ギロロがスイッチを押すと、ホログラフが立ち上がった。

 夏美の姿をしたその立体映像が、にこっと笑って口を開く。


「ギロロへ」


 何度聞いても、声を聞くだけで愛しさがこみ上げてくる。

 ギロロの最愛が、はにかんだ顔をしながら言葉を続けた。





 愛し君へ





 ギロロがこのメッセージを見ている頃、私は手術中かしら?

 いきなりこんな事言ってごめんなさいね、ギロロ。でも、ギロロにきちんと言いたかったの。

 あたしを愛してくれて、ありがとう。

 あなただから、あたしはここまで来たのよ。

 生まれ故郷の地球を離れ、あなたの母星にやってきた時、本当に心細かった。


 戦場に往くギロロの背を見るたび、胸がつぶれそうだった。

 帰ってきたギロロを見るたび、嬉しくていつも泣いちゃったわ。


 泣いたり、怒ったり、笑ったりしながら、そうやって、ずうっと長い間一緒にいられた。

 私は、いつでもギロロを追いかけているつもりだったのだけど、いつのまにか、私がギロロより先を歩いてしまっていて、今度は私が、ギロロを置いていこうとしている。

 私の持っている時計と、ギロロの持っている時計は違うって事は知っていたけれど。

 こうなるのは判っていたけれど、辛いわ。

 ギロロを置いていくのがとても辛い。

 余命はあとわずかだとお医者様に言われた時、ギロロ、「行かないでくれ」って泣きながらあたしを抱きしめてくれたわね。

 あの時、胸がつぶれるかと思ったわ。

 ギロロにそんな辛い思いをさせる訳にいかないとあたしはその時決心したの。

 ギロロのためなら、私は何でもできるの。本当よ。


 ギロロは、こんなおばあちゃんになってしまったあたしを、変わらず愛してくれる。出合った頃とちっとも変わらない姿で。

 私だけがこんな姿になってしまった。

 私は、ギロロのためにほんとうにいろいろなものを捨てたわ。

 ついでに常識も捨ててね。(ここ笑うところよ)

 今度は、ママから貰ったこの体も捨てようとしている。

 でも、一度も後悔はしていない。

 ギロロは、私が捨てたもの以上に素晴らしいものをあたしにくれたから。

 私の小さい両手じゃ抱えきれないほどの幸せを貰ったわ。

 ほんとうに、ありがとう。私は凄く幸せだった。

 だから、もし、もしもよ、ケロン体への移植手術が失敗して、私がこの世からいなくなっても、クルルを責めないでね。

 クルルがやってダメなら、宇宙中のほかの誰がやってもダメだったのよ。神様が決めた事だから、仕方が無いわ。

 私がずうっと移植手術をためらっていたのは、失敗する危険が高いと言われた事よりも、記憶が無くなるかもしれないと言われていたからなの。

 ギロロとの記憶が消えるなんて、死んだ方がましだわ。と私はクルルに言ったの。

 そうしたら、クルルが、「真っ白になったら、また最初から恋をしなおせばいいじゃねぇか……」って言ったのよ。いつものあの口調でね。

 迷っていた私の背を押してくれたの。

 いろいろ選択肢はあったのだけれど、ギロロと同じ体になる事に決めたわ。

 あいつも相当なロマンチストよね。ギロロのお兄さんといい、ギロロといい、あたしの周りには、ロマンチストないい男が多くて困るわ。


 私の新しい体、見たかしら? 尻尾が付いてるの。若い幼年体の方が移植が成功しやすいんだって。

 おかしいわね、私はこんなおばあちゃんになってしまったのに、逆戻りよ。

 ちょうど、ギロロと出会った頃の私に。

 ケロン人になってしまった私は、心まで変わるのかしら?

 それがとても恐ろしいの。ギロロを忘れるのも、ギロロを好きだった私が変わってしまうのも、どちらも死ぬより恐ろしいわ。

 もし、もしね、目覚めた時、私がギロロを忘れていても、私はきっとまた貴方に恋をするから、ギロロも私を……好きになってね。

 でも、心配しないで、私は不安に思っているばかりじゃないの。

 ギロロと同じ体になって、新しい生活が始まるのをとても楽しみにもしているのよ。

 ギロロと同じ目線で、ギロロと同じ背の高さで。誰から見ても、お似合いだねって言ってくれる二人になるの。

 それはきっと素敵だわ。


 どうか、目が覚めた時、出合った頃と変わらない、眩しい貴方が立っています様に。

 


 最愛のギロロへ愛を込めて。



 夏美




 ホログラフの夏美は一度瞬きすると、ふっとメモリーカードの中に消えた。

 ぽた……。とギロロの手の上に水滴が落ちる。

 一粒の雫に濡れた赤い手が伸び、再びスイッチを入れる。

 ホログラフの夏美がまたはにかんだように笑い、「ギロロへ」と言葉を口にする。

 どれだけこのホログラフを再生したのかわからない。

 もう二度と見る事の出来ない、最愛の妻の姿。


「ねぇお願い、手伝って!」

 窓の外から聞こえてきた声に、ギロロの意識が引き戻される。

 慌てて二階の窓から庭を覗いた。

 ギロロの目線が、ピンク色の体に、まるで赤いツインテールに見える帽子をかぶった幼年体のケロン人が、窓の下から見上げているのとぶつかった。

 緑の芝部が広がる庭にはテーブルが出され、真っ白なクロスがかけられている。

 サラダ、ワイン、そして得意料理のビーフシチュー。材料はわざわざ地球から取り寄せたものだ。

「もうすぐボケガエル達が来ちゃうのに、準備が終わらないの!」

 重ねた皿を手にしたまま、ギロロを見上げて言う声に慌てる。

「すまん、い、今行く!」

 急いで窓際から離れようとしたギロロを、庭からの声がひきとめた。

「ギロロ!」

 振り返ったギロロの顔を見あげ、ピンク色のケロン人が、笑顔で、でもうっすらと涙ぐみながら言う。

「……愛しているわ」

 ギロロを見上げ、呟いた短い言葉に込められた気持ち。

「俺も、だ」

 一呼吸置いて、ギロロは変わってしまっても変わらず愛しい妻の名を呼ぶ。


「夏美」


 ギロロに愛していると言える私は幸せだわ。と口癖のように言う妻を抱きしめ、お前の愛に感謝していると囁くために、ギロロは急いで窓際を離れた。



ENDE




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