今日のエビス 第五条
また一つ事務所を手に入れた。
こちらはきちんと協会の許可を得て、この地区で開業したのだ。俺達に客を取られたせいでこの事務所が破産したと噛み付かれたが、優秀な方が生き残るのは当然だろう?
元所長だった男が、五嶺様を睨みつけている。
「五嶺の男芸者が! どうせ協会に媚売ったのだろう。体でも差し出したか、ええ?」
怒りに唇を震わせ、唾を飛ばしながら男はそう言った。
よくある光景。負け犬の遠吠え。だが、その発言は許せるものではない。
「なんだと!」
思わず掴みかかろうとした俺の前に、さっと扇子が差し出された。
「言わせておけぃ。どうせ負け惜しみだ」
「五嶺様……」
「その男芸者相手に負け惜しみ言ってる暇があるなんて余裕だねぃ。アタシがアンタなら、すぐに次の事務所を開設するために一秒でも惜しいとこだ」
格の差を見せ付けられて、男は言い返せず口ごもった。怒りで顔がどす黒くなっている。
「それより、エビス」
それきり五嶺様は一度もその男を省みることなく、すぐに次の指示をてきぱきと出す。その頭の中は、先ほどの男の存在など一欠けらも残って無い。それが判るから、男はますます悔しそうな顔をした。
先ほどの男の暴言、五嶺様は気にはなさってないようだ。
でも、でも、俺の腹がおさまらない!!
それは隣の左近裁判官補佐も一緒だったらしく、しきりに隠し持っている刃物をちらちらと見ていた。
その日一日は憂鬱だった。まったくもって楽しく無い一日だった。
やっぱりあの時殴ってやりたかったという想いがくすぶり、不完全燃焼。何度も何度もあの男の言葉を頭の中でリピートしてしまい、イライラむかむかする。
五嶺様はなぁ、ああ見えて人の三倍は努力してるんだ。
よりにもよってあんなクズが五嶺様のことを男芸者なんて言いやがって。
「なぁ、左近裁判官補佐……」
「あの、エビスさん」
左近に話かけようとした時、その左近に同時に声をかけられた。
「エビスさんからどうぞ」「いいよお前からで」という会話の応酬の後、左近が憂鬱な顔で口を開く。
「五嶺様はああ仰ったけど、やっぱり我慢できません」
その手にあるコーヒー缶はくしゃっと握りつぶされ、左近の怒りも相当なものだという事が伺える。
「アレか?」
「アレです」
「俺もちょーど同じ事考えてたところだ」
左近も、一日中すっと俺と同じ気持だったんだ。
思わぬところで生まれた連帯感。俺達は、相手の目を見て頷き、気持を確かめ合った。
今まで、俺と左近はなんとなく新参と古参ということで壁を感じていた。
会話も必要最低限でよそよそしかったし、飲みに誘う事も無い。
でも、この件で俺達の心は一つになった。
「こう、めっためたのぐっちょぐちょにだな」
「こう、この世で最も最低でえげつない方法でやってやりたいですよね」
行きつけの炉辺焼きの店で飲みながら、俺達はそんな感じの物騒な話で盛り上がり、なんだか仲良くなったのだった。
終
20060705 UP
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