「やれ、ほんのわずかの間と油断しておったら、降りおったの」

 突然振ってきた雨に、二人で木の下に逃げ込む。一息ついたイサビ殿はそう言って、まず空を見た後、次にアタシを見た。

「庵までさほどの距離もありませんから、濡れていきましょうか?」

 アタシが言うと、イサビ殿は首を振る。

「急ぐこともあるまい、雨宿りというのもオツなもんじゃ」

 イサビ殿は銀の糸のように降る雨を見上げて言い、アタシは頷いて、雨の音に耳を傾ける。 

 雨に濡れた木の葉の緑が美しい。そう言おうと思って、イサビ殿を見上げると、イサビ殿と目が合った。イサビ殿もアタシを見ていたのだ。

「陀羅尼丸、もそっとこっちへ寄らぬか」

 イサビ殿は言葉と一緒に手を伸ばし、アタシの腰に手を回して引き寄せる。

「濡れてしまう

「でも、窮屈ではありませんか……?」

 イサビ殿はアタシを雨から守ってくれようと、胸に抱きしめる。アタシがイサビ殿のお顔を近くで見ながら言うと、イサビ殿は急にアタシに口付けを落とした。

 イサビ殿に口付けされながら、雨の音がする。と思った。

「イサビ殿……!」

 唇を離したイサビ殿を軽くにらみつけると、イサビ殿は笑った。

「ぬしが近かったからの」

 済ました顔で言うので呆れる。

「自分で寄れと言っておいて、いけしゃあしゃあとよく言いますねぃ」

「雨がやんで庵に戻れば、続きじゃ」

 本気なんだか冗談なんだか判らない事を言うので、アタシも少し冗談を言ってみたくなった。

「雨がやまねば?」

 アタシが笑いながら問う。そうすると、イサビ殿はもっと笑った。

「いつまでもここでこうしていようかのう」

 にっこりと微笑んで、お互い、どちらからともなく口付けを交わす。

「ん……

 本当に、欲しくなってしまった。

 庵に戻ったら、まず雨戸を閉めて部屋に閉じこもってしまおうか。それとも、庭に向かっている戸を全部開け放って、雨の音に混じってアタシも声を上げようか。

 イサビ殿には言えないけれど、そんな事を考えていると、「ぴょん」と緑色の影が動いた。

アラ」

 まじまじ見ると、それはカエルだった。

「カエル……?」

 思わず声を上げる。雨降りだからカエルが居たっておかしくなんぞないんだが、あちこちからカエルがぴょんぴょん飛び出してくるんなら話は別だ。

「雨は止んだぞ」

 傘を被ったでけえカエルが喋った。と思ってアタシは驚いた。

 確かに、先ほどの雨が嘘のように上がっている。

「続きは、まだか?」

 傘の下からアタシとイサビ殿を見上げたのは……。

「パッ、パケロ王子!?」

「こっ、このバカガエルが! なにを出歯亀しておるか! いつからおった?

 突如現れたパケロ王子に二人で慌てふためく。

「お前が嫁にやにさがった顔をするあたりからいた」

「心当たりがありすぎていつからか判らん。雨を降らせたのはぬしじゃな?」

 イサビ殿がかっこ悪いことをかっこよく言いきり、パケロを責めるように指差すと、パケロは相変わらずの無表情で首をくいっとかしげた。

「イサビは雨に濡れぬ術も使えよう? 雨などたやす止ませよう?」

「ばっ、ばらすでない」

 パケロの言葉に、うっとイサビ殿がひるむ。

「頭を冷やすかと思って雨を降らせてみれば。これ幸いと女に手を出すとは」

 パケロ王子はわざとらしく言葉を切り、イサビ殿の顔をじっと見ながら言った。

「すけべ……」

「それもばらすでない!」

「いやそれは知ってますよぅ」

 そんなことアタシが一番身にしみて知っている。

「早く続きが見たいぞ……」

「見せるか馬鹿者!」

 ぽこっとパケロの頭を小突いてイサビ殿が言うと、パケロ王子はイサビ殿を見つめた。

「五嶺は美味いか?」

「この世で最高の美味じゃ。いくら食っても食い足りぬ」

 イサビ殿の返事を聞いて、パケロ王子は今度はアタシに向き直った。

「イサビは美味いか?」

「ええ、とても」

「いろつやが、いい。イサビは美味いのだな」

 にっこり笑って言ってやると、パケロ王子は納得したように頷いた。

 それで満足したかと思うと、今度はパケロ王子の腹がくぅとかわいく鳴った。

「……はらが、減った」

「なにか食わせてやるから早く帰れ!」

 イサビ殿が呆れた口調で言って、庵に向かって歩き出す。

 ぷりぷり怒ったイサビ殿、かえるをゲコゲコ引き連れたバカ王子、そしてアタシ。

 雨が止んだ山道を変な三人組が歩くのが妙におかしかった。




20070615 UP

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