June oath
「泣いてるんでありますか?」
ケロロの言葉に、庭でぼんやりとしていたタママが慌てて振り返った。
すっと一人だと思っていたのに、いつの間にか後ろにはケロロが立ち、タママの事をじっと見つめている。
しとしとと降る六月の雨が、ケロロと、そしてタママを濡らす。
「え〜、泣いてないですよぉ。雨ですよぉ、軍曹さん」
タママは、瞬間的に笑顔を作って明るくそう言った。
泣いてた事、誰にも知られたくない。ケロロにも。
先ほどから長い間雨の中に佇んでおり、タママの体は濡れそぼっている。
頬を伝う雫に熱いものが混じっているのは、自分にしか分からないはずだとタママは思った。
しまったな。と思った。
雨の中にこんなに長く立っているんじゃなかった。
ケロロに変だと思われてしまう。
「あ、ほらアジサイが綺麗ですよぉ、ほらぁ」
真っ青なアジサイを指差し、ケロロに背を向けてたたたっとアジサイの元へ走りよる。
ケロロの視線から逃げるように。
アハハ〜と明るく笑いながら、指でアジサイの葉の上にいたカタツムリをつんつんする。
胸が痛い。
本当は、ケロロに泣いてすがりつきたい。わんわん泣きじゃくって、手足をばたばたさせて、なんで上手くいかないのって怒鳴り散らしたい。
でも、しない。
誤魔化さない。
上手くいかないのは、自分の力不足のせいだから。
もっと、がんばるんですぅ。
ぐっと唇をかみ締め、上を向いて空をにらみつける。一人で流す涙の熱さも、頬に当たる雨の冷たい心地よさも、全部、自分のものにする。
もっとがんばってだめなら、もっともっと努力する。
自分の思い描く自分と、現実とのギャップ。
それを埋めるには、努力しかない。
泣いて逃げれば、楽だろう。
だがそれは、タママのプライドと闘争心が許さない。
もっと、上へ。
あなたに相応しい自分に。
そのためなら、いくらでもがんばるですぅ。
何度負けても、ちょっと逃げても、どん底に叩き落されても、落ち込んでも、めげても、血反吐を吐いても、最後には絶対に立ち上がってゲットしてみせる。
「う……ん」
後ろに立っても気がつかないほど、自分の内面に意識を集中し、一人誓いを立てていたタママの後姿。
ケロロが、腕を組んで、タママが指差したアジサイではなくタママをじっと見る。
「でも、泣いてるよね?」
重ねて言ったケロロに、タママが困った顔をして振り返った。
なんで、軍曹さんにはみんな判っちゃうんですかぁ?
「泣いてなんかないですぅ!」
ケロロに心配されるのは嫌いじゃないが、むしろ、抱きついて甘えたい。でも、こればかりは、一人で何とかしようと思っているのだ。
いつかきっと、認めてもらいたい人。
その人に心配されるのは、まだ自分が子供の証拠みたいで、悔しくてタママは言い張った。
「やっぱり男の子でありますなぁ」
少し赤くなった目をしているくせに、意地になって言い張るタママを見て、ケロロは嬉しそうに笑った。
組んでいた腕をすっと解き、タママの頭をなでなでする。
「ほんとに自分でなんとかしなきゃいけない事、一人で歯食いしばって耐えてるんだねぇ」
ケロロに撫でられながら、上目使いでケロロを見ていたタママが、ケロロの言葉にきゅんとした。
軍曹さん、判ってくれてるですぅ。
それが、すごく嬉しい。
「今はつらくても、悩んだ分だけ、絶対タママの栄養になるでありますよ」
ケロロは優しく言って、タママの目を覗き込んで笑った。
何のことかは判らなくても、タママが頑張っているのが、すごく嬉しいのだ。
我輩は邪魔でありますな。とケロロは言って、タママに背を向けた。
数歩歩いたかと思うと、「あ」と小さな声を上げて立ち止まる。
「タママの好きなお菓子準備してあげるでありますから、まあ、気が済んだならおいでよね」
くるりとタママを振り返り、ケロロはそう言ってまた歩き出す。
「誰のせいだと思ってるんですぅ……」
のんきに鼻歌を歌いながら、家の中へ戻っていくケロロの後ろ姿を見て、タママはケロロに聞こえないように小さく呟いた。
三十秒後、「濡れた体で家の中歩かないでよボケガエル!!」「ぎゃーごめんなさいであります夏美殿!! い、今すぐ拭きますゥ〜」という騒ぎが、再び空を見上げるタママの耳に入る。
雨が降る。
意識を集中し、空を見上げていると、一粒の雨が空から落ちてくるのがまるでスローモーションのように見えた。
拡散していた意識が、針のように細くなるイメージを描く。
落ちる。
そして弾ける。
押さえつけたばねのように縮こまっていた意識を勢いよく飛ばし、一気に走り出せ。
すっとまぶたを閉じる。
雨粒が、ぱしゃっとまぶたの上で弾けた。
とたん、かちっと気分が切り替わる。
えーっと、もう十分反省したですぅ!
あとは、前進するのみ!
ぱっと目を開け、にこっと大きくタママは微笑んだ。
気持ちを切り替え、うきうきとした足取りで玄関から家に入ると、ケロロが準備したらしきタオルが置いてあった。
軍曹さん、優しいですぅ〜。
じ〜んと感激しながらそれで体を拭いて、ケロロの部屋へ走る。
部屋をノックして、おそるおそるドアを開けると、漫画を読んでいたケロロが顔を上げ、タママに気付いて笑って言った。
「オヨ? おかえり。気が済んだでありますか?」
「うん……。軍曹さん、タオルありがとうですぅ」
タママがケロロの言葉にすこし恥じらいながら頷き、タオルのお礼を言う。
漫画を読んでいるケロロの側に近付き、すとんと隣に腰を下ろす。泣いていたのを見られたのがちょっと恥ずかしくて、ケロロの顔が見れない。
もじもじしていると、ケロロが口を開いた。
「お菓子?」
ハッピーターンを差し出しながらそう言ったケロロに、タママが珍しくお菓子を前にして首を横に振った。
「ううん」
タママの意外な言葉に、ん? という顔で首をかしげたケロロに、タママが恥ずかしそうに小さく呟く。
「軍曹さん……」
「我輩不足?」
「うん」
ケロロはタママの言葉に嬉しそうに笑うと、組んでいた自分の足をぽんぽんと叩いて言った。
「たっぷりどーぞであります」
ケロロの言葉に、タママが嬉しそうにケロロの足を枕にころんと寝転がる。
ケロロに甘えて膝枕してもらうタママの体は冷え切っており、ケロロがぶるっと震えた。
「ひゃー、冷たいね」
ケロロはそう言ってぺちぺちとあちこちタママの体を触って、そのひやっとした感触を楽しむ。
タママも、冷たい手でケロロの顔に触れたり、わき腹を触ったりして、ケロロが冷たさにびくっと体を震わせるのを見て笑った。
しばらく二人でじゃれあい、笑っていたケロロの顔が、急に慌てた。
冷たい感触を、普段他人に触れさせない部分に感じる。
「こ、こら、タママ、どこ触ってるでありますか!」
タママの冷たい手は、ケロロの慌てた声にも体を探るのをやめない。
「……っあ」
冷たさでなく、違う感覚にぴくんと体を震わせ、ケロロは思わず声を上げた。
「タマ……マ」
冷たい手の後には、暖かい舌の感触がケロロを翻弄する。
思わずタママの軍帽を手で掴みながら、ケロロが息を乱した。
「自分にご褒美ですぅ」
ケロロの足の間で、くぐもったタママの声がする。
「ご褒美、早く……ないスか……?」
「前祝なんですぅ〜」
変な理屈でありますな〜と思ったが、ケロロは抵抗せずに、代わりにタママの頭を自分に押し付けるようにぎゅっと抱きしめた。
ENDE
20060626 UP
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