゃないか!
や〜〜〜、もう恥ずかしいよぅ〜〜〜。でも嬉しい〜〜〜。ダメだ、僕ももうダメダメ!もう達哉にだまされてるよぅ〜〜〜。
「わっ! やめろ淳!」
慌てて達哉(現金)が僕から離れる。そりゃそうだろう。僕のとった行動を考えれば。
「おとーさーんっ! 僕騙されてるよっ! 絶対達哉に騙されてるよ〜〜〜」
僕は手に持った包丁を達哉(心中希望)にむけながら叫んだ。
ああ、達哉に騙されてるって判ってるのに、判ってるのに嬉しい!
ああ、でも恥ずかしいッ!
僕をこんな気持ちにさせてしまう達哉なんて刺してやるっ!
憎い! でも好き、大好き。憎いけど好き、ああんもう!ばかばかばか、達哉のバカ! 騙されてても良い! もうどうなっても良い!このまま二人で死んでもいい!
「お、お前、どこ見て誰に言ってるんだ……」
「うるさいな、刺すよ」
僕の目がすわってるのを見て達哉が逆らわない方がいいと判断したのか、両手を上げて降参の姿勢をとる。
もう降参? 抵抗してくれた方がおもしろかったのに、つまんないな。
「僕のこと愛してる?」
包丁をぴたぴたと達哉(僕の獲物)の首筋に当てて僕はにっこり微笑んだ。
「あ、愛してます……」
達哉(ウフフ……)が視線を包丁から離さずに言った。やだなぁ、もう。ほんとに刺すわけないじゃないか、そんなに怯えないでよ。ウフフフ。
「僕も」
僕はそう言って達哉の唇に音高くキスした。舌が痛いからこれだけで勘弁してあげる。僕、絶対に、絶ッ対に達哉のそば離れないからね!
ENDE
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