セキュリティがクルルのDNAを感知し、素早く本人確認しロックを外した後、なるべく音を立てないように家の中へ入った。
深夜二時過ぎ、二週間ぶりの自分の家。
クルルを迎えた玄関だけがぼおっと明るく、その奥の部屋は闇に解けて何も見えない。
居るのか?
体はくたくたに疲れているが、そう思うと胸は子供のように高鳴った。
連絡どおりなら、多分、一週間前からここに居る。
疲れた体を引き摺って、手にした荷物を歩きながらどさどさと落とし進んでいく。進むたび、明かりが部屋の主人であるクルルを先導するように灯っていった。
寝室のドアの前で立ち止まり、ここだけ明かりがつかないようにボタンを押してコントロールする。
起こしちまうからな。
そっとノブを回し、ドアを開けると、ドアを開けた隙間だけ明かりが闇を切り取った。
買ったばかりのキングサイズのベッドに先客が居るのを確かめると、クルルの心臓が大きく脈打った。
コールタールを頭に流し込まれたような、どんよりとした精神的な疲れが一度に吹き飛んだ。
代わりに、スキップで部屋を回りたいようなハッピーな気持ちが、クルルの頭と心に充填される。
後ろ手でドアを閉める。キィとドアが軋む小さな音にさえ気を使い、嬉しさを堪えるように口元に手に当てながら、ベッドに近づく。
暗くてよく見えないが、背を向けてベッドに横たわっているのはギロロのはずだ。
「遅かったな」
ギロロを伺うクルルの耳に聞こえたのは、久しぶりに聞くギロロの声。
遠征から帰ってきて、引越しが済んだ。と留守電が入っていたのを聞いたときから、クルルのニヤニヤが止まらない。
家に帰って確かめたい一心で、途中で任された遅れに遅れていたプロジェクトを奇跡的に期限に間に合わせ、死屍累々といった感じに力尽きた部下達を見捨て、クルルは家に帰ってきたのだ。この連絡が無かったら、あと二週間は軍のラボに泊り込んでいたかもしれない。
「悪ィ。起こしちまったな」
本当に邪魔したくなかったのなら、ここじゃなくて幾つも無駄にある部屋のどれかに行って寝ればいい。
だけど、クルルはここに来たかったのだ。ギロロの居るここへ。
「いい。どこにいようとどうせ気が付く」
かすかな物音さえ、戦場で鍛えられたギロロが気付かぬはずはあるまい。恐らく、クルルが家のドアの前に立ったときから気付いていたに違いない。
ギロロの言葉に、クルルがギロロはソルジャーである事を改めて思い出す。
ラボで、戦場で。場所は違うが、戦うもの同士、忙しくてすれ違う事も多い。一ヶ月ぶりに会うギロロが全く変わらず自分に接するのがなぜか嬉しかった。
「顔を合わせるのは久しぶりだな。ここはお前の家なのに」
ギロロがからかうように言うと、クルルがわざとらしく大きなため息をついた。
「まったくだぜぇ……。安月給でこき使いやがってよ、頭くるぜぇ。爆破してやりてぇよ」
「お前がケロン軍に壊滅的な打撃を与える前に、労働条件を改善する事を祈る」
ジョークでなく、クルルは本当にやりかねない。それを知っているギロロが半分本気で呟いた。
「明かり、付けるぞ」
ベッドから起き上がり、サイドボードのスイッチをギロロが押す。
ぱっと明かりが灯り、ギロロにはクルル、クルルにはギロロと、久しぶりにお互いの姿を見る。
ギロロが手を伸ばし、そっとクルルの疲れきった顔に触れた。
「寝不足で顔色が悪いが……。まぁ、死ぬほどではないな」
クルルが顔に触れるギロロの手の暖かさに幸せに浸っていると、ふと隠すようにシーツの下にある腕に包帯が巻かれているのに気が付いた。
「先輩、その怪我どうしたんだよ?」
「ああ、たいした事は無い。かすり傷だ」
ギロロは早口でそう言うと、明かりを消した。再び闇が下り、二人を隠す。
「生存確認、終了」
そう言って、ギロロが再びごそごそとシーツの中に潜り込んだ。
おっさん、それで誤魔化したつもりかい……?
クルルは呆れたが、さすがに今は追求する元気が無い。
明日絶対ひん剥いて調べる。
そう思いながら、クルルはギロロの隣に滑り込んだ。
「何なんだよ、今のは?」
「お前の安否を確認して安心して寝たかっただけだ。邪魔して悪かったな。お前も早く休め」
寝心地のよいベッドの上で、クルルが自分の隣にいるギロロに言うと、ギロロは背を向けたまま答えた。
「ああ、あと」
付け加えるようにそう言って、背を向けていたギロロが寝返りを打ち、クルルと向かい合う。
「お帰り」
ギロロの言葉に、クルルの胸が締め付けられた。
家に帰ったらおっさんがいる。
少し前の自分なら、そういうことやそういう感情に、顔を顰めてだせぇと吐き捨てただろう。
だが、少し前の自分は知らないだろう。
手を伸ばせはそこに居る。
それが、どんなに心地いいか。
「……ただいま」
照れくささと嬉しさが交じり合い、クルルは小さく返事をした。
初出 日記 20050503 UP
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