「ただいまぁ〜」小さな声で部屋の奥の闇に呼びかけるが、返事は返ってこない。
深夜二時なのだから、それも当然の事だ。
タママ、さすがにもう寝てるよねぇ……。
寂しさと、明日の朝確実に爆発するであろうタママの怒りを想像して、ケロロは複雑な気分になった。自分がほっておく分は何日だろうと気にしないが、ほったらかされるのは一日たりとも我慢できないというタママをどう宥めようと、今から頭を悩ませる。
「他国の兵の訓練に招聘されたので行ってくるであります。一週間したら帰ってくるからね」
と言って家を出て一週間目。
とうてい使えず。とケロン本国に入電すると、使えるようになるまでまで滞在せよ。との返電。一週間目までは、お留守番しますぅ。でも早く帰ってきてくださいねぇ。とタママも愁傷な事を言っていた、が。
それからまた二週間。激務と、辺境の地という悪条件、さらに運悪く磁気嵐も重なり、毎日連絡するという約束も破りっぱなしだ。
帰ったらどうなるのか考えるのも怖い。
鬼軍曹と化し、身を粉にして兵を鍛えるケロロに、ケロロ軍曹はなんとわが国に友好的で有能な軍人なのだろうと賞賛を浴びたが、当のケロロは一日も早く帰らないと高まる死の危険性に死に物狂いだっただけだった。
そっと寝室に入り、ドアを少しだけ開けたままベッドのタママに近づき顔を覗き込む。
廊下の柔らかい明かりがタママを照らし、頬にいく筋もある涙のあとに、毎夜泣き疲れて眠るタママを想像してちくんと胸が痛んだ。
「ゴメンネ、ようやく帰ってきたであります」
タママの涙のあとにそっと触れながら、ケロロが小さく呟いた。
「お土産も買ってきであります。……だから、あんまり怒らないでね」
すーすーと軽い寝息を立て、物言わぬタママの頬を愛しそうに撫で、頭を軽く撫でながら、ケロロが小さい声で呟く。
長い間タママの寝顔を眺めていたが、やがて戻ってドアを閉め、そっとタママの隣に身を横たえる。
そのとたん、子供がむずがるような声と共に、背中にぎゅっと抱きつく暖かな体。
「軍曹さぁん」
「あ、ごめんごめん、タママ。起こしちゃったでありますか」
ケロロが慌てて顔をひねり、背中に抱きついたタママを見た。タママはケロロの背中にぎゅっと抱きついたまま俯いて顔を見せてくれない。
「あ……。泣いてるんでありますか」
背中に伝わる暖かなものに、ケロロが思わず呟いた。
「長い間ほっといてゴメンネ」
困ったような声でケロロがそう言うと、タママがきっと顔を上げた。
瞼が腫れている。泣いて泣いて泣き尽くした目で見られると、またケロロの胸が痛んだ。
「軍曹さんなんか知らないですぅ! もうあっち行ってください!」
「ゲロ〜!」
声と共にベッドから突き飛ばされ、べちゃっと床に落とされる。タママは拗ねたように、ごそごそとシーツに潜り込んで丸くなった。頑ななタママの態度に、まじいなーとケロロの額に冷や汗が落ちる。
「反省してるであります……」
枕元に立ち、愁傷な声でそう呟くが、タママは返事をしない。
「顔見せて、タママ。我輩が帰るの、ここだけだから、ね?」
ケロロの言葉に、ぴくんとシーツの中で丸まったタママの体が動いた。
そっとシーツから顔を出し、上目使いでケロロをじっと見る。ケロロを信じるべきか、拒否するべきか迷っているタママの瞳
「だから、タママの隣で眠らせて」
ケロロがそう言うと、じっとケロロを見ていたタママが、体をずらしてケロロの入るスペースを開けた。
「ありがと」
すかさずその隙間に身を滑らせると、タママがケロロにぎゅっと抱きつく。
「あっち行ってなんてウソですぅ。本当は軍曹さんが帰ってきてとっても嬉しいですぅ」
タママも、ケロロにこうしたくてずっと我慢していたのだ。
怒りよりも先に、ケロロに甘えたいという気持ちに逆らえなかった。
「うん、我輩も。すっごく会いたかったよ」
タママの気持ちをケロロも充分感じ、目を閉じて笑いながら、しがみついて来るタママを優しく抱きしめる。
「本当ですかぁ?」
タママの言葉に頷くケロロを見て、タママの目が妖しい光を帯びる。
くるっと体を回転させて起き上がり、一瞬のうちにケロロの上に馬乗りになった。
そのままケロロの首筋に舌を這わせるタママに、ケロロが慌てる。
「ゲロォ、こんな夜中から? 我輩疲れてるのに!?」
「反省してるって言ったですぅ!」
タママの言葉に逆らえず、うひゃ〜と小さく声を上げながらも大人しくしているケロロの足を、ぐいとタママが押し広げた。
初出 日記 20050505 UP
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