Daydream Believer








「師匠と川原で戦う。そのあと、仲直りして夕日を見ながら友情を確かめ合う」



「こんなもんすかね」

 ナイトキャップ姿でベッドに潜り込んだタルルはそう独り言を言いながらペンを置いた。

 見たい夢を見る装置。

説明書の記載通り、見たい夢を付属の夢ノートに書き綴り、アンケートに記入する。

 トロロに貰ったその装置は、大きさは枕の半分くらい、見たい夢をノートに記入後、装置を枕もとにおいて眠ってください。とある。

 ボクの発明品だヨ。とトロロは言っていたが、外箱といい、説明書といい、いやに細かく出来ているし、新聞や雑誌で一時期この見たい夢を見る装置が騒がれていたのをタルルも覚えている。

 なんか、市販品みたいっす。ていうか、そうなのでは?

 それをなんでトロロが自分の発明品などといってタルルに試せと言ったのか判らないが、「見たい夢を見る」という事には興味がある。それで、使ってみる気になったのだ。

 装置を枕もとに置き、電気を消す。

 ふわっといい香りが漂い、音楽がかすかに装置から流れてきた。

多分、リラックスさせる為のものなのだろう。

なんかけっこうショボイっす。

そう思いながらも、タルルの意識はやがて夢の中へと消えていった。


タルルが眠りに落ちたその時……。

しゅるるっと装置から一本の怪しげな触手が飛び出し、ぷすっとタルルの頭に突きささった。

触手が怪しげな何かをタルルの脳に送り込む。

そんな機能は説明書のどこにもないのだが、何も知らないタルルはこんこんと眠りつづけていた




「いい加減に起きろよ!」

 甲高い声がタルルの耳元で炸裂する。寝ぼける暇もなく、タルルはその声に叩き起こされた。

 飛び上がりそうに驚きながら、ぱっちりと目を開く。

目の前にはポコペンにいるはずのタママの顔のどアップがあった。

 怒ったように目を吊り上げ、ぷんと口を尖らせている。

「え? あ? 師匠?」

「ん」

 タルルが戸惑っていると、タママのただでさえ近くにある顔がすっと近づいてきた。

 息がかかるほど近くから、唇と唇が触れるほど近く。


 うわッ!

 お、オイラ、

師匠と、 

キスしてるっす!!!!!!


しかも師匠の方から!?


目をぱっちりと開けているので、タママの顔がよく見える。大きな目はタルルを信用しているのか無防備に閉じられ、柔らかい唇がタルルの唇にしっかりと触れている。

っちゅ……。と可愛い音を立て、唇が離れる。

「ししし師匠ょっ!?」

「何だよ。朝ご飯できてるんだから、早く起きろってば」

 狼狽してタルルが真っ赤になってそう言うと、タママのほうは平気な顔をして体を起こした。

「あ、ハイ」


 なぜこんな所にいるんすか?

 なんでキスしてくれるんすか?


 本当に聞きたいことは何も言えず、慌ててベッドから体を起こしながら間抜けな顔をしてタママに返事をする。

「ん……」

 訳が判らないままベッドに起き上がったタルルに、またタママが首筋に抱きついて甘えたキスをした。

 そのままタママに押し倒され、さっきよりずっと長くキスをする。

 口調は強気だが、けっこうな甘えたがりらしい。

 タルルの知らないタママに頭がパニックになる。

「…………」

 唇を離すと、タママと目があった。

 タママは何か期待しているようなわくわくしていた目をしていたが、タルルが固まっているとやがて呆れたようにため息を一つつく。

「『朝ご飯には師匠を食べたい』くらい言えよなー」

 気の聞いたセリフを言えないタルルを責めて、そう言って軽く睨むが、タルルの方はそれどころではない。

 無言で口をぱくぱくさせるタルルに愛想をつかしたのか、タママはさっと背中を向けて寝室から出ていってしまった。

「……なんでココに師匠がって、ああああああああ」


 途切れ途切れの記憶の断片が、一気にタルルの脳裏に蘇る。


 キスして、抱き合って、探って、舐めて、それから……。

 ベッドの上で悶えるタママの体と、溶けそうなほど甘い声。

 タルルの名を呼びながらぎゅっと首筋にしがみつく仕草。

 荒い息を吐きながら、貪欲にタママの体を貪る自分。


「ヤーーーーーー!!!!! フゥーーーーーーッ!!!!!!!!!!」

 奇声と共に鼻血を勢い良く吹きだしたタルルが、タママを追ってすぽーんとベッドから飛び出した。




 カシャカシャカシャ。

 慌ててキッチンにやってきたタルルの耳に、金属と金属が擦れる軽い音が聞こえる。

 続いて目に入ってきた白いフリフリのエプロンをしたタママの後姿に理性が飛びそうになるが、辛うじて堪えた。

 新妻みたいっす。

 そう思って、にやけながら台所に立つタママを見守る。

 どうやら何かを一生懸命泡立てているらしい。

 作業は終ったのか、泡だて器でボールの中のものをすくい上げ、皿の上にどぱっと豪快にのせる。

 それをテーブルに二人分置くタママの顔がとても幸せそうで、どうやら先ほどの失態もタママの機嫌をそれほど損ねていないと判り、ほっと一安心する。

「おはようございます」

 甲斐甲斐しく動くタママにそう言いながらテーブルにつく。

テーブルの上には、美味しそうなガトーショコラ。その上を、純白に輝く生クリームが、これでもかとばかりに覆い尽くしている。

これが朝でなくて、クリームの量がもっと少なかったら、タルルももっと喜べただろう。

「朝からケーキすか……」

 テーブルにつきながら思わずそう言ったタルルをきっとタママが睨みつけた。

「なんだよ、嫌なのかよ」

「は、あ、いいえ。頂くっす」

 ポットの紅茶をカップに注ぎ、さあどうやってコレを攻略しようか……と考えていると、向かいの席についたタママは、チョコレートシロップをこれまた表面が茶色に覆い尽くされるほどたっぷりかけている。

 おまけに飲み物は激甘のミルクティーだ。

 それを見ながらフォークでガトーショコラを一口切り取り口に運ぶと、歯が浮くような甘さが口中に広がる。

 厳しいっす……。

 次の一口がどうしても口に運べない。

 だが、これを食べなければタママがどんなに機嫌を悪くするか考えるだけで恐ろしい。

 ちらっとタママを見ると、満面の笑顔でガトーショコラにクリームをたっぷり乗せ口に運んでいる。その笑顔の可愛さに見惚れ、思わずフォークを取り落とした。

 フォークと皿がぶつかるかしゃんという高い音に、はっとタママがタルルのほうを見た。

 まずタルルの顔を見て、次にタルルの皿をじーっと見つめている。

「あのー、師匠」

 タママの機嫌を損ねないように、慎重にタルルが口を開いた。

「食べたいんでしょ、これ」

 タママがじーっと見つめているのは、タルルの皿に残ったガトーショコラ。タママの皿には、あれだけあったガトーショコラもクリームももうほとんど無い。

「どうぞ……。オイラ別のもので朝飯済ませますから」

 そう言って、まだガトーショコラもクリームもたっぷり残っている自分の皿をタママに差し出す。

「え? ほんと? マジー! いや〜、悪いね」

 タママがぱあぁっと顔を輝かせ、皿を自分の所へ引き寄せる。


 マジかわいいっす……。


 タママのことを可愛いと思っていたのは前からだが、今朝はいちいちドキッとさせられる。それも、体の奥がきゅんとするような疼きと共に。

「今日の師匠、なんか色っぽいっすね」

 劇的に何かが変わったという訳ではなく、一見いつものタママと同じなのだが、どことなく雰囲気が変わった気がしてしょうがない。

 幼い仕草の中に、ふと誘うような何かを感じて仕方が無いのだ。

「……何言ってんだよお前」

 タルルが何気なく言った一言に、怒ったような拗ねたような声でタママはそう言い、まるで照れ隠しのように凄い勢いでガトーショコラを口に放り込む。

 タルルが椅子から立ち上がり、タママの横を通って冷蔵庫からミルクを取り出そうとした時、ふとタママの体にある赤いあざに気がついた。

 エプロンの隙間からのぞく白くてすべすべしたタママのお腹の部分に、ぽつりとある赤いあざ。

さっきまでエプロンで見えなかったそれが気になって、手を伸ばしてエプロンの布地をめくる。

「何すか、コレ」

 まじまじと見ながらそう言い、そっと触れてみる。

 タママの肌に触れた指から、ぞくりと快感が生まれ、またタルルの下半身が疼く。

「お前、自分でした事忘れたのかよ?」

 怒った声でタママがそう言いながら、ばっとエプロンでそのあざを覆う。

「お前が付けたんだろ!」

 どうやら、エプロンはその赤いあざを隠すためのものだったらしい。

「あ、あんな、恥ずかしい事いっぱいして!」

 タルルの顔を見ずに、真っ赤になってタママはそう言った。

「お前だから許したんだからなっ!」

 そう言ってガトーショコラの最後の一切れを口に放り込み、まるで敵のように噛み砕いている。

「何お前がショック受けてるんだよっ!」

 呆然として何も言えなくなっているタルルに、タママが怒鳴った。

「師匠」

 タママが激昂しているのと反対に、冷静な声でタルルがそう呼んだ。

「なに?」

 タルルの声があまり冷静なので、思わずタママの怒りが削がれる。

「クリーム、ついてるっす」

「え? どこ」

 タママが舌を伸ばし、口の周りを舐めるが、クリームはそこより少し外れている。

「ここ」

 そう言って、タルルは手を伸ばした。タママの口元についたクリームを指で拭い、タママに差し出す。

 そうすると、何を思ったのか、タママはタルルの手を掴み、クリームのついた指をぱくんと口の中に入れた。

「いいのかなぁ……」

 タママの好きにされながら、誰にとも無くタルルが呟いた。

 暖かいタママの舌が、ねっとりとタルルの指を舐め上げる。


 ずきんと、今度ははっきりと体が疼いた。


「あ、やべ」

「?」

「好きっす」

 タルルの指を口に咥えながら、上目使いでタルルを見るタママを見下ろしてタルルはそう言った。

「凄く」

 ちゅ……と音を立ててタママの口から指を引き抜き、タルルの手がタママの頬に触れた。

「師匠の事」

「タルル……」

 タルルの真剣な声と顔がタママに近づいて来る。

 いつもの関係が逆転し、タママがタルルの迫力に押されている。

「いいっすよね?」

 そうタママの意見を聞いている様でいて、本当は聞いていない。

タルルは強引にタママの体を軽々と抱き上げ、ダイニングテーブルの上に押し倒した。

「でも、ここ」

「構わないっす」

 キッチンで押し倒された事に戸惑った声でタママが言いかけたが、タルルのこれまで見た事の無いような迫力に押される。

「誰か来たら……」

「来ないっす」

 そう言いながら、タルルの手がタママの体の下に入り、エプロンのちょうちょ結びを解く。

「出勤は……」

「今日は休みっす」

 レースのエプロンを剥ぎ取られながら、落ち着かなさそうにタママがタルルから視線を外した。

 窓から入る朝日がタママの体を隅々まで照らす。さっきまでは気付かなかった昨日の情交の名残が、白い腹の上にぽつぽつと赤い花びらのように散っている。

 それを見られるのが恥ずかしいのか、タママが体を手で隠そうとする。

「明るくて恥ずかし……」

「明るいほうがいいっす。師匠の顔も体も良く見えるから」

 邪魔なタママの手を強引に体の上からどかし、両手首をがっちり掴んで頭の上でテーブルに押し付ける。

 首筋に口付けると、びくんとタママの体が震えた。

「タル……、ん」

 まだよけいな事を言う唇を塞ぐと、タルルを止める者は誰もいなくなった。











「いい夢見れたでショ?」

 いつものように出勤してきたタルルを見て、ドーナツを食べながらトロロがそう言った。

 タルルは憮然とした顔で、トロロの前の椅子にどすんと腰掛ける。


 朝目が覚めるとやっぱりタママはいなくて、やっぱり今日は出勤で、なのに夢の記憶だけははっきり残っていて、気持ちを切り替えるのがとても大変だった。


 あんな夢見るなんて、どうかしてるっす。

 オイラが見たかったのは、友情あり涙有りの感動巨編だったのに。


「オイラの見たかった夢と違ってたっす。ちゃんとノートに書いたのに」

 タルルが文句を言うと、言われたトロロが眉をひそめた。

「書いた?」

「説明書にそう書いてあったっすよ?」

 訳がわからなくてタルルがそう言うと、トロロの方は納得したらしく頷いた。

「ああ、それ違うよ、プププ。これはもともとのこの機械の使い方でショ?」

 トロロは納得したようだが、タルルはますます訳が判らない。

「既製品をボクが改造したんだから、元の使い方とは違うんだヨ!」

「聞いてないっす……」

 今始めて聞かされた重大な事実に、タルルが抗議するように呟いたが、トロロは聞いてない。

「ボク特別製は、自分の本当に見たい夢を深層心理から拾って来るんだヨ。だから夢ノートなんか書く必要無い。ノートに書いたやつより、昨日見た夢の方がタルルが本当に見たかった夢なんだヨ!」

 自慢げにそう語るトロロに、タルルがどきっとした。


 あれが……。オイラが本当に自分が見たかった夢?


 仲直りして友情を確かめるのではなくて、体を重ねて……。


「リアルだったでショ? 普通の明晰夢より、もっと凄いんだヨ。色も味も香りも、もちろん痛覚も触覚もあるんだヨ! 起きてる時とほとんど同じ! ただし夢だから整合性の無い所とか話がいきなり飛ぶところとかそのまんまだけどネェ」

「…………」

「なんだよ? 面白くなかったの? どんな夢見たんだヨ」

 せっかく話しているのに黙りこんでしまったタルルに、面白く無さそうにトロロがそう言った。

「十八禁だからトロロにゃ秘密っす」


 大したもんっす。快感もあった。


 そう思いながら、タルルがトロロに聞こえないほど小さな声でぼそっと呟いた。

夢は、記憶の再現しかできない。つまり、一度自分が体験したり見たりして、自分が判るものや想像できるものしか再現できないのだ。

 あのタママは、タルルが今までの経験から想像したものでしかない。


 だけど、きっと師匠はあんな感じ……。いやもっと凄いと思うっす。


 キスの感触とか、肌の感触とか、妙にリアルに残っている。

 タママのことは昔から良く知っているとはいえ、もちろんあんな事をした事は一度も無い。なのに、繋いだ手の柔らかさや、ふと触れた感触だけであそこまであの行為を想像できた自分は凄いとさえ思った。無意識のうちによっぽどそんな事ばっかり考えてきたのだろうと思う。


 実は薄々そうじゃないかなーって思ってたんすよね。

 この気持ちは、友情じゃなくて愛情じゃないかって。

 新しい自分を知ってしまったっす……。


「え? は? 何だヨ?」

 タルルの呟きが聞こえずに、トロロが眉をひそめた。タルルは、そんなトロロにお構いなしに自分の世界に浸っている。


「あれが、オイラが本当に見たかった夢っすか……」

 タルルが何を言っているのか判らず、戸惑うトロロを他所に、窓の外の空を見上げてタルルが呟いた。



ENDE




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