今日のエビス 第一条









「エービースー! ちょっと来ておくれ」

「へぃっ!」

 主の言葉に、俺は勇んで部屋のふすまを開けた。五嶺様のお役に立てることは俺のヨロコビだ。

「お呼びですか?」

 元気よく言った俺の目に飛び込んできたのは、五嶺様の下着姿。といっても、いつもの襦袢じゃない。ぶらじゃー相手に格闘している五嶺様の後姿だったのだ。

「ちょっとこれ、どうなってんだぃ?」

 後ろのホックが上手く留まらないらしい。イライラした声でそう仰る。

 ひでぶ!!!

 弾け飛ぶかと思った。いや、精神的には弾け飛んだ。

「ちっとも留まりゃしないよ」

 しまいにゃ怒って、そう仰ってブラジャーを畳に投げつける。

 俺はすぱーんと小気味よい音をたてて神速でふすまをしめた。

 ぱんつ……。ぱんつがピンクだった。五嶺様のくせに。しかもシルクだからなんかテラテラしてた。お尻の形とかすごく綺麗だった。あと足長かった。

 おちつけ、落ち着け恵比寿。

 俺は五嶺様の忠実なる部下、ぱんつごときで心乱れるな。

 いやすいませんやっぱり無理です!!!

「いけません五嶺様!」

 ふすまの向こうから焦って声をかけると、向こうから五嶺様の不思議そうな声がする。

「おかしな奴。アタシの下着姿なんか見慣れてるだろぃ?」

「襦袢とは露出度が全然違いますから!」

「うるさい早く留めとくれよ、一人じゃできないんだから!」

 五嶺様は鬼だ。間違いない。

 くぅ。痛し痒しとはこのことか。見たいのに見ちゃいけない。見られるのに見られない。

 俺は、目をぎゅっと閉じたままそーっとふすまを開けた。

「目つぶって何しようってんだ、この豚! 役立たず」

 とたん、なにかがばちーんと頭に当たった。痛い。

 え? これブラジャーじゃないよな、これ。え? ブラジャーこれ?

「アタシの体はそんなに見られないようなものか、悪かったな」

「違います!」

 五嶺様が拗ねたように仰るので、俺は死ぬほど慌てた。頭の上にピンクのブラジャー乗っけて。

「じ、じゃぁ見ます」

「早く見ろ」

 何だこの変な会話は……。

 俺がそーっと目を開けると、ふくれた五嶺様が、胸をドレスで隠しながら俺に手を差し出していた。

「早く着て下さい」

 そう言いながら頭の上に乗っかったブラジャーを手渡す。ちょっとは恥らってください。と本当は言いたい。

 美しい背中にうっかりよだれを垂らしそうになりながらなんとかホックを留めて、パーティドレスを着せる。いつもの着物姿じゃないのは、急に入ったパーティで時間が無いから仕方なくだ。

 女中二人がかりで、急いでメイクと髪のセットを済ませる。

 さぁ出かけよう。という時に、鏡に映った自分の姿を見て五嶺様がぐずり始めた。時間無いのに!

「嫌だ。変だ。やっぱり着物にするよ」

 ロイヤルブルーのマーメイドラインのドレス。前の方が短めで、後ろが少し裾を引いている。

 非の打ち所無く美しいが、着慣れないドレスと洋装用のメイクに急に不安になったらしい。

 これが変だって言うんなら、世界中にまともな格好をした女なんか一人もいやしない。

 ていうか凄い綺麗だ。屋敷中の男が仕事をほっぽりだして五嶺様を見に来てる。さっきから俺はやばいくらい五嶺様を見つめている。むき出しの肩や、長い腕がとてもセクシーだ。あとおっきな胸が強調されてとてもよいと思う。すごくよい。うん、いい。

「変じゃありませんよ!」

 時間がありませんよ!

「本当かぃ?」

 俺が叫ぶと、意外なほど真剣な顔で五嶺様が俺に聞いてきた。

「好きか嫌いか、どっちかって言うとどうなんだぃ?」

 なんだろう……。その自信なさげで遠まわしな聞き方。いつもの五嶺様らしくない。凄く綺麗なのに。

「めちゃくちゃ好きです」

 俺は心から素直になって返事をした。

 まぁ、五嶺様ならアオザイでもタイドレスでも、着物でもチャイナドレスでもなんでもお似合いなんだが。

「じゃぁこのかっこで行こうかねぃ」

 女というものはわからない。五嶺様は俺の一言でとたんにご機嫌になり、うきうきと玄関を出て行こうとする。

「五嶺様足元足元!」

 いつものくせだろう。ドレスに草履というけったいな姿で歩き出した五嶺様を俺は慌てて呼び止めた。




                                               終

 

20060709 UP

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