下克上ミステイク










 徹夜明けで体が重い。今抱えている事件が予想外にてこずって、徹夜で警察署に泊まり込んでしまった。休みだったので寮ではなく自宅に帰ってきたのはもうお昼もだいぶ回った頃。警察官は自分で選んだ道であるし、市民を守る仕事に誇りを持っている。しかし、こうこき使われていれば弱音を吐くつもりはないが、さすがに疲れた、今はもう泥のように眠りたい。

が、つかれた体を引きずって家に着けば、母親曰く、「達哉が克哉のベットで眠ってる」そうで、さらに「もうお昼ご飯だからおこしてきて頂戴」との命を受けた。

仕事場でも家でもこき使われている気がするな……と思いながらも、どういう理由だか(どうせ自分の部屋が汚いとかそう言う理由なのだろうが)自分の部屋で眠っているという達哉を起こしに重い体を引きずるようにして歩く。のろのろと歩きながらずっしりと重く感じる上着を脱ぎ、片手で持つ。

 「全く、たまに帰ってきたと思えば……」と思ってみても、思わず顔がにやけてしまう。フラフラ出歩いてろくに家に帰ってこない弟がたまに家に帰ってくる理由と言えば、「金がない」「腹が減った」「寝る所が無いから」のどちらかというまことにろくでもない理由しかなく、そんな理由で達哉が家に転がり込むたびいちおう叱っておいた。

「まだ養われている身なのに勝手なことをするな、迷惑をかけるな」

「都合の良い時だけ家を頼るな。自由の責任というものを考えろ」

「バイトの金でフラフラと遊び歩くぐらいならバイトを止めて学業に専念しろ」etc etc……。

 そのたび、弟は面白くなさそうな顔をしてふいと向こうを向いてしまうのだが、一応自分のしていることを反省しているようだった。そんな様子が実はたまらなく可愛い。実は食べてしまいたいほど可愛い。一応兄の面子というものがあるので、表立ってはもちろん出さない。

弟に尊敬されたいと小さい頃から必死で品行方正、厳しくて偉大な兄を演じてきたのだが実は最近ちょっと方向性を間違えたのではないかと恐れている。

「もしや達哉に煙たがられてないか……?」などと思っては、明日も早いのに一晩中悩んで翌日倒れそうになったこともある。

まぁとにかく、表面上はいちおう仏頂面をして叱っておくつもりだが、内心弟が帰ってきたのが嬉しくて仕方がない。

「しょうがないな、まだまだ達哉は子供なのだな」などとまだ弟がまだ自分の手の上にいることで悦に入ってみたり、「兄として頼られている」と勘違いしてみたり。

やはり家族は一緒にいるべきだと達哉が家に帰ってこない事を心配している兄としては、とにかく弟が家にいることが無条件で嬉しい。弟の顔を見れるだけで嬉しい。

叱るといじけてプイと向こうを向いてしまう姿も、風呂上りに牛乳飲んでいる姿も、どこだろうと場所かまわず寝てしまい、無防備にさらす寝顔も。すべてが可愛くて仕方がない。

ニヤニヤとそんな事を考えながら自分の部屋の前まで来て、気持ち悪いほどのにやけ面をしゃきっとした兄の顔に作りかえる。兄たるもの、弟にみっともないところを見せられぬ。という克哉だったが、実は弟にみっともないところを散々見られていると言う事実を全く知らない。

 自室のドアを軽くノックする。なるべく少し怒っているような威厳のある声(自分では)を出すように勤め、部屋の中に呼びかけた。

「達哉! 起きているのか?」

 部屋の中は無言。だがしかし、ごそごそと寝返りを打っているらしき音は聞こえる。

「入るぞ!」

 怒った声を出しながら、内心弟に会える喜びで張り裂けそうだ。

 部屋に入ると、人型に盛りあがった布団と、チラリとのぞく白に黒のぶちのついた牛がらの達哉のパジャマを見て期待が最高潮に高まる。自分の布団の中に可愛い弟が寝ているのだ。たまらなく嬉しかった。喜びで小躍りしてしまいそうになるのをぐっとこらえて、兄としての威厳を見せるために嬉々としてくどくどと説教し始める。

「達哉! 起きなさい! 日曜とは言えこんなに遅くまで寝ているとはどういうつもりだ(略)生活のたるみは心のたるみ! 非行の第一歩だ! 規則正しい生活を送らないと(略)……コラ達哉!聞いているのか!」

 ……聞いていない。昔っから寝起きが悪くて散々克哉をてこずらせた弟は、今も健在のようだった。

「達哉! 人のベッドでいつまで寝ているか! 全くお前は、規則正しく物事を潤滑に行うと言う事を知らんのか!」

「淳?」

 さすがにベッドの脇で小言を言い続ける兄の声に目覚めたのか、達哉がモゾモゾと動き出した。むくりとモーモーパジャマを着た体を起こして、焦点の定まらない目でぼんやりとあたりを見渡している。

「この時間に起きて勉強するとか、するべきことの順番をちゃんと決めてだな、順送りにこなしていけば……」

「淳?」

 寝ぼけ眼のまま、なにかを捜してるようにきょろきょろとあたりを見渡す。ピンピンとはねた寝癖の髪の毛が可愛い。捜しているものが見つからないのか、苛立って眉をひそめてふらりと立ちあがった。

「僕がいないからと言って、怠惰な暮らしに順応してはいかんぞ! 時は金なり! 純金よりも時間は貴重だと言うのにお前は……」

「ん……淳。キス……」

「もっと時間を有効に使うほうほ……、ん? な、なんだ?」

 くどくどと説教する克哉の動きが止まった。達哉がねぼけたまま克哉の両肩をつかんで、自分の方を向かせる、兄としては悔しい事だが、弟のほうが背が高い。勢い、達哉を見上げるような姿勢のまま何事かと硬直していると、達哉の目がそっと閉じられた。そのまま達哉の顔が近づいてきて、事態が飲みこめずにうろたえている克哉の唇に口付けた。

「ん……んんんん〜〜〜っ」

 あまりの事にパニックになる兄にかまわず、達哉がもっと深く口付ける。舌で唇をこじ開け、克哉の舌に自分の舌を絡ませる。息も止まりそうなほど、長く、深いキスに、酸欠かはたまた他の理由か、克哉の顔が見る見るうちに真っ赤になる。

 さっき脱いだ上着を片手に持ったまま、馬鹿みたいに硬直している克哉の唇をやっと達哉が開放した。

 名残惜しそうに唇を離すと、透明な糸が二人の唇の間に引いている。達哉が舌を出してそれをなめとり、また軽く克哉の唇に口付け、唇を離したかと思うと角度を変えて再び深く口付けようとした。

「わ〜〜〜!達哉ッ!! 待て待て待て!」

「ん?」

 半悲鳴のような声を上げて抵抗する克哉にかまわず、達哉が器用に克哉の体を抱え上げてベッドに放りこんだ。そのまま克哉の体の上に達哉がのしかかってくる。貞操の危機を感じて、克哉が必死に抵抗する。だが、達哉はなれた様子で上手く克哉の体を自分の体で押さえ込んで、片手で克哉のズボンのベルトをはずしにかかる。

「淳……」

「淳じゃない淳じゃない淳じゃないぞ〜〜〜」

 必死に叫ぶが、達哉は聞く耳持たない。克哉の首筋にキスを落しながら、すでにベルトをはずし終わり、ファスナーに手をかけている。ぞくぞくっとした快感が克哉の体を走る。弟に犯されてるなんて……とおぞましくも気持ち良いその快感に思わずそのまま身を任せてしまいたい衝動にかられたが、兄としての理性が勝った。

「この馬鹿者が! いいかげん目を覚ませ!」

 叫んでいるだけではちっとも効果がないと実力行使に出た。右手でこぶしを作り、おもいっきり達哉の頭に振り下ろす。「ごん!」と鈍い音と確かな手応えがして、達哉が悲鳴を上げた。

「イテッ!! なにすんだよ淳!! って……淳じゃない?」

「克哉だ克哉〜〜〜ッ! お前の兄だ、あ・に!」

「……なんだ兄さんか。じゅんって言うから淳かと思った」

 やっと目が覚めたのか、先ほどの情熱的な瞳とは打って変わって冷めた目で兄を見る。あからさまにがっかりしている達哉の態度に克哉の怒りが爆発した。

「なんだとはなんだ〜〜〜!! おっ、おっ、おまえは兄に対して、いっ、一体何を、何をするか〜〜!」

 「じゅん」という響きに寝ぼけて勘違いしたらしいが、こっちが被害者なのに、なぜ責められるような目で見られなくてはならないのか。弟の謝ろうとも言い訳もしようとしないしないふてぶてしさや理不尽さに腹が立つが、それ以前に、達哉の異様に上手いキスや、ベットに引きずり込むなれたしぐさが兄としては非常に気になる。

「別に大した事じゃないだろ。いちいちうるさい……」

「ば、馬鹿者! お前はたまに帰ってきたと思ったら、兄の唇を奪うとかそういうろくな事しかできんのか!」

「男だから良いだろう? 別に。兄弟なんだし。女なら問題だけど」

 達哉が寝起きの頭をぼりぼり掻きながらだらしなく適当に返事を返す。

「そ、それはそうかもしれんが……」

「なんだよ? 俺にキスされてショック受けたのか?」

「な、何を言うか! 僕が弟ごときにキスされてうろたえる訳がない!」

 そう言い切った克哉に、ふたたび達哉が克哉を捕まえてキスしようと顔を近づける。

「わ〜〜、やめろやめろ!!」

 恥もへったくれも無く逃げる克哉の姿を見て、達哉がこれ以上無いというぐらい愉快そうに大笑いする。大笑いしていた達哉の動きがふと止まり、真面目な顔で克哉に向き直って言った。

「お前本当は判っててやってるんではないか!?」

「あ、俺、淳と待ち合わせしてたんだった。……兄さん、コンドーム持ってないか? 俺今切らしてるんだ」

「な、なんだと!?」

 弟の口から出た単語に兄が飛びあがりそうに仰天する。品行方正、真面目一筋の彼としては、口に出すもはばかられる単語を子供だとばかり思っていた弟が(しかも堂々と)まさか口にするとは思っていなかったので頭が真っ白なって何も言い出せない。

「ああ、やっぱ多分淳が持ってるからいいや」

「○×△□%6?@×××!?」

 目を白黒させて、なにか言いたそうに口をパクパクさせている。あまりの事に言葉も出ないようだ。かろうじて呼吸を立てなおし、やっとの事で問い詰める。

「おっ、おっ、おまえと淳君は一体どういう関係なんだ!」

「どういうって……、そういう。休みの日は一日中忙しいぜ。いろいろな……」

 意味ありげな顔でにやりと笑った達哉の顔を見て、もしやこいつはわざと僕をからかっているのではないか? との疑問を持ったが、今はもうそれをかわす余裕も無い。

「た、達哉が不良になった!」

 心底絶望した声で克哉がそう言うと、心底呆れたような声をして弟に言われた。

「……アホか」

 だが、兄の左の耳から入ったその言葉は、見事に右の耳から抜けて行く。つまり、聞いてない……。

 やはり僕が家からいなくなったのが悪かったのだ。達哉は根は素直な子だ、今は悪い遊びにはまっていても、いつかはきっと更正してくれる。いや、それは兄たる僕の役目だ。達哉を真人間にして正しい道へ引き戻すのは、肉親の僕がやらなくて誰がやるだろう? 初めは判ってもらえなくて僕を恨むかもしれない、だがどんなに自分を犠牲にしても、可愛い弟の為だ、僕はかまわない。僕は達哉を更正させる。いつかは達哉も僕の愛情がわかって感謝する日が来るさ、その時は、ムフフ。はっ、僕は何を考えているんだ! あくまでも僕は達哉のために……。

 そんな事をエンドレスで考えて周りが見えてない克哉を、冷たく達哉が見下ろす。どうせろくでもない事考えてるんだろ……。というその瞳は正解だったが、誰も兄の使命感に燃えた克哉を止められない。一人自分の世界に入りこむ克哉をほっといて、昼ご飯を食べに部屋を出ようとする。

 部屋のドアから達哉が出て行ったその次の瞬間、達哉がひょいとドアから身を乗り出して部屋の中の克哉に話し掛けた。

「あ、あんた、兄としてはおせっかいで押しつけがましくて最低だけど、そうしてると可愛いぜ? 俺がキスしたいと思う程度には」

「な!?」

 さすがにその言葉に、自分の世界から引きずり出された克哉が仰天した顔で達哉の方を見る。見られた達哉がその顔を面白そうに笑って見ると、

「じゃな。こんどはキス以上の事しような、兄さん」

 そう言い残し、手のひらをひらひらさせてこんどこそ部屋の外に消えて行った。

 沸き起こる良からぬ期待といけないという理性に挟まれて、克哉が三日三晩眠れずに警察署で倒れたのは言うまでもない。                            




ENDE




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