「先生、ほんとうに宇宙人以外はどうでもいいのね。生徒の顔も判らないなんて」

「すまない……。まさか君が私の受け持ってる生徒だったとは……」

 ほとんど私専用の個室となっている世界史準備室で、私は信じられない思いで彼女と向き合っていた。

動揺する心を押し隠し、何とか授業を終え、心を落ち着かせようと昼休みの世界史準備室にいると、いきなり彼女が向こうからやって来たのだ。正直、まだ心の準備ができていなかったから戸惑った。もう二度と会えないと思っていた彼女がセブンスなんて私に最も近い日常を共有していたなんて頭がおかしくなりそうだ。

 まさか、まさか彼女が自分が受け持っているクラスの生徒だったなんて……。

 その偶然に頭がくらくらした。地味な生活を送っていた私には刺激が強すぎる。

 いつもの私なら、面倒で彼女から逃げまわっていただろう。だが、私はもうそんな事はしない。面倒な事から逃げ出してなにも得られない人生を送るのはもうやめる。そう思って彼女が来た時もうやむやにせず向き合った。

彼女にあんな事をしてしまった事を謝ろうとしたが、「私が仕向けた事だから良いの」と言っただけで面倒くさそうに手を振ってそれを遮った。彼女はそんな事をなにも気にしていないようだった。

 授業の後に、他の女子生徒から彼女の名前が黒須純子で、セブンスに在学している実力派女優としてかなり有名な存在である事を聞いて仰天した。「ほんとに知らないんですか? 知らないのは先生ぐらいですよ〜」ときゃらきゃら笑われたが、本当に顔も名前も知らなかったのだ。

 偶然どころか、私が知らなかっただけなのだ……。

 私は頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。彼女はおそらく最初から私が自分の受け持ちの教師と判っていたのだ。

「先生って、結構もてるでしょ? さっき女子生徒にたくさん囲まれてるの見たわ」

 彼女がいきなりそう切り出した。まさかそんな事を言われるとは思わなかったので、かまえていた私はびっくりして素に戻ってしまう。

「え? そうかな?」

「そうよ。知らないの? 先生とても人気があってよ?」

「はぁ、そうなのかい?」

 なんだか不機嫌な表情のまま彼女はそう言ったが、私は間抜けな答えしか返せなかった。彼女が不機嫌なのは十分判るが、どうなだめて良いのか判らないのだ。

「知らないんでしょうね、私の事も知らなかったんですから」

 そんな私の態度がますます気に食わなかったのだろう、彼女は一層不機嫌そうに唇を吊り上げ、皮肉げな口調でそう言った。

「あ、そ、それは悪かったと思うよ……」

「私は先生の事を知ってたわ。良く女の子の噂になってるもの。……私の事、よくも『女優の卵』なんて言ってくれたわね」

「……済まない」

 しどろもどろに謝る事しか出来ない私をこれ以上責めてもしょうがないと思ったのか、はたまたかわいそうだとでも思ってくれたのか、この話はこれでお仕舞いになって彼女が話題を変えてくれる。が、それも私にとっては得意分野とはいいきれる話題では無かった。

「先生って、女の子に強引に誘われるタイプでしょう? いきなり女の子に誘われて、断るのがめんどくさいからそのまま付き合ったりしてたのではない? それで最後には『こんなつまらない人だと思わなかった』とか言われて振らたりしてたんじゃなくって?」

「良く判るね……」

 私はまたしどろもどろに苦笑するしか出来なかった。その通りだったのだ。

いきなり家に押しかけてきた女性を追い返す根性なんて私には無く、ずるずるとベットを共にして付き合っているうちに、女の子の方が「私を見てくれない」などと言い出し、その内あきれるか怒るかして別れるのが私の高校時代からのパターンだった。しかし、なんで判ったのだろう……。女の勘というものなんだろうか? そして、なぜ彼女はそんな事を私と話すのだろうか?

「先生、本当にご自分で判ってないと思うけど、もてるのよ? 私、不安だわ」

「はぁ……?」

 彼女が形の良い眉をひそめ、さぞ心配そうな目で私を見る。だから私は振られてばっかりでもてないんだけどなぁ……。それに、どうして彼女が心配しなければいけないのだろう。

「もう! 私は先生のことが好きなの! 最初から先生目当てで近づいて行ったのが判らないの! あの店で先生に会った時から私はそのつもりだったわ」

「そ、そうだったのかい」

 私はあまりの事に目を白黒させた。彼女はまた私をからかってるんだろうか? そんな事ある訳ないと思うのだが。自分で言うのもなんだが、彼女のような女の子に好かれる要素が自分にあるとは思えない。

「先生を落すのは苦労したわ。だって、正攻法が効かないんだもの。だから逆上させてやろうと思ってあんな強行手段に出たのだけれど……。フフ、先に既成事実を作っておけば話は早いと思ったの。のほほんとしてる時と怒ってる時のギャップがステキだったわ。やっぱり私が見こんだ通りの人だった。怒ってる貴方を見た時ゾクゾクしたもの。貴方を怒らせたのが私だと思ったらもっとゾクゾクしたわ」

「…………」

 私は無言だった。いや、こんな時どう言えば良いのか……。

「貴方はつまらない人なんかじゃない。自分が正しいと思う事や守るべき物に対してはどこまでも熱くなるし、どんな犠牲も厭わないでしょう? ほかの事にはほんとうに無頓着だから一見つまらない人に見えるけど、その力が正しい方向に向いたら凄いと思うの」

 得意そうにそう言いながら彼女は私ににこっと微笑むと、また言葉を続けた。

「謙虚に見えて実はプライドが高くて……、そうね、あとなんて言うか、良かれと思ったした行動が裏目に出てしまいそうな危ない所があるわ。私、そういう所に魅かれるの。他の女の子は貴方に見てもらえなかったようだけど、私は貴方に選ばれてみせるわ」

 魅惑的な笑みを浮かべ、まるで優秀な女科学者が観察結果を報告するかのように冷静にそう言う彼女にまたも何も言えなかった。彼女は私の嫌な部分を見たはずなのに、それでも私が好きだと言い切った。私は教師であるにもかかわらず怒りに任せて自分の生徒を抱いてしまったような人間なのに……。

しかし、良かれと思ってやった事が裏目に出てしまうような人という彼女のたとえには感心してしまった。たしかに自分でも核ボタンのスイッチを間違って押してしまうような要領の悪い所があるとは思う。

 だが、普通そんな所に魅かれるだろうか……? 今更ながら相当変わった子だと思う。

「う、うん……、あの事に関しては自分でもびっくりしたよ。でも、あんな事するのは酷いんじゃないかなぁ……。あ、いや、君にもひどい事をして済まないとは思っているけど」

 これが他の女の子だったら、私も彼女にした事に対してもっと罪の意識を抱いたのかもしれないし、彼女にされた事をもっと怒っていたかもしれない。だが、どうしても私には、そうなった過程に問題があり、酷いことをしたと言う気持ちはあるが、彼女を抱いてしまった事に対しての罪悪感は無いのだ。どうしてだろう? 彼女があまりにも堂々としているからだろうか? 私にはやましい気持ちは全く無かった。

「フン! なに言ってるの。宇宙人なんかに夢中にならないで私に夢中になれば良いのよ。くだらない研究してる暇があったら私を愛して。私を可愛がってよ。それにあれは私の方から誘ったのよ? なに私に謝ってるのよ」

 彼女は腰に手を当ててそう宣言すると、悪戯っぽく私の瞳の中を覗きこんできた。その時気が付いたのた。私がちっともやましいと思ってないのは、私も彼女を求めているからだと。私も彼女だから後悔したと思ってないのだ。あれは間違った事だと思ってないから、これからも彼女と一緒にいたいからまずい事をしたなんて思ってないのだと。

「私、貴方に支えてもらいたいの、もっと愛して欲しいの、誉めて欲しいし、傷ついたら慰めて欲しいの。ねぇ、バラがきれいに咲くのってとても手間をかけているからなのよ?」

 瞳を覗き込んだまま、息がかかりそうなほどに私にしなだれかかってそう甘く囁く。彼女の体はとても柔らかくて良い匂いがした。

「つまり……、私に君というバラの苗床兼庭師になれと言いたいのかい?」

「ええ、そうよ。貴方から宇宙人を奪った代わりに私をあげるわ。おつりが来るわよ? あの情熱で今度は私を愛して」

 なるほど……、と私は少し納得した。私が寝食忘れて研究に熱中した情熱でこんどは君に尽くせという訳なんだね……。

 わがままな物言いだったが、やっぱり私は彼女の事を嫌いにはなれなかった。彼女に相当酷いことをされた事についての怒りもちっとも残って無かった。いつのまにか彼女は私の心の中でそこまで許せる存在になっていたのだ。

 彼女のやり方は荒っぽかったが、かえって一人では到底出られなくなった殻を破り、私を中から引きずり出してくれた。駄目な人生を歩みかけていた私をまっとうな道へと戻してくれたのだ。

 感謝こそすれ、恨むという事は到底できないように思えた。私を支えてくれと言った彼女の方こそが私を救い支えてくれるのではないだろうかと思った。

 彼女がいる世界はことさら厳しい。彼女はその中で一人で頑張ってきたのだろう。世間一般の気丈で高飛車なイメージと違って、私は彼女がとてもけなげだと思い、とてもかわいいと思った。彼女を支えてあげたいと思った。世界が違うから、彼女を100%守ってやる事は出来ないけれど、私ができる限り精一杯守ってあげたいと思う。彼女が傷ついたときは慰めてやりたい。彼女に何かしてあげたい。女優としての気丈で高飛車なイメージも、たしかに彼女の一面なのだろう。だが、人には見せられない彼女の心の柔らかい部分を守ってやりたい。彼女が心を許せる唯一の人になりたいと思った。

「……それに」

 私がそう思っていると、思わせぶりに彼女がそう言って私の顔を見た。

「それに?」

 私が返事すると、彼女は悪戯っぽく笑い、秘密めいたしぐさでゆっくりと制服のポケットから銀色に光る物を取り出した。

「これ、貴方の宝物なんでしょう?」

「あ! 私のジッポ! 返しなさい!!」

 彼女の掌にあったのは、私が大切にしていたジッポライターだった。全く、いつのまにくすねた物か! 無いと思ってたら彼女が持ってたのだ。

淑女のように上品な態度を取るかと思ったら、路地裏の泥棒猫みたいな事を平気でする。だが、それは全然いらやしくなく、ごく自然なのだ。演技も気取りもないどちらもほんとうの彼女なんだろう。そんなギャップはいつも私を驚かせ、益々私は彼女に引かれるのを感じた。私は慌てて取り返そうと手を伸ばすが、彼女の方が一瞬早くぱっと私から離れて手の届かないところへ逃げた。

「嫌よ、返さないわ。どうしても返して欲しかったら……」

「返して欲しかったら?」

 手を後ろに組んで、子悪魔みたいな上目使いの表情で私を試す様に見る。私は彼女の言いなりになって鸚鵡返しに言葉を繰り返した。私は彼女に振りまわされているのが次第に楽しくさえなってきているのを感じた。

「私と結婚してくださる? そうすればこれは夫婦共有の財産になって貴方の元に戻ってくるわよ?」

 すました顔で爆弾発言をする彼女に私は驚いて目を丸くした。ほんとに、ほんとうにこの子は何を言い出すか判らない! なんという恐るべき女の子なんだろうか……? こんなはちゃめちゃな女の子は私が見ておいてやらないと駄目なんじゃないだろうか……。

「ええ!! き、君はまだ高校生じゃないか! しかも私は教師なんだぞ! 君の方こそそんな事をするとマイナスになるんじゃないのかい?」

 私が慌ててそう言うと、彼女が常識ぶったことを言って逃げようとする私を軽蔑するような目で見る。常識なんて野性の本能のままに生きてるみたいな彼女にはちゃんちゃらおかしい戯言なのかもしれない……。

「ふん。そんなの怖くないわ。私、やりたい事はやるし、やりたくない事はやらない事にしたの。プロデューサーを誘惑しそこねた時、貴方が私はそんな事しなくても絶対成功するって言ったじゃない、その時思ったのよ。女優として実力で認められてみせる。下手な小細工は使わない、って。それに、女優業以外の所で何をして非難されても、女優としての実力で帳消しにしてみせるわ。私にはその力があるもの」

 そう言い放った彼女に私は何も言えなかった。パワーも、根性も、生命力も、全ては彼女に負けている私にこれ以上何が言えると言うのか……。

「……そうかい。でも、うだつの上がらない教師の私と結婚して君はそれで良いのかい?」

 呆けたようにそう言うしかない。全く私の何が彼女のお気に召したのか判らない。ちょっとたじたじになって今にもキスしようと迫ってくる彼女から身をそらしてしまう。

「良いのよ! お金やステータスなんて私は男に望んでないの。いざとなったら私が貴方を養ってあげるし、欲しい物があったらプラダのバックもグッチの財布もみんな自分のお金で買うわ。地位や名誉だって自分の力で手に入れてみせる。私が男に求める物は愛だけなの。私が愛して、私を愛してくれる人が欲しいの!」

 欲しい物は欲しいと言い、恐るべき行動力で行動し、傷付く事は恐れない。高飛車で傲慢でわがままで自信に満ちており、実力も魅力もある。そう言い放った彼女は、ジャンヌ・ダルクもかくやというほどに凛々しくて男らしかった。私なんかよりもずっと……。

「それが私だと?」

 まだ悪あがきしてそう言う私に、止めを刺すように彼女ははっきりと頷いた。

「ええ、あの変な宇宙人に馬鹿みたいに没頭してる貴方を見て思ったの。この情熱で私を愛してくれたらステキだわって」

「黒須君……、あんまりにも君の思考はとっぴ過ぎるよ。私達はまだ会ったばかりなのに……」

「そんな呼び方嫌よ。純子って呼んで」

 彼女の言葉を遮ろうと言い掛けた私に、彼女が甘えて瞳を見上げてそう言った。ますます何も言えなくなる。意志薄弱だと思うが彼女の魅力に逆らえる男などこの世に何人いるだろう?

「私には貴方しかいないとピンと来たの。貴方が好きなの、結婚したいの。それだけなのよ? 何が悪いの? それ以上にどんな理由が要ると言うの? それとも、貴方は私の事が嫌い?」

 真剣な目でそう言われ、私はたじたじになった。彼女の真剣さが痛いほど伝わってくる。言っていることは本当にとっぴだが、彼女が伊達や酔狂でそう言っている訳ではないと思うと、軽々しく返事していいものか迷った。

「い、いや……。そんな事は無いけどそれとこれとは……」

 彼女に軽蔑されるのは怖かったが上手い言葉が見つからずにまたもごもごと実にならない返事をしてしまう。断るにしろ、承諾するにしろ、彼女は生半可な理由と覚悟では納得しないだろう。感情と感情がぶつかりあい、こすれて血が出てくるかのようだ。

 彼女の強さに魅かれる。彼女といると自分が変わるのが判る。

 私は自分が重大な決断を迫られているのを知った。

 彼女の申し出をどうするか? と言う事だけでは無い。

安寧だが空っぽの自分でいるのか?(苦しむ事も悲しむ事も無いだろう)

それとも努力し血を流して何かを得るのか?(努力は全く無駄になるかもしれない)

彼女がきっかけで自分自身に決断を迫られているのだ。

 私は、どちらを選ぶ?

「私は『運命の人』をずっと捜しているの。運命の人と結婚するのが私の夢なの」

 私にそんなきっかけを与えてくれたとも知らずに、彼女は真剣な目でそう言ってみせた。

 一瞬何を言ってるのかと眉をひそめたが、彼女は本気なのが痛いほど判る。

「私の運命の人はあなたよ、きっと」

「……もし私が違ったらどうするんだい?」

「次を捜すわ」

 彼女があっさりとそう言ったので思わず苦笑してしまった。全く……なんて子だ! ともう何度思ったか判らない事をまた胸の中で呟く。

「『運命の人』とはどういう意味なんだい?」

 いわゆる白馬の王子様を待っているのだろうか? 彼女もそんな夢見る乙女みたいな事を考えるのだろうか? と思ったのだが、少し首を傾げて言った彼女の返答はそれとはちょっと違うようだった。

「私を本当に愛してくれて、私だけを愛してくれる人が『運命の人』なの。もし途中で愛が無くなったら、それは運命の人じゃなかったって事。間違ってたって良いの。一生かけて探すんだから」

 まだ良く判らなかったが、つまり、彼女にとって運命の人とはそういうものらしい。特定の誰という訳で無く、彼女を愛し、彼女が愛した人は皆「運命の人」であり、もし何らかの理由で愛が無くなったらまた次の「運命の人」を探すのだろう。

 「貴方とならずっと一緒にいられると思うの。私、これまで好きな人は沢山いたわ。でも、こんな思いになったのは初めて。素の私を見て欲しいと思ったのも、見せても良いと思ったのも貴方だけなの。それを結婚という形にしたいのよ」

 おそらく、運命の人を捜すというのは彼女にとって生涯を賭けた終わりの無い旅なのだろう。一時の相手かもしれないが私を選んでくれたのは純粋に嬉しかった。

 だが、裏を返すと結婚してたって彼女は恋愛する。と言ってるようなものだ。彼女と結婚したからといって安心はできそうにない。私が彼女を愛すのを怠った時、彼女はすぐにでも他の男のところへ行ってしまうだろう。

 できるならば、ずっと彼女の「運命の人」でありたいものだ。

 そう思っている自分に気がついて少し吃驚した。

「ねぇ、私を選んでくださらない? 宇宙人が貴方を愛してくれるの? キスしてくれるの? 私の方がずっと柔らかくて気持ち良いし、ステキよ?」

 そう言いながら豊満な胸を私に押しつけてくる。たしかにずっと柔らかい……。いや、そうではなくて、彼女の熱烈なアプローチに根性の無い私はほとほと困り果てていた。
 彼女を断るだけの力が私に有るはずも無い。でも、このまま彼女の言いなりになって良いはずも無いしなぁ……。そう思いながらも、どうやら、心の奥では私の考えはもう決まっているらしい。自分の心が最初から決まっている事に実はもう気がついている。それでもうだうだと考えている所が私らしいといえば私らしく、不甲斐なかった。

「ねえ聞いて、私は貴方のことが好きなのよ? たしかに最初は私、あんな事があって落ちこんでたから他の女の子に人気の有る貴方を落せば自信回復になると思ったし、他の女の子に羨ましがられると思ったから近づいたんだけれど、貴方に車の中で慰めてもらった時、貴方のことが本当に好きになったの。本気になっちゃったのよ。私、貴方の前ではとても素直になれるの。素の私を貴方に愛して欲しいの。貴方じゃなければ駄目なのよ。貴方は私の愛を欲しがる事なんか無いの、だって、もう私は貴方の物なんだから。それを忘れないで。決定権を握ってるのは私じゃなくて貴方なのよ?」

 熱烈な瞳でそう訴えたが、明かに主導権は彼女が握っていたと思う。このまままたずるずると彼女の言いなりになってしまうんだろうなぁ……。という予感がチラリと頭を掠める。

 でもそれも嫌では無かった。第一彼女の入念な計画によって(?)もうすでに既成事実だって有るのだ。いまさらじたばたしても彼女にかないっこ無い。

「私が……、君に逆らえると思ってるのかい?」

 観念して私はそう口に出した。良いだろう。私を好きにすれば良い。訳有りの過去も、我侭な性格も、波瀾に満ちてるに違いない未来もすべてを受け入れて愛してあげよう。

 私の言葉に彼女の目が驚きに丸くなり、次の瞬間、心底嬉しそうに笑った。なんてカワイイのだろう、この子は……。可愛くて、わがままで、すごい生命力とエネルギーを持っていて、バイタリティにあふれている。そこら辺の男なんかより根性があって、エレガントな淑女かと思えば自由奔放、天衣無縫の野生児のようだ。

 そんな彼女が心の柔らかい部分を私に見せてくれ、それを守ってくれと言うのだ。私はもうすでに彼女の魅力の虜で、彼女さえ良ければ申し出を断る理由は全く無い。

「嬉しい〜〜」

 そう言うなり泣き出してしまった彼女にまた私は驚かされてしまった。

「な、泣くのは止めなさい!」

「だって嬉しいんだもの〜〜。変な顔だから見ないで〜〜」

 大粒の涙をぽろぽろと流して顔をくしゃくしゃにする彼女の姿はたしかに綺麗とは言いがたかったけど、私はその顔を心底かわいいと思い、愛しかった。顔を見られるのを嫌って私に背を向けてしまう彼女を振り向かせる。涙に濡れた彼女の瞳が私を見上げた。ポケットからハンカチを取りだし、そっと涙を拭ってやる。

「私にはみっともない所を見せてもいいんだろう? それが私の仕事だからね」

 そう言うと、軽く彼女の唇にキスした。彼女を慰めるためなら学校内だろうとなんだろうともうどうでも良かった。道徳も社会常識も関係無かった。いざとなったら彼女の為に学校を辞めてもかまわない。私の人生でもっとも優先すべき事は彼女の事。つまらない私の人生も、彼女といれば価値がある。

 私がキスすると、彼女は今度は見る見るうち真っ赤になってしまった? あれあれ? と思っていると、今度は私にしがみついてまたわんわん泣きじゃくる。

 私のベストが彼女の涙でどろどろになってしまうだとか、次の授業があるだとか色々あったけど、もうそんな事は泣いている彼女を抱きしめてあげる事に比べれば些細な事だった。これから私は彼女のために動き、彼女のために尽くし、彼女の為に生きるだろう。それで良いのだ。その代わりに純子は私に何倍もの大きな物をくれるだろう。

 こうなることは純子が私の前に現れた時から判ってたのかもしれない。

 彼女の魔眼は最初から私を虜にして好きなように動かすのだから。

                                

                         
ENDE


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