Killing Me Softly









「その子しか知らないなんて、五嶺君は、貞淑な恋人だったんだね」

 アタシからエビスの事を根ほり葉ほり聞いた後、トーマス先生はそう言った。

 なぜこのタイミングでそれを言うかねぃ……?

 アタシはトーマス先生の口の中に一回出し、さんざ後ろを嬲られた後、トーマス先生のを挿れて欲しいと懇願していたところだった。

 そんな時にその台詞、おかしいだろう。わざとか。萎えるじゃねぇか。

 アタシは自分が貞淑な恋人であるとは露とも思っていなかったので、内心馬鹿じゃねぇのかと思いながら、はあ。と適当な返事を返した。間抜けすぎる。

 そもそもアタシはエビスの恋人では無い。

「君たち二人は完璧すぎたんだね。完璧なものは、かえってつまらない。五嶺君が私を受け入れたのは正解だったと思うよ」

 トーマス先生は一人納得したように頷きながら言って、仰向けのアタシの足を掴んで膝を折り曲げ、ベッドにつきそうなほど押し付けた。手際よく腰の下に枕を詰め込む。

 ア……と嬌声をあげる。それがどれだけ気持ち良いか知っているから、アタシは先ほどアタシを萎えさせた台詞は無視することにした。

 したのだけれど……。

 エビスの顔が脳裏にちらつく。ったく余計な事言いやがって。しょうがない。エビスにされてると思おう。名前を呼び間違わないよう気をつけなければ。

「ん……」

 冷たいローションがアタシの狭い入り口に塗られ、アタシはその冷たさに眉をひそめた。体も心もますます萎える。トーマス先生の指が丁寧にローションを奥まで塗りこめる。ああ、もう、どうでもいいから早く挿れて狂わせてくれ。と投げやりな事を思った。

「ああ……ッ」

 長い指が、アタシの中に侵入して蠢く。なにもかも壊して欲しい。と思う。

 何を……? と自問自答した。

 エビスにはアタシしかいなくて、アタシにはエビスしかいなかった。二人だけの閉塞した空間は、不安など何一つ無く、安心に満ち安定していて、その代わり、何の刺激も変化も無かった。

 トーマス先生は、アタシの破壊願望を知っていたのだろうか? それとも、たまたまそう思っているときにトーマス先生の誘いがきたのか。どうでもいいことだけど。

「進化するには異物が有効だ。私という異物で、君たちはどうなっちゃうのかな? とても興味がある」

 先生は、アタシとエビスの間を引っ掻き回すのがこの上なく楽しいのだろうと思った。

「君たちは変わってしまう」

 ぐ……と熱いものが押し付けられ、ぬるりとアタシの中にトーマス先生が入ってくる。

 あ、あ……。

 粘膜が擦り上げられる快感に我を忘れそうになった瞬間、アタシはあることに気がついた。

 がばと起き上がり、見ると、やっぱりこいつ生で挿れてやがる。

 ちきしょう……。

 アタシはトーマス先生を目で殺しそうなほど睨んだ。なんのためにアタシの事を根掘り葉掘り聞いてたのか、その理由の一つはこれだと気がついた。

「先生、アタシが病気もちかもしれないと疑っていたのでしょう? だから……」

 この間、避妊具なんて柄にも無く使ったのはそういうことだったに違いない。

 あまりの屈辱に、アタシは頭が真っ白になりそうだった。

「結構遊んでいるのかと思っていたよ、ごめんね。すぐにそうじゃないと気付いたけど、まあ最初は一応念のためね。でも五嶺君も迂闊だよね、もっと疑ったほうが良い。私は夏休みに女を買いに行ったんだよ。私が病気を持ってたらどうするの?」

「ちょっと!」

 アタシは、思わず恐怖に歪んだ顔でトーマス先生を見た。まんまとトーマス先生の狙いにのったのだろうけど、恐怖が勝る。これまで何度も思い知ってきた事だが、こんな最低の奴をアタシは相手にした事無かったし、こんな最低の扱いを受けた事も無かったからだ。本当にまぁアタシは坊ちゃん育ちだったもんだ。

「大丈夫、性病検査はなんとも無かったから、安心して良いよ」

「いやだ、抜いてください。先生とはもう二度と寝ない!!」

 アタシは怒りに我を忘れるほどだった。叫んでトーマス先生を突き飛ばそうとすると、トーマス先生は恐ろしいほどの力でアタシの腕をねじり上げ、アタシの抵抗を封じ込めた。

「ああ……ッ」

 ずずっと奥までトーマス先生が挿ってくる。

「五嶺君、ごめんね、許して。私を捨てないで」

 トーマス先生が猫なで声で囁く。

「あっ、ひぁっ、いや……っ!」

「土下座でもなんでもするから、ねぇ五嶺君、なにか欲しいものは有る? 盗ってきてあげようか? いなくなれば良いなって思う人はいる? 私は君のためならなんでもしてあげる」

 アタシに腰を使いながら、トーマス先生は囁く。アタシの中をトーマス先生の熱いものがかき回し快感と嫌悪がどろどろに交じり合う。

「だから私を捨てないで、捨てちゃ駄目だよ、私は君に何するか判らない。お願いだよ、私の首に紐をつけて、その先を握ってくれるだけで良いんだ。それで私は安心するんだ。君のものでいると安心するんだよ。私を繋ぎとめられるのは君だけ。かわいそうな私を捨てたりしないで、五嶺君」

 哀れっぽい声で懇願し、トーマス先生はアタシの腕を離した。アタシの手首には、トーマス先生の掴んだ後が赤くくっきりと残っている。

 トーマス先生は再びアタシの手を取って、恍惚としながらアタシの手を自分の首に触れさせる。

「私が憎いのなら、ほら、首を絞めて。思いっきりしていい。殺しても良いよ。むしろそうしてくれると嬉しい、ああ、五嶺君」

 アタシの両手は、本当にトーマス先生の命を握っていた。怒りと憎しみに任せ、手にぐっと力を入れ締め上げる。

 トーマス先生は苦痛と酸欠で顔を真っ赤にしながら、激しくアタシに腰を打ちつけた。アタシが手に力を入れれば入れるほど、アタシの中のものが膨れ上がり興奮しているのがわかる。

 やがてトーマス先生はアタシの中に大量の欲望を吐き出し、アタシも自分に与えられる快楽に手に力を入れる事ができなくなった。

 ぱたんと手がベッドの上に力なく落ち、アタシとトーマス先生は、しばらく荒い息をついた。トーマス先生は激しく咳き込み、ヒューヒューと変な呼吸音を出している。

 大丈夫か? とアタシが少し心配になると、トーマス先生はがばっと顔を上げた。

「ふふふっ、今の、すごくよかったねっ!」

 満面の笑顔に脱力する。もういやだ。なんなんだこいつは。

 自業自得という言葉がぐるぐるとアタシの頭の中を回る

 同時に、トーマス先生に対して、妙な哀れさを感じた。

 力関係で言えばだ、トーマス先生は好きでアタシの下に居るのだけれど、アタシは、トーマス先生をある意味で庇護しなければいけない存在だと肌で感じた。まぁなんというか、アタシがいなけりゃこの人は駄目なのだ。というおそらくいろんな意味で誤った感傷だ。

 飼うと言ってしまったんだから、面倒を見ないとねぃ……。とぼんやりと思う。アタシはこういうところで妙に真面目で律儀だ。

 次は騎上位で、五嶺君に髪を振り乱しながら絞めて貰えると最高だ。とトーマス先生は言った。アタシの中から自分を引き抜き、後始末もそこそこに、急いで鏡の前でアタシが絞めた首を見ている。

 トーマス先生の首には、アタシが絞めた後がくっきりと残っていた。あいつ、あんなんで明日どうやって授業に出るつもりだろうねぃ。

「五嶺君から貰った首輪だ。大事にするよ」

 顔を輝かせ、心の底から嬉しそうにトーマス先生は言った。アタシはどうでもよかった。感激してるところ悪ィが早くシャワーを浴びたい。

 トーマス先生はニコニコしながらアタシに近づき、手を取った。思わずチッと舌打ちする。アタシの手首にもトーマス先生がつけた跡がくっきり残っているじゃないか。

「君はもう完璧じゃないね」

 トーマス先生はにっこりと微笑んで言った。

「五嶺君の恋人は君が前とは違ってしまった事に気がつく。それでも彼は君を愛してくれるのかな?」

 エビスが怖いなど、これまで一度も思ったことは無い。

 アタシはエビスが何があってもアタシの側に居るというのをこれまで一度も疑った事が無いのだと気がついた。

 根拠無くそう思っていた。思い込んでいたのほうが正しいだろうか?

 だけど、思い込みだろうがなんだろうが、これまでは確かにその通りだったのだ。

 だが、これからは……?

 エビスにとってアタシはなんなのだろう。アタシにとってエビスはなんなのだろう。

 トーマス先生は恋人と言うが、そうじゃない。とアタシの中の何かが反発する。

 その一言で済ませるには、エビスはあまりにもアタシの……。

「不安じゃない? 五嶺君」

 アタシの思考を、トーマス先生の言葉が中断させた。不愉快になり顔をしかめる。トーマス先生はアタシの嫌がる事を平気でする。

 疑惑というものが、どれほど精神を狂わせる毒になるのかをトーマス先生は知っている。トーマス先生は、アタシに毒を注ぎ込んだ。心を狂わせる、恐ろしい毒、疑惑という毒を。


 アタシはその後、トーマス先生と明日の授業で行う実習の話をした後、夏休み中に旅行に行った話を延々と聞かされた。

 トーマス先生は不幸な話や悲惨な話も収集しており、特に最下層の淫売宿からはいつもいい話を集められるんだそうだ。(ただし似たり寄ったりになるのが玉にキズだと言っていた)

 その中でもとっておきの話とやらを聞かされ、最高に欝になっちまった。

 その夜はいやな夢を見た。




                                               終




20070202 UP

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