Sleeping Beauty










 地球侵略、一時中断。別惑星にて苦戦中の友軍を支援すべし。


 ケロロ小隊に本部からの命令が来たのは、突然だった。


「いつポコペンに戻ってこれるんですかぁ?」

 命令を聞かされたタママが聞くが、ケロロは判らないと首を横に振った。


 一ヵ月後か、一年後か? 十年や、百年という事も考えられる。


 いつか、別れる日が来るとは判っていた。

 だが、そんな日はもっと先だと思っていた。


「いつ出発なんですかぁ?」

 泣きそうな声のタママにケロロが答える。

 地球一時撤退は一週間後。

 地球の大切な人達には秘密にしているであります。とケロロが言った。どうせまたすぐ戻ってくるさ。とケロロが無理に笑顔を作り、その笑顔がよけい戻ってこられない事を皆に知らせる。


 夏美……。 


 ギロロが目を閉じて、地球の少女の姿を思い浮かべた。


 忘れないように、強く。


 そして……。


 一週間後の月の無い夜、日向家上空。


 アンチバリアを展開したケロン軍の宇宙船が停泊する下で、ギロロの赤い円盤が、夏美の部屋のベランダに降り立った。


「夏美、入っていいか?」

 窓を軽くノックして、ギロロが声をかけた。

 明かりはもう消えている。夜はもう遅い。

 ギロロの一つの賭け。


 夏美が答えないのなら、俺はそのまま往こう。


 だが、夏美が俺の言葉に答えたら……。


「開いてるわ。入って」


 夏美の返事に、ドキンと大きくギロロの心臓が脈打った。


 夏美は俺の言葉に答えた。


 俺は、俺は……。

 夏美……を。


 迷いを抱えながら、ギロロは夏美の部屋の窓を開けた。

 夏美は、ベッドに座り、じっと窓から入ってくるギロロを見つめていた。

 その姿は、真夜中にもかかわらず、きちんとした服装で、足元には小さな荷物が置かれている。

 夏美の顔に、ギロロが驚く。

 ギロロを見つめる夏美の冷たい瞳。いつもキラキラと生命力に溢れていた夏見の目は、感情を押し殺し、瞬きもせずにギロロを見つめる。


 窓から入る光を浴びて、夏美の肌が青白く見えた。


 明かりを消したまま、ずっと夏美はベッドに腰掛けてその目でギロロを待っていたのだ。


 夏美も賭けていたのかもしれない。


 俺が夏美の元に来るか、黙って往くか。


 夏美は気付いている。

 ギロロは直感的に悟った。


 この一週間、ギロロは夏美を避けてきた。


 言葉を交わせば、好きだといってしまいそうだったから。

 触れれば、攫ってしまいそうだったから。


 夏美……。

 お前は、どんな気持ちでいた?


「夏美、聡いお前の事だ、うすうすは気がついていたと思うが」

 ベッドに座る夏美の隣に立ち、ギロロは意を決して口を開いた。夏美は、ゆっくりとした動作で瞬きし、ギロロを見る。

 夏美の冷たい目が。ギロロを責めている。

 自分から逃げていたギロロを責めている。

「判ってるわよ。どこか行っちゃうんでしょ? アンタもボケガエルも、隠すのほんとに下手ね」

 夏美は、ギロロに最後まで言わせず、俯いてそう言った。

 上手い言葉が見つからず、ギロロが黙り込む。

 ここで安易に謝るのは、あまりにも誠意がない気がした。

「危険、なんでしょ。だって戦争に行くんだものね」

 震える声で、なんとか気丈に夏美は言った。

 戦車で、爆弾で、銃で。戦って、傷つけて、傷ついて血を流すんでしょう?

 そう思うと、心配と絶望で目の前が暗くなる。「万が一」の事を考えると、気が狂いそうになる。

「そこまで、知ってるのか……」

「マヌケなあんた達が、戦争なんてできるの? どうせ今みたいにへっぽこな侵略しか……」

 いつもみたいに強気に言おうとした夏美の目から、不意に涙がこぼれた。

「でき……」

 胸がいっぱいで言葉が言えない。ひっくと大きく夏美がしゃくりあげた。

「できないんでしょ」

 頬を伝う涙をぬぐおうとせず、夏美は震える笑顔でギロロにそう言った。

 涙は次々と夏美の頬を伝い、ついに我慢しきれずに夏美は両手で顔を覆い、押し殺した泣き声をあげる。

「俺は、今日出征する」

 泣きじゃくる夏美に、ギロロが静かな声で言った。

 俺の体がもっと大きければ、夏美を胸にすっぽりと抱きしめてやりたい。

 子供にするように優しく抱いて、背中をさすってやりたい。

 ケロン人であることに誇りを持っていたが、今だけは自分の小さな体が恨めしい。

「最後に、触れさせてくれないか、お前に」

 遠慮がちに言ったギロロの言葉に、夏美が顔を上げてきっとギロロを睨みつけた。

「やめて! そんな、これで最後みたいな言い方するのやめて!」

 ヒステリックに叫び、自分の隣にいるギロロに抱きつく。

「あんた帰って来るでしょう! すぐに帰ってくるんでしょう!」

 ギロロの肩を揺らし、夏美が叫ぶ。夏美の瞳に宿る狂気とも呼べるほどの狂おしい思いに、ギロロが胸打たれる。

「すぐに……とは約束できん」

「あんた好きになったら、いつもこんな思いをしなきゃいけないの?」

 ようやく好きだと言えたときが別れの時だなんて、悲しすぎる。

「あんたが好きなのよ、ギロロ……」

 再び顔を手で覆って泣き崩れた夏美の頭を、ギロロが優しく抱えた。

「夏美、俺も好きだ。お前が。初めて会ったときから、ずっと」

 夏美の髪を撫でながら、ギロロが囁く。顔を上げた夏美の濡れた目を見ながら、お前を愛していると呟いた。

「だったら!」

 声を上げた夏美に、ギロロが微笑む。

「夏美」

 ギロロが、夏美の耳元で囁く。

 優しい声。

 その声の優しさが、夏美をいっそう切なくさせる。


「夏美、大丈夫だ」


 お前は俺を忘れるから。

 残りの言葉は、心の中でギロロは呟いた。


「どうして?」

 ギロロの声の優しさに、夏美はギロロが自分をどうしようとするのか悟った。


 私に優しくするのは、あんた、私を連れて行ってくれるつもりが無いからなのね?

「どうして私をさらってくれないの?」

 涙に濡れた目で、夏美がギロロにすがりつく。

「どうして一緒に来てくれって言ってくれないの? 辛くても、アンタと出会ったこと後悔なんかしてない! 一緒に連れてってくれるなら、私は耐えられるのよ!?」

 普段の大人びて意地っ張りな夏美からは想像もつかない、途方にくれた子供のような夏美を、ギロロが抱きしめる。ギロロの小さな体に、夏美がすべてを投げ出す。


「すまん、夏美。それはできない」

 優しく、悲しい、ギロロの声。


 怒鳴ってもいいから、いつもみたいに素直じゃなくていいから、あんたが欲しいの。ずーっと側にいて欲しいの。


 そんな素直で優しいあんたなんかいらない!


「謝りの言葉なんか聴きたくない!」

 夏美は叫び、両手で耳をふさいだ。

「聞きたくないのよぅ……」

 身も世も無く泣きじゃくる夏美をギロロが強く強く抱きしめた。


 時間は刻々と迫る。

 あともうすこしで、この愛しい体温を忘れないといけないのだ。


「キスしてもいいか、夏美?」

 ギロロにすがりつき、泣きじゃくる夏美に、遠慮がちにギロロが囁いた。

 ギロロの声に、夏美の体がびくっと動く。

「嫌よ。あんたとキスしたら私はみんな忘れちゃうんでしょう?」

 嘘のつけないギロロの顔に、夏美の目からまた涙が溢れる。

「嫌よ、そんなの嫌」

 力なく嫌々をする夏美の頬を両手で挟み、ギロロと夏美は正面から見つめ合った。

「夏美……」

 夏美が、痛みと熱をはらんだギロロの目を見る。

 ギロロが、悲しみと涙に濡れ、抑えきれぬ思慕に乱れる夏美を見る。

「私はあんたを待っていたいの! 私はそうしていいはずよ」

 懇願するように、夏美はギロロに言った。

「だってあんたが好きなんだから!」

 夏美が悲痛な声で叫ぶ。

 連れて行ってくれないのなら、せめて待っていたい。それすら許されないなんて酷すぎる。

「俺は、ここに戻ってこられるか判らん」

「いいのよ! ずっと待ってるんだから。ずうっと……」

 夏美をなだめようとギロロが伸ばした手を、夏美が振り払った。

「やめて! 奪わないで。私からあんたを取らないで。私にとって大事なものなのよ。いくらあんただってそんなことしていいはずが無いわ」

 ギロロが、再び手を伸ばした。夏美の頬を両手で挟み、顔を傾けてゆっくりと近づく。

 近づいてくるギロロに抗えず、あ……と夏美が甘いかすれ声を上げた。

 ギロロの目が夏美をさらう。

 目を閉じ、かすかに唇を開けて、夏美がギロロのキスを受け入れる。


 最初で最後のキスなんていや。

 忘れるためのキスなんていや。


 そう思うが、触れ合うとたまらずにお互いをむさぼりあう。

 自分の中に、こんな情熱と、欲と、幸福と、不幸があるなんて知らなかった。

 何度も角度を変えて口付け、軽く、時には深く口付けあう。

 キスだけで、お互いが繋がりあっていると強く思う。

 ギロロにすべてを捧げたいと思い、夏美のすべてを奪いたいと思った。


「ずるいわ……。キスなんて卑怯よ、ギロロ」

 唇を離した夏美が、薄れてゆく意識の中、必死に手を伸ばしてギロロの頬に触れた。

 急速に意識が薄れてゆく。


 次に目覚めた時は、ギロロはもういない。

 そして私は、ギロロがいなくなった事にさえ気がつかないのね。


「避けられるわけ、ないじゃない」

 夏美の手が、ゆっくりと下に落ちた。抗っていた瞼が下がり、深い眠りに落ちる。

 崩れ落ちた夏美の体を、ギロロが支え、そっとベッドに横たえた。


「すまん、夏美」

 頬を涙でぬらし、軽い寝息をたてる夏美を見て、ギロロが呟く。

「かならず生きて戻ってくる」

 夏美の前で、力強くギロロが誓う。

「お前の側に、必ず戻ってくる」

 それは、夏美への言葉でもあると同時に、ギロロの決意。


 誓いの証に、かすかに開いた夏美の唇にそっとギロロが口付けた。


「その時にお前の怒りは甘んじて受けよう。お前が許してくれるのなら俺は何でもしよう。どんな我侭でも聞いてやるから」


 軽い寝息を立て、ゆっくりと胸を上下させる夏美の顔が穏やかであることに、ギロロが救われる。

 危険な目にあわせるわけにはいかない。辛い思いをさせたくない。


 俺達はきっとまた会える。

 

「だから今だけ眠れ」


 もはや答えをくれぬ思い人に、ギロロは呟いた。



おまけネタ  お兄さんは心配性

「うぉっ、俺の下着がない!」

「ど、どうしたギロロ!」

「昼間干してた下着が盗まれたみたいなんだ」

「ビルマのほしがた死体がめぐまれたみたいなんだぁ? 何がなんなんだっ! ちゃんと喋りなさい!!」

「だから下着が盗まれたって言ってるんだっ!!」

「下着を盗まれたぁ? 犯人はお前かガルル! 弟の下着盗むなんて何考えてるんだっ!」

「落ち着けクルルっ!俺じゃない貴様こそ何考えてるんだ」



 タママ二等兵の場合


「ええ〜、ボクのパンティですかぁ? ボクも盗まれたですぅ」

「やっぱり被害者が他にもいた!」

「はっはっはー、実は我輩が間違ってはいてたりして」

「自慢の軍曹さんなんですぅ〜」



 ドロロ兵長の場合


「嫌味でござるか! 小雪殿はっ、小雪殿はっ、パンティなんてハイカラなもの持ってないでござる! さあ帰っていただきたい!!」

「ドロロごめんねー、あたしパンティないんだよー」


 その後、ガルルがたんすの中から鼻血あふれ出しながらギロロのパンティ選んだり、クルルとギロロと三人で「私たち陽気な美人三姉妹〜誰か素敵な人に慰めて欲しいのよ〜」と歌い踊り犯人を捕まえます。


ENDE


20090606 UP
初出 20060219発行 Keron Attack! Z

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