冬が来る前に
はらはらと公園の並木から茶色く色づいた葉が落ちる。頬に触れる風は、もう冷たい。予備校の帰り道に好んで通ったこの道にも、もう秋が過ぎて冬が訪れ様としている。枯れ葉が冷たい風に煽られてくるくると落ちていくのを見るのは、毎年少し切なかった。でも今は、枯れ葉が落ちていくのを見るのより、風が冷たくなっていく事より、もっと切ない。僕は少しため息を付いた。胸が苦しくてどうしようもない。彼の面影が胸に焼き付いて離れない。あの時のことを思い出すたびに、僕の胸は後悔で張り裂けそうになる。
あの時……、空の科学館で会ったあの時、何故ジッポを渡さなかったのだろう。嫌がられても、強引にでも無理やり渡すべきだった。
そう何度も何度も胸の中で繰り返す。忘れないようにと何度も彼の眼差しを思い出す。
なぜだろう? 何故はじめて会ったのにこんなに懐かしいのだろう、何故名前を呼ばれただけでこんなに胸が切ないのだろう。
初めて彼に見つめられた時、体中に電流が走ったかと思った。愛しさと切なさが胸いっぱいになって目が離せなかった。どうして初めて会った人にこんな気持ちになるのだろう。
会いたかった。と。
とても、とても。心の底からそう思った。愛しくて、切なくて、会いたくて、やっと会えた。まるで無くしていた自分の半身にめぐり合ったかのように、彼はとても自然に僕の心を占め、愛しさでいっぱいにした。
なんだろう、この気持ち……?
彼に会いたくて、その事しか考えられなくて、苦しくて、彼のことばかりを考えている。
それはとても恋に似てるけど、もっともっと体の深いところから沸き起こってくる愛しさ。魂が満たされていく想い。
もう一度君に会いたい。どうしてあの時なにも彼のことを聞かなかったのだろう。
そう思うと泣きたくなる。ジッポを渡せなかった事が、彼との繋がりをたち切られたようで胸が苦しい。せめてあの時渡していたら、少しでも彼の存在と僕が繋がっていたら。そう思って瞼を閉じた。
僕の名前を読んでくれる君の声、その力強い目、くちびるのかたち。些細なしぐさ、少し目を細めて遠くを見るくせ。すべてを僕は知っている。どこかで君を深く知っている。なぜ? どこで?
僕の名前を躊躇無く呼ぶ君の声は、迷ってなどいなかった。何千回も、何万回も僕の名前を呼んでくれた君の声。君は僕を知ってるの? 君はこの切なさの理由を知ってるの?
僕は君の名を呼ぶ。何度も何度も味わうに音を転がすと、僕の胸は満たされる、切なくなる。君が好きでたまらない。どうしてだろう? 初めて会ったはずなのに。いや、初めてじゃない。僕の心がそう言っている。ずっと前から知っている……と。
なのに、なのに何故別れてしまったのだろう? もう二度と会えないんだろうか?
そう思うと、閉じた僕の瞼から止めど無く涙があふれてきた。熱い涙が凍えた僕のほほを伝い、やがて同じように冷たくなってゆく。ああ、どうか僕の心がこの涙のように冷え切ってしまいませんように。その前にもう一度君に会えますように。
閉じていた目を開くと、再び舞い散る枯れ葉が見えた。もうすぐ寒い冬が来る。君に会えないまま季節が変わる。時間が経てば経つほど、僕と君が離れていく気がする。
冬が来る前に、もう一度あの人と回り逢いたい。
ENDE
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