My precious Song, My precious Girl












 キーボードを叩く音が地下基地の中央司令室に響く。


 たくさんのディスプレイにいろいろな映像が映し出され、壁一面のコンピューターには赤や緑の光がまるで生き物のように走り回っている。

 そのただっ広い部屋のほとんどはコンピューターやディスプレイなどの電子機器類に占められ、有機物は、黄色いケロン人と、地球人の擬態をしているアンゴル族の少女だけだった。

 小隊の外のメンバーは、何か用でもない限りこの場所には近づかない。

 クルルだけがまるでこの部屋の主のように毎日居座り、アルバイトであるモアはその近くの自分専用机で与えられた仕事をこなすのがいつもの日課。

 寂しかったのか、偶然か。広い部屋で、クルルの使うメインのコンソールと、モアに与えられた仕事机はほんの近くにある。

 だが、二人は無言で背中合わせになり、目の前の仕事に没頭している。

 楽しい会話などあるはずも無く、音といえばコンピューターから聞こえる唸るような低い音、クルルのヘッドフォンから漏れる音楽。

 それに二つのキーボードを叩く音が重なる。

 一つはキーボードを叩くのに慣れた小気味良いカタカタという音。

もう一つは、反射で打っているのではないかと思うほど異様に早い。休むとか戸惑うという事が一切なく、子供が滅茶苦茶にキーボードを叩いているのではないかと思えるほど途切れる事無く続く。だが、その音は不快なものでなく、音楽的と言えるほどとてもリズミカルなのだ。

最初はとても驚いた。だがこれが、このキーボードを叩く黄色い蛙にとっては普通の事らしい。

今日のクルルさん、凄く調子いいみたい。

キーボードを叩く音で、クルルの機嫌や調子が判るようになったモアがそう思って微笑んだ。

仕事の合間に、クルルが何をしているのか気になって振り返ると、黄色い蛙は手だけを動かしながら微動だにしない。

クルルの前にあるディスプレイに映る化学式は、モアにはさっぱり判らない。ディスプレイの画像も、ぱっ、ぱっ、とまるでサブリミナル効果を狙っているかのようにめまぐるしく変わる。

多分、頭の中は残像を残すのではないかと思うほど早い手の動きよりもっと早く動いているのだろう。

あんなので判るのかなあ?

そうモアは思うのだが、クルルにとっては充分らしい。

目で見て、判断して、手を動かして、音楽を聴いて。

音楽を聴くというのはともかく、他はどれも常人ができるレベルをはるかに超えているのだが、クルルはそれをやすやすと複数こなす。

クルルさん、凄いです……。ていうか、有智高才?

そう感心しながら、クルルの超人的な動きをもっと近くで見ようと、いつのまにかじりじりとクルルに近づいている。そのうち、息がかかりそうなほど近くで、その手の動きや、分厚いメガネに映る化学式をじーっと見はじめた。

「な、なんだ……?」

 あまりの近さに耐え切れなくなり、クルルがそう言った。

 しばらくは無視しようとしていたのだが、もはや限界らしい。

 ピキキっとめがねにひびが入り、よく見ると手が震え、キーを叩くスピードが目に見えて落ちている。

 ピッ! と打ち間違いを知らせるエラー音が鳴る。クルルにとってはありえない間違いを犯したのだが、モアは気が付かない。

「お話しませんか?」

 クルルの変化に気が付かず、モアがきらきらとした瞳で無邪気にそう言った。

「ク?」

 思わず、クルルが一瞬たりともそらした事がなかったディスプレイから目を離し、モアを見る。

 その顔が、明らかに何言ってんだお前。という顔だったので、モアが少し怯む。

「あの、えっと、クルルさんの事とかあんまり知らないので、色々知りたいなぁ……って。私たちいつも一緒にいるのに、あんまりお話とかしないじゃないですか、ていうか、めざせ水魚之交?」

 モアが勇気を出してクルルにそう言うと、クルルの手の動きが止まった。

「物好きだぜぇ……、お前も」

 クルルが大げさにため息をつく。

クルルが「じゃあ、お話ししようか」とぺらぺら喋るタイプではない事はさすがのモアでも判っている。

 なるべく冷たくされないと良いな。とドキドキしながら、それでもモアは引き下がらない。

「あ、そ、そうですか?」

 でも、私、負けません。

 クルルさんともっと仲良くなりたいですから。

 心の中でそう決心して、ぎゅっと拳を握る。

「クルルさんて、いつも音楽聞いてますよね? どんな曲が好きなんですか?」

 とりあえず、当り障り無く、クルルが好きだと思われる音楽の話題を振ってみる。

 本人は当り障りないつもりだが、その表情といい、勢い込んで話すところといい、力が入りすぎだ。

「どんな曲と言われても説明し辛いぜぇ?」

「あ、そ、そうですよね」

 クルルにちょっと肩透かしをされ、モアが手を口元に当てて、何て言えばクルルと上手く会話ができるか考える。

 クルルさんが歌ってくれると話が早いんだけどな。と微妙に恐ろしい事を考えながら、ちらりとクルルのほうを見る。

クルルオリジナルアルバムを貰った夏美からは、クルルの歌についてのコメントは特に無かったが、噂では、震える声で泣かすゼ。らしい。

「じゃ、今クルルさんが聞きたい曲、私にも聞かせてください」

 一生懸命考えてそう言うと、意外にもクルルは乗ってくれた。

「そうだな……」

 軽く腕組みをして少し考え、ぴょんと椅子から降りる。

 ぴこぴこ歩いて立ち止まり、目の前のコンソールの怪しげなボタンをぽちっと押すと、まるで漫画か映画のように壁がカラガラと開いた。

 うわぁ、凄い。

 目の前に広がった光景に思わず目を見張る。

 開いた壁の向こうに広がるのは、クルルのコレクションルームだった。

 電動書庫のような棚に、本ではなくて、レコードがびっしり詰め込まれている。

 アナログレコードだけではない、ポコペンのありとあらゆるアーティストのビデオ、CD、DVDが所狭しと並んでいる。

 かなり広いそのコレクションルームと膨大な量のレコードにモアがあっけに取られる。

 クルルはどことなく楽しそうなゆるい足取りでコレクションルームに入り、ボタンを操作してお目当ての棚を開き、戸惑いも無く一枚のレコードを取り出す。

 特にインデックスがあるわけでもないのに、その動きは全く迷いが無い。

 もしかして、このたくさんのレコード、どこに何があるか全部判ってるのかなぁ?

 そこにあるレコードの量からするとまず不可能な事をモアは考えた。


「コレだぜぇ」

 レコードを小脇に抱えてクルルがコレクションルームから出てくる。小さな体にレコードが妙に大きくて、思わず可愛いと思ってしまった。

 ジャケットを軽くモアに見せ、三台並んでいるターンテーブルの一つに、取り出したレコードを乗せて針を落とした。

 モアがなぜか息を潜め、緊張して曲が流れるのを待つ。


 レコードが回りだし、甘いメロディのラブソングが流れ出る。


 あ、この曲、すごくステキ。


 モアがうっとりとその曲に聞き惚れた。

 クルルもじっと聞き入り、トントンと指が軽く机を叩く。リラックスしているクルルを横目で見ると、とてもクルルが近くに感じられて嬉しい。


「この曲、初めて聞きますけどいい曲ですね。私も好きです」

 クルルさんの好きなこの歌、私も好きです。ていうか、一刻千金?

 そう伝えたくて、笑顔でにっこりとそう言った。

「そうだろ? 俺様の特別な曲だからなぁ」

 そう言いながら、ふとクルルの心の中に悪戯心が湧く。


 ちらっとモアを見ると、まるで蕩けるような顔で、うっとりと曲の余韻に浸っていた。


「俺がこの曲聴くときな……」

 にやりと口元をゆがめて笑いながらそう言い、クルルがモアの方を見た。

 モアが、きょとんとした顔でクルルのほうを見返す。


「口説きたい相手が側にいる時なんだぜぇ、ク〜ックックック」

 口元に手をあて体を震わせてクルルが言うと、モアの顔がぱあっと輝いた。

「そうなんですか! 大事な時聞く曲なんですね。聞かせてくれてありがとうございます!」


 クルルの精一杯、空振り。


「…………」

 クルルが何も言わずに曲が終わったレコードをしまい、無造作にそこらへんの棚に返す。

 ダセェ事しちまった……。

 久しぶりに味わう苦い気持ちに、クルルが内心で呟いた。


 他の女にならもっと上手く言えるのに、こいつは苦手だ。頭がショートして言葉が出ない。

 戻って来ると、どすんと椅子に座り、中断していた作業の続きに没頭し始めた。

「あ、ごめんなさいお仕事の邪魔して、っていうか閑話休題?」

 どことなく不機嫌なクルルの様子に、モアがそう言うが、クルルは答えない。

 少し寂しい気持ちで、モアも自分の机に戻る。

再び定位置に戻り、再び無言作業の中、カタカタとキーボードを叩く音が部屋に響く。

さっきこの部屋で、二人の間に甘い曲が流れたなんて信じられないように。


 でもいいんです!

 クルルさん、ちょっとだけ私の事見てくれたから。

 一瞬落ち込んだものの、すぐにモアがそう思いなおした。

 一緒に仕事をしていても、会話も無く、やってる事のレベルも違いすぎて、いつも一人ぼっちのような気がしていた。それに比べると、これは凄い変化だ。

 いつも一人で音楽聞いていたクルルさんが、私にも聞かせてくれたんだから。クルルさんの事、ちょっとは教えてくれたんだから。


 素敵だったな、あの曲。


 うっとりと甘いメロディを思い出すと、胸が甘く締め付けられる。ほんの五分ばかりだっただろうが、とても素敵な時間だった。

 多分、一生忘れられないほど。ていうか、彫心鏤骨?


 モアは凄く幸せです。


 おもわず、にこにこっと笑みがこぼれる。


 私、何でこんなに幸せなのかしら?

 そんなにあの曲が気に入ったのかな?

 難しい顔で自問自答して、やがて答えが見つかりにっこりと微笑む。


 多分、一人で聞くんじゃなくて、二人で聞いたから。

 他の誰とでもなくて、クルルさんと二人で聞いたから。


 口説きたい相手といる時に聞きたいって、つまり好きな人と聞きたいって事ですよね?

クルルさんて、けっこうロマンチストなのかも。こんな甘くて素敵な曲を、好きな女の子と聞きたいだなんて。


 口説きたい好きな女の子と。

え?


 好きな……。

口説きたい……。

 女の子……と?


 ていうか、意味深長?


「あ、あ〜〜〜っ」


 キャ〜ッ!

 あたし、またやっちゃいました!

 ちょっとお昼寝しすぎた時以来の大失敗。

 馬鹿馬鹿馬鹿、私の馬鹿!! ていうか、九腸寸断?


 モアがいきなり悲鳴を上げて立ち上がり、ばたばたとクルルのコレクションルームへ走っていく。

「どこどこどこ」

 涙ぐみながら、棚からレコードをごそっと出して、さっき見たジャケットを探す。

 大量のレコードがモアの前に立ちふさがり、泣きたくなった。これをいちいち探すとしたら、一日たっても終らない。

「何してんだお前は……」

 いつのまにか後ろに立っていたクルルが眉間に皺を寄せてそう言った。ゆかにぺたんと座り込み、半泣きでレコードを探していたモアがクルルを見上げる。

「だって、だって」

 言いながら、必死に手を動かす。


 これじゃない、これでもない。

 どこにあるの〜〜〜。


 クルルが適当にしまったと思われるあたりを探すものの、あまりにも量が多すぎてどうしようもない。

「あの曲、もう一回聞かせてください」

 必死の目をして、モアがクルルに縋りついた。

「クルルさんと一緒にもう一回聞かせてください」

「そこん中から探せたらいいぜぇ〜」

「約束ですよ!」

 クルルが意地悪くそう言うと、モアが必死でレコードをめくってジャケットを探す作業を再開する。

「おい本気か?」

「本気です。ゼッタイ探します」


 もう泣かない。絶対探して、クルルさんと聞きます! ていうか、不撓不屈?

 モアの固い決意に、クルルが降参した。


「判ったよ」

 ゆる……と歩みを進め、離れた場所から一枚のレコードを取り出す。

「おまえそんなとこ探してたんじゃ日が暮れても見つからないぜぇ……」

「あ……、そこだったんですね」

 自分が見当違いの所を探していたのに気がつき、思わず赤面する。

 でもいいんです! クルルさんに優しくしてもらえたから!

 幸せに、思わずにこーっとすると、クルルがうっと小さい声を漏らした。

「ほら、貸してやるぜぇ」

 ぶっきらぼうにそう言い、レコードをモアの手に押し付ける。そのまま、面倒はごめんだと言わんばかりに背を向け、席に戻ろうとする。

 クルルさん、やっぱり何がどこにあるって、全部判ってるんだぁ……。

 ちょっと感動していたモアだったが、はっと目的に気が付いた。慌ててクルルの背を追う。

「いえ、あの。そうじゃなくて」

 クルルの前を塞ぐように立ち、レコードを手にもじもじとしているモアを前にクルルが立ち止まった。

「く、クルルさん、あの」

「なんだよ?」

「コーヒー飲みませんか?」

「うん?」

 モアの意外な言葉に、クルルが口元に手を当て眉間に皺を寄せる。

「だからこっちに来て座りませんか? ちょっとだけ休憩しましょ、ね?」

 そう言って、強引にクルルの手を取り、抱き上げて椅子に座らせる。

「クルルさんと一緒に聞きたいんです、この曲」


 クルルの気が変わらないうちにと急いでエスプレッソマシンからカップにコーヒーを入れながら言う。背中が焦っている。


「熱い〜! ていうか悪戦苦闘?」

「落ち着けよ、俺は逃げたりしないぜぇ……」

 コーヒーをこぼしたモアに呆れてクルルがそう言うと、振り返ったモアが照れたように笑って舌を出した。

 クルルにカップを渡し、今度はレコードを取り出して……と、こまねずみのようにくるくると動くモアを見てクルルが口元だけで微かに笑った。


「変わったやつだぜぇ……」

 モアに聞こえないように小さくそう言う。


 レコードに針を落とし、自分のカップを手にして、モアがクルルの隣の椅子にちょこんと座る。


 甘いメロディが流れ、モアがクルルのほうを見て、幸せそうににっこりと微笑む。

「あ、あの、いつでもどうぞ、ていうか緊褌一番?」

 俯いて顔を赤らめ、もじもじとしながらでもはっきりとモアはそう言った。

 ちらっとクルルのほうを見て、目があうときゃっと目をそらす。


「やれやれだぜぇ……」

 呆れたようにクルルはそう言い、ふんぞり返ってカップのコーヒーを口にした。


 それはまあ、口元に浮かんだ幸せな笑みを隠す為のものだったのだが。


                                     ENDE


20080214 UP

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