「父さまぁ〜〜〜」

 泣きながら駆け込んでくるなり、わしの娘はわしにしがみ付いてわんわんと泣いた。

「迦具夜、何事じゃ? このお転婆娘めが、また蜂の巣でも悪戯して刺されたか? それとも崖から落ちて怪我したか? 治してやるから早よう見せんか」

「今日は違います!! 父様は迦具夜をなんだと思っておるのじゃ!」

 涙に濡れた顔をあげ、きっとわしをにらみ付ける。

「じゃあぬしの母に叱られたな? どうじゃ、図星じゃろう」

「う……!」

 わしがそう言うと、迦具夜が泣くのも忘れ、真っ赤になって固まる。

「さ、さすが父様じゃな」

「ぬしのする事などお見通しじゃ。にしても、陀羅尼丸を怒らせるとはぬしも命知らずの阿呆じゃな〜。その勇気にはビックリじゃ。この家で生きていく術を知らんと見える」

「その事じゃ! 父様も一緒に謝ってェェ。母さまに見捨てられては迦具夜はもう生きてはゆけぬ」

「え……。わしがおるじゃろ?」

「母さまぁぁ」

「無視か」

 うわーんと泣き叫ぶ迦具夜を見て呟くが、それも無視される。陀羅尼丸は、「迦具夜はなにをしてもイサビ殿が甘やかしてくれるのを知っている」と言うておったが、誰に似たのかほんに現金なおなごじゃ。安全パイのわしは無視して、陀羅尼丸の機嫌を取ろうと必死な姿にいっそ感心する。

「だから父様、お金を下さい」

 むくっと起き上がり、迦具夜がわしに手を出しだした。

「なんじゃ急に」

「母様、お金大好きだから」

「……ぬしのそういうところ、誰に似たのかのう。まあよい、持っていけ」

 わしもいい加減娘に甘い。

「出世払いで返しますねぃ」

「どこでそんな言葉覚えてきたんじゃ」

 山の怪が小判の入った壷を持ってくると、迦具夜はエビスに言いつけて菓子折を持ってこさせ、山吹色の菓子をいそいそと製作している。こいつは時代劇の見すぎじゃと思ったが面白いのでほっておく。

「ぬしゃ一体何をして陀羅尼丸を怒らせたのじゃ?」

「母様がお勉強を教えてくれるというのをサボりました。三回くらい」

「ぬしゃ母が大好きではないか、なぜサボる?」

「だってカンフーごっこに夢中になっちゃったんですよぅ……!」

 ぷうっと頬を膨らませて言った後、迦具夜の大きな目に見る見るうちに涙がたまった。

「そしたら母様、『もう勉強はせずともよろしい』って……。お勉強しないとMLSに行けないよぅ」

「なんじゃ、そんなものに通わずとも、魔法律でも学問でもわしが教えてやるのに」

 そういえば、春からそんなところに通うとか何とか言っておったの。と思い出す。わしはいい顔をせんかったが、迦具夜が行きたいと駄々をこね、ついにわしも折れた。

 表向きは五嶺家の子女ということにするが、迦具夜はもちろん人ではない。陀羅尼丸が強行に反対するかと思ったが、陀羅尼丸は少し考えた後、「友達を作るんだよぅ」と迦具夜に言うた。山の怪しか遊び相手がおらぬ娘を不敏に思ったのかもしれぬ。

「イヤっ。教えてくれるなら母様がいい。父さまはいつでも遊んでくれるけど、母様独り占めできるの、お勉強の時間だけだもん。MLSでお友達も欲しい! それに父様の教えてくれる事、古いんだもん。いまどき誰も日本書紀なんか読まないよぅ。魔法律は凄いけど、魔封じの筆はイヤ! ペンが良い」

「なんか傷つくの〜」

「でも父様のこと一番大スキじゃ」

「ぬしの飴と鞭の使い分けっぷりには脱帽じゃな」

「だから一緒に謝ってね?」

 首をかしげると、切りそろえた髪がさらりと揺れる。親の贔屓目もあるじゃろうがたいへんかわゆい。

「判った判った」

 わしが言うと、迦具夜は他人事のようにわしらを見ていたエビスを振り返った。

「エビスもじゃ」

「は、俺ですか?」

 いきなり話をふられたエビスが目を白黒する。

「うむ、エビスが腹を切ってわびれば母様もエビスの心意気に免じて迦具夜をお許しくださるはず」

「ええええええええ」

 迦具夜が真面目くさって言うと、エビスが悲鳴を上げる。

「ひ、姫、それはできません」

「あたりまえじゃ。エビスをからかうと面白いねぃ」

 迦具夜はけらけらと笑い、「さあさあ、母様の所へ行きましょう」とわしの手をぐいと引っ張る。エビスが、山吹色の菓子を恭しく捧げ持った。

 「イサビ殿は迦具夜に甘い!」とまた言われるの〜と思いながら、わしは杯の酒を飲み干し、迦具夜に急かされて立ち上がった。








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