イサビ13歳がお寺に忍び込んだらお坊さんに化けた観音様に会ったよ。という捏造話。










「童(わっぱ)、どこから入って来おった?」

「どこからでもいいじゃろう。クソ坊主」

「何の用じゃ? この悪童め。悪戯ならはよう去ね」

「用でもなければ、誰がこんな抹香臭い寺に来るか。妙法蓮華経七巻、全て見せろ」

「阿呆か。誰が得体の知れん化け物に寺の宝を見せるか」

「わしは化け物ではない。ぬしと同じ人じゃ。ただでとは言わん。ぬしゃ楽曲狂いじゃろう? これを貸してやる」

「琵琶……?」

「玄象じゃ」

「ばっ、ばかな。玄象は宮中秘蔵の名器、こんな小童が持っているはずが……」

「朝には返せよ。なくなったのが見つかるとうるさい。妙法蓮華経七巻、はよう持って来い。朝までに写したい」

「朝までに写す……? 馬鹿を言うな。第一お前のような童が見たところで判らんじゃろう」

「うるさいのう。そこの本尊壊されたくなくば黙って持ってくるのじゃ!」

「判った判った……」




「のう」

「なんじゃ」

「玄象をどうやって盗んだのじゃ?」

「人聞きの悪い。盗んではおらん。小鬼に言いつけて借りただけじゃ」

「鬼を使うか……。おまえ、ずいぶんと幼く見えるがいくつじゃ?」

「十三じゃ。それがどうかしたか?」

「わずか十三でその法力、空恐ろしいのう……。その白い髪は?」

「生まれた時からこうじゃったと母君が言うておった。わしは筆が握れるようになればすぐに凡字を書き、外で遊ばせれば土くれで仏像を作っておったそうじゃ。こんな化け物みたいなわしでも母君は優しゅうしてくださるから、頭が上がらん」

「家のものはみなおまえみたいなのか……?」

「いいや、髪が白うて、術が使えるのはわしだけじゃ」

「そ、その鬼を使う術は誰に習ろうた?」

「誰にも。鬼を使うだけではないぞ。雨を降らすも風を吹かすも自由自在。わしからすれば、鬼を使うような簡単なことなぜ判らぬと聞きたいわ。天地の理を知り、世の秘密を解き明かすのがわしのこの上ない楽しみでの、鬼のはらわたをまさぐるところなど見せて母や弟を驚かせたくは無いゆえに、今は家を出て山に住んでおるが、戻って来よとうるそうてたまらん。嫁を迎えるから家に帰って来いなどと言い出す始末じゃ」

「それでの。仏門に入りましたと言えば諦めるかと思ったのじゃ」

「それで妙法蓮華経か……」

「かわいそうにのう……。お前、人の子として生れ落ちても、その魂は人ではないぞ。そのような白い髪になったのも、魂が人ではないからじゃ。きっと、どこか名のある神が人の体に入り込んだんじゃ」

「かわいそうなどと言われる筋合いは無い。坊主などに話したのが間違いだったのう」

「神でもなく、人でもないあいのこのお前は、誰とも分かり合えぬ。それでは生きるのに辛かろう……?」

「判っておらぬな。不完全ゆえに完全に憧れよう……? その飢えこそがわしの原動力。わしは完全を手に入れるぞ。不死と力を手に入れるのじゃ」

「ほれ、飢えておると、満たされておらぬと認めた」

「でも不幸ではない。たしかに、わしは人であるのに人に馴染めぬ。お前の言うとおり、わしの魂は人ではないのじゃろう。人間というものの存在がどうも好きになれぬ。いや、知れば知るほど、こんな弱いくせに愚かで高慢な生き物は嫌いじゃ」

「しかし、母君のことは慕っておろう?」

「母君や父君、弟のことは好きじゃ。だから、人の全てが悪いとは思ってはおらぬが、人という種は好きになれん。所詮人とは神が遊びで創った人形か? だとするとずいぶんできが悪い人形じゃ」

「力はあっても子供じゃのう……」

「なんじゃと?」

「考えが青臭くて固いと言うておる。完全なんぞこの世にもあの世にもどこにも無いぞ。不死と力が完全? 笑わせるな。おまえ、失敗したことないじゃろう? 挫折した事無いじゃろう?」

「わしは失敗などせん。失敗など馬鹿のすることじゃ」

「だから判らんのじゃ。あたら優秀なばかりに判らぬのじゃ。わしは、お前の嫌う人間の弱い部分を愛おしいと思うぞ」

「でもまあ、お前も女でも知れば変わるじゃろう」

「女ごときでなぜわしが変わる!」

「恋せよ。イサビ、狂え、もがけ、惑いて絶望に落ちよ」

「なぜわしの名を知っておる……。ぬしゃただの坊主ではないな。くそ、気がつかぬとはうかつじゃった。ぬしゃ寺の本尊の観世音か? 寺に用があったのはわしではなくて、ぬしがわしを呼んだというわけか? ぬしら仏のやり方はいつもそうじゃ。上から見下して人をいいように操りよる。胸糞悪い。したり顔で救いだのなんだのとぬかしおって、とんだ詐欺師じゃ」

「怒るな怒るな。良い物をやろうとお前を呼んだのじゃ。おなごをやろう」

「いらん! おなごなんぞうるさいだけじゃ。わしは一生妻なんぞ娶らんぞ」

「ぷ。おなごをやるというと妻に娶るとは存外真面目じゃの。おなごと遊ぶ事など考えもせんか? しかしまだまだ子供じゃのう。おなごはよいぞ」

「なまぐさ坊主が! でもな、わしがその気になれば、きっとおなごの扱いも上手いぞ」

「ふ〜ん。そりゃ結構なことじゃ」

「うるさい! おなごなどいらん」

「まあまてまて、いらぬと突っぱねる前にまず姿かたち見てみよ。いまこの水鏡に映してやろう……。あれっ?」

「……これは男じゃろう!! ぬしゃわしに男を娶れというか? 馬鹿にするな! それともわしがこの男に嫁ぐ……? い、嫌じゃ〜〜〜〜!!」

「いやまて男ではない……はず」

「男の姿をしておるうえに、こ、こ、こやつ太刀を持って鬼の首を刎ねているではないか! そんな恐ろしいおなごがおるか!!」

「ちゃんとおなごじゃ。たぶん……。ちょっと待て、自信がのうなってきたゆえ確かめる」

「んむ、わしじゃ。あの陀羅尼、あれは本当におなごに化生したか? どうみても男じゃ。あ、ん? ん? ああ、判った」

「……どこと話してるんじゃ」

「やっぱりおなごじゃ。さっきのはちょっと絵が悪かった。ほれ見よ。おまえと同じくらいの年じゃ。口元のほくろが可愛かろう? まこと可愛らしいおなごじゃ〜」

「確かに、かっ、可愛いが」

「欲しゅうなったろう?」

「でもこれが長ずればああなるんじゃろう!! この恐ろしい男女は気に食わんとわしの首も刎ねるぞきっと!」

「そこらへんはおまえの腕次第じゃ。おなごの扱いは上手いと豪語しておったお前のこと、じゃじゃ馬の扱いもたやすかろう。可愛がってやれよ?」

「存外お似合いではないか?」

「はあ?」

「人であって人ではないおまえと、男でもなく、女でもない女」

「なぜこの女をわしに押し付ける」

「お前は永遠に一人の運命を背負うておる。お前は優秀で傲慢すぎる上に、偏屈で他人を必要としない性質じゃ。永久の命を手に入れると言ったが、お前の気に入った女たちはみなお前とすれ違うだけで先に行くぞ? お前は一人じゃ。じゃが、この女なら、お前の心をこじ開ける。誰にも理解されぬお前を受け止める。同じく、苛烈すぎるこの女の魂を、お前なら受け止められる」

「いやいや、お前ら厄介な業を背負った魂を見たときはどうやって救ってやろうかと思うたが、厄介な魂が二つ、しかもうまいこと男と女と来てはしめたと思うたぞ。いっぺんで二つ方がついた。これぞ仏のお導き……」

「二つくっつけていっぺんで厄介払いか! 手を抜くな!!」

「この女も業が深いぞ。お前と同じく、人の器には収まらぬ魂を持っておる。物の怪どもは、本能でこの女が物の怪を受け入れる事を知っておるから、欲しがって食い尽くしてしまう。敵は多いぞ。上手く勝ち取れよ? まあ、まだ十三のお前に言っても判らんだろうから、ものは試しということでよい。やはりいらぬと思えば返してもらってもよいぞ」

「観世音菩薩の采配を信じよ。ほれ、言うてみろ。南無観世音菩薩」

「誰が言うか!」








「五嶺様、お見事!」

「さすがイサビ殿がこしらえた太刀だ。切れ味がいいねぃ。見てみぃエビスの。鬼の首もこんなにすっぱり切れておる」

「陀羅尼丸……」

「はい?」

「返り血がすごいぞ」

「ああ……。白い直衣だと赤い血が映えますねぃ。鬼の血でも綺麗なものです」

「……ぬしゃいつまで鬼の生首持ってるつもりじゃ。はよう葬ってやれ」

「いえ、この鬼の首は塩漬けにします。体は手足を切って持って帰ります」

「どうするつもりじゃ?」

「胃の腑に尖らせた竹を突き刺して、そこから酒や飯を入れると生きてますから、鬼の生き胆が沢山取れるんですよぅ。いい金になります」

「そうか……」

「今宵もイサビ殿の庵に行ってもかまいませんか?」

「来ないと言うなら浚っていくところじゃ。早う来いよ。あまりわしを待たせるとまた夜通し苛めるぞ」

「では、わざとゆっくり血を落としてから行く事にしましょうかねぃ」




「久しぶりじゃな。小童が大きくなったの、角まで生えて。本当に永久の命を手に入れたか。お前はすごいのう。さすがさすが」

「出たなインチキ坊主……、いや菩薩か。あんまり来るのが遅かったから、ぬしとの約束忘れておったぞ」

「あれほど嫌がってたわりにずいぶんと仲睦まじいではないか、ええ? 存外女らしいところもあるじゃろ? それにあっちの方もよかろう?」

「いい」

「返すか?」

「返さん!」

「気に入ったようじゃな、重畳重畳」

「あの……な。陀羅尼丸とわしの縁は今生のみか? 陀羅尼丸の来世は他の男のものか?」

「気になるか? 渡しとうないか?」

「うるさい答えろ」

「しんからほしいか?」

「欲しい」

「ふむ、わしもここまでしておいて放り出すのは気が引ける。教えてやろう」

「もったいぶりおって……」

「実はな、あの女の事で言ってないことがある。言いにくいが、あの女、お前を絶望に叩き込むぞ。死ぬより辛い思いをお前に強いるぞ。女を真に手に入れようと思えば、この試練はさけられん」

「はあ!?」

「返すか?」

「返せぬと判って言っておるじゃろう」

「そのとおり……。女の因果を解かぬとお前のものにはならん。それにな、この試練はお前のためでもある」

「何が気が引けるじゃ。恩着せがましく言うな。最初からわしに陀羅尼丸の因果解かせるつもりだったのじゃろう? どのような辛い目に会おうとも手放せぬようになってからそんな事を言うとは、やはり仏など詐欺師じゃ」

「采配の妙と言って欲しいの……。優秀なお前ならあの女を何とかしてくれると思っておったぞ。さすがわしが見込んだだけある」

「その上から目線腹立つの〜」

「心せよ。絶望に負けて沈むも、絶望の淵から何かを掴めるかもお前次第」

「一つ聞きたい。なにゆえ陀羅尼丸は物の怪を呼ぶ?」

「理由は二つ有る、一つは、ああ見えてあれの性質は救い守る事。人だけではなく物の怪もじゃ。だから心に闇持つ物の怪を引き寄せる。もう一つは、陀羅尼丸は自分を因果から救い出す力のある物の怪を求めておる。むろん無意識にの」

「はぁ? 救う? 食われるのにか?」

「食われて死ぬのはあくまで結果に過ぎぬ。ようするに失敗したのじゃ。だが、お前なら陀羅尼丸の望みを叶えよう……」

「その人を煙に巻くような言い方、気にいらんのう。陀羅尼丸にどうすればよいか聞けば判るのか?」

「魂に刻まれた望みじゃ。判る訳なかろう。むしろ自分でも理由が判らず苦しんでいるはずじゃ。陀羅尼丸の因果を解けば、最初は恨まれるかもしれんの。悪いが悪者になってくれ」

「ますます判らん」

「わしはイサビを気に入っておる。だからお前に得て欲しいと思い女をやったのじゃ。だが今のお前には陀羅尼丸は救えぬ。一度どん底まで堕ちて這い上がって来い」

「……仏や神などに気に入られても面倒を押し付けられて損するばかり。いい迷惑じゃ、くそったれめ」

「なにか言うたか?」

「いいや。南無観世音菩薩と言ったんじゃ」

「くそったれと聞こえたが?」

「気のせいじゃ。陀羅尼丸が来るゆえ、もう行く」

「よろしく頼むぞ」

「なんじゃ、自分の身内のような言い方をするな。ま、まさか、陀羅尼丸はぬしの……化身?」

「するどいの、イサビ。ますます気に入ったわ。わしがしたためておった陀羅尼、まちごうて人界に落としてしまったら女になってしもうた。あれは人の世にいてはならぬものじゃ。お前にやるから拾うてきてくれ」

「結局ぬしの尻拭いか。そうと判ってても従うわしは大馬鹿者じゃ」

「わしに使われるのは腹が立つが陀羅尼丸は可愛いか? そんなにいやな顔をするな、イサビ!」







20070713 UP

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