夕立の後
ちりん……と風鈴が涼しい音をたてた縁側。
ぱちん……とドロロの指した将棋のこまが立てる音が重なる。
ドロロは、将棋の定跡本を見ながら次の一手を考えている。
暑い夏の昼下がり、ゆっくりと時間が過ぎてゆく。
「ドロロ先輩」
きし……と廊下がきしむ音がして、タママの途方にくれたような声がした。
振り向くと、いつからいたのか、タママが少し泣きそうな顔でドロロの様子を伺って立っていた。
「どうしたでござる?」
優しくドロロが声をかけると、ほっとしたようにタママの顔が緩んだ。たたたっと急いでドロロの側に駆け寄り、ぺたんと座り込んで正座をしているドロロの目を見上げた。
涙に濡れた大きな目が、すがるようにじっとドロロを見つめている。
「ここにいてもいいですかぁ?」
「構わぬでござるよ」
かすかに頷き、ドロロが将棋盤に向かう。
ぱちんと、また一つ将棋のこまが進む。
タママは、安心したようにドロロの側に寝転がり、縁側から庭の様子をぼんやり見ている。
風が吹き、風鈴が涼しげに鳴ったのも、タママの耳には入っていない。
晴れ上がった夏の空に相応しくない、タママの曇った表情。
シッポもくったりとして元気が無い。
そろそろ小雪殿が……とドロロが思ったのと、手に盆を持った小雪が現れるのはほぼ同時だった。
「ドロロと、ドロロのお友達さんも、スイカだよ!」
そう言って、半月の形に切ったスイカを二つ、タママとドロロの前に置く。
「わーい、ユッキーありがとですぅ!」
「かたじけない、小雪殿」
スイカで元気を取り戻したタママが、勢いよく起き上がり、早速スイカに手を伸ばした。
小雪が豪快に切った食べでのあるスイカを美味しそうに頬張っていたが、やがて少しづつスイカを口にするタママの顔が曇る。
「軍曹さんも、スイカ好きですよねぇ」
一言呟いて、しゃく……とスイカの最後の一口を頬張った。
食べ終わったスイカと盆を小雪の元に持っていって、タママが再びドロロの側にすとんと座り込み、人形のようにごろりところがる。
「隊長殿とケンカでもしたのでござるか?」
「うん」
将棋盤から目を離さずにドロロが言うと、タママが小さく頷いた。
寝転がったまま体を丸くして、今にも泣きそうな顔。
思わず、ドロロがそっと手を伸ばしてタママの頭を撫でた。
「こんなに可愛いのに、何ゆえ隊長殿はタママ殿を大事にしないのでござろうか?」
ドロロが珍しくからかうように言うと、タママがふふっと笑った。
まだ元気は無かったが、少し笑った事にドロロがほっとする。
「そうですよぉ。ドロロ先輩からも言ってやってくださいよぉ」
甘えて冗談を返すタママに、ニコ……とドロロが微笑みかける。
拙者はタママ殿の味方でござる。と、その笑顔が言っている。
「では隊長殿を見かけたら叱ってあげるでござる」
ケンカの理由も聞かずドロロはそう言って、再びぱちんとこまを置いた。
無条件でタママの味方になってあげる。というドロロの優しい気持ちが、タママにじんわりと染み渡る。甘やかしてくれるドロロの気持ちが嬉しくてそっと目を閉じると、すうっと涼しい風がタママの上を通り過ぎ、ちりんちりんと涼しい風鈴の音が聞こえてきた。
ドロロ先輩は優しくて、風は涼しくて、風鈴の音は綺麗で。
閉じた瞼の裏で、夏の日差しがちらちらと踊る。
とっても気持ちいいですぅ……。
これで、軍曹さんとケンカしたんじゃなかったら、もっとよかったのにな。
「ドロロ先輩」
タママが、閉じていた目をそっと開けて言った。
「なんでござる?」
ドロロは相変わらず将棋盤から目を離さなかった。べたべたしすぎずに、適度にほっておいてくれるドロロの側は居心地がいい。
「優しくしてくれて、ありがとですぅ」
急に神妙な声を出したタママを、ん? というような顔で、ドロロが見下ろした。
「でも、ボクも悪かったから」
小さな声で、タママが言った。
「軍曹さんだけ悪いんじゃないんですぅ」
目を閉じて、ケンカしたことを思い出し、また目を開ける。
「だから、やっぱり軍曹さんのこと叱らないで」
心配そうな顔をしたタママの瞳に、ドロロが微笑むのが写った。
「タママ殿は、いい子でござるなぁ」
「……そうでもないですよぉ」
「隊長殿のこと、好きでござるか?」
「好きですぅ」
「早く仲直りするでござるよ」
「はいですぅ……」
少しの沈黙の後、タママが口を開く。
「ごめんなさいって、言いに行くですぅ」
そう言って、タママは黙り込んだ。
もしかして……。
「タママ殿、そんなところで寝てはいけないでござる。寝るのならきちんと……」
縁側に寝転がったまま動かなくなったタママにドロロが声をかけると、タママがむくっと起き上がった。眠たそうな目でドロロを見る。
おとなしく部屋へ行くのかと思っていたら、将棋盤を押しのけてドロロに近づくと、正座したドロロの膝を枕に、ころんと寝転がる。
「あ、こら、タママ殿」
ドロロが慌てるが、タママは聞いていない。
もそもそと自分が寝やすいように体勢を整え、ちょうどいい塩梅になったところで再び目を閉じる。
「ここで寝てはいけないと申しているでござる!」
「……ちょっとだけお願いですぅ」
すやすやと寝息をたてるタママに、わざとらしくドロロが大きなため息をついた。これでは身動きが取れない。
タママの柔らかな体と、体温。
幸せな不自由。
タママ殿は、甘えるのが上手いでござる。
「仕方ないでござるなぁ」
言葉とは裏腹に嬉しそうにそう言い、うちわを手で引き寄せる。
タママが寝やすいようにうちわで風を送ってやりながら、ドロロが空を見上げた。
先ほどまで晴れていたのが嘘のように、積乱雲が広がっている。
大粒の雨が、ぽたりと地上に落ちたかと思うと、あっという間に大雨になった。
夕立が去れば、雲も晴れてまた青空が広がるでござろう。
タママ殿の気持ちも、晴れるといいでござる。
そう思って、ドロロは雨の匂いを吸い込んだ。
ドロロの予想通り、駆け足で去っていった夕立の後は、真っ青な空が広がった。
雨が暑さを和らげ、みずみずしさを取り戻した庭の木から、しずくがぽたりと落ちる。
「あ、タママ」
庭を見ていたドロロの耳に、素っ頓狂な声が入る。
声のした方を見ると、日向家の庭で洗濯物を干しているケロロが、こっちを見ていた。
どうやら、雨がやんで洗濯物を干すために自分の円盤に乗ったところで、隣の家の縁側で寝ているタママを発見したらしい。
洗濯物干しを急いで中断し、ドロロと小雪の家の縁側に緑色の円盤で降り立つ。
「こんなところにいたでありますか」
ドロロの膝の上ですやすやと寝息を立てるタママを見て、どこかほっとしたようにケロロが言った。
「ごみんドロロ、タママの相手してもらっちゃって」
ケロロの言葉に、ドロロが首を横に振る。
「すぐ起こすから」
そう言ってタママを揺り起こそうと伸ばしかけたケロロの手を、ドロロが制止した。
「いいでござる、隊長殿」
「え?、でも」
ケロロが、少し不満そうな声を上げたが、ドロロはその声を無視した。
「もう、しばらくこのままで」
「そ、そう?」
んじゃ我輩洗濯物干してくるね。とケロロは日向家に戻ったが、洗濯物を干している間も、ちらちらとタママをうかがっている。
洗濯物を干し終わると、ケロロはまたすぐにドロロとタママの元へすっ飛んできた。
「早く起きないかなぁ〜」
言いながら、つん。とタママの頬をつついたケロロの手を、ぺしっとドロロの手がはたく。
「だめでござる!」
「ええ〜〜」
「大切にせぬ隊長殿には返し申さぬ!」
触りたそうなケロロにドロロがぴしゃりと言い、言われたケロロが情けない顔をした。
「大切にするよう〜〜」
駄々っ子のような口調のケロロに、ドロロが念押しする。
「約束するでござるか?」
「約束するであります」
「なら、お返しいたそう」
ドロロの言葉に、パァァァァ! とケロロが顔を輝かせる。その顔を見ながら「ただし」とドロロが付け加える。
まだ何かあるのか? と露骨に顔を曇らせたケロロの百面相を内心おかしく思いながら、ドロロは表面上は難しい顔をして言った。
「拙者の気が済んでから……。でござる」
タママのあどけない寝顔を覗き込んで、ドロロがにっこりと笑った。
「しばらくこのまま寝かせておくでござるよ」
「ちぇ〜」
ケロロは面白くなさそうに言ったが、おとなしくドロロの側に腰掛けてタママの目覚めを待つ。
起きたら、ごめんねって言うであります。
だから早く目を開けて、その綺麗な瞳を見せて。
可愛い声で軍曹さんって言って微笑んで欲しい。
「タママにも早く見せてあげたいであります」
ケロロが見上げた、夕立があけた空には、綺麗な虹がかかっていた。
ENDE
おまけ
「タママ殿」
洗濯物を干しているケロロの姿を見ながら、ドロロが独り言のように呟いた。
「もう起きているんでござろう?」
ドロロの言葉に、ぴくんとタママのシッポが動く。
「隊長殿が、タママ殿が起きるのを今か今かと待ち構えているでござるよ」
「ドロロ先輩の膝の上、気持ちいいんですぅ」
起きたら軍曹さんがいて、ドロロ先輩の膝の上は気持ちよくて。
起きても楽しいし、起きなくても楽しいなんて、幸せですぅ。
「だから、もうちょっとだけ許して」
そう言った後、薄目を開け、ケロロが洗濯物を干し終わったのを見るとタママは素早く目を閉じた
ENDE
20050908 UP
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