戦慄と恐怖のWonderful days
いつもの時刻、いつもの部屋。
ケロロが、「デートスポット100」などというケロロから最も遠そうなガイドブックを眺めながらニヤニヤしている。
「貴様、最近妙に浮かれているな」
銃を磨きながら、でれっとした顔のケロロをギロロが睨みつけて言った。
「ええ〜、そんな事無いでありますよ〜」
言葉とは裏腹に、溶けたアイスクリームのような顔でケロロが振り向く。
グフグフと意味有りげに笑いながら、ギロロをなぜか見下したような目で見ている。
何か言いたくて仕方のない顔だ。しかも、ギロロから何か言い出すのを待っている。
「タママ二等と……何かあったのか?」
ケロロのいやらしい意図を十分判っていたが、ギロロがケロロの思惑通りそう口に出した。
「べッ、別にいッ、何も無いでありますよ? やだなぁ、ハハハ。何でそんな事言うのかな?」
白々しい笑いを浮かべながら、ギロロの視線から逃げるようにまたガイドブックを覗き込む。
しばらくは表情を変えないように努力していたようだが、またすぐに、にやぁ〜っとだらしのない笑みを浮かべる。
「それはだな……。最近の貴様のみょ〜なうかれ気味と……」
バン! とケロロの手にあるガイドブックを床にたたきつけ、ギロロがケロロの顔をぎろっと睨みつける。
「タママ二等が最近……」
ギロロの目が一瞬勢いを失い、何か言いよんで躊躇ったが、やがて、うめくような声がギロロの口から漏れた。
「綺麗になったからだ……」
そう言い終わったあと、耐え切れないというように天を向いて頭を抱える。
「うわぁぁぁぁっ! 何で俺がこんなこと言わなければならんのだ!!」
「それが先輩の役割だからねぇ〜」
トラブルの匂いをかぎつけ、ゆらぁっと近づいてきたクルルが口元に手を当てて笑い、二人の間に入る。
「と、とにかく、なんかあったのだろう!」
「え〜。言えないよう〜」
ケロロが言いたくて仕方の無いオーラを漂わせ、頬に手を当ててくねくねと体をくねらせる。
ギロロの額に青筋が浮かんだ。
「きっ、貴様ぁっ!」
実力行使に出ようと構えた銃を、クルルの黄色い手が止めた。
「まぁまぁまぁ、ここは俺におまかせな、ギロロ先輩」
ギロロにだけ聞こえるように耳元で小さく呟き、にたぁっと笑う。
「正攻法でダメなら絡め手で」
そう言ってケロロのほうをくるっと振り向いたクルルの背を、ギロロが歯噛みしながら睨みつけ、手に構えた銃を下ろした。
「はい、これ持って」
ぱかっと開いた床から登場したクルル特製の回答席にケロロを座らせ、回答ボタンを渡す。
「んじゃ二択で質問するぜぇ〜。隊長は、タママ二等と、した? してない?」
クルルがそう言い終わるやいなや、キンコーン! とボタンの音がして「した」のパネルが上がる。
早押しでもなんでもないのに、異様に回答が早い。
「やっぱりしたんじゃないかケロロォ!」
ぐわぁっと噛み付きそうな勢いでギロロがケロロに迫った。目を血走らせ、今にも手の機関銃をケロロに向かってぶっ放しそうだ。
「うわ〜〜! アメリカ横断ウルトラクイズ好きがたたって思わず答えてしまったであります」
「貴様ァ、ポコペン侵略の任務中に部下と愛だの恋だのに現をぬかしてる場合かぁ〜! ポコペン侵略はちっとも進んでないんだぞ! 本部にばれたらどう申し開きするつもりだ! お前は年上で上官だろう! 乗せられてどうする!! 私情は押し止めんか!!」
自分そっちのけで怒鳴り散らすギロロの前で、ケロロが誤魔化すように頭を掻いた。
「だ〜いじょうぶでありますよ、本部もまさかポコペンで我輩とタママが乳繰りあってるって気付きやしないって!」
テヘ! とウィンクとおどけたポーズ付きでそう言ったケロロに、ギロロの力が抜ける。たしかに、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて本部もそんな事考えもしていないだろう。それだけに、事態が発覚した時の事を考えると頭が痛くなるのだが、ケロロはそんな事微塵も考えていないらしい。
「浮かれすぎだ!」
「わが世の春って所ですな。ク〜ックックック」
恋の初めの一番楽しい時期、らりらり〜とハートを飛ばしながら変な踊りを踊るケロロには何を言っても耳を貸すまい。
「でも、悩みが無いわけじゃないヨ?」
満面の笑顔で、くるっとギロロを振り返ってケロロがそう言った。
「なんだ。言ってみろ」
どうせくだらない事だと判っているのだが、聞かなければ聞くまで思わせぶりな態度をやめないだろう。そんな事うざい事をされるくらいならさっさと聞いたほうがましだ。
「タママのアレがでかいんであります」
「!?」
ケロロがそう言うと、クルルとギロロの動きがはっと止まる。
タママのアレ!?
「アアア、アレってなんだ!? でかいって、どのくらいだ!? 何で困るんだ!? まさかお前がう……けッ」
ケロロの意味ありげな発言に、ギロロが思わず顔を赤くして詰め寄った。
「い、いや、そんなに真剣に詰め寄られても……」
ギロロの必死な態度に、思わず一瞬ケロロが素に戻る。
「アノ時の声がでかいんであります」
ケロッ! と変な擬音付きでケロロがそう言った。
「紛らわしい言い方をするな!」
「え? なに? 我輩変な事言った?」
ギロロにぶん殴られながら、ケロロが殴られる理由が判らずに「?」を飛ばしている。
「先輩やけに詳しいんじゃな〜い? 今受けって言った? 受けって」
「う、うるさいっ!」
ねちこく追求するクルルに、顔を赤くしてギロロが怒鳴った。
「ク〜ックックック。隊長、初心いですねぇ〜。ひょっとして処女童貞カップル?」
陰湿に笑いながらクルルがそう言うと、ケロロがギロロを凄い力で振り切り、クルルの前で拳を握って仁王立ちする。
「どどどど、童貞って、我輩の事!? なななな、何を言うでありますかチミィ! んなこたないよqあwせdrftgyふじこlp」
「…………」
不自然なほど汗をかき、目を血走らせて言うそのあまりの狼狽振りに、赤と黄色のケロン人の疑惑の視線が緑のケロン人に突き刺さった。
「う……」
このままではまずい。とケロロの本能が伝えている。
これ以上、この話題を引っ張ってはいけない。
我輩の戦場で鍛えたカンがそう言っているであります!
研ぎ澄まされた本能を無駄な事に使いながら、深海のようなプレッシャーの中、ケロロが口を開いた。
「ほらほらぁ、みんな何そんな目で我輩見てるの〜? ここは我輩の悩み聞いてくれるとこでショ?」
軽いノリで話題を変えようとするわざとらしさが、疑惑の上にトッピングされた。
「……聞きたくない」
ギロロの心からの声が漏れたが、ケロロはぺらぺらと喋りだした。
「やっぱするとなると我輩の部屋なんだけどさ〜。この家安普請だからぁ〜、意外と声とか聞こえちゃうわけでぇ〜。タママったら可愛い顔してすんごくてさぁ、もー全身性感帯みたいなの! あんまり声出すから猿轡かませたら声出せない代わりにぼろぼろ泣いちゃって、それはそれで燃えるんだけど、なーんかやっぱかわいそうでさぁ。ああっ、はぁ〜ん、ぐんそうさぁ〜ん……とかさぁ、だめぇ、そんな所、だめぇ〜。っや〜〜、いっちゃいますぅ〜〜……とかやっぱ男として言われたいでしょ〜? 言われた方が燃えるっしょ、思いっきり言わせてあげたいっしょ〜〜」
「な、生々しい。聞きたくない……」
がっくりとうなだれながら言うギロロの声は、もはやケロロにとって雑音以下のものでしかない。
「地下基地でやればいいんじゃないですか? あそこなら防音ばっちりだぜぇ〜」
「だからさー、それが問題なわけよ。いい雰囲気になってきた所でいきなり地下基地行こうってのもムード壊れるでっしょ〜? それにさ、そんな事したらいかにもヤる気まんまんって感じで恥ずかしいじゃない?」
ピンクのハートを飛ばし、頬を染めながらそう言うケロロの後ろで、ギロロの回りに諦めと絶望の淀みが渦をまいていた。
「お、俺はなんでこんなくだらない悩みを聞かなければならんのだ……」
恥ずかしいのは今のお前だ……。
そしてさっきもこのセリフを言った気がする……。とギロロは遠くなる意識の中でそう思った。
部屋の雰囲気が、ケロロとギロロで見事なツートンカラーになった時、空間が開き、黒い人影がぴょこっと姿を現して手を振った。
「軍曹さーん!」
いつものようにそう言ってケロロに抱きつくタママに、一瞬全員の動きが止まる。
「たっ、タママ!?」
「どうしたんですぅ? みんなそんな顔して」
まさに話題の中心のもう一人が現われ、話の内容が内容だけに、なんだか後ろめたい雰囲気が漂う。
「ふ〜ん」
その中でただ一人、後ろめたさなど微塵も感じない男が、じろじろと無遠慮な視線をタママに送る。
「な、なんですぅ?」
陰険で粘着質なクルルの視線で舐めるように全身を見られ、タママが不審げな声を上げた。
「隊長がお前の声がでか……」
「トリャァァァァァ、旋風脚ゥ!!」
「ゲボハァ!」
言いかけたクルルに、黄飛鴻に憧れて習得したケロロの旋風脚が炸裂する。
「?」
いきなり旋風脚をかましたケロロと倒れたクルルをタママが交互に見るが、クルルは倒れ、疑問の答えは闇に葬られた。
「死……。邪魔するものは死であります……。ゲロゲロ〜」
自分の幸せのためには、他人を傷つける事も厭わない。
ケロロ、それほどまでに堕ちたか……。
ひ、必死すぎる。
悪魔に魂を売り渡したケロロの姿に、ギロロが戦慄する。
「ぐんそーさーん! 明日楽しみですねぇ!」
倒れたクルルをむぎゅっと踏みつけてタママがケロロに近づき、ぎゅっと抱きついてそう言う。
「んねぇ〜、どこ行くぅ〜? 夜景のきれいな所なんか良いんじゃな〜い」
二人で肩を並べてガイドブックを見ながら、ケロロが蕩けそうなあま〜い声でそう言う。
どうやら明日はデートらしい。知りたくないが知ってしまう。
「それってとっても素敵ですぅ。さすが軍曹さん! でもぉ、ボクは軍曹さんと一緒ならどこでも幸せなんですけどねぇ!」
タママのほうも負けじとそう甘いセリフを吐き、頬にちゅっと口付ける。
「こいつぅ〜」
「うひゃぁ! そんな所にキスしたらくすぐったいですよう軍曹さぁん」
完全に二人の世界をつくり、ギロロと倒れたクルルは部屋の観葉植物より二人の目に入っていない。
「見苦しい……。見苦しいぞケロロ」
頭を振りながら、親友にして上官の情けない姿を、信じたくない思いでギロロが見つめる。
だが、これが現実なのだ……。
「勝手にしてくれ……」
ついに何か大切なものを諦め、部屋を出ていきかけたギロロの足が、がしっと捕まれた。
「うおっ!」
「クククッ、先輩、こんなのは序の口だぜぇ〜」
虫の息になりながら、クルルが最後の力を振り絞って不吉な予言を吐く。
「なんだとっ?」
「もてない男に恋人ができると痛いぜぇ〜。ク〜ックックック、ご愁傷さん」
「どういう事だ……っ?」
クルルの言葉に、ギロロの胸に言い様の無い不安が渦巻いた。
ギロロに拭えぬ不安を植え付けたのを確認すると、満足そうにククッと笑い、クルルががくっと気を失った。
「んでねっ、もー、そんときの顔がかわいくってさぁ〜」
ぺらぺらぺらぺらと、機関銃より早くギロロに言葉が投げつけられる。
しかも、甘い甘いくっだらないのろけの言葉を臆面もなく。
さっきのデートがいかに甘く楽しかったか。
二人がどれほどラブラブか。
人の意見など全く必要としていない、ただのろけたいだけの「どうすればいいと思う?」を大量に。
生々しい夜の生活を克明に。
今までもてなかった分を取り戻すかのように、箍の外れたはじけっぷりがたまらなくイタイ。
聞くだけで背筋が寒くなるような馬鹿ップルぶりを聞かされるのは拷問だった。
もてない男がたまにもてると痛いぜぇ〜。ク〜ックックック。
ク〜ックックック……。ク〜ックックック……。ク〜ックックック……。
「周り見てもさぁ、タママが一番可愛いわけよ、やっぱ」
ク〜ックックック……。ク〜ックックック……。ク〜ックックック……。
「軍曹さんが一番好き……だぁ〜ってさ! あ〜っ、この幸せの日々がいつまでも続けばいいなぁ〜」
ク〜ックックック……。ク〜ックックック……。
「なんで俺が……」
ケロロにとっての幸せの日々が続くたび、俺は毎日こののろけを聞かされんといかんのかっ……!
これからの日々を予想し、ギロロの体は戦慄と恐怖に貫かれた。
それが先輩の役割だからなぁ、ク〜ックックック……。
もてない男がたまにもてると痛いぜぇ〜。ク〜ックックック。
「ねえ聞いてるギロロぉ〜?」
ケロロの喋っている声が段々遠くなる。
ケロロのいつ果てるとも無いのろけに意識が薄れていくのを感じながら、ギロロの耳に不吉な予言を的中させたクルルの笑いがいつまでも残るのだった。
「ケンカした時は、さらにうざい『愚痴吐きと悩み相談』があるんだぜぇ〜」
ケロロの前で屍となっているギロロをモニターで見ながら、クルルがさらに不吉な予言を吐いたのをギロロは知らない。
ENDE
20050326 UP
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