Frontline Base












 太陽がぎらぎらと照りつける荒地。

 銃を持った兵士を乗せた軍用車両が行きかい、それを見ながら、アルミのプレートに盛られた食事をかきこむ兵士がいる。

 乾いて誇りっぽい空気の中、あちこちに即席で建てられたテントからは、ひっきりなしに兵士達が出入りする。士官達は空調の効いた即席の建物の中へ、出兵を決めたもっともっと階級が上の士官達は、そもそも前線になど出てこず、遠く離れた母星でのうのうとワインつきのランチなどを楽しんでいる。


 工兵達は灼熱の太陽の下で汗をたらしながら黙々と作業し、衛生兵は呼ばれればどんな危険な場所へも飛び出していく。

 突撃兵達は次々と軍用車両に乗り込み、機動歩兵たちは自分の武器の手入れに余念が無い。

 劣悪な環境に耐え、無謀ともいえる作戦を乗り越え、兵達は満身創痍だった。




「また、来る」

 軽い負傷をした仲間の機動歩兵を見舞い、ギロロは病院テントから外へ出た。

 医療品が足りない。

 通りすがりに、軍医と衛生兵がそう頭を抱えているのを見た。

 もう弾が無い。

 仲間達が、暗い表情でそう呟く。それはギロロも切実に感じている。


 まだ士気は高いが、それもいつまで持つか……。


 物資がないと、敵に悟られている。

 極秘裏に進められているはずの作戦は、ことごとく敵に裏をかかれている。

 局地的な作戦を命からがら撤退したのはもう何度目か。

 それでも、戦略的に優位に立てば……。と思い、上官に状況を聞くが、はかばかしい返事は返ってこない。

 連戦連勝。そう言って浮かれていた頃の面影は今やこの戦場のどこにも無い。

 作戦方針は二転三転し、やり方のまずさばかりが目立つ。

 上層部で揉め事があったらしい。ギロロが聞いた不穏な噂。そのとばっちりで、この方面の命令系統がめちゃめちゃになっていると。


 少し前まで、補給の心配など無用でめいいっぱい戦えた。

 敵の情報は筒抜けで、作戦は的確。兵士の質も士気も高く、完全に敵を翻弄してきた。


 だが今はどうだ?

 物資も無いのに、戦略的にも戦術的にも意味のない地域を奪取せよ。というような理解できない命令ばかりだ。


 士官学校を出たばかりのペーぺーが、迷いながらおもちゃのように俺達を動かしているみたいじゃないか?


 おかしい。


 作戦本部に貴様がいる限り、こんなお粗末な事になるはずが無い。

 心の中で、ギロロの知る「誰か」に向けて呟いた。

 貴様がいる限り、この戦いは勝ったも同然だと俺は思っていた。

 そうだろう? 貴様もそのつもりだったはずだ。

 どうした? 貴様らしくない。

 

 嫌な予感がする。


 次々と倒れていく戦友をこれ以上見たくない。

 どうしようもないあせりがギロロを追い立てる。

 

 テントを出て歩いていると、行きかう兵士達の間に見慣れた黄色い猫背を見つけた。

 まさか……と思いながら、早足で近づく。


 銀色のヘッドフォンが、光を反射する。

 炎天下の中、難儀そうにゆるゆると歩く後姿は、間違いない。


「クルル……か? 貴様なぜこんなところに居る!?」

 ギロロが、信じれないというように目を見開いた。

「お言葉だねぇ……。居ちゃ悪いのかい?」

 ギロロの詰問口調に、振り向いたクルルが不愉快そうな顔をした。

 前線にいるクルルに、強烈な違和感を感じる。

 ケロン人にはかなり能力に個体差があり、クルルのような頭脳派は、こんな最前線に出てくる方が珍しい。

 ましてクルルは、今回の作戦指揮官の副官に任命されていたはずなのだ。

 実質的に業務を取り仕切り、作戦の立案や実行に携わるはずのクルルが、こんな最前線にいるのは異常だ。あの嫌な噂が脳を過ぎる。何かもめ事があったというのは本当だったか。


「貴様、後方支援に就いていたはずじゃなかったのか? なぜこんな最前線にいる!?」

 ギロロが問いただすと、クルルが肩をすくめた。

「前線をお勉強してこい。だとさ」

 クルルは詳しくを語らず、なるべく軽くそれだけを言う。

「くそ、嫌な予感が当たりやがった」

 ギロロが吐き捨てるように言った。


 上層部のごたごたが、最悪の事態を引き起こしている。

 おそらく、クルルは上層部の揉め事に巻き込まれたのだ。耳の痛いいやみでも言って、報復でここへ飛ばされてきたのだろう。

「ここのところの通信障害も、補給の滞りも、貴様がここにいるせいか……」

「俺がそんなに嫌いなのかよ、先輩。そんな人を疫病神みてぇに……。全部俺のせいだってのか?」

 ギロロの言葉を単なる悪口と取り、むっとしたクルルにギロロが怒鳴った。

「違う、そういう意味じゃない!」

 怒り心頭に達しているギロロを、クルルが理解できないといったように眉間にしわを寄せて見る。

「貴様が後方から前線に出てきたから、後方支援がめちゃめちゃになったと言ってる!」

 次に出てきたギロロの言葉に、クルルの顔がおや? といったものに変わる。

 本部の士官達が権力争いに熱を上げる中、クルルが中心となって、心あるものたちで後方支援を続けてきた。それを、見てもいないギロロが判ってくれている。というのは予想外だった。

「貴様が後方にいた間は、通信もクリア、補給もスムーズだった」

 むろん、クルル一人で戦況を支えていたというわけではない、だが、ギロロにとって、クルルがこんな最前線にいるというのは上層部の無能の象徴だった。クルルのような有能な人物が仕事をさせてもらえず、結果最前線が壊滅状態に陥る。

 予想外に褒められて、クルルがニヤニヤしだす。クルルを調子に乗らせると判っているが、ギロロは言い放った。

「だが今はどうだ!? 弾もない! 食料もない、あげくに敵の情報作戦にまんまと陥って囲まれてる」


「戻れ」

「無理だね」


 短い押し問答を交わし、二人の鋭い視線が行きかう。


「お前をただの一兵士として前線に投入するなんざ愚の骨頂だ。チェスのクイーンに前に一歩しか動くなと言っているようなものだ!」

「守るに値しないキングのために身を張るなんてごめんだね」

 けんもほろろなクルルの態度に、ギロロが業を煮やす。

 ギロロも、クルルの気持ちは良く判る。クルルは何度も進言したに違いないのだ。だがことごとく撥ねられ、あげくこんなところまで飛ばされてきた。

 クルルの悔しさが、ギロロにも判る。それは、上層部への怒りに繋がった。


 だが、俺達にはお前の力が必要なんだ!


「俺が上に掛け合う」

「やめとけよ。俺は今の作戦本部のやつらに嫌われている。先輩もとばっちり食らうぜぇ……」

「構うものか!」

「オッサン、何熱くなってんだよ、オッサンのことじゃない、俺のことなんだぜぇ?」

「俺はな」

 ギロ、とギロロがクルルを睨みつけた。

「貴様が不当に扱われるのが我慢ならないんだっ!」

 叫ぶように言ったギロロの言葉に、クルルが一瞬あっけにとられた後、ニヤニヤ笑いが頂点に達する。



「貴様のすべてを俺は肯定しているわけじゃない。だが、今俺たちは貴様の能力が必要だ」

 クルルの目を見て言い放ったギロロに、クルルが嬉しそうに口元へ手を当てる。

「へぇ〜。ずいぶん俺を買ってくれてるんだな、先輩。悪い気はしないぜぇ、ク〜ックックック」

 体を震わせ、上機嫌に笑っていたが、やがて笑いを収め、まじめな顔をする。

「心配するなよ。俺がなんの思惑もなしにここへ来てると思うのかい?」

「どういうことだ?」

 ギロロが不思議そうな顔で聞き返すと、クルルが人が悪そうに笑った。

「知りたきゃ先輩の怖い兄貴に聞くといいぜぇ。ク〜ックックック」

「ガルルか? どういうことだ?」

「もうすぐ中尉が本部に血の雨降らすぜぇ……。俺は飛ばされたのをこれ幸いと逃げてきたって訳だよ。先輩の兄貴をまともに相手したくねぇからな」

 何か内部事情を知っているらしく、ク〜ックックックと暗い笑い声を上げながら、クルルはまるでガルルを物の怪かなにかのように言う。

「ム……あれでけっこうお茶目なところもあるんだが」

 自分の兄のあまりな言われように、ギロロがそう呟いた。

 あからさまに、知るかよ……。という顔をしたクルルに、ギロロがフォローが失敗した事を悟る。

「ここで高みの見物させてもらうぜぇ」

 ガシャっと音を立てて、持ちなれない銃を肩に背負い、クルルがギロロに背を向けて歩き出した。

 その背を追いかけながら、いったい何があるのかと聞くが、クルルはすぐに判るぜぇ。と陰険な笑みを浮かべる。


「俺を飛ばした奴ら、ざまぁみろだな、ク〜ックックック」


 クルルの笑い声が前線に響くのと時を同じくして、ガルル中尉による作戦本部の粛清と再構築が行われたと、ギロロは後に聞くのだった。





ENDE.



20091107 UP
初出 20060219発行 Keron Attack! Z

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