世に五嶺の花が咲くなり










 「身捨つるほどの祖国はありや」とかつて言った詩人がいる。


「ついにアタシたちは、禁魔法律家どもの居場所を突き止めようとしている。アタシたちの悲願を果たす時がやってきたんだ」

 五嶺グループ本部の壇上で、五嶺様がそう仰った時、あたりは湖の水面のように静まり返った。

「だがよく考えて欲しい。これは死を賭した戦いになるだろう。間違いなくアタシ達の側に人死にが出る」

 五嶺の百ある支部から集められた兵どもが、一心に五嶺様を見つめ、その言葉を待っている。

「間違いのないように言っておくけどねぃ。ここで引く事はけして恥ではない。こんなことにお前たち社員を巻き込むのはアタシのわがまま。矛盾しているが、大事なお前たちに傷付いて欲しくないというのもアタシの本心だ。たとえ引いても、それを咎めるものはこの中にはいやしないし、そんなことはアタシがさせない。むしろ危険を冒してここまで付いてきてくれた事に感謝している、なにも禁魔法律家と戦わずとも、お前たちは間違いなくグループの一員だし、他にもグループのために貢献できる事などいくらでもある」

 一呼吸置いて、五嶺様は壇上の上から集められた選りすぐりの兵をぐるりと見渡した。

「それでも、それでも、アタシと共に来てくれるというものは、一歩前へ出て欲しい。アタシに力を貸してくれ!」

 五嶺様のお声に力が篭った。ついに悲願達成の時が目前に迫っているのだ。五嶺様のよく通る声が響き渡り、その余韻が消える前に俺は大声で言う。

「志願者は前へ出ろ!」

 俺が叫ぶと、信じれないことがおこった。

 居並ぶ社員が、全員一歩前へ出たのだ。

 ざっと音をたて、縦の列も、横の列も、まるで揃えたかのように綺麗に一歩前進した。

 五嶺様と、俺達社員の気持が一つになった。

 なんという光景か。俺は今までこんな凄い光景を見たことが無い。目に涙が溢れた。見れば、どいつもこいつも感極まった顔をしている。あるものは感激で涙ぐみ、あるものは誇らしげに。俺達は今か今かと待ちわびていたのだ。五嶺様に「行け」とただ一言命令される日を。

「世界最強のお前たちさえいれば、アタシにできない事は無い!」

 力強く五嶺様が叫び、俺達もそれに答える。


「五嶺様万歳!」

「五嶺様万歳!」


 どこからとも無く、誰からとも無く叫んでいた。五嶺様万歳の声がうねり、興奮と熱気に包まれる。誰もが熱病にかかったように五嶺様の名を呼び、歓喜に身をふるわせる。五嶺様さえ居れば、俺達にできぬ事はない。皆がそう伝えている。

 この人のために生きたいと思い、この人のために死にたいと思う価値のある人に出会えるという事が、どれほど幸せな事か。

 この人は、俺達に仕事を与え、生活の糧を与え、守り、慈しんでくれた。そしてなによりも俺達に夢を見させてくれる。

 まるで五嶺の奴隷だと揶揄するやつがいるが、それはとんだ見当違いだ。

 俺達は自分の意思で五嶺様に付き従っているのだ。それがどんなに素晴らしい事か判るまい。


 俺達は、五嶺様のためなら喜んで身を捨てる。

 そう言い切れることがどれだけ幸せな事か。


 俺達は見たいのだ。

 五嶺陀羅尼丸という名の大輪の花が咲き誇るのを。

 俺達は咲かせてやりたいのだ。

 五嶺陀羅尼丸という名の名花を。


 世に五嶺の花が咲くなり。

                                                               終

20090227 UP
初出 20060812発行 世に五嶺の花が咲くなり

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