◆Cildren of the New Century◆
キィと軽くきしむ音を立ててパラベラムの扉が開いた。扉の隙間から落ちついたオレンジ色の店内の明かりが扉を開いた達哉を軽く照らす。雰囲気を壊さないようにゆっくりと後ろ手でドアを閉めながら、目で素早くお目当ての人影を捜す。
「やっぱりここにいた」
「あん?」
達哉が探している人影はそこにいた。木目の美しいマホガニー製のカウンターで一人グラスを傾けている長い黒髪の人物。達哉が声をかけると、胡散臭そうに振り向いた。
丸いサングラスに自分が映ってるのが見える。
「どうした?」
「……ビール」
その長い黒髪の男、パオフウの問いには直接答えずに、達哉はカウンターに座りながらパラベラムのマスターにそう言う。
「バカ野郎、ガキのくせにナマ言ってんじゃねぇ。ウーロン茶で十分だ。ったく、ここはガキの来るようなとこじゃねぇぞ」
「……あんたがガキのいないようなとこにしかいないからしょうがないだろ」
達哉に一本とられて言い返せず、パオフウが軽く舌打ちする。この達哉は、「向こう側の世界」から来た達哉ではなく、純粋に「こちら側の世界」の達哉なのだが、克哉がらみで知り合ったパオフウには妙になついていた。
「で? 何の用なんだ、俺を探してたんだろ?」
「用があるといえばあるが、無いと言えばない……」
下を向いて出されたウーロン茶には手をつけずに、なにか奥歯に物の挟まったような歯切れの悪い言葉を口に出す。
「はぁ?」
「パオフウさん、うららさんとは上手く行ってるのか?」
かと思うと不意に視線を上げて、パオフウを見つめてそんな事を言った。
「……なんで急にそんな事聞きたがる? 言いたい事があるなら言ってみな。聞いてやるぜ?」
達哉はパオフウの言葉にしばしためらっていたが、やがて、決心したように言う。
「好き……、なやつがいる」
「おお! いいねぇ。青春だねぇ〜。で、どんな娘なんだ? お前が好きになったんだから相当美人なんじゃねぇのか?」
「美人だ。俺はあいつより綺麗なやつを見た事がない」
「のろけるねぇ。キスぐらいはもうしたのか?」
「住所も電話番号も知らない。予備校でニ、三回会って話しただけだ」
「ああ、そういえばお前予備校に通ってたんだったな。なんだ、同級生か?」
「ああ……。向こうから話しかけてきた」
今の達哉は、周りに反発してふらふらしていた生活を止め、大学に行って刑事になろうと勉強中だと嬉しそうに言う克哉から聞いた事があった。「むこう側」の達哉が、「こちら側」の達哉に何か残していってくれたのかもしれない。と克哉が言っていたのが思い出される。
「お! それは脈あるんじゃないのか?」
からかうようにそう言って達哉を見る。表情の硬い、戸惑った様子の達哉が初々しい。パオフウがあいつにもこんな顔することがあったのだろうか? と、向こう側の達哉の事を思う。痛々しいほどに人との関係を拒み、周りに人を近づけないようにしていた達哉。自分の犯した罪を償うのに精一杯で、いつも自分を責め続けていた瞳が他の誰かを見る事はあったのだろうか?
「そいつが俺に助けてもらった事があると……そう言ってたんだ。俺には心当たりがない。空の科学館であった出来事って、パオフウさん知ってるか?」
「……さぁ。知らねぇな」
からかう表情だったパオフウが、急に真面目な表情になってそれ以上は何も言わずに黙ってグラスを傾けた。それは「むこう側」の達哉がしたことだ。「こちら側」の達哉にはなんの事だか判らないだろう。しかし、そんな事を達哉に言える訳がない。
ふとなにかがパオフウの中で引っかかる。空の科学館で助けた相手?
「おい、おまえそりゃ……」
「男……なんだ。俺が好きなやつ」
達哉がうつむきながら言う。パオフウが達哉の口から直接聞かされて、飲んでいたバーボンを吹き出した。
「汚ねぇな……」
「ああ、もったいねぇ! じゃなくってオイ!」
「なんだよ……」
「お、おまえが好きなやつって、男なのか!?」
「……そうだよ。橿原淳って言うんだ。今時珍しくないだろ」
そういう反応が返ってくるとは思っていたが、やっぱり面白くなくて、達哉が下を向いたまま拗ねた声を出す。
「珍しくもねぇけどよ……。俺はそこらへん古い人間なんだよ!」
パオフウが頭を抱えたい気持ちにかられる。達哉が誰を好きになろうが勝手だが、がちがちのお堅い常識人である達哉の兄がどうなるかを考えると頭が痛くなりそうだった。
「俺だって判らない。気がついたら目が離せなくなってたんだ。なぁ、どうしたら良いと思う?」
視線を上げて、すがるような目でパオフウを見る。途方にくれた子供の目はむこう側の達哉と同じ。
「なんてこった……」
パオフウが達哉に聞こえないように小さく呟いた。「むこう側」の達哉も淳の事が好きだと言っていた。リセットした世界で再び達哉は同じ相手に恋をしようとしている。運命……とは言わないが、なにか宿命的な絆の強さを感じる。
「むこう側」の達哉も、「こちら側」の達哉も同じ。痛々しいほどまっすぐで、純粋。全く違う人生を送ってきたのに、同じ相手を好きになる。「こちら側」の達哉に「向こう側」の達哉と同じところを見つけるたび、あの痛々しくて切ない瞳を思い出す。
ガキのくせに突っ張りやがってよ……。とパオフウがそう思い、紫煙をくゆらせた。この世界を救うために一人で必死で闘い、一人で元の世界に帰ってしまった達哉。達哉がたしかに居たという証拠は今はもうどこにも無くて、あの時闘った仲間の記憶の中だけで生きている。
残っているのは、鮮烈な記憶だけ。後はなにも残さずに一人で行ってしまった。
「因果なこったな。お前ならどんな女も落せるだろうによ……。男じゃなぁ」
世界は違えど、好きになる相手は同じ。女ならば問題無く上手く行ったろうに、男なんてわざわざ困難な道に行ってしまう。そんな達哉のらしさに苦笑しながらそう言って、タバコの灰を落す。
「だからあんたに相談してるんだろ……。あんた大人なんだろ? なにか良いアドバイスしてくれよ」
ふくれる達哉の顔にフーッとわざとタバコの煙を吹きかけてからかう。達哉の無邪気な顔を見るたび、ちゃんと「むこう側」の達哉も恋をしたり、笑ったり、楽しい事があるのだろうか? と考えてしまう。あいつが「こちら側」の達哉を見たら複雑だろうなぁ……。と思う。同じ相手を好きになるのも複雑だろうが、相手の淳だって、自分が好きな淳であって好きな淳ではない。しかもライバルは自分か? 嫉妬していいのかしなくていいのか判らないだろうなと苦笑する。
「バカ野郎。俺は男を口説いた事なんかいっぺんもねぇぞ」
パオフウが笑いながらそう言って誤魔化した。すべてを拒絶した「むこう側」の達哉と違って、素直に大人に助けを求める「こちら側」の達哉は、なんだかんだ言って良い意味で甘やかされて素直に育ったまっすぐさを持っている。それは、「むこう側」の達哉にはない長所だろうと思う。たしかにこちら側の達哉は甘えてるし、「むこう側」の達哉のような経験も強さも無い。だが、子供っぽいかたくなさでなんでも一人で抱え込んでしまう「むこう側」の達哉よりも、柔軟でしなやかな精神を持っているように思えるのだ。
「じゃぁ口説かれた事はあるのか?」
「……ノーコメントだな」
売り言葉に買い言葉で達哉がそう言うと、パオフウが嫌な思い出でもあるのか顔をしかめて多くを語らずにニ本目のタバコを咥えた。カチッと乾いた音がして達哉が持ってたジッポに火をつけて差し出し、パオフウがその火に顔を近づけ、煙草に火をつける。あたりが一瞬だけ鮮やかなオレンジの光に包まれた。
「……あるのか」
達哉がポツリとそう言うと、しばし二人の間に、複雑で重苦しい沈黙が落ちる。
「ってお前も男口説こうとしてるじゃねぇか! お前にそんな目で見られる筋合いはねぇぞ!」
パオフウにとっては理不尽な重苦しい沈黙を破って、そう怒鳴りながら達哉を軽く小づく。
「痛、……嫌だったか?」
「ま、まぁな。良い気持ちはしないやな……」
達哉が結構深刻な瞳で見るので、はっきり嫌だったとは言えずにしどろもどろになるが、「いやぁ、悪い気はしなかったぜ」とはさすがに言えずに適当に誤魔化した。
「ダメだ……」
それを聞いた達哉ががっくりとうなだれた。「男に言い寄られるのが嫌」だったら、近づけば嫌われるし、近づかなかったら意味が無い。達哉の恋が成就する可能性なんて万に一つも無くなるのだから、へこみたくもなるだろう。女だったらそんな心配をしなくて良いものを、わざわざ険しい道を行ってしまうとことん因果な性分らしい。
「ま、まぁそれは俺の場合だからな。気を落すなって! そうだ! 良い話を聞かせてやる」
「良い話?」
達哉がそれを聞いて、絶望のあまりカウンターに突っ伏していた体をむくりと起こした。すがるような瞳でパオフウを見る。このおっさんに期待は禁物。とは思っているが、へこんでる今は、どんな良い話でも飛びつきたい。
「俺の知り合いで、おまえみたいに幼馴染の男を好きになったやつがいた。そいつは、その幼馴染とがきの頃判れて以来ずっと会えなかったんだが、しつこく好きだったんだな。でもその幼馴染はとある陰謀によってその男のこと誤解して恨んでた。でも二人は誤解を解いて、その後は反吐が出そうなほどラブラブになりましたとさ。だからお前も絶対大丈夫だ!! どうだ! 良い話だろ」
パオフウが一気にそう言って、勇気付けようとしているのかバンバン達哉の背中をたたく。
「どこが良い話なんだよ……。その話と俺となんの関係があって絶対大丈夫なんだ?」
「うるせぇな! あるんだよ。大丈夫だから俺を信用しろって!」
「むこう側」の達哉が、唯一嬉しそうに淳との思い出を話していたこと、切ない瞳で「こちら側」の淳の事を見ていたこと。狂おしいほどに愛し合ったのに、別れなければいけなかった事。愛しい人がこれほど近くにいるのに、ふれてはいけない事。二世を誓った恋人がもう彼の世界にはいない事、そこに淳を連れていかなかった事。
こんどこそきっとうまくいくさ。なぁ、達哉。
パオフウがそう心の中で呼びかける。せめて「こちら側」の達哉が幸せになる事で、「むこう側」の達哉が少しでも救われるといい。「むこう側」の達哉にとってはなにも変わらないのだろうが、「むこう側」の達哉が守ったこの世界で、「こちら側」の達哉が幸せになる事で少しでも「むこう側」の達哉が報われるのではないかと思う。
「むこう側」の達哉が血を流したのは無駄じゃない。お前はちゃんと幸せになれるぜ。そう思って吐き出したタバコの煙が、ゆらゆらと揺らめいて天井に消えて行く。
「陰謀ってなんだよ……」
不満そうに呟く、なにも知らない「こちら側」の達哉。
「あ〜、うるせぇ! 男なら当たって砕けろ!」
「訳にたたねぇ大人だなー」
素直に笑う達哉の笑顔。この笑顔が守れて本当に良かったと思う。だが、その笑顔が無邪気であればあるほど、今も一人で闘っているもう一人の達哉のことが不憫になる。
いっそのこと連れて行っちまえばよかったのに。また心の中でそう呟く。あんなに切ない目で淳を見るくらいなら、あんなに狂おしいほどに淳を欲してたのなら。誰もお前を責めやしないさ。お前はそれだけの事をしたんだ。
そう思って、しばらく瞼を閉じた。心の中でため息をつき、再び思う。
判ってるさ。それは俺達のエゴだ。この世界を救ってくれた達哉になにもしてやれなかったから、せめてそうしてくれれば、俺達の気が楽になると思っただけだ。
淳も舞耶も置いて一人で行ってしまった、瞼を閉じれば、傷ついて血だらけの達哉が今も鮮明に思い出される。いまだ血を流しているに違いない達哉は今幸せだろうか? そう思うと、胸が締め付けられる。俺達はあいつを救ってやれなかった。だからせめて……。
「バカ野郎。ガキの青くせぇたわごとに付き合ってられるか」
閉じていた瞼を開けて、思考を現実に戻す。良い知恵が出なくて不満そうな目で見ている達哉に、偉そうに大人ぶりながら(その実良い方法が無いので誤魔化しつつ)そう言うと、達哉が呆れたように言った。
「勝手なやつだよな、あんた……」
大人ってずるい……。とそう言ってる目を見て、パオフウがにやりと笑う。子供を煙に巻いて誤魔化すのは汚い大人の特権だ。「それが嫌なら、早く大人になるこったな」という笑み。
達哉がその顔を不満そうに見ていたが、諦めて話題を変えた。
「真面目に生活してるとさ、いろんな事あるよな」
「あん?」
「俺、自分がホモだなんて知らなかったよ……」
「だはははは、そうか! 良かったなぁ。新しい自分に気が付いて」
真剣な顔をしてそう言う達哉に、パオフウが楽しそうに笑った。
「ダラダラすごしてた時とは全然違う。同じように過ごしていても全然違うんだ。俺、あの時何してたんだろうと思うと怖くなった」
無為にじれて時を過ごしていたこちら側の達哉とは違って、むこう側の達哉にはそんな余裕はなかった。
見ようと思わないと見えない。考えようと思わないと、いつまでも無駄に時は流れていく。神経を尖らせて周りを見れば得る物がいくらでもある。
こちら側の達哉にその事に気付かせてくれたのはやはり向こう側の達哉なのだろうか?
「そうか……、気がついて良かったな。怖いぜ〜〜。自分がどんなに無駄に時を過ごしてたかって思うとな。気がつくのが怖いから、ずっと気がつかないフリをしているやつもいる」
時は無常に流れていくものだ。逃げているうちにも。目をそらす代償の大きさに気がつかないフリをしたツケはいつかは廻って来る。自分の過ちを睨みすえる向こう側の達哉の強い目。迷い、苦しんでもまっすぐ前を見つめるあの瞳がいつかこちら側の達哉にも宿るのだろう。
「時間がたつのが早いんだ。昔は、腹立つくらい一日が長かった。今は全然足りない。いろんな事に気がついたよ。自分がどんなに馬鹿で子供とかさ、全然物を知らないとか……」
しみじみと達哉がそう言う。目的も無くただ無意味に過ごしていた頃は、一日が嫌になるほど長くてイライラした。することも無い、考える事も無いままに反発と苛立ちだけが増大していく。もちろん得る物も何も無い。こんな事ではいけないと判ってるだけにますます苛立ちが募る。だが、今はちがう。
「ほほ〜〜、愁傷なこった。お前の兄貴に聞かせてやりたいな」
「……頼むから止めろよ」
パオフウがからかうようにそう言うと、心底辟易した顔で達哉が言う。兄は嫌いではないが、苦手だ。その兄が喜色満面で達哉のところに来て誉められるかと思うと、それだけでクラクラする。価値観が違い過ぎる上に、責任感も強すぎる兄が昔は疎ましくてしょうがなかった。今でもほっといてくれと思うのだが、なぜだろう? 今は少しだけ兄の気持ちが判る。
「今はすごく勉強するのが楽しい。良いな、そう言うのって。予備校行くのが楽しいなんて、昔つるんでたやつらに言ったら驚かれるだろうな」
達哉が苦笑しながら言った。
目的があってなにか努力するのは楽しい。着実に力がついてくるのを実感する。遊びを覚えたての子供みたいに、自分が力をつけていくのを楽しんでいる。努力するのが嫌いだと思ってたのだが、そうでもないらしいと言う事に気づく。
世界はつまらなくて退屈だとばかり思っていたが、心機一転して周りを見れば、見なれた景色も新しいことでいっぱいだ。ようは気持ちの持ちようなんだな、と思う。この気持ちの変化がどこからきたのかは判らないが、気がつくと胸を締め付けられるような焦燥感があって、やらなければらない。という気になったのだ。これではダメだとは判っていた。ただ、何がきっかけでそうなったのかは良く判らない。「ただ予備校に行って淳に会いたいだけじゃねぇのか?」
「それもある……、俺、淳が行くって言うから、志望校のランク一つ上げたよ……」
パオフウが達哉の下心を見透かしてからかうと、達哉がまた苦笑した。たしかに、その楽しみが足しげく予備校へ通う大きな理由である事は確かだ。実は淳目当てで通ってるうちに学ぶ楽しさを知ったのだが、理由はどうあれ良い事だろう。その上邪な下心が囁くのに乗って、淳が行くと言う大学に志望校を変えてしまった。今までサボってたツケもあってハードルはかなり高い。だがやるつもりだ。なんだか判らないが、体にすごくエネルギーが満ちているのがわかる。
何かをおもいっきり一生懸命やりたい。
「俺にはもうできないから」と達哉の心の中で誰かがそう囁いた。
やりたいけどできない誰かの気持ちが判るから、それができる俺は恵まれている、精一杯やろう。と思う。自分でもその気持ちがなんなのかやはり良く判らないが。
「おお〜、切羽詰ってるねぇ〜〜少年! 漢だねぇ〜。ま、がんばんな。どっちも手に入れられるようによ」
「どっちも落したらどうすればいいんだよ……」
「ま、その時はその時だな」
「いいかげんだな〜」
「バカ、人生なるようにしかならねぇんだよ。自分に恥じないぐらい頑張ったんなら、結果がどうなろうと良い方向に行くさ」
そう言いながら、パオフウが達哉の頭にポンと手を置く。子供扱いされるのは大嫌いだが、パオフウにそうされるのは心地よかった。
「有難う、元気出たよ」
「ま、せいぜいがんばんな。応援してるぜ、影からな」
お前ならできるぜ。あいつと同じ「達哉」なら目指すものをきっと手に入れる。お前はあいつにはない柔軟さを持っている。あいつよりもきっともっと上手くやるさ。
パオフウがそう言外に込めて達哉の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「影からかよ……」
パオフウに良いようにされながら達哉がその言葉に苦笑する。もう潮時だとパオフウがグラスを傾けながら手をひらひらさせて「もう帰れ」のジェスチャーをして言った。
「さあさ、ガキは早く帰って寝た寝た。兄貴がうるさいぜ? 」
「兄さんなんか怖くない。ん、でももう帰って寝る」
「じゃぁな、宿題しろよ。風呂入れよ」
「ドリフかよ……」
時刻は既に十二時を越えている。学校行って予備校行ってバイト行って……という今の達哉に夜遅くまで遊ぶ大人の余裕はない。パオフウのおかげで重い気分も晴れた、上手く気持ちを切り替えられそうだ。
「ああ、達哉」
店を出ようとした達哉に、不意にパオフウが顔だけ振り向いて話しかけた。
「なんだよ?」
「今度、淳に送ってやるって言ってみな。お前バイクだから、密着して美味しいぜ。ただし焦るなよ。怖がられたり、気持ち悪がられて警戒心持たれたら終わりだぞ」
「判った」
達哉がまた少し笑う。パオフウは兄のようにはなから否定しない。お前がやりたいんならやれ。と言ってくれる。さりげなく手助けをし、失敗したら受けとめてくれる。その大きさがかっこいいな。と思う。
「やるんなら、逃げられないようにして一気にやりな」
「参考にするよ。じゃあな、あんたも飲みすぎるなよ」
ニヤリと笑って言うパオフウに同じくニヤッと笑って返す。子供の悪戯の共犯者になってくれるパオフウが達哉は好きだった。
「うるせぇ、ガキ。小便して寝ろ!」
パオフウが叫ぶと、達哉が後ろ姿で笑いながら、ニ、三度手を振ってドアの外に消えた。
ったく、ガキが……。
そう達哉の事を好意的に思って3本目の煙草に火をつけてグラスを傾ける。カラン……という涼しい音が静かな店内に響いた。今夜も帰れねぇな……と煙を吐きながら思う。今夜はあいつの事を思って飲もう。今もどこかで戦っているもう一人の達哉の事を。
ENDE
注、「こちら側の」達哉は、罰の記憶を持ってないという設定にしてしまいましたが、持ってるんですね……。マイ設定と言う事で許して下さい。
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