よく愛されている体








 はじめてトーマス先生に抱かれた。

 違う刺激というものは新鮮だ。目新しくて夢中になる。

 アタシはエビスしか知らなかったから、知らない刺激に、まるで初めて抱かれたみたいになってしまい、ずいぶんと先生を喜ばせてしまった。大人の男の性器も初めて見たし、軽く縛られた事も初めて。

 おどろいたのが、先生はアタシに挿れる前に、きちんと避妊具を使ったこと。この変態がそんな気遣いをするのかというのも意外だったが、何に驚いたって、アタシは今までそんなものを使った事がなかったのだ。エビスとするときは、いつでも生で中に出されていたので、てっきりアタシはそれが当たり前だと思っていた。

「五嶺君、付けなきゃ怒るでしょう?」

 アタシの視線に気がつき、トーマス先生がそう言ったとき、アタシは当然だといったような顔で頷いた。危なかった。そのまま生で挿れられて中で出されても、アタシは文句言わなかっただろう。

 ローションもはじめて使った。これはすごくいい。今度から薬箱に入ってる軟膏じゃなくてこれを買って来いと言おう。

 アタシとエビスは、ずいぶん原始的な交わりをしていたのだなぁとなんだか反省した。なんせアタシ達は、ずっと昔の子供の頃から(今でも子供だけどねぃ)隠れてこういうことをするようになったので、正しい知識も経験もへったくれもなく、ただ本能の赴くままに行為をしていたのだ。

 アタシとトーマス先生の体の相性だけは抜群によかったらしく、ほんとうに気持ちよかったんだけど、終わった後の、相手をうっとおしいと思う気持ちも倍増でそれは困った。

 出したあと、アタシに覆いかぶさる先生を邪険に押しのけ、すぐにシャワーを浴びる。先生の感触を洗い流すかのように。だけど、汗は流れても、不愉快な気持ちは流れない。

 体は気持ちよかったのに、終わったとたん、夢から覚めたかのように不愉快になる。その落差に戸惑う。ざらりとした舌で心を舐められたような不快感に、なんでこんな馬鹿な事をしてしまったのだろう。あんな奴になぜ体を許したのだろう。という後悔がぐるぐる回る。

 浴室から出ると、トーマス先生はいなくなっていた。また顔を合わせるのは嫌だったので、それはよかったのだが、アタシはまぐわりの後一人置いていかれたという経験が無かったので、実を言うと戸惑った。エビスは、済ませた後のほうが、アタシを大事にしてくれていたし、アタシの虫の居所が悪ければいつまでもおどおどとアタシの機嫌を取って顔色をうかがっていた。

 トーマス先生は、不機嫌なアタシを放り出したままで平気なのだ。そう思い知らされてイライラした。自惚れている馬鹿な自分にもイライラした。アタシはどうしてほしかったってんだ。トーマス先生に機嫌をとって欲しかったのか? 馬鹿じゃねぇのか。

 部屋の外で、トーマス先生が脳天気に歌を歌っているのが聞こえ、アタシは、トーマス先生の興味が、今やアタシから完全に離れた事を悟って、なぜかものすごく捨てられたような気になった。

 アタシの方から突き放したと思ったのに。


 ペットになりたい。だなどと言って。

 君に完全服従するよ。だなんて言って。

 やはり、トーマス先生のほうが上手で、アタシは騙されたのではないだろうか?

 でも、アタシは虚勢を張るしかない。

 自分の馬鹿さ加減に唇をかんだ。

 狭い世界の王様だったアタシは、ガキのくせに自分が賢いと自惚れて、まんまと騙されて惨めな思いをしている。

 大人になってやる。とアタシは決意した。周りがちやほやするから、アタシはずいぶんと勘違いをしていたようだ。ようやく、自分がガキだと気がついたんだ。


 トーマス先生は、アタシの体を、「よく愛されている体だね」と評した。はじめは、男慣れしているという事かと思ったが、そうではないらしい。

 そういえばエビスは、いつだってアタシを気遣い、触れる指先にも、かけられる言葉一つにも、やつの愛情が込められていた。

 それが当たり前なのだと思っていた。時にうっとおしいとも思っていた。

 トーマス先生は、自分の興味のあるときだけはアタシをまるでお姫様のように大事にするが、後は雑だ。

 それもそのはず、トーマス先生がかしずくのは、現実のアタシにじゃない。トーマス先生が、妄想で作り上げた、理想のアタシというキャラクターになのだ。

 アタシが欲望処理にトーマス先生を利用するように、トーマス先生も欲望処理にアタシを利用している。お互い様だと思うけれど、トーマス先生のがよっぽどどす黒くて性質が悪い。

 アタシは初めて、エビスに「よく愛されている」のだという事に気がつき、それが特別な事なのだということと、エビスの誠実さを知った。

 激しく交わった後なのに、アタシはベッドに横たわり、そっと下腹部に手を伸ばした。

 なぜこんなに心が満たされないのだろう?

「エ……ビス」

 小さく名を呼びながら、今度会った時はもう少し優しくしてやろうと思った。思っただけだったけどねぃ。


 トーマス先生と寝た後の苛立たしさも今ではもう慣れた。

 というよりも、トーマス先生には、そのようなものを期待しなくなった。

 これは汗をかいて気持ちよくなるスポーツだと割り切ればよかったのだ。

 エビスには電話で、アタシが次の週末帰るまでにローション買っとけ。と言いつけておいた。「それって、どこに売ってるんですか? 俺でも変えますか?」と泣きそうな声で言うので、知らん。と言って電話を切った。




20061215 UP

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