感情の行方








「花夫の行方を知らないかって?」

 俺は左近さんの後ろで、その女の唇が動くのをじっと観察した。

 五嶺魔法律事務所を首になった恵比寿さんを探しているうちに、辿りついた一つの手がかり。

 派手な目鼻立ちをした、童顔の綺麗な女だ。若くて胸も大きい。だが、一目で夜の仕事をしていると雰囲気で判る。

「アンタたち誰? 五嶺魔法律事務? ああ、花夫を追い出したとこね。いまさら何? なんで花夫を探しているの?」

 女は用心深く部屋のドアを開け、用件を告げ名刺を見せた俺と左近さんを中に招きいれた。勤めている店が用意したのであろうワンルームの小さな部屋。女の子らしい可愛い小物、壁にかかった派手な服。

 この女とあの恵比寿さんのつながりが全く判らない。恵比寿さんが風俗通いをしているという噂は聞いたことが無いが、男なので無いとは言えない。だが、俺の知っている恵比寿さんは、風俗通いなんてしている暇など無いほど忙しい人だった。

「知ってたって教える訳無いじゃん。あんたたち花夫にどんなに酷い事をしかよく判ってるでしょ?」

 その事情を知っている口ぶりから、この女は確かに恵比寿さんを知っている。と俺たちは確信した。それも、恵比寿さんに凄く近い。

「あんた達に首にされて、花夫がどんなにショック受けてたか。死ぬんじゃないかと思ったくらいだよ。でもあたしを頼ってきてくれて嬉しかった」

失礼ですが、あなたは、恵比寿さんとお付き合いをされていたのですか?」

 左近さんが聞くと、女は首を振った。私は、ヤクザに殴られてゴミ箱に捨てられてたのを花夫に助けてもらっただけ。ただの友達。時々電話はするし、ノルマがヤバイって口実でお店にも来て貰った事もあるけど、花夫には相手にされて無い。

 女はそう言って、俺は驚いた。恵比寿さんに相手にされて無い? 恵比寿さんが相手にされて無いの間違いじゃないのか?

 恵比寿さんの意外な一面に俺は戸惑った。

 この巨乳の誘いを断るなんて、俺には考えられない事だ。しかもあの恵比寿さんが。

「花夫が、その社長の女のことどんなに大事に思ってたかあたしの所に来ても、いっつもその話。花夫なら、してもいいよって言ってるのに、花夫はしてくれなかった」

「女? 社長って五嶺様の事か? 五嶺様は……」

 言いかけた俺を、左近さんが手でさえぎった。

 俺は黙りこくった。いくら仕事が出来て金を持ってても、俺は内心、あの顔じゃ、女に相手にされないだろうと馬鹿にしていたのだ。

 俺にとって、恵比寿さんは、いつも駆け回ってる人、五嶺様に酷く罵られ、青い顔で頭を下げてる人。恐ろしく仕事が出来る分、他にも厳しい、俺にとってはちょっと苦手な人だった。

「花夫、きっと帰ってきたらあたしと一緒に暮らしてくれる。絶対にあんた達には行き先は教えない」

 女はそう言って、左近さんをきっと睨みつける。

 真剣な女の顔を見て、俺は考えた。

 どうして恵比寿さんは五嶺魔法律事務所にいたんだろう?

 補佐系の裁判官とはいえ、恵比寿さんクラスなら、どこの魔法律事務所も欲しいはずだ。それに、あの事務処理能力は驚異的だ。未決済の箱に入ってた大量の書類が、俺がタバコ休憩終わって見たら決済済みの箱に入っていたのを見て戦慄した。裁判官としても、事務屋としても、あれほど仕事が出来る人を見たことが無い。

 だけど、五嶺様は、恵比寿さんに本当に厳しくあたられる。

 神通針のほんの数ミリの位置のずれも許されない。常に、恵比寿さんができるベストの状態を求められるのだ。毎回自己最高を出せといわれても、できるはずが無い。

 だが、恵比寿さんはそれにかなり近いことをしている。でも、怒られる。

 なぜ、あれだけ罵られても、恵比寿さんは五嶺魔法律事務所にいたのだろう? カネのためだとしても、あそこまで五嶺様に尽くせるものなのか? どうみても割に合わない。

 別の事務所に移り、この女と暮らした方がよっぽど楽じゃないか?

 だって酔っ払って言ってたじゃないか。早く独立して巨乳女を下僕にするって。

 夢は十分叶うところまできてたじゃないか。

 そして俺達は、なぜ恵比寿さんが五嶺魔法律事務所にいるのが当たり前だと思っていたのだろう。

 首にした恵比寿さんを探すなんてとんちんかんな事をしているのだろう。

「花夫はあたしのものだもん。絶対返さないもん」

 俺の思考をよそに、女は駄々をこねるように言った。

 お願いだから、返してください。と俺は心の中で呟いた。

 恵比寿さんがいないと、五嶺魔法律事務所はめちゃくちゃです。

 俺はこれ以上五嶺様の怒声を聞きたくない。辛い。

「あなた、本当は判っているのでしょう?」

 左近さんは、熱くなって言い張る女を冷静な口調で諭した。

「エビスさんは、五嶺様のものだって」

 その言葉を聴いたとたん、女はわっと泣き出した。

「そんな事、知ってるよぉ〜〜〜〜。でも、認めたくないのぉ。いやだ、取らないで。あたしから花夫を取らないで。一回捨てたくせに、酷すぎるよぉ」

 子供のように泣きじゃくり、女は左近さんを掴んで力なく揺さぶった。

「何を誤解しているか知らないが、五嶺様は男で、五嶺魔法律事務所の社長だ。それとも、恵比寿さんが五嶺様の事を女だとでも言ったのか?」

「嘘! なんでそんな嘘つくの?」

 女は、嫉妬に狂った目で俺を睨みつけた。

「花夫があんな目をするなんて、五嶺って人、女に決まってるじゃない! 好きな女のため以外に、あんなに必死になれるわけが無いじゃない!」

 感情が高ぶったのか、女は泣くのをやめ、怒りで真っ赤な目をして俺達を見た。

 俺は、その勢いに思わず口ごもる。

 たしかに、恵比寿さんの五嶺様への献身的な態度は、異常とも言えるほどだ。だけど……。

「五嶺って女連れてきてよ。あたしに土下座して頼むんなら居場所を教えてあげる。そのくらいじゃないとあたしがおさまんない!」

 悲鳴のように叫び、俺は困って左近さんを見た。

「そんな事したら、エビスさんは、一生君を許さないだろうね」

 冷静な左近さんの声。女は、左近さんの言葉に綺麗な顔をゆがめた。

「花夫はあたしを捨てて、迷わず五嶺って女のところに帰るよ。判ってる」

 先ほどまでの勢いをすっかり失い、俯いて、また涙を零す。

「なんで? なんでそんな酷い女のところに帰るの? わかんない」

「私は、少なからず貴女と同じ立場にいます

 涙に暮れながら頭を振る女に、左近さんはゆっくりと声をかけた。

「だから、あなたの胸の痛みはよくわかる」

 女は、左近さんを見上げる。俺も、思わず左近さんの顔を見た。

「あの二人のは、他人が見てどんなにおかしいと思えるような関係でも、完璧なんだ」

 言葉を続ける左近さんの顔は穏やかだったが、なにか厳しいものを秘めていた。

「他人など必要ない。他人の入る余地も無い」

 諦めのような、羨望のような、左近さんの表情。

 鋼鉄の意志で、左近さんは何かを抑えている。

「あの二人ほど、しっかりと結びついている魂を私は知らない」

 言い終わり、女をなだめるようににこりと笑う左近さんの顔を見て、沈黙のあと、女が小さく呟く。

「……魔法律協会だよ」

「!」

 驚く俺をよそに、女は顔を上げ、左近さんの顔をじっと見た。

「花夫は、そこにいる」

「ありがとう。あなたのご協力に感謝します。もし失礼でなければ、謝礼を……」

「いらない、帰って」

 女は俺達を追い出し、俺は、前を行く左近さんの背をじっと見めた。

 「私は、少なからず貴女と同じ立場にいます

 恵比寿さんへの思慕に狂う女にかけたその言葉は、どういう意味なのですか、左近さん。

 左近さんは、五嶺様の事が、好き……なのか?(もしかして左近さんが好きなのはエビスさん?)

 だが、五嶺様は男性のはずだ。それとも、五嶺様は女性だというのか?

 あの女は、好きな女のため以外に、あんなに必死になれるわけが無いと叫んだ。

 恵比寿さんと五嶺様の間にあるのは、忠誠心だけではないのだろうか。

 俺は、よく判らなくなってきた。

 ただ一つ判るのは。

 左近さんは、自分の胸の痛みを押し隠してまで、五嶺様のために恵比寿さんを探している。ということだけだ。

 


20070428UP

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