アンバランス・バランス
蝉が煩いほど鳴いていた。
あまり暑い日に日の光の下を歩くと、体調を崩してしまう。
だからボクは木陰でケロロ君とギロロ君が来るのを待っていた。
さわさわと木の葉が夏の風に揺れる音がして、木漏れ日がキラキラと僕の上から降ってきた。
綺麗だなぁ……。
後で二人にも教えてあげよう。とボクは思った。
一人でいるのは慣れている。
ケロロ君とギロロ君は、ボクを置いて公園の奥の森へ蝉を捕まえに行ってしまい、ボクは一人ここでお留守番。
夏の木陰は気持ちよくて、こんな時を過ごすのも悪くないなと思う。
でも、やっぱり寂しいから二人とも早く帰ってこないかなぁ……。
ボクはぼんやりそう思い、瞼を閉じた。
閉じた瞼の裏で、木漏れ日がキラキラと舞うのを楽しんでいたが、それにも飽きてぱちっと目を開けた。
ちょっと二人が何しているか見に行こう。
そう思ってボクは立ち上がり、暑い暑い夏の日の午後を歩き出した。
ケロロ君とギロロ君はすぐに見つかった。
だけど、虫取り網も虫かごも側に放り出され、ボクはただならぬ雰囲気に一瞬声をかけるのを戸惑った。
だって、ケロロ君とギロロ君はキスしてたから。
ボクはなぜかとっさに木の陰に身を隠し、見てはいけないものを見てしまったドキドキに胸を震わせた。
大きな木にギロロ君が背を向けて立っており、そのギロロ君と向かい合ったケロロ君が、ギロロ君を挟んで両手を木をついている。
ケロロ君の両腕は、ギロロ君を逃がさない為の牢獄みたいだった。
多分、キスしてたのはほんの数秒だったと思う。
でも、ボクにはものすごく長く感じた。
暑いせいか、頭がくらくらする。
ウソだウソだ、こんなのウソだ。
ケロロ君とギロロ君がキスしてるなんて。
ボクのいない所で、ボクの知らない所で、ボクを仲間外れにしてキスしているなんてウソだ。
「ギロロからもしてよ」
ケロロ君の甘くねだる声。
その声をボクは耳を塞ぎたい思いで聞いた。ケロロ君の媚びた声に、大声で叫びだしたかった。
こんなのケロロ君じゃない。こんないやらしい事するなんて、ボクの知ってるケロロ君じゃない。
ウソだウソだウソだ。
ボクは自分にそう信じさせるようにずっと小さくウソだと呟いた。
でも、本当は判ってる、ボク。
多分、二人は、初めてじゃない。
ボクの知らない間、ひょっとしたら、ボクと友達になるずっと前から、二人はああやってキスしてたんだ。
ボクは仲間外れ。
ケロロ君は、何事も無かったような顔をしている。
ボクはあの後走って逃げた。
今までこんなに速く走ったことは無いというほど速く走った。見つかるのが怖かったし、とにかくあの場から、ケロロ君とギロロ君から一刻も早く逃げたかった。
最初いた木陰にボクは倒れこみ、ぜいぜいと荒い息をついた。
最初からここにいればよかった。二人に混ざろうなんてずうずうしい事最初から考えちゃいけなかったんだ。分不相応な事考えたから罰が当たったんだ。
気が昂ぶり、めちゃめちゃに走ったせいか持病の発作が起こり、息ができなくなる。
助けて、助けて。
苦痛に体が震える。喉からヒューヒューという情けない呼吸音がして、目から涙がたくさん出た。
苦しい、もういやだよ。
こんな苦しいのもういやだよ。
ケロロ君、ギロロ君、助けてよ。
ぼくをたすけてよ。
ケロロ君とギロロ君が帰ってきたのは、ボクの長い発作が治まり、しばらく経った頃だった。
「おかえり」
ボクは、何事も無かったかのように二人にそう言った。
ギロロ君は長い間僕をほっといた事を謝ってくれたけど、ケロロ君はボクの前でバカを言い、ギロロ君にちょっかい出して怒られてる。
ボクは二人が来る前に呼吸を完全に整え、水飲み場で顔も洗って涙の後一つ残さなかった。
絶対に気付かせたくない。
ボクが苦しんで君たちの名を呼んでいたことを。
君たちがキスしていた時に、ボクが一人で苦しんでいた事を。
絶対に。
あんまりにもボクが惨めすぎるから。
ボクの前でケロロ君は無邪気に振舞っている。
ふざけてギロロ君に抱きつき、ギロロ君が嫌がって解くのを見て、また喜んで抱きつくのを繰り返している。
ボクが何も知らないと思ってるんだ。
ボクは本当は知ってるんだよ。
君が、凄くいやらしい子だって事。あんなことするような子だって事。
ボクの中でもやもやが溜まり、ボクはいつものように誤魔化して笑顔を作る事ができなかった。
ギロロ君が元気が無いボクを心配して話しかけてくれたけど、ボクが気分が悪いと言うと納得したらしく心配してくれながらもそれ以上は聞いてこなかった。
帰り道、ボクをおぶってくれたギロロ君の背に甘えてぎゅっとしがみつく。
良い人だよね、ギロロ君。
まっすぐで、強くて、ぶっきらぼうだけどでも優しい。
かわいそうなギロロ君。
ケロロ君に騙されてるんだ。
ケロロ君はあんな……。
あんな、酷い人だから。
ふとケロロ君を見ると、無表情でボクの事をじっと見ていた。ボクと目があうと、ふっと視線をそらす。
ケロロ君らしくない態度に、ボクは少し戸惑った。
ボクをおぶったままボクの家まで送るというギロロ君の好意をなんとか辞退できたのは、ケロロ君が珍しく僕を家まで送ると言ったからだった。
ボクは、不安を胸にしながら、先を行くケロロ君の背をちらちらと見ていた。
どうしてボクの方がビクビクしなきゃいけないんだろう?
悪いのはケロロ君の方なのに。
そう思いながらも言い出す勇気などなく、このまま何事も無く家に付く事を願っていたら、不意にケロロ君が言った。
「ゼロロ、なんかあったの?」
こちらを振り返りもしない不機嫌な声。
「だからボク気分が悪くて……」
「正直に言えよ」
ケロロ君の口調が強くなった。
「ギロロ騙しても俺は騙されないぞ」
それはこっちのセリフだと言いたかったが、ボクは黙った。
「黙ってないでどうにか言えよ」
ケロロ君のその棘のある口調にだんだん腹がたちはじめる。
どうしてボクが責められなくちゃいけないの?
ケロロ君はいつもそうだ。自分勝手で気分屋、いつもボクに八つ当たりをする。
ボクは腹が立って、言わないでおこうと思っていたあの事を口に出した。
「じゃあ言うよ。ボク見ちゃった。ケロロ君とギロロ君がキスしてた所」
「覗き見かよ、やらしい奴」
ケロロ君が吐き捨てるようにそう言った。
「そう言う言い方は酷いよ。ボクだって見たくて見たんじゃない」
あんなの見たくなかった。
ボクは完全にむっとしてケロロ君を睨んだ。いくらなんでもその言葉は酷すぎる。
「ボクに謝って、ケロロ君」
ボクが詰め寄ると、ケロロ君は謝るどころかボクの腕を強く強く掴んだ。
「い、痛っ、ケロロ君、いた……っ」
ぎりぎりと凄い力でケロロ君はボクの腕を掴み、ボクの顔を睨みつけた。
これは制裁だ。ケロロ君の制裁なのだ。ボクはそう悟る。
「誰にも言うな。ギロロにも」
ケロロ君はそう言って、ボクのマスクを乱暴に引き摺り下ろした。
見た事も無いほど怖いケロロ君の顔にボクはおびえ、ケロロ君のなすがままにされている。
怯えて何も出来ないボクを見て、ケロロ君が楽しそうに笑った。
同じ顔で、ケロロ君が蝶の羽を千切っていたのを思い出し、ボクはぞくりと寒気が走るのを感じた。
そして、ケロロ君は、掴んだボクの腕を引き寄せ、
ボクにキスをした。
ほんの一瞬、唇と唇が触れ合うだけのキス。
「え……?」
「言ったら酷いよ」
ボクの返事を待たずにそう言いすて、ぱっとボクの腕を放す。
ボクの腕は、ケロロ君に掴まれた形に赤くなっていた。
「け、ケロロ君……」
ボク、脅されてるんだ。
それがなさけなくて悔しくて、ボクは涙ぐんだ。
「酷いよ……」
「何だよゼロロ」
ケロロ君は、ボクを嘲笑うような顔をして言った。
「して欲しかったくせに」
その言葉に、心がバラバラになったような気がした。
その時のケロロ君は、ボクには悪魔のように思えた。
ずっと隠していて言い出せなかった。
ボクは、
ケロロ君が好きだ。
「知っててやったの……?」
涙ぐみながらそう言うと、ケロロ君はボクに悪いなどこれっぽっちも感じていないらしい無表情でボクに言った。
「そうだよ」
「ケロロ君は、ギロロ君には優しいのに、ボクには本当に酷いよね」
震える声で泣きながら言う僕、そのボクを無表情で見るケロロ君。
「どうして……?」
「ゼロロが好きだから」
ケロロ君の口から出たその言葉に、ボクははっと伏せていた顔をあげた。
ケロロ君はその言葉を事も無げに言った後、観察するようにボクを見ている。
「ゼロロは俺が何しても許してくれるって思いたいから」
「そうだよ、その通りだよ、ケロロ君」
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、ボクはそう言った。
一番知られたくなかったボクの気持ち。
「なんでもするから、ボクに優しくして」
恥も外聞もなくボクはそう言った。
ケロロ君のような人に、なんでもすると言うのがどういう事かボクはちゃんと判っている。
いつ捨てられるか怯え、いつ酷いことをされるのかと怯え。
同時にボクはケロロ君に支配されている事に安心する。
ギロロ君は優しいけど、ボクに酷いことをしてくれない。
ケロロ君は手加減無しで本当にボクに酷いことをする。
一番いやらしいのはボク。
虐げられれば虐げられるほど、無理を言われれば言われるほど、自分が必要とされていると思える。我慢している間は安心できる。そんな事でしか自分を見つけられない。
なのに、優しくして欲しいと思っている。矛盾した感情。ボクは強欲にもそのどちらも満たされる事を望んでいる。
なんでもするから乞食のように愛を恵んで欲しいと思っているボク。それを知っているケロロ君。
知っていてボクを受け入れてくれたケロロ君。
「気が向いたらたまになー」
ケロロ君はそう言って、ボクに手を振ると自分の家の方角へすたすたと歩き出した。
ボクを送って行くって言ったくせに……、嘘つき。本当に勝手なんだから。
ボクは、そんなケロロ君の背をいつまでも見送っていた。
ギロロ君は知らないだろう、ボクだけのケロロ君を。
残酷で優しいケロロ君を。
ケロロ君の姿が遠くに消え、なにげなく空を見上げた時。
猫の爪のような蜂蜜色の月が、蒼い空に浮かんでいたのをまだ覚えている。
ENDE
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20050429 再UP
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