Daydream believer & Homecoming Queen







「元気ないっすね?」

 タルルの部屋のタルルのベッドの上で我が物顔に寝転んで漫画を読んでいるタママに、タルルが背を向けながらそう言った。

「んん〜」

 タルルのベッドを占領しておきながらなにが不満なのか、気の無い返事をタママが返す。


 休暇で久しぶりにケロン星に帰ってきたのに、タママは宇宙港に迎えに行った時からどうも元気が無かった。

 ガルルから、タママはポコペンでヘマをして、頭を冷やすという意味合いで休暇を無理やり取らされたらしい。と聞いたのを思い出し、タルルは密かにタママを観察する。


 よっぽど何かあったのか、攻めが信条のタママもさすがにちょっとへこみ気味らしく、浮かない顔をしている。


「最近、上手くいってるんすか?」

 自分に心配されていると気がつけば、タママは見栄を張るだろう。落ち込んでなんかないと言い、ぷいっと向こうを向いて何も喋らないに違いない。

 自分の気持ちに気付かれないように、タルルは慎重に話題をふった。

「何が? ポコペン侵略?」

 はぐらかすようにタママはそう言ったが、さっきからほぼ無視していたタルルのほうを向き、不安そうな目でじっとタルルを見る。

「違うっす。ケロロ軍曹とっす」

「えっ」

 ケロロの名前を出した途端、タママの顔が慌てる。

「好きなんでしょ? 師匠。ケロロ軍曹の事」

「ななななな、なんでお前が知ってるんだよ」

 その事はタルルには言ってない筈だ。頻繁にやり取りしていた手紙には、あくまでも素晴らしい上官と信頼される部下。という事しか書いてない。はずだ。

うろたえている所がそれが本当の事だと余計タルルに知らせる事になるのだが、いきなりケロロの名前を出されて動揺しているタママはそれに気が付かない。

「ばればれっす」

 タルルがそう言うと、タママの顔がさっと赤くなった。照れたように下を向く。


 タルルが見た事の無いタママの顔。

 ふっと恋するものの甘酸っぱい色香がタママを彩る。


 やっぱ好きなんすね。

 しかも、すっごく。


 タルルの胸がちくんと痛んだ。


「ら、ラブラブだよ。当たり前だろ!」

 自分で言っていて空しくなる嘘をついて、タママはタルルに背を向けて寝転んだ。

 タルルに見せないタママの顔が翳り、泣きそうになるのを歯をくいしばって耐える。

 ケロロはタママのことをいつまでたっても部下としかみてくれないし、その部下としてさえもヘマをしてしまった。踏んだりけったりの気分の時につく嘘にしては最悪すぎる。

「もう……」

 もうキスだって済ませたぜ。

 泣きそうな顔の癖に、口調だけは強気でそう言おうとしたタママの言葉は、次の瞬間永久に飲み込まれたままになった。


「だったら、もうケロロ軍曹とエッチしたんすね」

「えっ!?」

 さらりとそう言ったタルルの言葉に一瞬絶句する。おもわずタルルのほうを振り返ると、タルルは自分が凄い事言った自覚は全く無いらしく、平気な顔をしてタママを見ている。


 こ、こいつぅ〜。すごい事言いやがるですぅ。


 キスといっても、唇が触れるだけの軽いキスを一方的にしただけで大きなことを成し遂げたかのような気持ちになっていたタママが、予想外に大人なタルルの発言にどぎまぎする。

 うろたえるのを師匠のプライドで抑え、きっと目を吊り上げ虚勢を張る。


「お、おう。当たり前だろ」


 実は、タママには知識も経験もほとんど無い。

 好きだと言ってもらえて、抱きしめてもらえば天にも上る気持ち。キスなんかされてしまったら、確実に天国行きになるだろう。

 ただ子供のように、自分の気持ちをぶつける事しか知らず、しかもその気持ちをケロロが受け入れているとは言い難い。

 嘘がばれないか内心ヒヤヒヤのタママに向かって、なぜかタルルが嬉しそうに笑った。

「じゃ、も、解禁っすね」 

「何の話だよ……」

 タルルが立ち上がり、自分のベッドに寝転がるタママの顔を覗き込んだ。

「うわっ! なにすんだお前止めろってば!!」

 タルルがにこにこ笑いながら、タママの体を簡単にあお向けにひっくり返し、ベッドに押し付ける。

 急にそんな事をされて当然のことながらタママが慌てた。

 そのタママの慌てように、タルルが、あれ? っという顔をする。

「済ませたんすよね? 初体験」

「……ウン」

 目を伏せ、小さな声でそう返事をする。

「経験豊富?」

「ま、まあな!」


 嘘ですぅ、処女で童貞だしろくに知識もないですぅ……。


 モアが怪談と勘違いして話し出した猥談でさえ、タママにとっては未知で刺激的なものだったのだ。

 自分が空しくなるだけの嘘をつき、墓穴を掘るいつものパターンに陥っているのは判っているが、やめられない。


「よかったっすー! オイラ師匠が初めてだったら上手くリードする自信無かったっすから」

 タルルがホッとしたようにそう言って、「いただくっす」と両手を合わせる。

「じゃ……」

「待てってば! 何でそういう話になるんだよ!!」

 圧し掛かって来るタルルに必死で抵抗するが、タルルの体はびくともしない。

 一トンの傘を軽々と持ち上げるタママの抵抗を抑え込めるものはケロン星にも少ないが、幸か不幸かタルルはタママに対抗できる数少ないケロン人の一人だ。

 タママは急にタルルが怖くなり、そう思った自分自身に慌てた。


「オイラ、師匠としたいんすけど、やっぱ初めては一番好きな人とさせてあげたいと思って待ってたっす。師匠が済ませたんならもう解禁って事で」

「えっ、お前俺の事そんな風に思ってたの!? 俺男だぞ!?」

「……そんなのずっと昔から知ってるっす」


 タルルの言葉にタママが驚きで目を見開いた。

 ランドセル背負って手を繋ぎ、空き地で子犬のようにじゃれあって遊んだタルルからそんな事を言われるとは全くの予想外だったのだ。


 そりゃ、ボクも軍曹さんのこと好きだけど。

 まさかタルルがボクの事好きだなんて、信じられないですぅ……。だってタルルですぅ?


 そう思ってタルルの顔をじっと見るが、ケロロに感じるような甘い感情は無く、戸惑いしか生まれない。


「知らなかったんすか? 鈍いっすねー!」

 やっぱり……。と呆れたようにタルルが肩を竦めた。

「早く覚悟決めて欲しいっす。手荒な事はしたくないっす」

 タママを押し倒し、組み伏せてそう言うタルルはあくまでも落ち着いていて平静だ。それだけに余計怖い。

「もうしてるだろお前! ちょっと待てってば、怒るぞ!」

 タルルに急に男を感じ、タママが足をじたばたさせて暴れた。

 体が大人になったせいだろうか? タルルがタママに向けるそれは、タママがケロロに向ける憧れの延長のような恋心と違って、ずっと大人でリアルだった。

 力で押すなら、自分のほうが上だろう。でもタルルのほうが精神的に圧倒している。これでは勝てそうに無い。

「どうぞ! でもその後しますから」

 ヤる。という確固たる意識を持っているらしいタルルに迷いは無い。


 こいつ、本気ですぅ!

 もう、これは正直に言うしかないですぅ〜。


 保身と虚栄がタママの中で争ったが、ここはなりふり構っている場合ではない。


「初めてだから」

「え? なんか言いました、師匠?」

「……初めてだから」

 聞こえるか聞こえないかの声でぼそっと呟いた。

「え?」

「俺軍曹さんとしてないから……」

 気まずそうに目を伏せ、ぼそぼそと呟くタママの言っている内容を理解したタルルががくっと肩を落とした。

「……ガッカリさせないで欲しいっす。まじで」

 心底がっかりしているタルルの声に、タママが声を張り上げた。

「う、うるさい! 勝手にガッカリしてろ!!」

「じゃまだ清い体なんすねー」

「さわんな!」

 タママの白いお腹をなでなでするタルルにタママが顔を赤くしながら叫んだ。

「そういうお前はどうなんだよ!」

 売り言葉に買い言葉でタママがそう言う。

 どうせタルルも自分と同じようなもんだろうとたかをくくっていた。


「いや実はオイラもあんま経験ないっす。だから師匠が経験豊富だったら楽だなーって」

 頭の後ろで手を組み、経験の少なさを照れながら告白するタルルだったが、タママはタルルの考えていることは逆に、ショックで目を見開く。

 「あんまり」ないって事は……?

「ってことはした事はあるのかよ?」

「ハァ、何回か」

 ぽりぽりと頭を掻きながらそう言うタルルを、タママが信じられないものを見る目で見る。

「ええ!? 彼女いんのお前!?」

「いや、そんなんじゃないっす。やってるけど彼女じゃないっす」

 手を振りながらそう言うタルルに、よけいタママがショックを受けた。

「じゃ、じゃあ……。お、おまえ、タルルのくせに、そんな」


 セフレ?


 また先を越されたぁっ!?

 どうりで勝てないはずですぅ〜。


 昔は何もかもタママの方が上だったのに、最近どうも師匠としての地位が危ない。

一度負けてしまったし、階級も下だし、先に成体になられただけでなく、その事までもが先を越され、タママが真っ白になる。


「師匠、オイラ待つのももうそろそろ限界なんすけど、早いとこ済ませて欲しいっす」

「そ、そんなの俺だってできるもんなら早くしたいよ! っていうか大きなお世話なんだよ!」


 キスぐらいで満足してる場合じゃなかったですぅ〜〜。

 急に焦りが生まれ、タママを混乱させる。


 きっと軍曹さんにもボクはすっごい子供だと思われてたですぅ。

 自分がどうしようも無く子供だと気が付き、恥ずかしくなる。


 タルルはタママのことを相変わらず『師匠』とは呼ぶものの、地球で戦っていらい昔とはずいぶん態度が違っている。

 昔のような絶対服従とタママのいう事を盲目的に信じる憧れはすでになく、言いたいことを言うようになった。


 やばい、まずいですぅ。師匠としての立場がっ!?


「大体な、俺が好きなのは軍曹さんなんだぞ、お前はあくまで友達!」

 アイデンティティの危機だけでなく、はっと貞操の危機にあることも気がつき、タママが慌てて言う。

「じゃ、セフレでいいっす。オイラは師匠の事好きっすけど」

 なにがそんなに嬉しいのか、さっきからタルルは笑顔を絶やさない。タママのほうが、タルルに振り回されて赤くなったり青くなったりしている。これでは昔と立場が逆だ。

「師匠重いからそれぐらいがオイラにはちょうどいいっすー」

「は……?」

 聞き捨てならない言葉にタママの顔が歪んだ。

「『嫉妬は一番みにくいもの、虚栄心は一番危険なものである』って言葉があるんすけど、師匠のはどっちも超巨大っすからねー。ほんと厄介ですよね、師匠。オイラなんかじゃとてもとても扱えないっす、危険すぎて」

「おい……」


 こいつそんな事思ってたですぅ〜。

 失礼な事をずけずけ言うタルルに、タママが不機嫌な声を出した。

 昔なら絶対そんな事は言わせなかった。

 確かに、タルルと自分の関係が崩れ始めている。


「オイラ師匠支えきれる自信ないっす!」

 きっぱりとそう言いきったタルルの顔はやっぱり笑顔だ。

「お前、もしかして俺がウソついてたの気付いてた?」

「まぁ、うすうす」

 タルルは自分の猿芝居を全てお見通しであんな事をしたのだと判り、タママの頬がかっと熱くなる。

「でも、そんな師匠が好きなんすよねー。けっこう可愛いとこあるし師匠のこんな性格知ってて好きって言えるの、オイラぐらいっすよ、師匠」

 恥ずかしさに顔を赤くし、タママがタルルの顔を睨みつけた。

「お、お前失礼な奴だな!! 図星な所が余計むかつく! そこまで知っていて何で好きなんだよっ! バカにしてんのか?」

 駄々をこねるようにじたばたと暴れるが、タルルは相手にしない。

 なんとか師匠としての威厳を示したい所だが、この分野ではとうていタルルにかないっこない。それが判るからまた腹が立つ。

「んーっと、小訓練所で一緒だったみんなも師匠の事大好きでしょ? 師匠が本当にやなやつだったら、皆に好かれたりしないっす。オイラ、師匠のいい所もちゃんと知ってますから」

「タルル……」

 タルルの言葉にちょっとだけ感動してタママが大人しくなった。落ち込んでて貶された後だけに嬉しい。


「俺のいい所って、どこ?」

「顔っす」


 いい気分でそう聞くと、タルルが即答した。


「顔だけ!?」

 またタママの怒りが復活するが、まあまあとタルルが宥める。

「他にもいっぱいあるっす。でも、今は言わないっす。また会った時に少しずつ言いますから、だからまた明日も会いましょうね。約束っす」

 なし崩し的にまた明日も会う約束をさせられ、いつのまにかタママは指切りしている自分に気が付いた。


 なんかこいつのペースに乗せられてる気がするですぅ〜。


 最近師匠と全然会えないっすから寂しいっすー。と言うタルルに警戒の目を向けるが、タルルは人の良さそうな顔をしている。


 こいつもなに考えてるか判らなくなってきたですぅ。


 地球でこてんぱんにやられた時気がつけばよかったのだが、どうしても昔のタルルを引き摺ってしまう。そこをタルルに付け込まれたのなら、完全にタママのミスだ。


「今は二番目で良いっすけど、オイラがもっと大人になって師匠支えられるようになったらエンゲージリング持って迎えに行くんで待ってて下さいね!」

「うるさいバカ誰が待つか! 俺は軍曹さんと幸せになるんだよ!」

 今までは、自分より子供で守ってやる対象だとばかり思ってたタルルにそう言われ、照れとか対抗心だとかで戸惑い、タママがむきになったように大声を出す。

 タルルが変わっていくのがまだ信じられず、まだどこか昔の栄光に縋っている。

「客観的に見て無理だと思うっす」

「お前最近ほんと生意気だぞ!」

 殺されそうな事をはっきり言ったタルルに不満をぶつけるタママを、タルルがじっと見た。

 その目にある大人びた光に、タママがドキッとさせられる。


「いつまでも師匠と一緒にいられるって、ずっと夢を見て、安心してたけど、それじゃいけないんだなって気がついたんっす」

 どこか寂しそうな、決意を秘めたタルルの声。


 いつまでも一緒にいられると思っていた人が遠くへ行ってしまった事。

 みんなのものだと思っていた人が、自分じゃない誰か一人のものになってしまう事。


「いつまでも、子供の時みたいに師匠とじゃれあっていられたら幸せだったっす。でも、もう無理。オイラたちは大人になっちゃったし、それにオイラ、師匠が好きだって気が付いちゃったっす」

 会わない間、タルルにもいろいろあったのだ。

 そんな当たり前の事にタママがようやく気が付いた。

 見た目だけでなく中身も成長していたのだ。

 急に大人になったタルルにタママが戸惑う。

「師匠の事好きな奴もちゃんとここにいるんだから、元気出して欲しいっす」

 そう言ってぽんぽんとタママのお腹を軽く叩き、タルルはようやく組み伏せていたタママの体の上からどいた。

「てめータルル、よくも好き勝手な事してくれたな〜〜」

 怒りに低い声を出しながら、タママがゆらりと立ち上がる。それを付き合いの長いタルルが予想してないはずが無い。

「あ、お詫びにお菓子どっすか?」

「食べる!」

 気を反らされ、ぱっとタママの顔が明るくなった。

 ひょいっとタイミングよく差し出されたスナック菓子の袋をタママが奪い取り。袋を傾け、中身をざらざらっと口の中に全部放り込む。

「あー、オイラの分まで酷いっす」

「うるさい! 師匠に生意気言った罰!」

「いいっすまだあるっすから」

「それもよこせ!」

 また新しいお菓子を取り出したタルルの手から、またタママがお菓子を奪い取る。

 タルルのペースに乗せられているのを知らず、タルルが対タママ用に買い込んだお菓子の袋を開ける。

「おっ、ポコペンのお菓子じゃん。俺コレ大好きなんだよね〜」

「この間ポコペンに行った時買い込んだんっす。まだいっぱいあるからまた遊びに来て欲しいっす」

「お前ん家サイコー! 絶対また来るからな! お菓子用意しとけよ!」


すっかり元気になったタママの姿に、タルルがタママに気付かれないようにほっと息をついた。


 師匠も早く大人になって欲しいっす。


 そう思って、幸せな顔でお菓子をぱくつくタママを、タルルがじっと見る。


 タルルのタママ侵略がひそやかに進んでいるのを、まだタママは気が付いていない。




ENDE


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