今日のエビス 第二条







「小腹が減ったねぃ」

 俺の病室で、五嶺様は万年筆を手で弄びながらそう仰った。多分、今書いてる書類が手詰まりになったんだろう。そんな時は腹が減ったり喉が渇いたりするものだ。

「五嶺様、バナナがあります」

 お見舞いでもらった沢山の果物籠を指差して俺は言った。

「果物か。八百屋が開けそうな位あるねぃ」

 ちらっと沢山並べられた果物籠に視線を走らせ、五嶺様はあまり興味なさそうに言う。やはり単に気分転換をしたいだけなんだろう。

「五嶺様、バナナは?」

「だからなんでお前はアタシにそんなにバナナを勧めるかねぃ……」

「た、他意はありません。バナナは美味しい。それだけです」

 五嶺様の言葉に俺は失敗を悟り、慌ててフォローする。

「そうかぃ?」

 幸いにも五嶺様はそれ以上俺を追及せず、立ち上がって果物籠に近づいた。

「じゃあ林檎でも剥いてやろう」

 果物籠の中から、五嶺様は赤い林檎を取り出す。

 五嶺様と林檎も絵になる。なるんだが……。

 すごいものを食べさせられそうな気がする。いや、外見がどうでも、中身は林檎だから大丈夫だろう。

「……あからさまにがっかりかつ不安そうな顔をしたねぃ、お前」

「あ、いえ。滅相もございません。五領様のお手によるものでしたら、毒でも何でも喜んでいただきます」

「毒……」

 五嶺様が傷ついたように小さく呟いたのを聞いて、俺は青ざめた。

 しまった!

 思わずフォローしたつもりの言葉で墓穴を掘ってしまった。

 ああしかし、五嶺様に包丁なんて大丈夫なんだろうか? まだ俺がやった方が安心だ。

 しかしこの流れで俺がやりますなんて言ったら五嶺様はますます機嫌を損ねるだろう。

「……見とけよ」

 林檎を洗い、果物ナイフと皿を用意してきた五嶺様は、俺を睨みつけながら低い声で仰り、しゃりしゃりと小気味よい音を立てて林檎をむき出した。

 あれ? なにしてんの五嶺様?

 てっきり、くるくると桂剥きにするか、四つに割って皮を剥くのを想像していた俺の予想を超えて五嶺様の手は動く。

 あれ、凄くね? ちょっと凄くね?

 林檎の飾り切りといえば、うさぎりんごくらいしか思いつかなかった俺だが、五嶺様は予想外に凄い事をしていた。

 俺の前に鎮座まします、五嶺様の手による、木の葉林檎と双葉林檎飾り切り。

 うおおおおお、すっげぇ綺麗だぁぁぁ。
 意外と良い奥様になります系か、五嶺様!?

 俺はあまりの意外さに度肝を抜かれ、林檎と五嶺様をアホみたいに交互に見つめる。

 これを、この林檎を、あの落ちた札一つ拾うのにも億劫がる五嶺様が!?

 ありえねぇぇぇぇ!!

「馬鹿にするな。アタシだって林檎くらい剥ける」

 あまりの驚きできょどっている俺に、五嶺様は扇でぴしっと俺の頭をはたきながら仰った。

 おみそれいたしました。 

 いやもう、本当に申し訳ございませんでした。と深々と土下座したい気持にかられる。

「誤解してるようだから言っとくけどねぃ」

 まだ目の前の事実が信じられないという顔をしている俺に五嶺様が仰る。

「アタシはできないんじゃない。やらないんだよ」

 五嶺様は得意そうにえばって仰った。

 ……それもどうなんだと思ったが、俺は賢いので口には出さなかった。林檎は美味しかった。




                                               終

 

20060701 UP

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