Lovers' Kiss


                         





 結婚式の招待状に、出席いたしますと返事を出した。


 白いウェディングドレス姿のナッチ。曹長の階級賞のついた軍服を着たギロロ先輩。

 いつまでたっても変わらず仲むつまじいユッキーとドロロ先輩。

 クルル先輩なんか、SPを五人も引き連れている。 


 ポコペンにいた頃は、もう懐かしい思い出。

 五人で過ごした、夢のような日々。

 今はもうそれぞれの道を歩み、風の便りにどうしているのかを聞くだけ。


 夕日が落ち、花が咲き乱れ、小さな滝や東屋のある庭で、結婚式のパーティがもうすぐ始まる。

 ボクがナッチとギロロ先輩の結婚式に出席したひそかな目当ては、軍曹さんもきっと来ると信じているから。


 軍曹さんがボクを見つけるより先に、ボクが軍曹さん見つけなきゃ。


 ボクはそう思って、周りを見渡した。

 広い庭に設けられたパーティでは、少し離れれば人々はすぐに藍色の夕闇に溶けてしまい、誰がいるのか見分けづらい。

 きっと来てるはず。

 ボクがそう思ったのと、声がかけられたのはほぼ同時だった。


「タママ」


 え?

 軍曹、さん。

「軍曹さんっ!」

 ボクが慌てて振り返ると、泣きたいくらいあの頃と何も変わってない軍曹さんが笑っていた。

「もう軍曹じゃないけどねぇ〜」

 もう軍曹じゃない軍曹さんは、そう言ってゲロゲロと笑った。ボクは口ごもる。

「あ、ごめんなさいですぅ」

 どこの星へ往ったとか、昇進しただとか、誰と付き合ってるだとか。

 別れてからずっと、軍曹さんのこと聞くの辛かったから。

 ボクの中で軍曹さんは軍曹さんのままで止まっている。

 でも、さすがにこれは失礼にあたると思い、ボクは上目遣いで軍曹さんを見た。せめて、今の階級くらいは聞いてくるんだった。


「いや、構わないでありますよ」

 軍曹さんは気にしていないという風に手を振る。

「あ、あの、今は……」

「本当にいいから、じつはちょっと嬉しかったりするであります」

 嬉しかった。という思わぬ一言に、ボクの心臓が大きく脈打つ。

 軍曹さんの些細な一言で、まだこんなにもボクは心乱される。

 ほんの少しでも軍曹さんがボクの事よく思ってくれてるんだって判るだけで、舞い上がりそうになる。

 ……全部、もう無駄なのにね。

 ボクは自分で自分にそう言い聞かせた。変な期待持たないように。軍曹さんに迷惑かけないように。

「タママにとって、我輩は『あの頃』のままなんだねぇ。タママもかわんないねぇ」

 軍曹さんは懐かしそうに言い、目を細めてボクを見た。

 その目があんまりにも優しくて、ボクはどぎまぎしてしまう。


 挨拶して、他愛ない世間話をしなくちゃ。

 ボクのつまらない近況とか、今どこにいるんですか? とか、相変わらずガンプラまだ好きですか? とかそんな事。


 本当に聞きたいこと、以外の事。


 だめ、軍曹さん。

 そんな優しい目でボクを見ると、期待しちゃうから、ダメ。


 長い間離れていたのに、気持ちがどんどん溢れてくる。好きという気持ちがボクの心の奥からわいてきて、出たがって、ボクは窒息しそうになる。


 言いたい!


 この気持ちが伝えられるなら、どうなってもいい。


 ボクは我慢ができず、思い切って口を開いた。

「そ、そうですぅ。ボクずっと変わってませんから」

 その声があまりにも勢い込んでいて、軍曹さんが一瞬驚いた顔をした。恥ずかしかったけど、勢いに任せてボクは言う。

「あの頃と。ずっと、ずっと」

 軍曹さんの目をじっと見ていると、かぁっと頬が赤くなるのが自分でも判った。

 頭が混乱してしどろもどろになりそうだったのを、なんとか堪えた。

「気持ちも……、変わってないですぅ」

 ちょっと声が小さくなったけど、それだけ言うと、ボクは真っ赤になって俯いた。

 まともに軍曹さんの目が見られない。


 でも、それがボクの精一杯。

 まさか。

 軍曹さんのこと、まだ好きですから。……なんて。

 さすがにいまさら、言えないですぅ。

 

 軍曹さんへの言葉を口にしたとたん、猛烈な後悔が襲ってきた。あんなに冷静になろうってここに来ると決めた時からずっと思ってたのに、失敗しないように、軍曹さんの前ではああ言おうって、決めてたのに、いざ軍曹さんを前にすると、ボクの理性なんかは何もかも吹き飛んだ。


 ただそこにあるのは、軍曹さんが好きだっていう気持ちだけ。

 その気持ちに突き動かされて、ボクは思わず口走ってしまった。


 嫌だ。バカだ。ボク何を言ってるんだろう。

 言わなきゃよかった。

 軍曹さん、いまさらなんだって思っているに違いない。

「あ、すいません。ボクなにか飲み物とってくるですぅ」

 にこっと笑って(多分ぎこちない笑顔だったろうけど)、ボクはその場からそそくさと逃げ出そうとした。

 胸が痛くて死にそう。口から好きだって言葉があふれ出しそう。

 もう軍曹さんには近づかない。

 胸が痛くて苦しくて、これ以上我慢できない。

 軍曹さんを前にして、冷静になろうって言うのがそもそも無理だったんだ。


 これ以上側にいたら、ボクは何をするかわからない。

 このままだと、多分ボクは軍曹さんに好きって言っちゃう。

 また軍曹さんを困らせてしまう。

 ボクは軍曹さんに近づいちゃダメなんだ。

 ボクは軍曹さんが好きなんだって、こんなにも好きだったんだと改めて思った。

 離れて、軍曹さんの事聞かないようにして、ずっと閉じ込めてても、ボクの恋心はすぐに軍曹さんを求めてボクの中から溢れてくる。


 軍曹さんに背を向け、早足で離れようとしたボクの腕が、ぐいっと引っ張られた。

 慌てて後ろを振り向くと、軍曹さんが真剣な顔をしてボクの事をじっと見つめている。

 ボクの手首を握る軍曹さんの手に力がこもり、少し痛いくらいだった。


「……それ、本当でありますか?」

 軍曹さんの顔も声もあまりにも真剣で、ボクは思わず勢いに押されて頷いた。


 ダメだ、本当にダメ。

 早く、早く逃げ出さなくっちゃ。


「軍曹さん、ボク、飲み物……」

 ボクの手首を掴む軍曹さんの手を離そうとすると、反対にぎゅっと握られた。

「はい」

 軍曹さんは、側を通りかかったウェイターからシャンパンを受け取り、すわった目でボクに手渡す。

「あの、軍曹さん、飲みにくいんスけど」

 片手をつかまれたままというのは、どうも落ち着かない。ボクが恐る恐る言うと、ぎろりと軍曹さんに睨みつけられた。

「じゃあ飲ませてあげようか?」

「いえ……」

 何も言えない。

 ボクは、間が持たずにちびちびとシャンパンを口にした。どれだけゆっくり飲もうとしても、シャンパングラスの中の酒量なんてたかが知れている。おまけに、その間中、ずーっと軍曹さんがボクの事を監視するかのように見ているのだ。


「離さないからね」

 空になったシャンパングラスをテーブルに置いたボクに、軍曹さんはボクだけに聞こえるようにそう囁くと、ボクの手を掴んだまま歩き出した。


 顔がほてって、ろれつが回らなくなりそう。あれだけのお酒で、こんなになるはずが無い。

 外へ聞こえるんじゃないかってくらい心臓がドキドキする。頭がぐるぐる回る。


 ボクの手を掴む軍曹さんの手が少し汗ばんでいる。


 これはほんとの事?

 それともボクが都合よく見ている夢?




 パーティ会場から少しはなれた、人工的に造られた滝の側。明かりもかすかにしか届かない。

 楽しそうな声が流れてくるほかは、静かな水音しかしない。

 軍曹さんはそこにボクを連れてきて、ボクの手を離したかと思うといきなり振り返った。


「我輩もね、ずっと、タママの事考えてたよ。今日もきっと来ると思ってた」


 軍曹さんの真剣な声。

 ボクがきっと軍曹さんが来るって思ってたみたいに、軍曹さんもボクが来ると思ってたの?

 信じがたい軍曹さんの言葉に、ボクは混乱した。


「砂漠の真ん中でも、ジャングルの奥でも。ふと、思い出すんであります」

 頭がくらくらする。

 軍曹さんの声が、遠く、近く、まるで押し寄せては引く波のように聞こえる。

 意識を手放してしまいそうになりながら、ボクは必死で軍曹さんの言葉を聞き漏らさないようにした。


「なんで、手、離しちゃったんだろうって」


 一瞬遠い目をした軍曹さんを、ボクは潤んだ目でじっと見た。


「それは、ボクが……」

 知らず知らずのうちに、ボクの目から涙が溢れてくるのが判った。

「ボクが、先に、手を離しちゃったから」


 あなたは遠い星へ出征して、ボクはついていかなかった。

 些細なすれ違いにイライラして、自分の思い通りにならない現実に癇癪を起こして。

 どれだけ自分が軍曹さんの事好きなのか忘れて、軍曹さんがいるのが当たり前になってて。

 離れれば、楽になれるかと思った。


「でも、行かないでって思ったでしょ?」


 軍曹さんが言う。ボクはドキッとした。


「我輩、知ってたであります」


 そう、軍曹さんの言うとおり、ボクは行かないでって思っていた。

 軍曹さんが、ボクのこと必要だよって言ってくれないかって思ってた。

 子供じみた我侭までも見透かされてた。


「知ってて、手を離した」

 軍曹さんは顔を少しだけしかめ、ボクにかすかに笑った。その時の軍曹さんの顔、ボクは一生忘れない。


「我輩もね、チョッと傲慢になってて、どうせすぐ仲直りできるって、タママは我輩のものだからってうぬぼれてたであります」

 苦笑しながら軍曹さんが言う。

「離れたら、こんなに辛いのにね」

 そう囁くように言って、軍曹さんはボクの目を覗き込んだ。

「軍曹さんは悪くないですぅ。ボクが、子供だったから」

 ボクは慌ててそう言った。ボクの我侭のせいで、軍曹さんが自分を責めるのは間違っている。

 だけど、軍曹さんはゆっくりと首を振った。


「誰が悪いとかそんなんじゃなくてね、ただ、我輩はずっと後悔してた」


 少し遠くを見たあと、軍曹さんはボクをじっと見て、恐る恐る手を伸ばしてボクに触れた。

 まるでそこにボクがいるのを確かめるように。


「ずーっとね、後悔してたんであります」


 そう言って、軍曹さんは悲しそうに微笑んだ。


「って、言おうか言うまいかずっと迷ってたであります」

 ゲロゲロッと最後に軍曹さんがおどけてそう言うと、ボクも必死になって軍曹さんに言った。


「ボ、ボクも。まだ、好きですって、すっごく言いたかったですぅ」

「んじゃ、言って」

「ええ!?」


 あっさりと言った軍曹さんに、ボクは度肝を抜かれる。

 そんな、いきなり言われると、恥ずかしいって言うか、言いにくいって言うか……。


 しばらく戸惑ってもじもじしていたが、ボクは意を決してきっと軍曹さんを見た。

 力んでいるボクを見て、軍曹さんがふっと口元だけで笑う。それを見て、ボクはまた真っ赤になった。顔から火が出そう。


「軍曹さん、好きですぅ」

 ボクが照れながら、でも精一杯気持ちを込めて言うと、軍曹さんが頷いた。

「触れても、いい?」

 すこしまぶしそうに目を細めてボクを見た軍曹さんの言葉に、ボクが頷いた。

「んっ」

 軍曹さんの手が伸ばされ、ボクの頬にそっと手が触れたとたん、ぞくっと快感が走る。

 軍曹さんの手は、俯いているボクの顎を持ち上げ、顔を上向かせた。ボクは軍曹さんを正面から見られずに、目をそらす。

 軍曹さんの人差し指が唇に触れ、ついとふちをなぞるように滑らせると、甘いため息が思わず漏れた。

 軍曹さんが人差し指をそっとボクの口の中に入れる。ボクは待っていたかのように軍曹さんの指に舌を絡ませる。

 そこで、軍曹さんがはっとしたようにボクの口から指を引き抜く。

「あー駄目であります。やばいやばい。押さえきかなくなっちゃうであります」

 軍曹さんも気持ちよかったのか、体をぶるっと震わせ、慌てたようにぶんぶんと頭を振った。

「軍曹さん、お願いですぅ。ボクおかしくなっちゃいますぅ」

 ボクは我慢できなくって、軍曹さんの首にしがみついた。震えながら涙目で軍曹さんを見上げ、もっと欲しいとねだる。


「ちょっとだけ」

 ボクを見て、軍曹さんの目が濡れる。

 軍曹さんが、手を伸ばしてボクの頬に再び触れる。

 ボクはそっと目を閉じた。


「ちょっとだけ、ね?」

 軍曹さんはそう言って、ボクに口付けた。

                        


                                           ENDE




20080521 UP
初出 20060219 タマケロタマアンソロジー「Love x2 Special Rendezvous」
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