あなたにしか叶えられぬ約束








 「この仕事が上手くいけば、お前の言う事を何でも聞いてやる」などと、なぜ言ってしまったのか。

 五嶺魔法律事務所の再起をかけた、大きな仕事。

 準備は万端。見事な戦術と華麗な執行で予定通り依頼を片付け、さすが五嶺魔法律事務所! と拍手喝さいを浴びたのもつかの間。

 当然のようににっこりと微笑んで賞賛の言葉を受けていた、優雅に扇を使う五嶺の手が次の瞬間、止まる。

 依頼主に悪霊を差し向けた誰かは、よっぽど激しい恨みを残していたらしい。最初の霊が消えれば、次の悪霊が現れる、二段構えの呪いをかけていたのだ。

 

 新しい、激しい恨みに満ちた強力な悪霊が五体。こちらはほぼ煉も魔具も使いはたし、得体の知れぬ悪霊に戦略のたてようもない。

 誰しも、一度退くしかない。と思った。五嶺でさえも。

 その圧倒的な劣勢を覆すきっかけの言葉。

 「この仕事が上手くいけば、お前の言う事を何でも聞いてやる」

 本気でどうにかしてくれると思ったわけじゃない。どうにかなれば儲けものだと期待せずに言ってみただけだ。

 だが、「約束ですよ」と口にしたエビスの目は本気だった。

 後々までに語り草になる、恵比寿花夫裁判官の活躍が伝説となった夜。


 ……の翌々日。


「ほんとうにご苦労だったねぃ、エビス」

 上機嫌で、五嶺は珍しくエビスをねぎらう言葉をかけた。

「お前、もっと寝ていればよかったのに、変な時間に起きたもんだねぃ」

 煉を使い果たし、一日以上眠っていたエビスが目覚めたのは、すでに夜。身だしなみを整え、五嶺の元にご機嫌伺いに来たときには、屋敷の皆はそろそろ寝につこうかという時間だった。目の前の五嶺も、寝巻きを身につけ、寝所にはすでに布団が敷かれている。

「はぁ、日ごろの早起きがあだになったみたいで。一日中寝たおかげで、体力は余り余ってるんですけど」

「アタシも起きたのは今日の昼すぎだから、今時分でもあまり眠くないんだよねぃ。ま、明日も休みなんだから好きにしたらいいさ」

 寝巻き姿の五嶺を見て、エビスは慌ててまた改めると言ったのだが、手持ち無沙汰に三味線を爪弾いていた五嶺は、機嫌よくエビスを寝所に招きいれたのだ。

「起こしてくださればよかったのに」

「今回の功労者にそんな事できるわけ無いだろ?」

 五嶺の世話をするのはエビスの喜び。本気でエビスはそう言ったのだが、五嶺はなに言ってる。と本気にしない。普段なら、前日どんなにこき使おうが容赦なく叩き起こす所だが、今回のエビスの功績は、五嶺にそうさせなかったほど大きかったのだ。

 本当は、エビスは自分以外の誰かが五嶺の世話をしたと思うだけで悔しいのだが。

「お前のおかげで、一時は地に落ちかけたうちの事務所も面目躍如だ。さぁ、褒美は何が良い? アタシは吝嗇じゃないってとこ見せてやるよ」

 大盤振る舞い。と言って良いほどの五嶺の言葉。普段のエビスなら、歓びと感激の余り涙を流しただろう。

「え?」

 だが、エビスが見せたのは喜びの涙ではなく、むしろ不満そうに眉を寄せた表情。

「五嶺様、俺の願いは最初に申し上げたはずですが」

 五嶺の申し出の何が不満なのか、逆にエビスは五嶺を責めるように詰め寄る。

「……そうだったっけねぃ」

 五嶺が、エビスの視線から逃れるようにそっぽを向きながら言った。

 忘れたとは言わさない。とエビスの顔がきっと五嶺を見る。エビスは、この願いをかなえてもらうためだけに死ぬ気で頑張ったのだ。

「ま、まぁ、おまえも考え直したりする事もあるだろうし」

 こほんとわざとらしい咳払いをして、誤魔化すようにそう言葉を口にすると、エビスは間髪おかずきっぱりと答える。

「ありません。俺の願いはただ一つです」

「……エビス、あんなもの夏の夜の花火だよ? それよりもっと後々まで残るものをだねぃ……」

「夏の夜の花火で結構です。俺が欲しいのは癒しと思い出です」

 なにがなんでも。という決意を持った顔で、エビスがずずいと五嶺に近づいた。

「五嶺様」

「な、なんだぃ?」

 エビスの余りの迫力に、思わず五嶺が身を引く。

「約束したはずです!」

 なぜ、あんな約束をしてしまったのか……。

 その場の勢いで。としか言いようが無い。

 あのときの事を思い出して、五嶺がうぐっと言葉に詰まる。

「おっぱい見せてくださると!!」

 そうこいつは確かに言った。




「この仕事が上手くいけば、お前の言う事を何でも聞いてやる」

 五体もの恐ろしい悪霊の出現に、あちこちで恐怖の悲鳴が上がる。逃げ出そうとパニックになった人の流れの中で、五嶺は傍らのエビスに言った。

 他のものが人々を急いで逃がし、一時的にしか持たないだろうが、なんとか陣を敷き、悪霊を足止めする。

「五嶺様、ご指示を!」

 誰かが怒鳴る。

「五嶺様、具申いたします!」

 何人かいる裁判官達が、五嶺にさまざまな策や意見を進言し、五嶺の言葉を待っている。

 五嶺の額に汗が一筋伝った。

 霊のタイプは? 残っている魔具は? 使える人数は? そしてアタシはどこまでやれる?

 退くか、戦うか。

 残ったものの体力を考えると、退いた方が良いに決まっている。だが、これはチャンスでもあるのだ。

 ここで逃がせば、今度はもっと執行が困難になるかもしれない。ここで逃がせば、この悪霊は何をするかわからない。

「何でも、ですか?」

「ああ、何でもだよぅ!」

 エビスに怒鳴りつけ、すぐに戦略を立てる事に没頭する。

 さまざまな可能性と現実を天秤にかけ、判断を下そうと五嶺が頭をめぐらせる。

 危機にありながら血が騒ぐ。気分が高揚して、疲れていたはずなのに恐ろしいほど力がわき、思考がシャープになる。

「では、五嶺様の……、見せてください!」

「うるさくて聞こえん!」

 怒鳴りつけると、エビスが五嶺の耳もとで叫び返す。

「五嶺様のお……見せてください!」

「判った、見せてやるよぅ」

 勢いでそう言って、ぐるりと周りを見渡す。

 ガシィーン、ガシィーンと中で体当たりをしているらしい凄い音がして、霊を足止めしている結界にひびが入っている。やがて破られるのは時間の問題だろうが、魔縛りは確かに効いた。

 油断は禁物、確かに恐ろしい相手だが。

 勝てぬ相手ではないねぃ!

 不適に微笑む五嶺の顔を見て、周りのものの表情も変わる。

「五嶺様、ご指示を」

 誰もが、五嶺を信じきった目で指示を待っている。引く気はないと言っている。

 こいつらとアタシなら、やれる!

「エビス、八十二手、やれるねぃ?」

「はい」

 自信に満ちた顔で頷くエビスに、五嶺が判った。というように頷き返す。


 五嶺が口にした戦略は、エビスの活躍が成功の鍵だった。もっとも危険で、もっとも重大な役を与えられ、エビスの顔が引き締まる。

「エビス、行きます。五嶺様は詠唱を!」

「判った、行けぃ! 皆のもの、八十二手を使うぞ。準備はよいか?」

 はっ! と力強い返事が五嶺を囲む。

「散れぃ!」

 声と共に五嶺の扇が天を指し、単独行動のエビスを除く裁判官達がさっと散った。与えられた戦略に従い、よく統制された動きで陣を張る。


 五嶺が再び拍手と賞賛を浴びるのは、夜もあけた頃。

 髪は乱れ、着物も着崩れてはいたが、朝日を浴びながら微笑む五嶺はとても美しかった。その周りを、満身創痍の皆が取り囲み、まるで勝利の女神を見るかのような崇拝しきった表情で跪いていた。



「全くお前は馬鹿だねぃ! このアタシがなんでも褒美をやるって言ってるのに、よりにもよって乳だと? ふざけるのも大概にせい!」

 先ほどの機嫌のよさとはうって変わり、恐ろしい表情で、五嶺がエビスを睨みつける。

「ふざけてなどおりません! 五嶺様、約束を果たしてください!」

「黙れこの豚が! 誰に向かって口をきいてる!」

「約束を果たしてくださらないと言うのなら、俺はなにもいりません」

「それではアタシの気が済まん!」

 このエロ豚、殺されてぇのか。と目が言っている。

 ぎろ。と目で人が殺せそうなほどの迫力で五嶺はエビスを見たが、エビスは退かない。

 真っ青になりながらも負けじと五嶺を睨みつけるエビスの決意に、五嶺が唇をかむ。五嶺に絶対服従のエビスがここまでするのは、よっぽど、よっぽどの事なのだ。


 エビスの申し出はむちゃくちゃだが、そのむちゃくちゃを承諾したのは五嶺自身。どう考えても部が悪い。

「若が本当にお嫌なら結構。無理強いしたくありません。その代わりエビスも我侭を通させていただきます」

 エビスはそう言って、頭を下げ、後ろに下がり五嶺の部屋を出ようとする。

 ぎり。と白い歯が赤い唇を噛み、うめくような声が綺麗な唇から漏れた。

「エビス、待て」

 五嶺の声に、弾かれたようにエビスが顔を上げる。

「判った」

 ため息をつきながらそう言った五嶺に、エビスの顔がぱっと嬉しそうに輝く。

「見せてやる」

 凄い速さで五嶺の前に戻ってきたエビスが、慌ててポケットを探る。

「すいませんちょっとお待ち下さい」

「は?」

「目薬さすんで」

 呆れ顔の五嶺をよそに、エビスは目薬を差し、「こうすると目の疲れが取れるんです」と言いながら瞼の上から眼球をぐっと押さえつける。

「……お前ィさん、馬鹿だろ?」

「五嶺様に関することでしたら、俺はいつだって馬鹿がつくほど必死ですが」

 エビスは、いたって真面目な顔で堂々と言い、逆に五嶺の方が恥かしいほどだった。

 この野郎……。

 エロで破廉恥で恥知らずで最低な信じられない事を要求してるのはそっちなのに、何でアタシが動揺しないといけないんだぃ!

 以前ならエビスがこんなことを思っただけで殺されていたに違いない。

 だが、今は、エビスの言う事に、信じらねぇ奴だと怒りも感じるが、完全に拒否できないのは、求められるのが嬉しいからだ。

 顔を赤くした五嶺が、照れ隠しにきつい声を出す。


「おっ、お前があんまりしつこく言うから仕方なく見せるんだからねぃ! お前以外には絶対に誰にもこんな事しないんだからねぃ! 判ったか!」

 声が思わず上ずったのは仕方があるまい。

 エビスに抱かれた事があるとはいえ、体を見られるのは気が遠くなりそうに恥かしい。

 第一、五嶺がエビスに体を見せたのは、トーマスとの一件の傷が癒え、エビスが退院した後、気持ちを確かめ合い、初めて抱かれた夜、ただの一度だけなのだ。

 あとは、人目を忍んで指を絡ませ、まだぎこちない口付けを数度交わしただけ。

「お前のような豚にアタシの体を見せてやるんだから、ありがたく思え。一生感謝して一生アタシの側で下僕として働くんだよぅ」

 口調だけは強気で言い、正座したまま腰の紐を解く。

 緩められた襟を掴んで、強気な口調とは裏腹に、恥らった表情でそっと左右に開いた。

 滑らかな白い絹布の間から現れた、胸の谷間。

 そっと広げられる布地の下から、普段はさらしに巻かれて厳重に隠されている、白くて柔らかいふくらみが姿を現す。

 五嶺がかすかに身じろぎすると、ぷる……とかすかに震える、熟れた果実よりずっと美味しそうな乳房。

 青い静脈が透けて見えるほど透明感の有る肌に、つんと上を向く初心な桜色の乳首。

 布の間から見えるなまめかしい腹やへそが色っぽい。

 恥らいながらも、エビスの求めに応じて乳房を見せる五嶺の表情に、思わず唾を飲み込んだ。

 巨乳というには物足りないものの、エビスの憧れをほぼ完璧に形にしたその乳房に、思わず感動の声を上げる。

「きれい、です」

 あとは感動のあまり声も出ない。ただ一心不乱に、食い入るように扇情的な五嶺の姿を見ている。

「……エビスの」

「はい」

「泣くこたないだろぃ」


 呆れ顔で、ふうーと五嶺が大きくため息をついた。本当は、アタシの体はエビスを満足させられるだろうか。と内心で少しびくついていたが、まさか感動のあまり泣くとは。まったくもっていらぬ心配だった。

「こんなもんのなにが良いんだかねぃ」

 一度見せてしまうと大胆になった五嶺が、自分の乳房を鷲づかみにして、首をかしげながら呟く。

 五嶺の細い指が乳房に食い込み、すごくいやらしいのだが、本人は気がついていない。

「五嶺様愛してます」

「おいどこに話しかけているんだぃ」

 目線は乳から離さぬまま口を開いたエビスに、五嶺の機嫌が悪くなる。

 お前が好きなのは、アタシじゃなくて乳か!

 アタシの本体は乳か! 乳ならなんでもいいのか、ええ?

「ああっ」

 エビスが悲しい声を出した。五嶺が、開いていた襟を合わせてしまったのだ。

「もう店じまいだよぅ」

「そ、そんな。延長! 延長お願いします! 明日からもっと馬車馬のように働くんで!」

 訳の分からぬ会話を交わすが、五嶺はさっと寝巻きを調えてしまう。

「馬鹿。お前アタシと乳とどっちが好きなんだ」

 いらいらとした声で言うと、エビスがきょとんとした顔をした。

「どうしてそんな事を聞くのですか?」

 心底判らない。というエビスの顔。

「俺の願いは、五嶺様にしかかなえられないじゃないですか」

 五嶺様のだから、見たいのに。

「欲しけりゃ、自分で見ろ。お前に出来るんならねぃ」

 エビスを小馬鹿にして、五嶺がふんと鼻で笑った。

 土下座して泣いて頼むんならちらっとだけ見せてやらんことも無いねぃ。

 そう思った瞬間、エビスが気配を感じさせず立ち上がった。

「では遠慮なく」

 すっと音もなく近づき、拒否するまもなく、声と共に抱きしめられる。

 しゅる……と紐が解ける衣擦れの音が遠く聞こえる。

「えっ!」

 驚きの声を上げた時には、エビスに寝巻きを掴まれ、すとんと肩から落とされていた。

 上半身を何も身に付けず、露な姿にされ、怒るのも忘れて呆然とする。

「この、豚がっ!」

 呆然とした顔が、自分のされた事を悟るにつれ、見る見るうちに真っ赤になり、怒声と共に、エビスを張り倒そうと手が上がりかけた。

 この破廉恥で無遠慮な男は、次の瞬間には、頬に赤い手形をつけ、部屋の隅まで転がるはずだったのだ。

 だがすかさず、エビスのぷにっとした手が、つん。と桜色の乳首を突付く。

 びくん! と大きく五嶺の体が痙攣した。

「んっ!」

 手を振り上げたまま、ぎゅっと目を閉じ可愛い声を出してしまう。

 もう片方も、つくんと突っつくと、もうエビスを引っぱたくどころではない。

「あんっ!」

 思わずいやらしい声を出して、真っ赤な顔をして快感にぷるぷると震える。ようやくそれが治まった頃、エビスと五嶺の間に微妙な沈黙が下りる。

 エビスの与えた不意打ちに、乳首が可愛らしくつんと立っている。これでは何をしても迫力などあるはずもない。

「…………」

「…………」

「今のは聞かなかった事にしろぃ」

 頬を染め、そっぽを向いて言いながら、その一言で何事も無かった事にしようとした五嶺だったが、無理がありすぎた。

「おいエビス」

 返事をしないエビスに不満そうに再び声をかけると、いきなりエビスがぎゅうっと五嶺を抱きしめる。

 息も止まりそうなほど強く抱きしめられ、あっけに取られている五嶺の唇をエビスが塞いだ。

「んんっ!」

 五嶺の全てを奪い取ろうとするかのように、息をする事も許さないエビスの強引なキス。

「ふぁ……」

 体も心も溶かされるようなキスに、五嶺が呆けた顔で甘い吐息をつくと、エビスが首筋に舌を這わせながら、乳房を鷲掴みにする。思わず、正座していた五嶺が膝立ちになった。

 あちこちにキスを落とされ、胸を揉みしだかれる。

 両手で五嶺をぎゅっと抱きしめたまま、エビスが顔だけ動かして、五嶺の乳首を舐め、吸い上げる。

 ちゅば……と湿ったいやらしい音が羞恥心をあおる。

 女の肌の甘い匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、顔を擦りつけ、エビスが夢中になって五嶺を求める。五嶺の乳房は、柔らかいが、適度な弾力でエビスを押し返してくる。

「そこまでして良いとは言って無いっ、あっ」

 慌てて逃げようとするが、エビスの手は五嶺を離さない。

 乳首を吸い上げられ、快感に背をそらす。じんと体がうずき、下腹部が熱を持つ。

 じゅんと熱いものが体の奥から溢れるのを感じた。

 抵抗する五嶺の体から、力が抜ける。膝ががくがくして、体勢を保つのがやっとだ。

「エビス、アタシにそんなことして良いとでも……。あっ、ん」

 言葉ではそういうものの、口調は弱々しい。

 つ……と太腿を伝う熱い蜜、触って欲しい。と思わず腰をくねらせる。

 体が歓び、エビスの指を、舌を求めているのだとどうしようもなく思い知らされる。

「駄目、エビス。ああっ!」

 エビスの愛撫に、体が高ぶる。いや、高ぶらされている。荒い息のなかに、嬌声がまじり、やがて、五嶺の唇からは、甲高い声が途切れなく漏れる。

「やっ、あっ。んっ、イ……く。あっ、駄目、エビス、イくっ!」

 下腹部のじんじんという疼きは大きくなるばかり。

 片方に吸い付きながら、エビスの指が反対の乳首をつまみ、ころがす。

 指の腹でくにくにと弄られ、焦らすように乳首の周りを舐められる。

「あっ、あっ。ああっ、あぁーーーっ!」

 快感がせりあがってくる。まるで押し寄せる津波のように五嶺を飲み込み、髪を振り乱して、背を思い切り反らせる。

 上り詰める。体も心も焼き付きそうな強い快感に、頭が真っ白になりただ声を上げる。

 駄目だって言っているのに! と思うと、子供のように涙が落ちた。

 膝立ちのままイかされて、ひくん、ひくんと体が痙攣し、はぁはぁと息をつき、涙目のまま五嶺が俯く。

 ぎゅ……とエビスが五嶺を抱きしめた。まるで、愛しくて我慢ができないとでも言いたげに。

 エビスの手が、体にまとわりつく寝巻きの裾を割り、布をたくし上げて太腿に触れ、上へ登ろうとするのを、五嶺の手がはしっと押し留めた。

「それ以上は駄目だ!」

 あれほど乱れていた五嶺が、鋼の意思でエビスの手を留め、悲鳴のような声を上げる。

「どうしてです? 五嶺様は欲しくはないのですか?」

 エビスの責めるような声。

「やっと五嶺様とお心を通い合えたと思うのは俺の勘違いなのですか?」

 エビスの顔が辛そうに歪み、エビスを拒んだ五嶺の胸が痛む。

「あの夜のことは、俺の夢ではないのかと思うたびに、辛くて胸がつぶれそうです。あの玉響の時間が、今の俺を支えているんです」

 ただ一度だけ味わった夢のような時間がエビスを支え、エビスを蝕む。


 欲しい、欲しくてたまらない。でも、与えられない。こんなに近くにいるのに。

 一度知ってしまった五嶺の味を忘れる事など出来ない。まるで中毒患者のように狂おしく求めている。

 体の飢えも辛いが、なによりも、心が飢えている。

「夢なものか……」

 五嶺が呟いた。

「お前と初めて交わったあの痛みが、夢なものかっ!」

 悲痛な声に、びくっとエビスの体が動いた。

「アタシだって抱いて欲しい。でも、アタシは誓ったんだ。グループを再建するまで自分を律するって」

 ぶんぶんと頭を振り、エビスが欲しい。と思う気持ちを振り払う。

「アタシを誘惑するな」

「誘惑しているのは五嶺様です」

 うつろなエビスの声に、五嶺が思わずエビスの顔を見た。

「エビスは少々疲れました」

 ぽつりと呟かれたエビスの本音。呆けたような顔の目の焦点は合っていない。

 寝る間も惜しみ、エビスはただひたすらグループ再建のために駆け回ってきた。

 やりがいの有る仕事である事は確かだ。

 だが、常に緊張の中に身をおき、安らぎなど無かっただろう。

 グループ再建を果たせば、一緒になる。その、いつ果たされるともわからぬ約束のために、エビスは身を削ってくれていたのだ。

 エビスはずっとアタシを支えてくれていた。

 エビスを支えるものは何もなかった。ただアタシへの思いだけ。あの玉響の時間だけを胸に、長い長い間エビスは一人孤独に耐えていたのだ。

 自分のことばかりに必死で、エビスを気遣う暇など無かった。

 そう気がつき、心が痛んだ。

「も、申し訳ございません」

 はっとエビスの顔が正気を取り戻し、自分の失言に慌てて頭を下げた。

 エビスの目から熱が消える。疲れと孤独がその目を覆ってしまう前に、五嶺はエビスの目を覗き込んだ。

「アタシもお前も、頑張ったよねぃ?」

「はい」

 五嶺の囁くような声に、エビスが頷く。

「なら、ちょっと位のご褒美はいいんじゃないのかぃ?」

 エビスをからかうような五嶺の声。

 ちゅ……と音をたて、五嶺がエビスに口付けた。

「お前にも、アタシにも。まぁ願掛けは中断しちまうけどさ。神様仏様なんぞに頼らなくったってアタシとお前ならやれるよねぃ」

 突然のキスにあっけにとられた顔をしたエビスに、五嶺がにっこりと笑って言う。

「エビス」

 熱を帯びた五嶺の目。甘い吐息とともにエビスの耳元で囁く。

「知ってるだろうけども、アタシは凄く……」

 腰の辺りに布をまとわりつかせただけ、という五嶺に抱きしめられ、耳元に熱い息を吹きかけられながら囁かれる言葉に、エビスが硬直する。

「濡れてる」

 囁きながら、くく……と喉の奥で笑う五嶺の声。その艶っぽさに理性が溶かされる。

 冷めかけた体の熱がうずきだす。血が集まる。五嶺の素肌や体の柔らかさを感じ、男の性が頭をもたげ、エビスを支配する。

「抱いて」

 甘い毒のような五嶺の言葉。

 「うう……」とエビスがまるで獣のようなうめき声を上げる。ずくんと体が大きくうずいた。

 抱けばもっと欲しくなるのに。苦しむのは判りきっているのに、逆らえない。

 ずっと心に秘めていた望みが叶うのならば、あとのことなど知るものか。

 ただ五嶺様をこの腕にかき抱き、存分に味わえるのなら、後はどうなろうと構わない。

「おっ、俺も、五嶺様が欲しくて、その」

「知ってるよぅ」

 言葉と共に滑り込む五嶺の手。

 耳元で笑いながら、エビスをまさぐる。五嶺の手が、ぐっとエビス自身を掴んだ。

 手の中の熱くて硬いエビスの感触に、五嶺がにやっと笑う

「こいつ、勃ってやがる。アタシが欲しいのかぃ?」

 軽く掴んで扱き上げると、ぴくんとエビスが脈打ち、呼吸が乱れる。手の中で硬さを増すエビスにうふふと五嶺が笑う。

「はい……」

「この、エロ豚が。どうせそんなことばかり考えていたんだろぅ?」

 意地の悪い囁きに、エビスが反撃に出る。

「五嶺様だって、濡れてらっしゃるくせに……」

「乾かないうちに、挿れてくれ、エビス」

 まだ余裕ありげに軽口を叩く五嶺の挑発に、エビスがかちんとくる。

 止めるまもなく、エビスが膝立ちの五嶺の寝巻きの裾の奥へ指を滑り込ませる。

 太腿をなで上げ、くちゅ……と指先に湿り気を感じた瞬間に、五嶺がびくんと体を痙攣させる。

 下着、つけてないのか。

 エビスが少し驚く。布を取り払えば、五嶺の全てが露になる。そう思うとますます興奮した。

 すでに胸をさんざん舐られ、揉みしだかれ、五嶺の体は相当敏感になっている。

「あんっ」

 五嶺の蜜で濡れた指の腹で、ぬるりと敏感な芽をなで上げると、ぶるぶるっと体がふるえる。

 先ほどの強気はどこへやら、エビスにしがみつかないと崩れ落ちてしまいそうだ。

 そんな感じやすいくせに俺に喧嘩売るんだからなぁ……。

 でもそこが五嶺様らしい。

 エビスの指が、くちゅくちゅと五嶺を愛撫し、五嶺はぎゅっと眉根を寄せて、エビスにしがみつく。

 唇からは甘い喘ぎ声が漏れ、エビスに触れる体は頼りなく震えている。

 にゅぷ……と吸い込まれるように指先を体の中にもぐりこませると、「あうっ!」と背が反り返った。

「そんな、指、入れられたら、立ってられないよぅ……」

 ゆっくりとエビスの指を出し入れされるたびに、腰がとろけそうなほどの快感を感じる。

 不意に指を引き抜かれ、思わず恨みがましい目でエビスを見ると、エビスは五嶺に口付けながらそっと夜具に身を横たえさせる。

「灯り、消して……」

 五嶺の小さな声に、エビスが部屋の明かりを消して、枕もとの淡い灯りだけを残す。

 あたたかな光は、五嶺の肌を美しい象牙色に染め、陰影をつける。

「まだ少し痛むかもしれませんけど」

「……それでもいい」

 エビスの声に、五嶺が囁くように返事をする。腕を伸ばして、エビスの首を引き寄せ、口付ける。

「あ、ん……」

 舌を絡ませあいながら、エビスの手が乳房をまさぐる。

 エビスの唇が、唇から胸元へキスを落とす。へそに口付け、足を開かせると、膝の裏に手を回してがっちりと固定し、溢れる泉に口を付ける。

「くぅっ……。ああっ、エビスッ、やぁっ、ああっ」

 快感に五嶺の体が跳ね上がり、思わず暴れるが、エビスの男の力でがっちりと抱えられ、びくともしないまま、恥かしい部分を貪られる。ぴちゃぴちゃと音を立てて、五嶺の意思などお構いなく舐め上げ、啜り、舌をねじ込むエビスに、アタシはエビスに食われてるんだ。と被虐的な気持になる。

 髪の毛を撫でて、キスをして、時に激しく、時にゆっくりと、十分に、丁寧で心地よい愛撫を受け、蕩かされる。

「ずいぶん柔らかくなってきましたよ、ここ。そろそろ……」

 エビスが、五嶺の体の中に指を二本出し入れしながら、五嶺の顔を見る。

 指では物足りない。

「エビス、焦らさないで早くっ!」

 五嶺の声にエビスが頷き、根元を掴んで、ぐっと五嶺にあてがう。

「んううっ……」

 五嶺の顔が苦しそうに歪む。

 一度しか男を受け入れた事の無い体はやはりまだ挿入には慣れていなかったが、丁寧な愛撫で、十分濡れた体はエビスを少しづつ受け入れる。

「きつい、けど、なんか、前より変だよぅ……」

 エビスを体の奥に感じ、荒い息をつきながら五嶺が言った。

「あっ!」

 ず……とエビスのものが、体の中をひっかくたび、びくんと体がふるえる。

「そこッ!」

 少し引き抜き、ぐ、と再度そこをこすると、今度は強い快感を感じる。

「そこ突かれると、おかしく、なるようッ!」

 足を開き、エビスを受け入れた五嶺が、切ない目でエビスを見上げる。夜具の上に扇状に広がった黒髪が乱れ、うっすらと汗ばんだ体で荒い息をつく。

「ふぅっ、あんっ、あっ」

 少し激しく出し入れすると、涙目になって五嶺が身悶える。手に噛み付き、はしたない声を出すのを我慢しようとしているようだが、すぐに唇から声が漏れてしまう。

 わざと、五嶺の胸がゆさゆさといやらしく揺れるようにエビスが突く。仰け反った白い喉元とあいまって、ものすごくいやらしい。

「いや、なんだぃ、これっ」

 快感に濡れた、五嶺の戸惑った声がエビスをますます興奮させる。

 初めて交わった時は、痛みも余り無く、白い太腿に赤い血が一筋伝うくらいの出血で、異物感は感じたものの、痛いというよりもどちらかというと気持ちよかった。

 だけど、今は最初の時よりもずっと気持ち良い。

「んっ、んっ、んっ」

 自分に覆いかぶさり、自身を挿入するエビスの背に手を回し、もっと奥へ導くかのように抱きしめる。いつも余裕たっぷりの自分が、こんなに切羽詰ってエビスにしがみつくのはプライドの高い五嶺にとっては腹立たしいが、そんな腹立たしさを忘れるほど、エビスは五嶺を翻弄する。

「や……っ」

 不意に、体の中で何かが弾け、思わずエビスの背に爪を立てる。

 他の部分でイくのに比べると大人しかったが、それでも、確かにイったという感触があった。


 どこよりも深く深く、体の奥で、ぴくんぴくんと自分の体がエビスを求めて脈打っている。

 自分の体がエビスを締め付けるその感触がまた気持ちよくて、女の体とは因果なものだ。などと思う。

「前より、すごいねぃ……」

 大きく息を吐き出しながらポツリとつぶやくと、もっと良くなりますよ。とエビスが答える。

「アタシの体、お前に変えられていくんだねぃ」

 思わずしみじみと呟くと、その顔を見ていたエビスが欲情する。

「あ」

 体の奥に感じるエビスが質量を増し、五嶺が声を上げる。

「大きくなったよぅ」

 不思議そうな五嶺の顔に、まだ中で上手く感じることが出来ない五嶺の体を気遣いながら動いていたエビスが我慢できずに激しく腰を動かす。

「なっ、エビス、どうしたんだぃ? あっ、ああっ、んっ、あああっ!!」

 ぎりぎりまで引き抜き、奥まで挿入する。今までゆっくりとした動きだったその動作が早くなり、ぐ……と乳房をつかまれながら、敏感になった体を突きまくられ、またイかされる。

「エビスっ! エビス!」

 余りの激しさに、エビスの名を呼ぶ事しかできない。

 苦しいけれど、気持ち良い。今まで知らなかった快感に心も体も乱れる。

「あっ、そ、そんなにされたら、ア、アタシまたイ……くぅっ!!!」

「五嶺様っ、出ます!」

 ぎゅ……とエビスが五嶺を抱きしめた、五嶺の体の奥深くに、どくどくと己を注ぎ込む。

 五嶺を愛しいと思う気持ちと、俺を受け入れてくださったという大きな満足感がエビスを包み。乾いた心が癒される。

 五嶺の愛液と自分のものが混ざり合った己を引き抜き、荒い息をつく五嶺の顔を覗き込む。

「五嶺様……」

「エ……ビス」

 弱々しい顔で、それでも、ふっと五嶺は笑顔を見せた。


 自分を受け入れてくれる五嶺が愛しくて愛しくてたまらず、エビスは思わず口付けた。




 同じ布団に入り、まどろむ五嶺を見て、久しぶりに、こんなに良く話をしたな。とエビスが心の中で呟く。

 仕事の話ではなくて、他愛の無いこと。

 花が咲いたとか犬が子供を産んだとか、幼い頃研究した、上手い事万引きする方法だとか。そんな小さなことや、仕事の話もちょっと。

 手を伸ばして相手に触れ、目が合ったら口付けて、その目が欲しがってると思ったら、すぐに組み伏せる。

 早く、毎日五嶺様とこう過ごせる日が来れば良いのに……。

 玉響の時を糧にまた長い長い飢餓が続くのか。

 そう思ってると、五嶺が、「早く夜も一緒に過ごせる日が来ると良いねぃ」と呟き、同じ事考えてました! と声を弾ませる。

 明日からもっと頑張ろうと、二人で誓いを新たにすると、五嶺が安心したように目を閉じた。

「エビス」

 眠そうな声で、五嶺が名を呼ぶ。

「はい」

 ここにいます。とエビスが五嶺の手を握る。

「美味しかったよぅ」

「おっ、俺も、すごくよかったです」

 にっこりと無邪気な微笑みを浮かべ、うとうとと眠りについた五嶺に胸を突かれる。

 本当は一瞬よからぬ感情が再び芽生えたが、ぐっとこらえて五嶺の髪をゆっくり撫でる。

 どれくらいそうしていたものか。

 安らかな寝息をたてる五嶺の髪を一房手にし、そっと口付け、エビスも目を閉じた。





200900628 UP
初出 20060812発行 世に五嶺の花が咲くなり

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