今日のエビス 第八条







「エビスの」

「へぃ」

 五嶺様の呼ぶ声に振り返ると、顔面をふぎゅっと踏みつけられた。

「若、酷いです……」

 なんだろう? 若の無体には慣れているが、いきなりこれは何だろう?

「跪いてアタシの足をお舐め」

 えええええ〜?

 かなり戸惑ったが、五嶺様のお言葉には逆らえない。

 俺は、畳の上に正座して、目の前にある五嶺様の足袋をじっと見つめた。

 ええい、やるしかない。

 俺が決心した時、頭上から五嶺様の声が降ってくる。

「楽しいかぃ?」

「いえ、あんまり……」

 つまらなさそうな五嶺様の顔を見上げ、俺は正直に言った。

「…………」

 俺の言葉に五嶺様は黙りこんでしまい、一瞬、どこか遠くを見つめる。

「どうしました?」

「今なら、踏んでやるのにねぃ」

 え?

「昔な、アタシに踏んで欲しいって言う変態がいたんだよ。アタシがそいつにびびって言いなりなのをいいことにヘンな事されたねぃ」

「ヘンな事って何ですか!」

「別に。足舐められただけだ。そん時ゃヤな思いしたけどねぃ。ま、それだけどーでもいい存在になっちまったって事だよ」

 うーんと伸びをしながら、五嶺様は仰った。訳がわからないが、どうやら俺は、足を舐めずに済んだらしい。

「あんな底の浅い変態が怖かったなんて、アタシも子供だった。今なら、心からつまらない奴だと言えるんだけどねぃ」

 懐かしがっているような、後悔しているような五嶺様のお顔を俺はじっと見つめる。

「アタシも大人になったんだねぃ」

 五嶺様はぽつりと呟いた。

 俺は、五嶺様が変態教師にさらわれかけた日が、数年前の今日だったことを思い出した。





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今日のエビス 第九条









 三月末。決算期のクソ忙しい月の、更に月末。

 俺と左近は、デスクに向かって黙々と書類をめくり、PCに向かっていた。さっきコンビニ行く時に時計を見たら、夜中の一時を回っていた。あれから怖くて時計は見ていない。

「エビスさん」

 隣で仕事をしていた左近が、思いつめた声で言った。やつも疲れきっている。いつもはきちんと撫で付けているオールバックがほつれているのがその証だ。

「なんだよ?」

 俺も疲れた声で返す。もう二時を回っているに違いない。意識が朦朧としてきた。コーヒーの飲みすぎで胃がむかむかする。

「私、エビスさんのことが好きなんですけど、どうしたらいいでしょう」

 唐突に言われて、キーボードを打つ動きが一瞬止まった。

 だが視線は離さない。

 ……ついに壊れたか、左近。

「ど、どうもするな……」

 俺がPCに向かったまま返事をすると、左近が俺のほうへ体を向けた。

「エビスさんの事、可愛くてしょうがないんです。何とかしてください」

「何とかって……」

「ああっ、エビスさんに手を出してしまいたい。そして五嶺様に『この泥棒猫!』って罵っていただきたい!」

 左近はそう言って、『この泥棒猫!』と五嶺様に罵られている自分を想像しているのか恍惚の表情を浮かべた。俺は左近から視線を外し、時計を見た。三時近い。

「……左近、お前疲れてんだよ」

 俺は左近の奇怪な発言を俺なりの優しさで無視した。夜中だからしょうがない。うんしょうがねぇ。

「ユンケルおごってやるから大人しくしろ」

 俺は、自分の側にダース単位で積んであるユンケルから一本取り出して左近に放り投げる。

「それよりも、エビスさんを抱きしめたいんですが」

 こいつ、イかれてやがる。

「……お前おかしいぞ」

 左近はまだ混乱している。俺の目の前に、ドラクエの画面が浮かんだ。俺も相当疲れていかれてる。

「いいですか」

「……いいけどよ」

 必死な目で聞くので、俺は思わず頷いた。あーもー仕事がはかどるのならどうにでもしてくれ。明日までに終わるんならなんでもしてやらぁ。

「あー、可愛い、エビスさん可愛い」

 左近はふらふらと俺に近づき、がばあっと俺を抱きしめた。俺を抱きしめて何が楽しいんだ……。

「こんなに可愛いのに、五嶺様のものだなんて。ああでもお二人は完璧すぎて私の入り込む隙間など無いんですよね。辛いけどそれがいい。ああああ」

 悶える左近に抱きしめられながら俺は手を伸ばし、ユンケルを一本取り出して飲み干した。

 左近はまだ混乱している。







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今日のエビス 第十条









「だらにまる〜」

「なんです?」

「今日はなんの日か覚えているかの?」

「アタシとイサビ殿が祝言を挙げた日でしょう? エビスが昨日からうるさいですからねぃ。イサビ殿もエビスに何か言われたのでしょう?」

「……ノリ悪いのう。せっかくわしが(エビスに言われて)結婚記念日のプレゼントとやらを持ってきたのにの〜」

「アラ嬉しい。拗ねてないで見せてくださいよぅ」

「これじゃ!」

「鉢植え?」

「うわっ、アブネっ!! 五嶺様噛み付きますよこの花!!」

「この植木鉢に植わっとる地獄の花がの、念仏を唱えるとそれにあわせてくねくね踊るんじゃ! 今地獄ではやっとるんじゃぞ〜」

「それ踊ってるんじゃなくて苦しんでるんですよ! 悶えてるんですよ!! つかフラワーロックって古いですな!」

「そうとも言えるのう」

「これ、いくらするんですか?」

「魂五十個」

「高けえ!! こんなくだらないのにすごい高けえですよ五嶺様!! スィートテンダイヤモンドとかそういうのにするかと思ったのによりにもよってこんなくだらないもの!!」

「くだらないとか言うでない! これからの、百年でも二百年でも、結婚記念日とやらを一緒に祝えると良いのう、陀羅尼丸」

「百年はさすがに無理ですけど……。アタシからもプレゼントがあるんですけどねぃ、イサビ殿」

「おっ、なんじゃ!」

「アタシ、六十になったらイサビ殿と離縁します」

「はぁあああっ!? ぬ、ぬしゃいきなり何を言うておる!!」

「イサビ殿、アタシの事好きでしょう? だからですよぅ。最初はイサビ殿の気まぐれかと思ったんですけど、どうやらアタシの事本気で愛してくださってるようなので……」

「なんじゃ、やっぱりさっきのくだらない花のこと怒っておるのか。判った返す。返してくるからその話はなしじゃ」

「やっぱくだらないものである自覚はあったんですね」

「アタシ、イサビ殿を残して先に逝くのはしのびませんので、六十になったら離縁して差し上げますから、新しい妻を探してください。アタシはアタシで再婚して上手くやりますから」

「ばっ、馬鹿者! そんな思い切りのよすぎる優しさなどいらぬわ!!」

「好きすぎると別れが辛いではありませんか。アタシイサビ殿につらい思いさせたくないんですよぅ。それに六十にもなればアタシも女としての魅力なんか全く無いだろうし……」

「嫌じゃ! 六十だろうが七十だろうが、共に寝るぞ!! 第一誰と再婚するつもりじゃ」

「そうだエビス、適当な相手が居なかったらお前と再婚してやるよぅ」

「えっ! 本当ですか五嶺様!!」

「なっ、エビス、何を顔を輝かせておるかっ! ないから、それは絶対にないからの!」

「俺、早く年取りたいです!」

「やめろ楽しみにするでない!!! やめんか!」

「冗談ですよぅ……。と言いたい所ですが本気ですからねぃ」

「駄目じゃ駄目じゃ駄目じゃ! 絶対離縁なんかせんからの。陀羅尼丸、ぬしゃ夜道気をつけるがよいぞ!!」

「なんです急に脅迫なんて」

「ぬしゃわしを残して逝きたくないと言ったの? ところがどっこい逝きません〜。ぬしを地獄の使者にしてくれるぞ!」

「嫌ですよぅ!」

「あーあーあー。聞こえんのー」

「それが山の怪の王のすることですか!」

「山の怪の王だからできるんじゃろ!」
 





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