Wonderwall










「俺さっきケロロ軍曹見たよ」

「え、マジ、ペコポン侵略に行ったあのケロロ軍曹? すげぇ!」

「でもさぁ、凄いったって、正直戦場には行きたくないよなー」

「本部勤務だと戦ってる奴ら上から見てるだけでいいし」

「俺達エリートでホンっとよかった」


 喫煙所で話す本部勤務の者達の側を、よろ……と白衣を着た黄色い人影が通り過ぎた。

 今度は、あれが……。だの、クルル……だのという小さなささやき声が、疲れきってよろよろと歩く黄色いケロン人の後を追ってくる。クルルはその囁きを無視して、本部の正面玄関を出た。


 太陽が黄色いぜぇ……。

 思わず、太陽の光をさえぎるために手をかざし、分厚いメガネの奥の目を細めた。

 

 ラボに篭っていたら、本部に呼び出された。

 どうせろくでもないことだろうと着の身着のまま本部へ赴くと、やはりくだらない事だった。


 疲れるぜぇ……。


 じりじりと照りつける太陽の下へ出て行くのが嫌で、数歩戻り日陰に入り、ぼんやりとクルルは立ち尽くす。

 あたりの景色が陽炎のように揺らぐ。すべてが非現実的で遠い気がした。


 揺れる世界で、ケロン軍本部前の仰々しい大階段からゆっくりと赤い人影が階段を上ってくる。だんだんと姿を現すその見覚えのある人影に、クルルが息を呑む。


 鋭い眼光、瞼の上を斜めに走る傷、かすかに笑う口元からは牙が覗いている。

 包帯で左腕をつっているにもかかわらず、その姿からは弱々しさなどひとかけらも感じない。

「久しぶりだな」

 変わらぬ苦みばしった笑みを浮かべ、赤いケロン人が口を動かすのを、クルルはまるで映画でも見ているような気分で見ていた。

 その姿は「あの頃」とあまりにも変わらなくて、今の自分の前にいるのに違和感を感じて、そのくせクルルを「あの頃」に一気に引き戻す。

「先輩……」

 呆けたように呟くと、ギロロが手を伸ばし、クルルの肩を軽く押した。

「おい」

「ん?」

「ちゃんと生きてるか?」

 ギロロの言葉に、クルルが眉をひそめる。

「影薄いぞ」

 ギロロはそう言って口元だけで笑い、クルルの側を通り過ぎてケロン軍本部へと入ろうとする。

 入り口の両側の警備兵が、直立不動の態勢のままギロロに敬礼をした。

 クルルがはっと我に返る。


 俺とした事が……。

 

 ちっと内心舌打ちをして、慌てて後ろを振り返る。

 ベルトをかけた赤い背は、まだクルルの視界の中にいる。

 クルルがきびすを返し、先ほど出てきたばかりの建物の中へ急ぐ。


 先輩。と声をかけ肩に手をかけると、ギロロが不思議そうな顔で振り返る。


「昼飯まだだろ? 先輩」

「あ、ああ?」

「たまには悩める後輩に付き合ってくださいよ」

 クルルはそう言って、強引にギロロを昼食に誘う。

 ギロロの首に腕を回し、半ば引きずるように歩くクルルを、ギロロが至近距離から不思議そうな目で見ていた。



 ケロン軍本部のお洒落なカフェテリア。

 皿にナイフがぶつかるかちゃかちゃという音、楽しいおしゃべりに笑い声。

 ギロロとクルルは明るいテラスがわの席に座る。テラスと室内はガラスで仕切られ、光が入ってきて外も良く見え気持ちがいい。

 好きなものを好きなだけ食べられるこのカフェテリアで、ギロロは肉ばかり食っているとクルルに笑われ、クルルはまだ勤務中なのにビールを飲むなとギロロに怒鳴られた。


「その怪我は?」

 食事がひと段落つくと、ギロロが包帯で腕をつっている事にようやくクルルが触れた。

「ああ、戦場でヘマしちまってな。またすぐ次の戦場に行かなきゃいけないって時に」

 ギロロは事も無げに軽く肩をすくめて言い、コーヒーを口にした。

「行かなきゃいいだろ……」

 クルルが呆れたように呟く。


 このおっさんからは。

 戦場の匂いがする。


 何かに引きずり込まれるような気がした。

 地球にいた頃の自分と、今の自分が別れて、どうしても上手く重なって一つにならない。


 地球から帰還し、クルルは本部へ、ケロロやギロロは新しい戦場へと道を分けた。


 死と隣り合わせにある、ギロロの鮮烈な生。

 何もかもぼやけて見えるクルルの日常。


「そうもいかん」

 前線にその体で行くのは、死ぬのと同じだ。ギロロは後方でおとなしくしているつもりではあるまい。

 普通ならそう思うのだが、ギロロにとっては片腕が使えないというハンデも、戦場に行くのをやめる理由にはならないらしかった。


 相変わらずだな、オッサン。


 ギロロと一緒にいればいるほど、昔の自分が目を覚まして、血が騒ぐ。

 オッサンと、隊長と、ガキと、影ウスイ先輩と……。

 昔。戦場。地球で……。

「ケロロ……先輩は元気かい?」

 さまざまな思い出がどっと溢れてくる。洪水のように襲ってくる感情の波をかき分け、クルルが呟くようにギロロに言った。

「バカみたいに元気だぞ」

「その傷、怒ったろ?」

「鬼のように怒られた。ギロロに何かあると我輩が楽できないから無茶するなってな」

「変わらねぇなぁ」

 ク〜ックックック。とどこか嬉しそうに笑うと、クルルの白衣の下からメロディが流れる。

 自分の日常に引き戻され、クルルが面白くなさそうに顔をしかめた。

 そういや、俺、死ぬほど忙しいんだったぜぇ……。

「鳴ってるが」

 ギロロがクルルを呼び出す携帯の着信音に気を使っていったが、クルルは無視を決め込んだ。

「いい」

「忙しそうだな」

「その言葉の前に、『死ぬほど』って付けてほしいぜぇ」

 クルルが、うーんと伸びをしながら言うと、ギロロがクルルをじっと見た。

「その割に、生きてる感じがしないな、貴様」

 思わせぶりなギロロのせりふに、またクルルが眉間にしわを寄せる。

「さっきからなんなんだよ、それ?」

「いや……そう思っただけだ。薄いって」

「薄い……?」

 ギロロの言いたい事が判らずに、クルルは首をかしげた。おっさんのくせに生意気に抽象的な事言いやがって。

「貴様、今あまり楽しくないのか?」

「…………」

 ギロロのせりふにクルルが黙り込んだ。

「戦場で鍛えたカンってやつかい?」

 やがて、ゆっくりと冷めかけたコーヒーを口に運びながらクルルが言う。

「気にいらねぇなぁ……。自分の不調の原因を他人の先輩に言い当てられるの」

 苦いコーヒーを一口飲み込み、カップをソーサーに戻したクルルがギロロを正面から見た。

「マヌケな事に今言われて気がついたぜぇ。楽しくないねぇ。いつからだろうな? 最初は楽しかったはずなのに」

「貴様、誰かに脅されてここで働いてるのか?」

 クルルの返事に、ギロロが、まるで軍事機密を話すかのように声を抑えてクルルに囁いた。

「いいや?」

「なら、自分が好きでやってるんだろう? 愚痴言うな。やめたきゃやめろ」

 きっぱりと言い切ったギロロに、ク〜ックックックとクルルが笑った。

「おっさん、アンタの考えは実にシンプルでストレートだ、美しいぜぇ」

 嬉しそうに言うクルルの言葉に嘘は無い。

「単純……とも言うがね」

 ギロロが相変わらずなのが嬉しくて、笑いが止まらない。

「俺と来い。戦場へ」

 クルルの目を見据え、口説くギロロに、ぐいとクルルが顔を近づけた。

「捨てろってのかい? これまでのキャリアもなにもかも積み重ねたもの全てを」

「本部暮らしでボケたのか? クルル。そんなものに一番頓着しないのは貴様だろうが」

 クルルの試すような言葉を、ギロロが一刀のもとに切り捨てる。

「違いねぇぜ……」

 ク〜ックック。と口に手を当てて笑った後、クルルは手を広げた。

「オッケー。一緒に行くぜぇ」

 クルルの返答に、ギロロの顔にほっと安堵の表情が浮かぶ。

「俺も、貴様を前線へ誘うには迷っていた。だがな、今の貴様を見て確信した」

「なんだよまた」

「俺達といたほうが楽しいぞ」

「ク〜ックックック。えらい自信だねぇ。幸せにしてくれよ、オッサン」

 まさか、オッサンが俺を誘う日が来るなんてな。

 ギロロの顔を見ながら、クルルが内心で呟いた。

 地球で築いたものは、思ったより大きかったようだ。

「トラブル&アクシデントは保証してくれるんだろうなぁ? なけりゃ起こすぜ、俺はよ」

「さすが貴様だ。さっそく貴様を誘った俺を後悔させるようなことを言う」

 ふっと渋く笑ったギロロの表情が、ふと外を見るとぎょっとしたものに変わった。

「ケッ、ケロロッ!」

 狼狽したギロロの言葉に、視線の先を追ったクルルが、クックと喉で笑った。

 テラスにいるケロロが、ガラスに張り付いて二人をじーっと見つめている。


「あー、こんな所にいたでありますかギロロ! クルルまでいるじゃん! 探してたんだよ二人とも! 我輩置いて何のんきに飯食ってんの!」

 席に着くなりぐちぐちと文句を言って、ケロロは運ばれてきた水を一気に飲み干した。

「悪い。こいつが奢ってくれるっていうんでな」

 ギロロが言うと、ばっとケロロがギロロの方を見た。

「ゲロォ、うらやま!」

 ケロロを見ながら、クルルの頭に何かが引っかかる。

 俺を探してたって事は、おっさんと同じ用件かね?

「ねークルル君、我輩にも奢ってェ〜」

「好きにしろよ」

 にじり寄るケロロに、クルルがそう言うと、ケロロは弾丸のように料理が置いてあるテーブルへ駆けていった。



「いやー、それにしても久しぶりだねクルル君! 我輩今凄く君に会いたかったんだよ。ウン、いやー、凄く会いたかった。ていうか我輩は今君を必要としている」

 もりもりと三角食べをしながら、ケロロが遠まわしになのか直接的になのか判らない言葉をクルルにかける。

「なんと今小隊の枠が一つ開いてるんであります!」

「そりゃ前からだろうが……」

 クルルの突っ込みに、んっがくっく。となりながらも、ケロロがクルルににじり寄る。

「クルル〜、次の任務一緒に来てくれな〜い」

 スリ〜とクルルに擦り寄りながら言うケロロに、その話はとっくに承諾済みだということをおくびにも出さず、クルルは無表情を貫き、ギロロはわざとらしく遠くを見ている。

「そうすればギロロも喜ぶ」

「考えとくぜぇ」

 クルルの言葉に、ギロロが人が悪い。という視線を送ってきたが、クルルは無視する。

「イヤ〜〜、そんなつれない事言わないでほしいであります! 今ハイと言って!」

「人にモノ頼む時はギブアンドテイクだろ、ケロロ隊長……。おっとまだ隊長じゃなかったな?」

「隊長って呼んでェ! 今君に隊長と呼ばれたいと心より思っている! 次の任務、クルルがいないと我輩たちぜんぜんダメなの! 小隊の危機を救うと思ってさぁ〜」

「じゃ、とりあえずここの勘定三人分頼むぜェ」

「ゲロ〜〜! 小隊の危機の前に我輩の財布が瀕死の危機にッ!」

 クルルの言葉に、思わずケロロが涙目になった。買えたはずのガンプラ三箱が消えていこうとしている。

「ギ〜ロ〜ロ〜」

「判ってるだろ、俺は隊長の誠意が見たいんだぜぇ……」

 すかさず他人に転嫁しようとするケロロにクルルがぴしゃりと言う。ここでギロロにとばっちりがいけば、ギロロはネタばらしをしかねない。

「げ、ゲロォ……」

 もっともらしいクルルの台詞に、ケロロは涙目のまま、震える手で財布を差し出した。よっぽどの覚悟らしい。その薄い財布を、容赦なくクルルが奪い、中から取り出したお金をウェイターに渡す。

「何ニタニタ笑ってるでありますかギロロ! ギロロにも関係する事でしょー!」

 やつあたりをギロロに食らわし、ケロロががっとギロロの頭を掴む。

「ほらクルルさんに頭下げて下げて!! 君からもお願いして!」

 ぐいぐいと無理やりギロロに頭を下げさせるケロロを見て、クルルがク〜ックックック。と満足そうに笑った。





「考え直してください、室長!」

 清潔なクリームホワイトで統一されたラボの一室で、部屋を引き払い去ろうとしているクルルを、かつての部下達が囲む。

 クルルの突然のラボからの移動。しかも行き先は最前線。

 クルルは、引継ぎはきっちりやったと立ち去ろうとするが、部下達は納得しない。

「クルル室長の頭脳は、国家的財産なんですよ」

 部下の一人が、懇願するように言う。

「まぁ、そうだな」

 クルルが、その言葉を平然と受け止めた。

「それを局地的な戦闘のために使うなんて、国家的損害です。とうてい許せる事ではありません! 背信行為ですよ!」

 本人に悪気はないのだろう。だが、エリート意識のにじみ出る、どこか傲慢な言葉。

 自分が今までいた所がどんなところなのか、改めて感じる。


 それが悪いって訳じゃねぇ。ここが居場所だってやつもいるだろうよ。


 だが、俺の場所はここじゃない。


「確かに俺の頭脳は国家的財産だ、俺が本部から居なくなるのは国家的損失だ」

 クルルの言葉に、なら……とかつての部下達が色めき立つ。


「だが、俺が知ったこっちゃねぇぜェ」


 クルルが言葉とともに脱ぎ捨てた白衣が床に落ちる。

 いくつものあっけにとられた顔に背を向け、口元に手を当ててにんまりと笑い、その場を後にする。

 ク〜ックックック。という嫌な笑い声を残して。

 

 ここが悪いわけじゃない。

 ただここにゃ、俺様がいないとどうにもならねぇ四人と、トラブル&アクシデントが無いだけだぜぇ。


 ケロン軍本部正面玄関を出ると、かっと太陽が照りつけた。

 今度は躊躇せず、まっすぐにクルルは歩き出す。

 


 積み重ねたキャリアも、高額の給料も、空調の利いた快適なオフィスも、頭を下げられる生活も。


 全部捨てて。

 戦場に行こう。


 I go to Wonderwall.




ENDE



20081003 UP
初出 20060219発行 Keron Attack! Z

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