ビバ! コケティッシュ師匠!
ケロン軍本部の長い廊下。
ゼリービーンズみたいにカラフルなケロン人たちが、手に書類やいろいろなものを抱えて忙しそうに行き来している。
その中の水色を担当しているタルルが、きびきびと歩いていく同僚の間を重い足取りで進んでいた。
手に、くるくると巻かれた大きな地図を持っている。
今度侵略する星の地図を取って来いとガルルに命令されたのだ。
かび臭い書庫に行く途中も、地図を探している間も、そして今も。タルルの気持ちは晴れない。
はぁ、師匠に会いたいっす。
もう何度も何度もそう思って、タルルはため息をついた。
ガルル小隊のポコペン撤退から一ヶ月。
何らかの処分は間違いないと思ったが、ガルルが最初の一週間を忙しげにしていただけで、今は何事もなくすごしている。
どうやら、ガルル一人でどうにかしたらしい。
得体の知れない人っす……。とタルルは思ったが、今はガルルの事より、タママの方が気になって仕方がない。
ガルルの気まぐれとしか思えないポコペンからの撤退はあまりにも急でばたばたしており、タママとゆっくり話す暇もなかった。
あれから、ひんぱんにあったタママからの電話も、手紙もなく、タルルは悶々としている。
連絡がないのは、忙しいからなのか、それとも嫌われたのか。
こちらから連絡を取ろうと受話器を取り上げては、ため息をついて元に戻す。
ケロロ小隊が本星に一時戻ってきている。その情報が、またタルルの心を乱れさせる。
会いたい。でも、どんな顔をして会えばいいのか分からない。
なんか、はっきりしてない今の状態が一番つらいっす。
嫌われるなら嫌われるで、謝るなら謝るで、なんかもうはっきりしたいっす。
いやでもやっぱ嫌われるのは嫌っす。
もやもやとした気持ちを抱えながら、タルルがふと俯いていた顔を上げた。
どこからでもすぐ分かる。黒。
ちりばめられたカラフルな色の中ひときわ目を引く特別な色。
ぱっと目に入ったその色に、ドキンとタルルの胸が大きく脈打った。
あっ、師匠!
道行くみながタママを振り返り、なかにはぼーっと見とれているものまでいる。
人々の視線を浴びながら、それにまったく無頓着なタママが こちらへ向けてゆっくりと歩いてくる。
あ、声、声かけたいっす。
心臓がどきどきして、顔がかぁっと熱くなった。口の中が乾く。
師匠、まだオイラに気がついてない。
早く気付いて欲しいという気持ちと、このままやり過ごしたい。という複雑な気持ちがタルルの中で交じり合う。
タママが歩きながらゆっくりと辺りを見回している。タルルは、じっとタママを見つめている。
タママの視線と、タルルの視線がぶつかり合う。
かちっと音がなったような気がした。
あっ!
目が、合ったっす。
どきどきが最高潮になり、タルルは思わず立ちすくんだ。
食い入るようにタママを見つめる。タママは、タルルと目を合わせたまま顔色一つ変えなかった。
そして、ふいっと目をそらす。
何も見ていなかったかのように。
あ……。
失望が急速にタルルを食いつぶし、苦い気持ちが胸いっぱいに広がった。体がずんと重くなり、目の前が真っ暗になる。
嫌われたっす。
やっぱり、そっすよね、普通。
歩き出す気力もなく、その場に立ちすくんだタルルのそばを、タママが一瞥もくれずに通り過ぎた。
その瞬間、視界の隅で何かが揺れた。
足に触れたくすぐったい感触。
え?
あ、今の、なんすか?
尻尾……!?
すれ違いざま、タママがタルルの体を尻尾ではたいていったのだと気がついたタルルが、ばっと後ろを振り返ったのと、すれ違ったタママがタルルを振り返るのはほぼ同時だった。
悪戯っぽい目をしたタママが、ちらりと視線をタルルに向け、口元だけでふっと笑う。
その笑みがタルルのハートを貫き、脳天を突き抜ける。
全身が感動で震える。
時が止まって、世界は二人きりになる。
しけった導火線にタママが付けた火は、みるみるうちに燃え上がる。
うっ、あっ……、師匠っ!!!
タルルの目に、思わず感動で涙が浮かんだ。
許してくれるんすね!!
タルルが目でそう言うと、笑いながら、タママの口が動いた。
「ば・か」
音を出さずにそう言い、再び前を向き歩き出す。
師匠ぉぉぉぉ、超好きっすぅぅぅぅぅ!!!!
ビバ! コケティッシュ師匠! ヤフー!
体の奥から、恐ろしいほど力がわいてくる。先ほどのうじうじした気持ちは、百万光年のかなたに吹き飛んだ。
「師匠ぉぉぉぉ!!」
ぽいと地図を放り投げ、くるっと振り返り力いっぱいタママを追う。
「わっ、なんだよ!」
後ろから急にタルルに抱きつかれ、タママが驚いた声を上げた。
「超好きっす!!」
まだ人がたくさんいる夕方のケロン軍本部で、堂々とタルルは叫んだ。
「ば、ばかお前急に何言い出すんだよっ!! こんな人前で」
「人前でも何でもいいっす、師匠の事好きっす、超好きっす!!」
「ああ、うん、アリガト……」
ぎゅう〜とタママを抱きしめるタルルに、タママが呆れたようにため息をついた。
ちょっと引き気味のタママに、タルルが怒涛の攻めを仕掛ける。
「師匠、もう勤務終わりですか? ご飯食べに行きましょう! 奢るっす!」
「お前、仕事中じゃないの?」
「いやもう終わったっす!」
このあと会議がある事をさわやかに記憶から消去し、タルルは元気よく言った。
「そう?」
首をかしげるタママの背にさりげなく手をまわし、タルルがタママを促す。
美味しい店見つけたんす〜と朗らかな声を出す。水色と黒の二人がケロン軍本部の廊下を出口方面に歩いていき、やがてすっかり姿を消した。
ビバ! コケティッシュ師匠!
側にいるタママをちらちらと見ながら、心の中で何度もタルルはそう叫んだ。
そしてその頃、会議室A。
「ねー、タルルまだぁ?」
会議室の大きな椅子に小さな体を沈めながら、トロロがうんざりした声を出した。
くるくると椅子に座って回るのももう飽きた。自分に配られたお茶菓子はもう食べた。
お子様の我慢はもう限界に来ている。
「遅いな……」
トロロの声に、ガルルもつられて呟く。会議に使う地図を取って来いと命令してから早二十分。タルルはまだこない。
まぁ、タルルは永久にこないのだが。
「お菓子食べちゃっていーい?」
ゾルルの前に置かれた皿からシュークリームを掴み、トロロが言うと、ガルルが組んでいた腕を解いた。
「私のもあげるからもうちょっと大人しく待ってなさい」
「わーい。んじゃもうちょっとだけ待ってあげるヨ、ププッ」
ガルルが自分のシュークリームを掴み、トロロの皿に載せると、トロロの顔がぱっと輝く。
「…………」
実はシュークリームが食べたかったゾルルは、無言で皿を見つめる事でその意を表したが、その場にいるものは誰もその真意に気がつかなかった。
ENDE
20050623 UP
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