Twin of soul










 天空に月が二つ輝いている。

 クルルが現在いる太陽系からも、母星のガマ星雲からも気が遠くなるほど離れた、遠い星、遠い時。

 二つの月が照らす地上は、どこまでも広がる砂漠。生きているものの気配は無く、ただ冷たい月の光があたりを昼間のように明るく照らしている。

 クルルの頬を撫でる風が、少しづつ砂を動かし、風が通った文様を描く。

 クルルがゆるゆると歩みを進めるたび、さら……と、砂が崩れ落ちた。

 てんてんと付けられた足跡は、クルルの小さいものだけ。

 歩みを進めるクルルの耳に、ビィン……と琴の音が聞こえた。

 砂漠に置かれた、シタールに似た楽器の弦を、風が揺らしているのだとクルルは気がつく。

 この楽器の持ち主にクルルは呼ばれて来たのだ。

「やあ、また来たね」

 楽器のすぐ側に座っていた少年が振り向き、クルルに微笑みかける。白い頭巾を黒い輪で止め、アラビアの民族衣装に似た衣服を身に付けている。白い布地から美しい銀髪がのぞき、縦長の虹彩を持つ赤色の瞳は宇宙でも珍しい。

「来たね。じゃぁねえよ。お前が呼んだんだぜぇ、ムツミ」

「俺はここで楽器を弾いていただけだよ」

 銅のポットを傾け、小さな器に甘いコーヒーを注ぎながら、ムツミと呼ばれた少年が何食わぬ顔で言う。

「その音が空間がゆがませてるって知ってるだろうが。太陽系の空間をやたらと歪められちゃ俺が困る」

 薦められたコーヒーを受け取りながら、クルルが眉根をひそめ、わざと顔をしかめて言った。

 微弱な空間の歪み。

 それをクルルが見つけたのが最初だった。歪みの元を追ったクルルが出会ったのは、小さな砂漠の星に住む、宇宙の空間を調整する能力を持った不思議な宇宙人。

 その姿を一目見たとき、クルルはすべてを理解した気がした。

 睦実、やっぱりお前、宇宙人だったぜぇ。それも、宇宙でもっとも不思議でミステリアスな。

 ケロン軍の、いや、クルルの知る宇宙のすべてのデーターベースにも、その宇宙人についての記述は無かった。ただ、宇宙図書館の古代民俗音楽の項にかろうじてムツミの弾く曲や歌が残っていた。それも、何千年も前の話だ。伝説としてかすかに残っているにすぎない。

「だって、こうしないとクルルに会えないじゃないか」

 一体どうやって、時間も、空間も越えて、ムツミがクルルが自分の下へ来るように仕向けたのか、クルルでさえ判らない。

 ムツミは、初めて会ったクルルに不思議な頼みごとをした。

 共に曲を奏でて空間の歪み直すのを手伝って欲しい、と。クルルのよく知っている微笑を浮かべて。

 それ以来、たまに、クルルはムツミに呼ばれる。ムツミは、自分ひとりで出来ることでも、なんのかんのと理由をつけてクルルを呼び出しているような気がした。だから先ほど少し釘を刺したのだ。

「呆れるぜぇ。それが空間の調整者の言う事かね。大方、やっかいな歪みを直すのを手伝ってくれってんだろ? どこの星系だ?」

 なにもかもお見通しのクルルの言葉に、ムツミは首をすくめながらも嬉しそうな顔をした。

「さっすがクルル。話が早い。お礼はちゃんとするからさ。場所はここ、ヴェラ・シータ」

 ムツミが指差す星域は、クルルさえも知らない未知の場所だった。もしかしたら、クルルのいる時代ではすでに暗黒星雲に飲み込まれたのかもしれない。

「いつだ? 過去、未来?」

「過去だよ。七千年前」

「えらい遠いぜぇ?」

「今回は厄介でね、それほど遡らないと、歪みの原因を元から取り除けない。だからクルルに来て貰ったんだよ。俺一人じゃ無理だから」

「仲間がいるだろ?」

「いるけど、いないよ。俺を手伝えるのはクルルだけなんだ。俺が一人なのは知ってるだろ?」

 いたら、わざわざ時や空間を越えてまで俺を呼ぶはずがねぇな。とクルルは内心で呟いた。

「ふん、お前の才能に嫉妬して追い出したくせに、厄介ごとだけ押し付ける奴らは確かに仲間とは言えねぇなぁ……。ク〜ックックック」

 クルルが呟くと、ムツミがふとクルルに問いかけた。

「ポコペンの俺は元気?」

「ああ、元気だぜぇ」

 ムツミと、睦実。やはりこいつと俺とは、なにか縁があるようだ。とクルルは思った。

 初めて会ったとき、ムツミは自分とクルルの事を、「魂が近いもの」だと言っていた、姿かたちや、存在している時や場所を越えて、魂の近いものは惹かれあうのだという。

「ポコペンの俺もやっぱり一人?」

「崇拝者がいる分だけ、お前よりは恵まれてるぜぇ。だが、お前を理解できる奴はいない。本質的にゃ一人だなぁ」

「やっぱ俺、どこ行っても浮いてるんだ。それにしても変な気分だよ。転生した自分の様子を聞くなんてさ」

 くすくすとムツミは笑い、クルルもにやりと笑った。

「俺も変な気分だぜぇ。転生前と転生後、二人のムツミに会うなんてな。ク〜ックックック」

「アハ、俺ハーレムだね、クルル。もう一人の俺とクルル取り合いかぁ。頑張らなくちゃね」

「訳判らない事言ってねぇでさっさと始めようぜぇ。おしゃべりは後からだ」

 クルルはムツミの言葉を流し、手にしていた袋から楽器を取り出した。

「へぇ、いい呪器だね、クルル」

 飴色のふっくらとした胴に美しい螺鈿、鶴首と呼ばれるほっそりした棹の楽器を見て、ムツミの目が輝く。うらやましそうにクルルからそれを受け取ると、早速バチを手にして弦をはじく。

「ポコペンの楽器で、琵琶ってんだぜぇ」

 クルルの楽器に夢中になっているムツミに、どこか自慢げにクルルが言うと、ムツミがにやりと笑ってクルルを振り返った。

「判った。クルル、これを俺に自慢したかったんだろ? だから素直に来たんだ?」

「うるせぇな。新しい楽器が手に入ったから、久々にお前と演りたかっただけだぜぇ」

 クルルは、ムツミの手にした琵琶をもぎ取り、構える。クルルの小さな体に琵琶は大きいが、立ち上がってなら、なんとか弾く事は出来る。

「オッケ、じゃ、はじめようか」

 自分の楽器を手にしたムツミの顔が真剣なものになり、二人は目配せを交わすと、ビィンと二つの楽器が同時に音を出した。


 高く、低く、二つの楽器の音が絡み合い、月に照らされた砂漠を流れる。

          



ENDE.



20100131 UP
初出 20060219発行 Keron Attack! Z

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