今日のエビス 第三条
番外編(五嶺様&エビスの子供捏造ネタ)
母上は執行にかなり煉を使い、深く眠り込んでいる。
寝息を立てる母上の顔を見るお父様の目がとても優しい。
見ているこちらまでも癒されるような微笑を浮かべて母上を見ていたお父様は、アタシに向き直ってにっこりと笑った。
「もうすぐ五嶺様が起きるよ」
確信に満ちた言葉が小声で囁かれる。
「どうして判るんですか?」
アタシも小声で返し、首をかしげる。
いつもは鬼のような母上の寝顔は菩薩のように安らかで、まだ深い眠りについているように見える。
「そりゃ、俺は陀喜尼さんのお母さんの事ならなんでも判るよ」
キシシッとお父様が照れたように笑う。
「鬼の母上も、寝ている時は菩薩のようですねぃ」
アタシが言うと、お父様は苦笑した。
「あれでも、陀喜尼さんを生んでから、ほん……っと丸くなったんだよ?」
「あれでですか!」
「……あれでだよ」
アタシが驚いて声を少し高くすると、お父様はますます苦笑した。
今で優しくなったって、若き日の母上は本物の鬼だったんじゃないのかねぃ!
「じゃあもとはもっと凄かったんですか!」
「そうだなぁ……。寝る前に、今日も一日五嶺様に殺されずに済んでよかったなとか首にならなくてよかったなとか思いながら寝る様な日々かな」
お父様は淡々と仰ったが、アタシはなんだぃそれは! と驚きを隠せなかった。だってそうだろ、そんなのまともな夫婦でも、まともな社員との関係でもない。
「お父様の傷も、母上がやったんでしょう?」
アタシが聞くと、お父様はバツの悪そうな顔をして、もごもごと呟く。
「う、うん、誰に聞いたの? でもね、これには深い訳が……」
「お父様、浮気なさったんですか?」
「ししし、してないよそんな事!! 俺は五嶺様一筋だよ!! 浮気なんかしたら俺はこの世にいないよ」
お父様は大慌てでぶんぶんと千切れそうなほど首を振って否定する。
ふむ確かに……と腕を組むと、でも……とお父様が言葉を続けた。
「この傷のお陰で、まぁ、俺は陀喜尼さんのお母さんと仲良くなれたので、俺はよかったと思ってる。そういや、この傷の事ちゃんと話してやってなかったな」
「母上の罪悪感につけこんで、手篭めにするなんて、お父様ったら、腹黒の策士ですね! ますます尊敬します」
アタシは感激して言った。さすがの母上も、お父様を殺しかけたとあれば凹んだのだろう。そうでもしないと、あの猛獣のような母上がお父様に素直になるはずが無い。
「えっ、ええ!? う、うん、まあね。いややっぱそういう事になるのかなぁ……」
お父様は複雑な顔をされ、納得いかない風ではあったがアタシの言葉に頷いた。
「アタシも、父様のように、好いた殿方を何が何でも手に入れる戦略を学ばねば!」
張り切って言うと、お父様が心配そうな顔をしてアタシに言う。
「陀喜尼さん、好きな人いるの? もしかして、火向んちのバカ息子?」
「それはありえません、お父様」
きっぱりと言い切るアタシ。
「だって、陀喜尼さんのパートナーになるって頑張ってたじゃん」
「いえ、あいつの狙いは母様です」
「マジで!?」
アタシの言葉に、お父様は丸い目をますます見開いた。ショックのあまり固まっている。
そりゃ、ま、十四、五の子供が、自分の母親くらいの年代の女を、しかも自分の妻を狙っているなんてショックもショックだろうけどねぃ。
「父様、六氷殿は、アタシみたいな小娘は相手にしてくれないでしょうか?」
アタシがお父様に向かって祈るような気持ちで言うと、お父様の血圧はますます上がったようだった。
「うそぉぉぉぉぉぉぉ」
母上がいるので、声を抑えて絶望の叫びを上げると、涙目になってアタシを見た。
「なんで、なんで六氷?」
「先日、お母様と一緒に、六氷殿の執行を拝見させていただいたのですが……」
こほんとわざとらしくセキをして、アタシは頬が赤らむのを感じながらお父様にお話しする。
「なんと見事な魔法律! ときめきに胸が高鳴る事山の如し……」
あの時の六氷殿の勇姿を思い出して、アタシはうっとりとした口調で言う。
「俺ショックだな。五嶺様が半霊になってた時くらいショックだな」
ぶつぶつと呟くお父様。
「陀喜尼さん、それ、五嶺様には言わないほうが……」
「何故です?」
「面白がるか怒るか、なんというか五嶺様は六氷に複雑な思いがあるから、どっちにしてもろくな事にならないよ」
とてつもなく暗い顔でお父様は仰った後、あ、起きるよ。とアタシに向き直って仰った。
「見ててごらん、起きたらまず、俺を探すから」
自信に満ちた、わくわくしているお父様の声が終わるか終わらないかのうちに、母上の目がすうっと開いた。
ぼんやりとした顔で二、三度瞬きをすると、きょろっと目を動かしてお父様を見る。
ああ本当だ。母上が一番最初に見る人物はお父様なのだ。
「……エビス」
「はい」
母上は不機嫌そうに呟き、お父様をじいっと睨んだ。
「……なんで起き抜けに俺を睨むんですか」
「なんだか、お前らがアタシの悪口を言ってたような気がしてねぃ」
さすが母上、するどい……。とアタシとお父様は目線を交し合った。
20070518 UP
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