「あんな事があった後でよう食うの。よくよく神経の太い女じゃ」

 ぱくぱくと飯を口に運ぶ五嶺を肴に見ながら酒を口にするイサビが呆れたように呟いた。

「だって美味しいんですよぅ。こんなに美味しい鮎初めてです」

 五嶺はそう言って、このぬた和えの酢味噌の具合がとても良いだとか、おすましの出汁が上品だと褒めると、イサビの顔が輝いた。

「本当か!? 本当に美味いか」

「は、はい」

 五嶺がちょっと体を引くほど、イサビが予想外に食いついてきた。

「それはの、わしが作ったのじゃ! 自分でもようできたな〜と密かに思うておったんじゃ。ほれ、食え! わしのもやるからもっと食え。山の怪どもは何を食わしても美味いとしか言わんでの、張り合いが無い。この酒もわしが仕込んだのじゃ!」

 まるで子供のようにはしゃぐイサビに、思わず箸が止まる。

「……変わったお方ですねぃ」

「ぬしほどではない」

 アラしてやられた。と思いながら飯を食い、最後に飯碗に茶を注ぎ、沢庵で米粒を拭って綺麗にお腹におさめる。

 ご馳走様と手を合わせると、山の怪がちょろちょろ出てきてあっというまに食べ終わった膳を持って行ってしまう。どうやら、五嶺は非を許され、罪人としてではなく客人として迎えられているようだ。

 食事を終えた五嶺に、イサビがぬっと朱塗りの杯を差し出すので、遠慮なく頂く事にする。

「ぬしゃいけるクチか?」

「いくらでも」

 酒を注いでもらいながら言うと、そうか! とイサビが嬉しそうに笑った。

 くいっと一気に酒を飲み干し、美しい盃洗で杯を洗ってイサビに返し、酒をそそぐ。

「山の怪が言うておったが、ぬしゃ良く魔法律を使うそうじゃな」

「イサビ殿の前では児戯同然ですが。でも肌身離さず持っている魔法律書が無いとどうにもおちつきませんねぃ」

「無くてよかったぞ。寝首をかかれてはたまらぬ」

「からかうのはよしてください。アタシごときでは歯が立たぬことぐらい判っております」

「……ぬしゃほんとに負けず嫌いじゃの」

 冗談で言ったのに、五嶺が本気で悔しそうな顔をするので、機があればやるつもりか。と呆れる。

「魔具ならわしの集めたものが山のようにあるぞ。わしは元は人間であったからの、魔法律だけではなく、漢詩や書の本もたんとある。見たいのなら明日見せてやる」

「本当ですか!」

 とたんに、子供のようにぱっと顔を輝かせた五嶺を見てイサビが黙り込む。

「…………」

「どうしました?」

「……ぬしゃ若い娘のくせに、綺麗な着物や化粧などより、魔具のほうが好きか?」

「そりゃアタシの大事な商売道具ですので」

 見た目はそのような妙な色気を持ってるくせに、中身はまるで子供の生娘か……。と、五嶺の返事に、イサビは内心でため息をつく。

「ぬしを口説こうとして玉砕した男どもの顔が見えるようじゃな。で、ぬしはその代わりに何をしてくれるのじゃ?」

 イサビの言葉に、一瞬絶句する。尽くしてもらうのが当たり前だと思っていた自分に気がつき、恥じると同時に困り果てる。

 今の五嶺には、五嶺家頭首の威光もなく、金の力もない。イサビは、今まで五嶺が軽くあしらってきたような、五嶺の機嫌を取りたいとちやほやしてくる男ではない。

 イサビと出会ってからずっとそんな調子だ。素の自分を試されている。

「……舞います。ただし、下手ですからねぃ!」

 こんな事なら、忙しさにかまけて稽古をサボるのではなかった。と臍を噛んでもあとの祭り。

「おお、それは面白いのう! ならば明日、野点をしよう。さっそく山の怪に桜を咲かせるように言わねばならぬのう」

「桜……? 今は夏では?」

「聞いて驚け、ここはの、木も草も光も季節も、全て山の怪の幻術で出来ておるのじゃ。夏にするも春にするも、わしの自由自在じゃ」

「……聞けば聞くほど凄いですねぃ」

 イサビの言葉に気をとられ、渡した杯を洗っていない事に気がつき、はっと酒を注ぐ手を止める。

「あ、これは失礼を。それはアタシが頂きましょう」

「ん……よい」

 慌てて言うが、イサビは五嶺が口をつけたまま洗っていない杯を返さなかった。

 イサビは機嫌よく杯を口に運び、とろりとした酒を舌の上で転がして味わう。

 その様子を見ていた五嶺が口を開いた。

「アタシはイサビ殿にどうお詫びをすればよろしいのですか?」

 言うまでもなく、五嶺がイサビに行った裏切り行為の代償の事。こればかりはまさか舞って返すというわけにはいくまい。

「そうじゃな……」

 上機嫌のところに急に話を蒸し返され、少し顔をしかめ、腕を組んで少し考え込む。

「生まれたのが本当に男であったのかを確かめなんだはわしにも落ち度がある。ゆえにわしを騙した事は、さきほど物の怪をぬしにけしかけた事と帳消しにしよう。じゃが、約束は約束。これを反故にすればわしも他のものに示しがつかぬ」

 五嶺がゆっくりと瞬きをしてイサビを見ている。

「ぬしに一夜の伽を申し付ける。それで手打ちじゃ」

 イサビが言うと、五嶺は目をそらして溜めていた息を吐き出し、目を伏せた。

 信じられぬほど寛大な処置だと思う。

 そもそも最初の約束をイサビが要求してきたならば、イサビの側女となって、あの女達の様に、ひたすらイサビの訪れを待つだけの毎日を送ることになったのだ。そう思うと、ぞっとした。イサビが嫌いなのではない。むしろ、強い男として惹かれている。だけど、五嶺にはそのようなイサビに依存するだけの生き方はできない。

 イサビはずいぶんと自分に優しくしてくれていると感じた。

「嫌なら言え。わしも嫌がる女を抱くような無理強いはしとうない」

「……判りました。寛大なご処置、感謝いたします。義務は果させていただきます」

 イサビの申し出は予想していた。むしろアタシの体ごときで済むのなら安いものだと思う。別に後生大事に取っている訳でもないし、好きな男がいる訳でもない。と自分に言い聞かせる。

 だけど胸が痛い。

 他の女と自分を比べるなんて、そんなくだらない事これまでした事など無かった。大抵の女よりも、五嶺のほうがずっと美しかったのもあるが、そもそもそんなことに興味がなかったのだ。

 だが今、あの美しい女たちが頭にちらつく。

 イサビのために女を磨き、ひたすら訪れを待つけなげな女たち。

 イサビを怒らせたあげくさんざん醜態を見せ、呆れられた自分。

 今になって、恥かしさと後悔が五嶺を襲う。初めて自分を惨めだと思い、アタシなんかいらないだろうしねぃ。と心の中で自嘲気味に呟いた。

 す……と手を突き、頭を下げた五嶺の頭上から苦しげな声が漏れる。

「違う」

「え?」

「そんな冷たい顔をするな。嫌なら嫌だと言えばよい。わしは、ぬしのそのような顔が見たいのではない。わしはぬしをただ抱きたいのではないぞ……」

 五嶺が思わずイサビを見上げると、傷付いた顔のイサビが五嶺を見つめていた。

 義務を……と言われた瞬間に、イサビの胸がぎりっと痛み、思わず胸の辺りの衣を掴む。

「あ……」

 思わず、違うのです。と口走りそうになった。無表情を装ったつもりだったが、胸の痛みを押し隠そうと、必要以上に冷たい仮面を被っていたらしい。

 そんな顔をしてしまったのは、イサビにモノのように扱われるのが悲しかっただけ。

 望まれて抱かれるのではなく、面子を立てるために抱くと言われたのに傷ついただけ。

 自分にそのような女の感傷があったことに驚いた。

「ぬしが欲しい」

 五嶺を求めるイサビの切ない目に、胸をかき乱される。イサビ殿がアタシを欲しがっているのだと思うと、心の奥からうれしさが湧き起こる。そんな自分に戸惑い、体から湧き起こる歓喜に戸惑う。

「身も、心も」

 イサビの顔が近づき、唇に軽く触れるだけの口付けをされた。流れるような動作に、気がついた時には唇を奪われ、息がかかるほど近くで囁かれる。

「ぬしが好きじゃ」

 五嶺の心を貫く、イサビの力強い言葉。

 魅入られたように動けず、ただじっとイサビを見つめると、イサビの手が愛しそうに頬に触れた。

 暖かい手が両頬を包み、額に口付けられる。

 次の瞬間に、ぎゅうと強く抱きしめられた。

 甘い疼きが胸の奥で耐え切れないほど大きくなり、ああ……と感極まったため息を漏らす。

 会ったばかりなのに、なぜ? という問いをイサビにしなかった。

 同じ気持ちだったからだ。

 一目見た瞬間から、強く惹かれあっていると判っていた。ただ、その気持ちを信じられなくて、認めたくなかっただけだ。

 だが、こうして抱きしめられると、意地や見得など吹き飛び、ただひたすら相手が欲しいという気持ちでいっぱいになる。

 恋をするというのは、こういうことか。

 抱きしめられながら思う。

 最初は小さな胸の疼きだったのに。それはあっというまに心と体に巣食い、アタシを支配する。

 イサビの唇が五嶺の唇と重なり、イサビが器用に五嶺の唇を開かせ、そっと舌を差し入れる。

「ん……」

 ぞく……と快感が広がる。今まで知らなかった喜びに体がざわつき、下腹に小さな疼きを感じる。

 愛されていると感じるのがこれほど幸福だとは、愛した男に求められるのがこれほど嬉しいとは。

 五嶺の初心な恋心と体は、いとも簡単に老練なイサビに囚われ、快楽という今まで口にした事も無い甘い甘い蜜につられ、自らの全てを渡してしまう。

 誘うようにイサビの舌が五嶺の舌をつつき、五嶺もおずおずと舌を伸ばしてイサビに絡める。

 この男が手に入るのなら、全てのものを投げだしても構わない。

 イサビ殿にアタシの全てを飲み込まれてしまう。

「あ……っ」

 イサビが五嶺を押し倒し、恐怖と戸惑い、そして期待が五嶺の全身を満たす。いけない。と思っても、抵抗する事が出来ない。

 アタシは、このまま……。

 押し倒され、戸惑ったままイサビを見上げると、イサビの顔は苦痛に歪んでいた。

「ち……」

 小さく呻き、こめかみに手を当てる。

 体を支えきれず、どさっと五嶺の体の上にイサビが崩れ落ちた。

「どうされました? イサビ殿? イサビ殿!」

 慌てて五嶺が起き上がり、イサビの体を抱きしめて、血相を変えて呼びかける。

 体が火のように熱い。不安に思わずイサビの体を抱く手に力が篭る。

 強大な地獄の使者であるイサビにこのようなことが起きるなど、尋常でない。

「いい、行くな。側におれ。ぬしがいれば大丈夫じゃ」

 青ざめ、脂汗を浮かべた顔でイサビは言い、五嶺の手を力なく握る。

「大丈夫な訳が無いでしょう!」

 五嶺はイサビを一喝して、「誰か!」と声をかけると、わらわらと山の怪たちがやって来る。もどかしくなってイサビを寝かせ、立ち上がる。

「奥の女を呼んで参ります」

「行くなと言うておる!」

 顔を土気色にしながらイサビが叫んだ。病人をこれ以上刺激するのもよくないと五嶺が迷うと、イサビが絞り出すような声で叫ぶ。

「頼む……!」

 五嶺がたまらずイサビの元へ急いで戻り、手をぎゅっと強く握り締める。

「ご病気なのですか? 薬は、なにか薬はありませんか?」

「大丈夫じゃと言うておる。そんな顔をするな。治るものも治らん……」

「だってお体がこんなに熱い……!」

「ぬしが笑えば、このような痛み、すぐ吹き飛ぶものを……、大丈夫じゃと言うておるのにわしを信じぬとはしょうがない奴じゃ」

 五嶺を安心させるように笑い、傍らの山の怪に何事かを申しつける。山の怪は頷くと走り去り、代わりに、いつのまにか側に来た、平べったい布のような山の怪がイサビを載せ、寝所まで運ぶ。

 山の怪と五嶺とでそっと布団に寝かせると、先ほどの山の怪が五嶺の袴をくいくいと引く。五嶺がそれに気がつくと、印籠を差し出してキーキーと騒ぎ立てる。

 イサビの頭を膝に乗せ、急いで印籠から丸薬を取り出し、イサビの唇の間に押し込む。水を含ませようとするが、ただこぼれるばかりで焦る。

 迷う事なく、五嶺は自分の口に薬と水を含み、イサビに口移しした。舌で丸薬を押し込み、水を流し込むと、イサビが顔をしかめながら嚥下する。

 飲んだ……。

 ほっとしているとイサビが微かに目を開けた。

「今度はちゃんと色気の有る口付けを頼むぞ……」

 にやっと笑って軽口を叩き、すぐに意識を失う。

 いったいイサビの体に何が起こっているのかとハラハラしていたが、薬が効いたのか、顔色がだんだんと元にもどり、安らかな寝息をたてる。

 山の怪が用意した濡れた手ぬぐいで汗を拭い、そっと髪を撫でると、イサビの顔が歪んだ。

「陀羅尼丸……」

「はい……!」

「まて、行くな。どこへ行く?」

 急いで返事をして、顔を覗き込むが、イサビは苦しそうな顔で呟き続ける。

 夢……!?

 夢の中でアタシを呼んでいる……?

「アタシはここに居ります」

 そう言ってぎゅっと手を握るが、イサビはうなされたまま目を覚まさない。よっぽど酷い夢を見ているのか、顔は土気色に戻り、汗をかいて、苦悶の表情を作る。

「行くな……ッ!」

 そう叫んで、かっと目を見開いた。

 目に飛び込んできた五嶺の心配そうな顔に、今までの事が夢だと気がつき、イサビが大きく息を吐き出す。

「……夢を見た」

 全身からぐったりと力を抜き、軽く目を閉じながらイサビが呟く。

「ぬしの夢じゃ。ぬしが居なくなる、夢じゃ」

「アタシはここにおります」

 ぎゅ……と手を握ると、イサビが手を握り返して頷いた。

 行かせまいとどれほど足掻いても、結末はいつも同じ。あの時の生々しい苦しみを、気が狂いそうなほど何度も再現している。幾度も繰り返し見ていた悪夢。

「だが、もう悪夢は二度と見ぬよ。夢の結末が変わったのじゃ」

「……どのように?」

「夢の中のぬしが言ったのじゃ。約束どおり戻ってきたと。じゃがまたぬしに騙されてはたまらんと大声あげてしもうたわ、あはは。嘘ではなかったのう。ぬしはちゃんとここにおる」

「アタシが戻って来る、約束……」

 自分の事なのに、自分の事ではないことに違和感を感じるが、イサビがあまりにも嬉しそうで口に出せない。

「封じていた記憶、全てを思い出したぞ……」

「思い出したくないことだったのですか? 記憶を封じるなど」

 五嶺が問いかけると、微かに頷いた。

「そうじゃな。辛くて苦しい思い出じゃ。だが、なくしたくない甘くて大事な記憶でもある」

「アタシは、イサビ殿に何をしたのです……?」

 五嶺が緊張した顔で問うと、イサビが首を振った。五嶺は、前世の自分がイサビに逆らい、死んだということしか聞かされてない。

「ぬしは知らなくてもよい」

 言って手を伸ばし、心から愛しそうに五嶺の頬へ触れる。

「文句の一つでも言うてやろうと思うておったが、だめじゃの。ぬしの顔を見ると、そんな思いは淡雪のようにとけてしまう。かわりに胸を占めるのはぬしが愛しいということだけじゃ」

「わかりません。イサビ殿はアタシの話をしていらっしゃるのに、アタシは別の女の事を聞いているかのよう。なぜそんなにアタシのことを想って下さるのです? お願いですから、アタシのした事全てを教えてください」

 五嶺が懇願しても、イサビは「ならぬ」と首を振った。五嶺の戸惑いや不安はもっともだと思う、だが、前世での出来事が五嶺の枷となることを恐れたのだ。

「辛い事は全て水に流した。ぬしは楽しい事だけ考えればよいのじゃ」

 五嶺が驚いてはっと動きを止めるほど、イサビの瞳には激しい熱が宿っていた。

「ようやく、ようやくぬしを再び手に入れたのじゃ」

 狂気と紙一重の情熱が、激しく五嶺を求めている。そのあまりの激しさに怯えて目をそらしそうになった。

「嬉しすぎて、どうしていいか判らぬ」

 イサビの目から、つうと涙がこぼれ、五嶺に触れる手が微かに震えている。こみ上げるものを必死に堪えているのだと判る。その目は五嶺に縋るようでもあり、これほどにイサビが心を乱されていることに戸惑う。

「もう二度と失うまいぞ!」

 その言葉の重さに戦慄した。

 人よりずっと激しい、地獄の使者の愛を受けるということ。

 イサビの思いの深さに飲み込まれる事に、本能的に恐怖を覚える。


 アタシを求める、人外のものの目。

 激しく、狂おしく、そして抗えぬほど魅力的な。

 この目はアタシを破滅させる……!


 自分が恐ろしいものに愛されてしまったのだと、ようやく気がついた。


 ぐいと腕を引かれ、イサビの上に倒れこむと、強く抱きしめられる。

「陀羅尼丸……!」

 耳元で熱い息と共に囁かれ、ああアタシもめまいがするほど体が熱いと心の中で呟く。

 このままイサビに飲み込まれてしまいたいという強烈な欲求に身を任せようとすると、イサビの顔に緑色のまりものような山の怪が飛びつく。

 よっぽど心配していたのか、泣きながら顔を擦り付ける山の怪は、燃え上がった二人を正気に戻した。

 驚いたイサビの腕が緩んだ隙に、五嶺がするりと抜け出し、何食わぬ顔で座りなおして、そっぽを向いて乱れた髪を整える。

「……ぬしら空気読んで遠慮せんか」

 千載一遇のチャンスを逃したイサビが恨みの篭った声で言い、山の怪を掴んで遠くへ放り投げた。

 なんとなく気まずい沈黙が流れ、五嶺がこほんと咳払いをして「アタシも休みますねぃ」と言って立ち上がりかける。

「やっ、いけません、ダメですようっ!」

「なんでじゃ!!!」

 急に五嶺が悲鳴を上げる。立ち上がりかけた五嶺の手首を掴んで布団に押し倒し、馬乗りになったイサビが叫ぶ。

「病人の癖に!」

「もう治ったわい!」

「だって今日会ったばかりなんですよぅ! アタシまだ心の準備がっ!」

 冷静になり、先ほどの反動で急に怖くなったらしい五嶺が袴の紐を解かれまいと必死に抵抗する。

「ぬしゃ本当にひどい女じゃの。わしをあれだけ待たせてまたお預けか。地獄の鬼より酷い……」

 がく……と激しく肩を落とし、イサビが地獄の底から這うような声で呟く。

 そこまで言われるような事かぃ!?

 五嶺が呆れていると、「寝る!」と言い捨て、イサビが五嶺をぐいと抱き寄せる。

 胸に顔を埋められ、引き剥がそうとするがびくともしない。

「あ……っ、どこに顔突っ込んでるんですかっ! この」

 この助平!!! と叫ぼうとしてさすがにソレはまずいかと言葉を無理やり飲み込む。

 あまりないのが恥かしくて、じたばた暴れるが逆に羽交い絞めにされる。

「うるさいッ! なにもせんで寝てやるからおとなしゅうせい!!」

 すっかりふてくされたイサビは、五嶺の胸に顔を埋めたまま叫び、やがて本当に疲れていたらしくすぐに寝息を立てる。

 五嶺は、イサビがすっかり寝入ったのを確かめると、きゅ……と自分の胸に押し付けるようにイサビを抱きしめた。

 




                                            未完


20071229 UP

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