陰陽蝶の小蝶さんとコラボさせていただきました。
MLS学園祭着物五嶺様イラストから妄想の妄想。
完全捏造な続きです。

小蝶さん、ありがとうございました!











艶姿見世物狐恋譚








「ハイぼっちゃんからおじいちゃん、おじょうちゃんからおばあちゃんまで、さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。世界の話題、長野県は安曇野のはるか奥地で見つけましたこの美少女、クレオパトラか楊貴妃か、どなたが御覧になっても凄い美少女、ところがこの美少女、よくみりゃとがった耳にふさふさ尻尾。しかも尾が九つの九尾の狐。日本屈指の大妖怪、白面金毛九尾の狐(はくめんこんもうきゅうびのきつね)ときた! 中国、天竺で悪逆非道の限りを尽くし、吉備真備の船に乗り、やって来たるは日本国、鳥羽上皇をたぶらかし、殺生石となりて滅びたと思われたこの妖狐、生きてたってんだから驚きだ。今皆様の前にお目にかかります……ハイ教室前大変混雑してまいりました。ハイハイハイハイ前の方から御順にお並び下さい。一度見ておけば、孫の代までの語り草……」


 怪しげな口上を、怪しげな教師がしているものだから、その効果は絶大だった。

 まだ開店前だというのに、お化け屋敷「MLS秘宝館」の前には沢山の人だかり。

 教室の中では、最終の準備に追われる生徒達が、首をすくめる。

 お化け屋敷なのか秘宝館なのかはっきりしろぃ。というネーミングだったが、教室の中は、お化けを展示する秘宝館といった感じだった。もちろんいかがわしいものなど無いが。


「トーマス先生、生き生きしてるなぁ……」

 ぱちんと最後の行灯に仕込んだ電球のスイッチをいれ、生徒の一人が呟くと、準備は全て完了した。


 机の上に赤い布を敷いて壇を作り、その上にお化けや妖怪に扮した生徒を座らせる。足元には、名前が記入された行灯と、簡単な説明。ついでに、WARNING、撮影禁止、妖怪さんには手を触れないで下さい。と記載されている。

 光が入らぬよう暗幕で教室を覆ってドライアイスでスモークを作り、行灯の妖しげな光で下から照らすと、それなりに雰囲気が出る。


「五嶺、前からそうじゃないかと思ってたんだが」

 「座敷童」と書かれた行灯の壇に座った今井が、「玉藻前」と書かれた隣に座る五嶺の顔に自分の顔を近づけて囁く。

「お前、やっぱり美少女だったのか」

「なっ!」

 トーマスの口上をからかう今井の言葉に、柄にもなく五嶺がうろたえる。

 他の誰かがそう言ったのなら、言った事を後悔するような冷たい一瞥を返すだけだが、今井玲子相手だと調子が狂う。

「ち、違うに決まってるだろぃ!」

 決まってるという割には、その姿は美しすぎていまいち信憑性が無いなと今井は思った。

「そうか、よかった」

 五嶺の慌てぶりを見て、今井がふふっと笑う。その笑顔に、どきっとさせられる。

「女だったら、私が困る」

「え……」

 まるで独り言のように呟いた言葉に、五嶺が軽く目を見開く。どういうことだと聞きたかったが、すぐにトーマスの口上によって集められた、期待でいっぱいの客が押し寄せ、それどころではなくなった。








「かわいらしく切りそろえたおかっぱ頭、人間の子と見た目になんの違いがございましょう。だがしかしこの童女、ただの童女じゃございません。見たものに幸運を与えるという座敷童でございます。どうぞ、一目、一目見て幸運をお掴みください。あなたの家を栄えさせる座敷童、この機を逃せば二度とお目にかかれません。さあさ、幸運はこちら、かわいらしい座敷童でございます。はいいらっしゃいませ。どうぞお入り下さい、さぁさぁどなたもお入り下さい。おっかなくありません。スリルと迫力はあるがおっかなくない……」

 お昼時間が過ぎても、外では、トーマスの渾身の口上がまだ続いている。

「たしかにおっかなくないけど、スリルと迫力なんてどこにもねーぞ」

「JAROに訴えられるよね、トーマス先生」

 裏方係の生徒が、表を見ながらぼそぼそと呟く。

「あ」

「どうした?」

 一人が声をあげ、外を指差す。

「JAROの前にペイジ先生に捕まった」

 指差した先には、ペイジに羽交い絞めにされるトーマスの姿。

「トーマス、見世物小屋は駄目だって言ったろ! なんだねその蛇は!」

「スリルと迫力を出そうと思って。でも違うよ! 蛇はまだ食べてないよ」

「まだって食べるつもりか君はー! その蛇を早くこっちに渡しなさい!」

 何が「違う」んだ。と生徒達は思ったが、蛇を片手に暴れるトーマスと、ペイジに関わる勇気は無い。というかむしろ避けたい。

 トーマスの手から蛇を取り上げたペイジがほっと一息つくと、教室の前に置かれた看板に目を留めた。

 「MLS秘宝館」

 無邪気な生徒達が、「これってなんて読むの? ひほうかん?」と会話を交わしている。

「トーマス、見世物小屋も駄目だが、秘宝館もダメだ!」

 ペイジの声が響き、ええ〜、なんで。と抗議するようなトーマスの声が後を追う。




「なんだか表が騒がしいねぃ」

 ようやく客の入りも一息ついた頃、トーマスとペイジの騒ぐ声を聞きとがめ、五嶺が出入り口のほうを眉をひそめて振り向いた。

 耳をすますと、ぎゃあぎゃぁ騒ぐおっさんの声に混じって、はしゃいだ子供の声も聞こえてくる。


「ムヒョ、エンチュー、ビコ、こっちこっちー! まじすげーって、妖狐だって妖狐! 座敷ワラシとか超すげーって! 見たら幸運を与えてくれるって! 俺将来金持になれるかな?」


 元気のいい声に、今井と五嶺が思わず顔を見合わせる。


「期待されると困るな、五嶺」

「……あんな馬鹿な口上に騙されるやつもいないだろぃ」


「び、美少女の妖狐って超見てー」

 外から聞こえる、心のそこから期待しているらしきその声に、ぷっと今井が吹き出し、美少女の妖狐こと五嶺は憮然とした顔をした。



「ヨイチ、さっきお金全部使ったって言ってなかった?」

「ゲェー、そうだった。エンチュー、一生のお願い、百円貸して!」

「ヨイチ、百円も持ってないの? ボクが一時間一割で貸してあげようか?」

「貸すな。どうせアホらしい見世物だ」

「でもちょっと興味あるよね……」

「なぁなぁ、秘宝館ってなに? エンチュー」

「えっ、ひ、秘宝館って、その……、鳥羽とか熱海にある……」


 なかなか入ってこようとしない子供達を待ちくたびれ、五嶺がちらと隣の今井を見た。今井も、どこか手持ち無沙汰な顔をしている。

「なぁ、玲子」

「なんだ?」

「玲子、お前さん、着物結構……」

「あ、来たみたいだぞ」

 せっせくそこまで言いかけたとき、人の入ってくる気配がし、無情にも今井は五嶺の言葉をさえぎった。

 言いかけた言葉は、喉の奥で小骨のように引っかかっている。

「騙される馬鹿がいたねぃ」

 ふうと仕方なさそうにため息をつき、入ってきた子たちを見て五嶺が小さく呟いた。



「わぁ、すげ〜〜」

「ヒッヒ、所詮子供だましだが、けっこう凝ってるじゃネェか」

「トーマス先生の趣味かなぁ?」

 教室に入ってきた子供達が、思わず声を上げた。

 かすかにお香の香りがする。薄暗い教室の所々に、赤や青のチープで妖しげな光が点っている。床には怪しい白煙が渦巻き、整然と並べられた壇の上に、生徒達扮する、日本や世界の妖怪が足元のぼうっとした光に照らされて展示されている。

 はりぼてを着るもの、仮面を被るもの、衣装もきちんと作られ、けっこう見ごたえが有る。

 順番に妖怪を見るほかの子達を置いて、一番元気のいい子が目ざとく何かを見つけ、たたたっと走っていく。

「あっ、ヨイチ!」

「ヨイチやっぱりあそこだ」

「ヨイチまっしぐらだね」

 呆れたような声が後を追うが、ヨイチと呼ばれた子の耳には入っていない。とにかく彼の頭の中は、美少女のお狐様でいっぱいなのだ。


 緋毛氈の上に置かれた紫の座布団の上に座る、美しいお狐さま。

 そうそう、俺が見たいのはコレっ!

 前に行くまで、わざと目を伏せて、見ないようにする。

 一気に見ようって魂胆だ。

 目の前に、綺麗な青い着物を着た膝の上にそろえられた美しい指先。いやがおうにも期待が高まる。

 くるぞ、くるぞ。

 自分が近づいているのに謎な事を考えながらめいっぱい期待を溜め込む。

 せーのっ!

 心の中で掛け声をあげて、ばっと顔を上げる。

「わ……!」

 見た瞬間、思わず声を漏らし、釘付けになったまま動かない。いや、動けない。


 すっごい、綺麗だ。


 一目見た瞬間に、まるで、雷に打たれたような衝撃をうける。

 体が震えるほど感動して、息をするのも忘れるほど、その姿に見とれる。


 足元に置かれた行灯の淡い光に照らされた、美しい妖狐がヨイチを見つめていた。

 暗闇に白く浮かぶ美しい顔は、にこりとも微笑まず、硬質で冷たい雰囲気を纏っている。

 そのくせ、男を誘うように差された赤い口紅がどこか淫靡でもあり、白狐の面のような頬の化粧や、獣の耳や尻尾が、人を惑わす妖の不思議な魅力を付け加える。

 俺っ、この人になら騙されて転がされてもいいっ! いや、手のひらで良い様に転がされたいっ! とヨイチが心から思う。

 こんなに綺麗で高貴な人が、美しい衣装を身に付けさせられ、見世物になって座らされているというのが、なんだかいけない事のような気がしてドキドキした。


 妖狐の魔力に取り付かれ、いくら見ても見足りない。と思い、その姿を心に焼き付けようと、ヨイチが必死になって目の前を見上げる。

 その食い入るような目があまりにも必死で、先ほどからどんなに好奇の目で見られようが無表情を保っていた五嶺の心がはじめて動く。

 なんだぃ、こいつは?

 呆けた顔があまりにも可笑しくて、思わず、ふっと口元に笑みを浮かべてしまった。

 一生の不覚だった。と後から後悔する事になるのだが。

「あっ、笑った!」

 ヨイチは素っ頓狂な声をあげ、ぱぁぁぁと心から嬉しそうな無邪気な笑みを浮かべる。

「すごい、笑ったらすごく綺麗です、お姉さん」

 勢い込んで言うヨイチを見て、コイツ、男のアタシに向かって「お姉さん」だとぅ。と五嶺の機嫌がみるみるうちに悪くなる。

 口元の笑みを消し、元の無表情に戻って、ふいと横を向く。ポニーテイルと髪を結っている白いリボンが揺れて、後ろに移る影も大きく揺らいだ。美しい横顔に行灯の光が陰影を作る。

「あっ、怒った」

 またまた新しい表情発見! とばかりに頓狂な声を上げるヨイチ。

「怒った顔も素敵だ……」

 馬鹿だ、こいつは馬鹿だ。

 初対面なのに、はっきり判るほどの馬鹿だ。

 心の中でぶつぶつ呟かれているのを知ってか知らずか、ヨイチは呆けた顔で言葉を呟く。

「駄目だ、俺、もう、駄目。こんな素敵なもの見せられちゃ」


 好きにならずにいられない!






「ヨイチ、あのお姉さんの所から動かないよ……」

「恥かしい奴だナ」

「ヨイチ、もう行こうよ」

 白い髪の子がヨイチの裾を引いた時、唐突にヨイチが大声を張り上げた。

「ぼっ、僕、四年五組の火向洋一っていいます!」

 教室中に声が響き渡り、皆、何事かと二人を注目している。

「僕ぅ!?」

 聞いた事の無いヨイチの一人称に、連れの子達が目を白黒させる。

「狐のお姉さん、好きです、付き合ってください!!」

 人前での堂々たる告白劇に、見ている者のほうが唖然とさせられる。

 当のヨイチは、嬉しそうに目をキラキラ輝かせて、突然ふってわいた恋の喜びにすっかりのぼせているようだ。

「よっ、ヨイチー!!」

「ヒッヒ、判ってはいたが、あいつは予想以上の大馬鹿だナ」

 

 どうなるのか、どうなるのかという回りの期待をよそに、あくまでも冷静な冷たい顔で、五嶺が口を開く。


「お生憎だけどねぃ」

 やっぱり、振られるか? それとも、奇跡が起こるか?

 ヨイチの連れや、五嶺のクラスメイト以外はどちらかを予想していただろうが、事実を知っているものはニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべている。

 現実はヨイチの予想の斜め上を行くのだ。 

「アタシは、『男』だよ」

 冷たい声で告げられた残酷な現実に、ヨイチが目を見開いた。

 事実を知らぬ回りも目を見開いた。

 男!?

「ヨイチ、五分もしないうちに玉砕した!!」

「最短記録だね」

 冷静にヨイチを観察する友達をよそに、ヨイチの顔が、歓喜から驚き、そして絶望に変わる。

「嘘ぉぉぉぉぉぉ」

 「神は我を見捨てたもうたか!」とでも言いそうなほどの悲惨な表情でがっくりと膝をつき、ううとうめき声を上げながら歯を食いしばって、ぎゅっと目をつぶる。


 瞼の裏に浮かぶ、美しい顔。

 何者をも寄せ付けぬ冷たい表情、少しむっとした表情。そして、ほんの一瞬だけ見た笑顔。

 あの笑顔が、もう一度見たいよ。

 あなたのいろんな顔、もっと見たい。

 落雷のようにヨイチを貫いたときめきが蘇り、胸を熱い思いが満たす。


 まだだ、まだ、やれる!


「あ、ヨイチ!!」

 すくっと立ち上がり、先ほどまでの絶望が嘘のように好戦的な顔をしたヨイチが再び五嶺の目をまっすぐ見て口を開く。

「まだまだぁ〜〜〜。恋は障害があるほうが燃えるってもんだぜ! 俺はアナタのために、性別という壁を乗り越えるつもりです、だから、お願いします、付き合ってください! まずはお友達から!」

 火向洋一の恋心は、より一層燃え盛り、ヨイチの心を奮い立たせる。不屈の闘志をもって、愛する人の心を得るべく不死鳥のごとく蘇ったのだ。

「ヨイチ本気!?」

「こうなると、想像を超えた馬鹿だナ」

 エンチューが驚いて声をあげ、ムヒョはひたすら冷静にヨイチの馬鹿さ加減を計っている。

「断る」

 レイコンマ何秒かで即答された言葉に、「現実は残酷だ」と思わずビコが呟いた。

「聞いた? 性別も超えようっていう俺の熱い思いがたった四文字で返された!」

 後ろの友達を振り返り、そう言ったヨイチは涙目。

 魔の森を潜り抜け、難攻不落の城塞を落とし、不死のドラゴンを倒したその先に、ベッドに横たわるお姫様がいるのだ。

 このくらいでめげてたまるかぁ!!

 と自分を奮い立たせるものの、悲しいものは悲しい。

 あ、涙が出てきちゃった。

「ヨイチ、これで涙拭いて」

 優しく差し出された白いハンカチで涙を拭い、きっと五嶺を睨みつける。

「くっそー、でも俺ますます好きになっちゃったからね、諦めませんから」

 諦めてくれ……。とあからさまに迷惑そうな顔をした五嶺を無視して、「あ」とヨイチが声を上げる。

 大事な事を聞くのを忘れていた。

「あの、お名前は……」

「名前くらい聞いて告白しなよ」

 しごくもっともなつっこみを入れられ、だよな。とヨイチが照れ笑いする。せめて名前を聞いてからなら間違いも起こらなかったかもしれないのだ。

「五嶺陀羅尼丸」

 どうせ教えるまで動くまい。隠すような事でも無いし。そう思って短く答えると、再びヨイチががくッと肩を落とした。

 よくわかんねー難しい名前だけど、「丸」ってつくって事は……。

「やっぱ男か」

 あれだけ大見得きったのに、心のどこかでまだ女だと期待してたので、てへへ。と笑ってヨイチが誤魔化す。

 五嶺、ごりょうさんか、うん。とその名前を大事そうに呟く。

「ヨイチかっこわるい」

「マジかっこ悪いな、俺」

 俺なりに本気なんだけどなーと呟き、臆する事無く顔を上げて五嶺の顔をまっすぐ見る。

「五嶺先輩、俺、諦めませんから!」

 アイ・ラブ・ユー! アイニージュー! まだ懲りずにそんな言葉を残しながら、友達に引きずられるようにして出ていったヨイチの姿を見て、今井がおかしくてたまらないというように、肩を震わせている。

 最初は五嶺に遠慮してたようだが、やがて堪えきれなくなったのかくっくっくと声を漏らし、目には涙まで浮かべている。

「むっ、無理も無い。だってお前綺麗だもの!」

 必死の思いでそう口に出し、今井は我慢しきれずにぶはっと噴出した。

 どうやら、五嶺狐の魔力は、肝心の人には効かず、本人の期待しない方へ働いてしまったようだ。

「玲子、笑いすぎだろぃ!」

 五嶺の怒声が響き、MLS秘宝館で繰り広げられた、告白劇というか喜劇といった方が相応しい見世物恋譚はようやく幕を下ろしたのだった。





Thanks for 陰陽蝶 小蝶さん

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