Noble starvation and Fly high









「状況は良くありません」

 窓際で、赤十字の入った軍帽をかぶった女性ケロン人が眉根をひそめながら言った。

 窓の外では、背の高い木に咲いた満開の花がはらはらと花びらを散らせている。

「過度のストレスによるものでしょう。隠していますが、食事を嘔吐しているようです」

 心から心配しているらしく、カルテをぎゅっと抱きしめるようにして、彼女は威圧感のある紫のケロン人に向き直りそう伝える。

「ふむ……。精神テストの結果はどうです?」

 紫のケロン人は、彼女の言葉にゆっくりと頷き、「彼」に関する質問を続ける。

「それが……。あの子、精神テストをどう答えれば良いか知っているので、診断にならないんです。頭が良すぎて、私達ではとても手に負えない……」

 困ったような表情をして、彼女は首を振りながら言った。

「問題児……という訳ですかな?」

 腕を組みながら重々しい表情でそう言うと、彼女は慌てて口を開く。

「誤解なさらないでください。あの子は悪い子ではないのです。いくら頭がよくて大人びてはいても、あの子はやっぱり子供なのです。あの子しか判らない痛みに苦しんでいるのに、なにも出来ないのが不甲斐なくって」

「判りますよ。あの子はあまりにも特殊な子供だ」

「そして普通の子ですわ。大人の思惑で、あの子が利用されることは許されません、ガルル中尉」

 けん制するように、彼女は紫のケロン人、ガルル中尉の目を見てはっきりそう言った。

 疑われてるな。

 彼女の表情を見て、ガルルは内心苦笑した。

 この類まれな才能を持つハッカー少年のご機嫌伺いに、サイバー警察やら、企業のスカウトやら、胡散臭い輩が来ているという噂は本当のようだ。

「フ……。私は、彼が私を利用すればいいと思っていますよ」

 ガルルの口元にかすかに浮かんだ微笑を見て、彼女は目を伏せた。

「とりあえず、母親の元に戻し、様子を見ようと……。こんな状態ですから、おそらく中尉の希望は適わないかと思います」

 彼女はそう言った後、彼のいる部屋は1066号室だとガルルに告げた。



 1066号室のドアを開けると、床に丸いクッションを敷き、その上にちょこんと座っているオレンジ色が目に入った。

 ガルルよりも二周りも小さい体、ぴょこんと覗く尻尾。

 この小さなオレンジ色のケロン人が、たった一人でケロン軍を混乱させて振り回したのだ。

 白を基調とした室内は、きちんとしているが、どこか生活感が無く、一人床に座り、目の前のPCを触るオレンジのケロン人が余計に小さく見えた。

「トロロ、お客様よ、ご挨拶して?」

 観察官がそう言っても、トロロは振り向きもせずにキーボードを叩いている。

「…………」

「トロロ!」

「煩いナァ。今ノってるんだから邪魔しないでヨ」

 少しきつい調子で観察官が声をかけると、トロロと呼ばれたオレンジの子供が不機嫌そうな声をあげた。

「邪魔をしてごめんなさい。でも教育プログラムは後にして?」

 トロロの側に膝を突き、顔を覗き込んで観察官が言う。

「あなたの未来に関わる大事な事なの」

 観察官は、トロロにだけ聞こえるように小声でそう言い、立ち上がった。

 ガルルに軽く会釈をして部屋を去る。

「全部終わったから。約束通り、ドーナツ買ってネェ〜」

 彼女の背中に向かってトロロがそう言うと、驚いた表情で振り返る。

「もう終わったの! あなた、それ、大学院生用のコースワークプログラムなのよ?」

「プププッ。ヌルいよネェ〜。今度はもっとレベル高いの持ってきてよ、暇つぶしにもなんないヨォ〜」

 プププ……と生意気な笑いを浮かべてそう言ったトロロに、呆れたように肩をすくめ、彼女は部屋を出た。

 これまで一言も口を開かず、二人のやり取りを見守ってきたガルルを、トロロが初めてちらりと見る。

 観察するようにじろじろとガルルを見ているトロロに臆する事無くガルルがトロロを見返すと、トロロが口を開いた。

「アナタ、相当偉いんだネェ〜」

「なに?」

「Ms.プルルが」

「ん?」

「さっきのボクの担当観察官だヨ。Ms.プルルがさぁ、朝から緊張しまくりだヨ、プププッ。イイヒトなんだから、あんま苛めないでよネェ。ただでさえボクの事で風当たりキツイんだから、彼女」

 PCの電源を落としながら言うトロロの背を見るガルルの表情からは、何を考えているのか全く伺えない。

「でさぁ、何の用?」

 観察官と会話していた先ほどまでのフレンドリーな態度とうって変わって、あからさまに迷惑そうな声でトロロはそう言った。

「軍人はキライだヨ。ボク早くアンタに出て行って欲しいんだけど」

 先ほどの観察で、どうやらガルルはトロロにとって好ましくないものだと分類されたらしい。ついでに言うと、せっかくの観察官の忠告を無視すると決めたらしい。

 トロロの喧嘩を売るような態度にも動じず、ガルルは逆に口元に笑みを浮かべた。まるで、トロロの生意気な態度を微笑ましいといでも言うように。

 それが、逆にトロロの癪に触る。

「君は頭がいい。私が偉いと判ってるのなら、私に媚を売っておこうとは思わなかったのかね?」

 ガルルの問いに、トロロがPCから顔を上げて答える。

「プ……? 判ってるヨ、そんな事。イイコの振りしてサァ、ゴメンなさいって泣いて言えばいいんでショ? 二度としません。反省してます。みんな、そういうのボクに望んでるよネェ」

 バカにしたような笑みを浮かべて、トロロはガルルに答える。

「でもネ。ボク、ネットワークに繋がってるPCさえ手に入れば、何度でもアタックするヨ」

 にかっと笑って、トロロはそう言いきった。


 お前なんか怖くない。

 トロロの挑発的な態度と言葉は、ガルルに言外にそう言っている。


「フ……」

 ガルルの口元が、かすかに緩んだ。トロロが気がつかぬほど、ほんのわずか。

「頭下げたくないんだヨ。お前たちにサァ。そんな事するくらいなら死んでやるヨ。ププッ」

 意に染まぬ事は死んでもやりたくない。

 傲慢で、恐ろしくプライドの高い子供。

 十分ずるがしこいくせに、頭を下げられない。でもガルルはそれを愚かだと切り捨てるには躊躇があった。

 どんなに才能があっても、世間的に見れば、この子は社会不適応者だろう。

 だが。 

 この子供からは、比べ物にならないほど未熟だが、でもかすかに、ガルルの知っているある「天才」と同じにおいがする。

 それが「本物」かどうか、嗅ぎ分けなければならない。ガルルはそのためにここへ来たのだ。

「ボクもう勝手にコンピューターに触っちゃいけないんだってサァ。こんなツマンナイ教育プログラムさえ、監視付きでしかやっちゃいけない。そんなの、生きててもしょうがないヨ」

「だからかね?」

 ガルルが意味深な言葉を口にし、トロロが思わずガルルの顔を見上げた。

「君は緩慢に自殺している」

「プッ!」

 ドキッとした。

 気付いて欲しくなくて、気付いて欲しかったトロロの気持ちを、はっきりと言い当てたのだ。

 この男は、トロロの馬鹿にしてきた「大人」とは、全く別の人種だ。とトロロの本能が告げる。

「ゆっくりと、自分の心と体が壊れてゆくのに、君は何もしない。それは自殺ではないのかね?」

「……自殺じゃない。死刑執行されたんだヨ」

 今まで強がっていたトロロが、搾り出すような声で返事をした。

 死にたくない。生きたい。というかすかなメッセージを、ガルルが確かに受け取る。

「君はもうすぐここを出られる」

「アア、そう……。いいニュースだネェ。そんな事伝えにわざわざ来てくれたワケ?」

 ここを出たって、ここにいたって、状況は同じ。光の見えぬ明日に、トロロの反応は薄い。

「そして君は、規則を破る」

「よく知ってるジャン」

 ププッと馬鹿にしたように笑ったが、ガルルはトロロの挑発を相手にしない。

「それがまた軍に知れれば、君はまた罰を受ける」

「…………」

 トロロが沈黙する。ガルルは構わずに、まるでトロロに言い聞かせるように言葉を続ける。

「君は生きるために、軍の手が伸びない、裏の道へ進まざるをえない」

 トロロが唇をかんだ。

 自分が、どうしようもなく大きな欠陥を抱えているとうすうす気がついている。それを指摘され、言い返すよりも前に、不安のほうが先立った。

「一つ聞くが、宇宙警察の犯罪者データをハッキングして、データを改ざんするというのは可能かね? たとえば、罪状を書き換えるとか、消すとか」

「朝飯前だヨ」

「誰かの口座から知らないうちに金を抜き取るのは?」

「簡単すぎて欠伸が出るネェ。ネットワークに繋がってるコンピューターを触らせてくれれば、すぐにでもやってみせてあげるヨォ」

 プププ……と笑いながら、恐ろしい事をいう子供。

「なるほど。思ったとおり、君は良い訳ではないが、悪い訳でもない」

 未熟なりに、自分の正義を貫くトロロの目は、怖いものなど無いとまっすぐガルルを見る。

「私は、犯罪者達を沢山見てきたが、奴らと君は根本的に違うな」

「ナニが言いたいの? ボクを煙に巻こうとするのやめてヨ。不愉快」

 トロロが顔をしかめた。

 トロロは頭が良かった。大抵の大人の考えている事なんか手に取るように判ったし、馬鹿にしていたが、ガルルは、トロロと格が違いすぎる。それが判っているが、認めたくなくて生意気な口を利く。それが余計子供じみた態度だと判らずに。

「テロリストにマフィア……、彼らにとっては、君の技術は喉から手が出るほど欲しいはずだ。おまけに、君は利用しやすい『子供』ときている」

 わざと「子供」の部分を強調され、トロロがむっとした。

「だが、私の知っている限り、そうなったものは、多くはろくな死に方をしない。もっとはっきり言えば、利用されて、使い捨てられる」

 監禁され、薬漬けで死ぬまで搾取されるか、休み無く働かせ、-廃人同様になって捨てられる。

 どっちにしろ、悲惨な最期を遂げる。

「それって、脅し? 見ため偉そうなのにすることちゃっちぃよネェ〜」

「君がそうなると言っている訳じゃ無いよ。君は賢いし、能力もある。だがね、軍に頭を下げられないと言っているようでは、生きていけないだろう」

 ガルルに言われて、黙りこくった。その事を一番良く判っているのは自分自身だ。

 だけれど、どうして良いかわからずに、それくらいなら今心と体が壊れるがままにしておいた方がいいのではないかと、ガルルの言うところの「緩慢な自殺」を続けている。


 でも、本当は。

 誰かに助けて欲しい。


「空を飛ぶ鳥に飛ぶなと言えば、死ぬだけだ。軍は、君の感じた通り、君に死ねと言ったに等しい」

 ガルルは、トロロの目をじっと見据えながら言った。

 射抜くようなガルルの目。力強く、何もかも見透かすような、大人の目。

「私ならそうは言わない」

「じゃァ何て言うのサ?」

 囁くようなガルルの言葉に気おされ、トロロがかすれた声で返事をする。

 ぐ……と凄い力で両肩を掴まれた。

 イタ……っと顔をしかめると、ぐいと顎を持ち上げられた。

 見上げると、ガルルの金色に輝く瞳が、自分を見つめている。

 表情が変わったわけではない。だが、今までの温厚な態度が嘘のように、ガルルから殺気が放たれる。

「ひ……っ」

 思わず怯えた。ひくっと喉の奥から変な声が漏れる。

 その目。幾度も死線をくぐり、経験を積んだものにしか得られぬ凄み。

 捕食者を前にしたか弱い動物のように、本能が感じる恐怖に体がすくむ。

「死にたくなければ、もっと高く飛べ」

「プ……ッ」

 低い声で凄まれ、びくっと大きく体が震える。恐怖に心臓がどきどきする。思わず涙目でガルルを見上げた。

 怖い、怖い。この人、怖いヨ!!

 トロロが初めて知った圧倒的な「大人」の怖さ。

 ひくっと大きくしゃくりあげると、ガルルの表情がふっと緩んだ。

 すぐに、先ほどの温厚な表情に戻る。

「フ……。脅しというのは今みたいな事をいうんじゃないかね?」

 からかうように言われ、 ボクを脅かしたな……! とトロロは思ったが、そのことについて楯突く気にはなれなかった。ガルルの恐ろしさは十分判った。おそらく手加減してさえあの凄みだ。自分など逆立ちしても叶うはずが無い、と虚勢を張るのをやめたのだ。

「少し外へ出よう。こんな所に閉じ込められては気が滅入るだろう」

 こぶしで涙をごしごしと拭うトロロに背を向け、窓の外を眺めながらガルルが言った。

 窓の外には、暖かな陽がさし、ピンク色の花びらがひらひらと舞っている。



「どうしてそんなに軍を嫌うのかね? アタックをかけるなど……」

 施設から出て、きれいな花の咲く小道を歩きながら、ガルルが問いかけた。

 手を繋ぐのを、トロロは嫌がらなかった。差し出したガルルの手に素直に自分の手を預け、ゆっくりと歩く。

 きっと、いつもママとそうして歩いているのだろう。

「違うヨォ。アタック仕掛けたのは、軍が嫌いだからじゃないヨ。軍が嫌いになったのは、その後からだシ」

 トロロが意外そうな声をあげ、ガルルを見上げた。なんでそんな見当違いの事を言うのか? という顔。

「ならなぜ軍にアタックを仕掛けた?」

「ケロン軍のセキュリティが宇宙一だからだヨ」

 トロロの返事に、今度はガルルが戸惑う。

「なに?」

「アナタだって」

「ガルルだ」

「ガルル中尉だって、強い人見たら、血が騒ぐでショ? 戦いたいって思うでショ?」

 トロロの言葉に、ガルルが、ン……と難しい顔をする。

「ハックしてる時ってサァ、すっごく気持いいヨ〜。ヤスい薬でラリってる馬鹿いるけど、きっとあんなのメじゃないよ。どうやってハックしてやろうかって、いつもその事ばっかり考えてる。そりゃ、ツブされるのはむかつくヨ。でもボクめげないもんネェ。昨日より明日、明日より明後日、次仕掛けるたびさぁ、ボクが強くなってるのが判るんだヨ」

 なぜケロン軍のコンピューターにアタックを? というのは大いなる疑問だったが、直接トロロの口から聞いた動機は、ガルルにも良く判るものだった。

 目立ちたいから、金目当て、ただの鬱憤晴らし。そんなことではなかった。いや、もちろんそれらも含まれれているのだろうが、一番の動機は、自分の全身全霊をかけて、なにかをやり遂げたいと思う心。

「もっと、もっと強くなりたいヨ!」

 ハッキングをしている時の心の高揚が蘇ったのか、トロロの口調は弾んだ。自分の力を試したいと思い、強くなることを楽しんでいる純粋さ。自分のしたことがどんなことを引き起こすのか判っていない、純粋すぎる子供。

「お前も、飢えているのだな?」

 ガルルが言うと、トロロがはっとした表情になった。

「……あ。そっか。そうなんだ。ボク、飢えてたんだネェ。なんであんな気持になってるのか、自分でも訳わかんなかったからすっきりしたヨォ。さすが伊達に年食って無いネェ」

 自分に自信がなくて、もやもやしていた。自分に何が出来るのか、試したい。そのもやもやを、トロロはケロン軍のコンピューターにハッキングする事で晴らそうとしたのだ。

 ププ〜とトロロは相変わらず生意気に笑ったが、次の瞬間、がっくりとうなだれた。

「……でも、もう無理なんだよネェ。コンピューターの無い、コンピューター・ギークなんてサ、死ぬしかないヨ」

 大きくため息をつく。

 ハッキングがばれて、トロロは、一切ネットワークに繋がったコンピューターに触る事を許されなくなった。

 高く飛び立つどころか、トロロの翼はもがれたまま。

「もうどうでもいいヨ。今家に戻されても、訓練所の山篭り訓練があるから、もう一ヶ月くらいここに居てもいいヨォ」

「フ……。軍事訓練は嫌いか? 私も先日雪中訓練をしてきたばかりだ」

「ア〜ア、ご苦労さんだヨ。わざわざあんな猛吹雪の状況作ってさ、冬季戦闘戦技訓練とかボク絶対嫌だシ。良くやるよネェ」

 トロロのげっそりとした顔を、ガルルの鋭い目が見た。

「……なぜ知っている?」

 真剣な色を帯びたガルルの言葉に、トロロが不審そうな顔で見上げる。

「プ?」

「先ほど、私のことを中尉と呼んだだろう? 私は階級を言った覚えは無いが」

 しまった! と思ってももう遅い。

「……。Ms.プルルがサァ、言ってるの聞いたんだヨ」

「ではもう一つ質問をしよう」

 ガルルが立ち止まり、そっぽを向いたトロロにゆっくりと口を開く。

「なぜ私が『猛吹雪の中』訓練をした事を知っているのだ?」

 自分の失言に、トロロは唇をかんだ。

 ガルルは多分、ボクが尻尾を出すのを待っていた。それを知らず、まんまと余計な事を言ってしまったのだ。 

「トロロ、君は最初から私の事を知っていたな?」

 詰問され、「ヴ……」とトロロの顔がゆがむ。

「まさか、ハッキングか? お前、どうにかして職員用のコンピューターを使ったな? そこから軍のコンピューターを覗いているんだろう?」

 ガルル相手に、隠しても無駄だ。聡明なトロロはすぐさまそう思い、にやっと笑ってみせる。

「ボクが悪いんじゃないヨ。ソーシャル・エンジニアリング対策をちゃんとして無いから悪いんだヨ。プププ。ボク、タイピングの音と手の動きでどのキー打ってるか判るシ。だからパスワードなんかすぐ割り出せる。そんなボクの前でネットワークに繋がってるPC使う方が悪いんだよネェ」

 トロロの言葉に、ガルルが空を見上げた。ふーっと大きくため息をつく。

「ネェ、怒った?」

 心配そうなトロロの声。

「いや……。ほんとうに、しょうがない悪戯っ子だな、君は」

 むしろ呆れた。といった表情のガルルに、プププ……と誤魔化すようにトロロが笑った。

「君のような子にはお仕置きが必要だな」

 ええっ、お仕置き!? とトロロの顔が驚く。

「ケロン軍に、私の部隊に入りなさい」

「ヤダ。軍の奴らはユルセナいシ!」

 ガルルの言葉に、すぐさまトロロが反発した。 

「どうしてかね?」

「あいつら、ママを泣かせた!」

 子供とは思えぬ、激しい怒りの表情を見せ、トロロは言い放った。

 だが次の瞬間目に入ったものにすぐに心奪われる。

「ネェ、アイス買ってヨ!」

 アイスクリームの路上販売車を見て目を輝かせるトロロを見て、ガルルがゆっくりと瞬きした。

 この子はまだ本当に子供なのだ。


「トロロ、飢えなさい」

 ベンチに座り、口の周りをべたべたにしてアイスを舐めるトロロを見ながら、唐突にガルルが話しかけた。

 え? とトロロがガルルの顔を見上げる。

「もっと高貴に飢えなさい」

 意味が判らなくて首をかしげ、溶けたアイスが手についたのを慌てて舐める。

 どういうことだヨ???

「お前がしていたのは、腹を減らした狂犬があたり構わず噛み付いているのと同じだ、だから、負けた。うすうす自分でも判っていたはずだ」

「…………」

 ガルルの言葉に、面白くなさそうな表情をして、トロロがアイスを舐める。

「お前は、闘犬にならなければならない。無様な戦い方はするな。自分を高め、美しく戦いなさい」

「ボ、ボクのハッキングの技術は……」

「技術の問題ではない」

 反抗しかけたトロロをぴしゃりと黙らせ、ガルルが言葉を続ける。

「お前に勝った相手は、お前より高みにいる。お前より高い目線で、冷静に、頭を使ってお前をハンティングしたんだ」

 そうだ、その通りだヨ。

 思い出すと悔しさに頭が沸騰しそうになる。でもどうして良いのかわからない。

「狩られるだけの獲物になってはいけない、狩る側になりなさい」

 ガルルの言葉に、少しの沈黙の後、トロロがこくんと頷いた。

「運が良いな、お前は」

 トロロが素直に頷いたのを見て、ガルルが口元に笑いを浮かべながら言う。

「どこがだヨ!!」

 トロロがむっとして噛み付くと、トロロの口元を、優しく拭いながらガルルが口を開いた。

「思う存分噛み付ける相手がいるという事は、幸せな事だ。それに、自分が井の中の蛙である事を教えてもらえただろう?」

「ウ……ッ」

「最高の相手を知ってしまった以上、つまらないハッキング程度では、お前はもう満足できない」

 そう、その通り。

 ガルルは何でもお見通しだよねェ〜。

 それが悔しくもあり、頼もしくも有る。

 初めてトロロに道を示してくれた、「大人」

「気付いているのだろう? お前の飢えは、軍のコンピューターを覗き見るくらいでは満たされない。私が、もっといい獲物をくれてやる」

「本当に? ガルルはボクを満足させてくれる? ケロン軍本部にいた『アイツ』みたいに」

 この大人は、信じてもいいの?

 今まで散々大人に裏切られてきたトロロが、すがるようにガルルを見る。

「自分の力をもてあまして、どうしていいのか判らなかったのだろう?」

 トロロを安心させるような、ガルルの力強い言葉。

「私が使い道を教えてやる」


 ガルルなら、信じてやっても良いヨ。


「……ガルルは気付いてると思うけどサァ」

 俯いて、小さい声でトロロが言った。

「ん?」

「ボクが本当にユルセナかったのは、ボク自身だヨ」

 今まで誰にも口にしなかったトロロの本心。

 トロロは、本当にガルルを信用する事にしたのだ。

「ゴメンナサイ」

 唐突にその言葉が口からこぼれ出て、トロロの丸い目から涙が後から後から溢れてくる。

 意地っ張りなトロロが、言いたくてもいえなかった言葉を、ガルルは言わせてくれた。本当はずっと言いたかった。喉にかかった小骨のように、ずっとトロロを悩ませてきた。

「ママを泣かせたのは、ボクだヨ。ママ泣いて謝ってた。ボクのした事の責任は、ママとボクとで償うって、軍の人に土下座してた」

 我慢できなくなったのか、泣きじゃくりながらトロロはガルルに言う。

「その時までネェ、ボク、悪いなんてちっとも思ってなかったんだけど、土下座してるママ見て、ボク、初めて、自分がとんでもない事したんだって気が付いたヨ」

 自分のした事がどんな結果を招いたか、その時初めて判った。ママにそんな事をさせてしまうくらいとんでもない事をしたのだ。

 沢山の人に迷惑をかけた。そして、尻拭いの出来ない無力で馬鹿な自分。

 自分で何とかできる事ではない、他人に迷惑をかけてしまった罪悪感を初めて感じた。

「ママにあんな事させちゃった。ボク、自分が情けなくて、自分の事、キライになってた」

 自分は子供だとどうしようもなく思い知らされた。後悔はしたけれど、上手く謝る事が出来なくて、出口の無い迷宮を彷徨うように苦しかった。

 だけど、やっと出口を見つけることが出来たのだ。

「ガルルと行けば、ママを泣かせないようになれるかなぁ?」

 鼻をすすりながら、トロロがガルルを見上げてそう言うと、ガルルが優しく笑う。

「もちろん。どうせ生きるなら、私や軍を利用してもっと高ぶのだ」

 ガルルの優しい言葉が、トロロに染み渡る。

「私が小隊を結成する時は、必ずお前を迎えに行くから、それまで腕を磨いていなさい」

 ごしごしと涙を拭い、ガルルを見上げるトロロの顔は、いつもの悪戯っ子に戻っている。

「ウン。『アイツ』にもリベンジしなきゃいけないもんネェ〜。ボクがんばって超ク〜ルなオペレーターになるからサァ。ガルルと一緒に行ってあげるネェ」

 生意気な口調で言うトロロに、思わずガルルが苦笑した。



ENDE


20070202 UP

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