Clastgirl Dreamin’









「ボケガエル〜、できたわよ」

 日曜日の午後三時。

 三角巾とエプロン姿の夏美がキッチンからそう言うと、凄い勢いで二人のケロン人が走ってきた。

 美味しそうなサンドイッチが盛られた皿を手にした夏美の周りを、黒と緑色のケロン人がぐるぐる回って喜びを示す。

「わっ、夏美殿、ありがとうであります。ヤッサシ〜、スッテキ〜。うわー美味しそうでありますなぁ」

「わ〜い、おやつですぅ。ナッチーのサンドイッチ〜」

「あんたたち邪魔! お皿テーブルに置けないでしょ」

 はしゃぐ二人に囲まれて身動きが取れない夏美が言うと、ぐるぐる回っていた二人の動きがぴたっと止まった。

 ささっと端によって道をあける。

「おおっとこれは失礼いたしましたであります。どぞどぞ、我々のあけた道をお通りになって」

「お通りくださいですぅ」

 二人がまるでお姫様をエスコートする騎士のように恭しく頭を下げた。

「もー現金なんだからあんたたちは〜」

 呆れた声でそう言い、二匹の蛙に守られたキッチンからダイニングテーブルまでの道を通って、皿をテーブルの上に置く。

 お腹が空いたと哀れな声を出し涙を流すケロロのために、「あたしもちょうどお腹がへってたから」と夏美が作ってくれたサンドイッチは、きゅうりにハムとチーズ、卵とツナ、イチゴと生クリーム。

 燦然と輝く美味しそうなサンドイッチを覗き込んで、ケロロとタママが目を輝かせている。

「食べていい? 夏美殿、食べていい?」

 いまにも涎を垂らしそうなケロロが足をバタバタさせながら待ち切れなさそうにそう言う。待ちきれないタママは指で生クリームを掬い取り、口に入れて幸せそうな顔をしている。

「いいわよ〜。あんたたちちゃんと手は洗ったの?」

「洗った洗った〜」

 夏美のお許しが出ると、光より早く緑色と黒の手がサンドイッチに伸びた。

「いっただきまーす」

 ケロロはハムとチーズを、タママはもちろんイチゴと生クリームを。

「うわ、コレマジで美味しいであります」

「美味しいですぅ〜」

 美味しい美味しいと満面の笑みを浮かべてサンドイッチを頬張る二人を、満足そうな顔で夏美が見る。

「モアちゃんも食べたら? お昼あんまり食べてなかったでしょ?」

 ケロロとタママの後からゆっくりとキッチンへやって来たモアに、夏美がそう声をかけた。

 朝からどことなく元気がなく、一緒に食べたお昼も余り食が進んでいかったのを心配しているのだ。

「あ、はい」

 夏美を心配させたのに気がつき、モアが無理に笑顔を作った。だが、食べる気になれない。

 食が進まない理由の事をちょっと思い出して、あ、と気付く。

「じゃ、ちょっとだけ貰ってもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

 モアがそう言うと、夏美が安心したように笑った。

 ありがとうございます。とモアが言い、小皿を借りて、その上にサンドイッチを幾つか盛り付け、ラップをかける。

「食べないの?」

 夏美が不思議そうに聞くと、モアがはにかんだように笑った。

「クルルさんに持って行ってもいいですか……?」

 もう五日は姿を現していないクルルのことをモアは口に出した。

 日向家にも姿を現さないし、心配してラボに様子を見に行っても中に入れてもらえない。

 ちゃんとご飯を食べているのか、眠っているのか、もしかしたら中で倒れてないか、ずっと心配しているのだ。

「あの、お腹減ってると思うので」

「やめたほうがいいでありますよ、モア殿」

 二つ目の卵とツナのサンドイッチを手にして、ケロロがそう言った。

「なんせラボに篭ってるクルルは邪魔されると不機嫌になるでありますからなぁ〜、触らぬ神にたたり無しであります」

 せっかくの親切も余計なお世話だとけんもほろろに突き返され、苛々しているクルルに下手すると八つ当たりまで食らう。

 それを知っているから、ケロロ小隊の皆はクルルがラボから出てくるまで一切手出しはしない。

 モアがしょんぼりしている理由に薄々気付いているケロロは、これ以上モアを落胆させたくない。

「せっかく差し入れに行っても、追い返されるかもしれないでありますよ?」

 なるべくモアが傷つかないように気遣ってそう言ったが、モアはニッコリと笑った。

「お邪魔にならないように、そっと置いてくるだけですから」

 モアもケロロの心配を判っている。冷たくされるかもしれないという事を重々承知で、それでもクルルの所に行くのだ。

「クルルの奴、モアちゃん邪険にしたら死刑ね」

 クルルズ・ラボに向かうモアの後姿を見送りながら夏美が言った。

「モア殿……。え〜子やぁ〜」

 ケロロがそう言って、ぱくんとサンドイッチを口の中に入れる。


 冷たくしたら承知しないからね、クルル。


 目の前で、嬉しそうにイチゴと生クリームのサンドイッチばかりをぱくつくタママの笑顔を見ながら、ケロロが心の中で呟いた。








 五分後、クルルズ・ラボ内。

「今いらね」

 クルルの冷たい拒絶の前に、モアが困った顔をした。



 ラボの前でインターフォンに向かい声をかけようとした時、いつも固く閉ざされているクルルズ・ラボの入り口のロックが解除されていたのに気がつきモアは少し驚いた。

 いつもなら他人の立ち入りを固く拒否するクルルなのに、今日に限って開いている。

 研究に熱中しすぎてロックをかけ忘れたのかもしれない。モアはそう思い直し、モアです、入りますと遠慮がちに小さく声をかけてそっと中に入る。

 中に入ってお皿だけ置いておこう。

 最初はそう思ったのだが、一心不乱に何かをしているクルルの後姿と、ゴミ箱に突っ込まれているカップラーメンの容器や栄養補助ゼリーのパックを見て気が変わった。

 クルルさん、十秒チャージとかカップラーメンとかでしか栄養とってないんだ。ていうか、一汁一菜?

 そう思うと心配でいてもたってもいられなくなり、機械油まみれの手で無心に何かを組み立てているクルルに思わず声をかけていた。


 夏美さんが作ってくれたサンドイッチ食べませんか? 


 声をかけた結果は、クルルの冷たい拒絶。


「ちょっとだけでもお腹に入れた方がいいですよ。ていうか無我夢中?」

 引き下がらずに恐る恐るそう言うが、クルルはモアの方を振り向きもしない。

「お前が食え」

「…………」

 取り付くしまもなくそう言われ、モアが悲しそうに俯いた。

「お前もあまり食ってないんだろ?」

 さっきよりはやや優しい声で、クルルが珍しくフォローするように言った。さすがに言い過ぎたと思ったのかもしれない。ギロロやタママにとっては信じられない事であろうが。

「あ、いえ、私は食べていますよ」

 なぜ知っているのか、どうせ覗き見でもしていたにちがいないのだが、そんな事をされているとは夢にも思っていないモアがクルルの言葉にはっとした顔をして、わざと明るい声を出してそう言った。

「さっき腹の音鳴ってたぜぇ〜」

「きゃっ、嘘っ!」

 お腹を抑えて顔を赤くするモアに、クルルがククっと喉で笑った。目は相変わらずモアの方を向いていないが、雰囲気が柔らかくなった事にモアが気付く。

「だからちゃんと食った方がいいぜぇ。隊長の前で鳴ったら恥ずかしいだろ?」

「クルルさんが食べるんなら私も食べます」

 頑固にそう言ったモアに、クルルがおや? と思う。

「クルルさんだってちゃんと食べてないじゃないですか! なのに私の事言うなんておかしいです!」

「変な所でがんこだな、お前は」

 力説するモアに呆れたようにそう言い、ため息をついた。

「……両手が塞がってるから食えね」

 クルルがそう言うと、モアが急いでサンドイッチを取り出し、ドキドキしながらクルルの口元に差し出す。


 食べたくない。じゃなくて、食べられない。


 これは、クルルのOKサインだとモアは受け取ったのだ。


「はい」

「…………」

 口元に差し出されたサンドイッチ。その意図するものを察し、クルルが思わずモアの方を見た。

 この状態で俺に食えってか。

 こんなことをされるのは、まだ一人で食事が出来ないおたまじゃくしの頃以来だ。

 クルルはそう思ってモアを見たのだが、何の疑問も抱いていないモアがにこっと微笑む。

 ……そうかよ。

 諦めたクルルが、食べやすいように一口大にして差し出されたサンドイッチをぱくんと口に入れる。


 美味ぇ……。


 ろくに食事をとっていないなかで食べる夏美のサンドイッチの美味しさは格別だった。

 空腹の他に別のスパイスも混じっているから尚更だ。クルルは絶対にそのスパイスの存在を認めないだろうが。

「わぁ」

 もぐもぐと口を動かすクルルを見て、モアが感激の声を上げた。

「食べてくれた、よかったぁ」

 クルルさん、可愛い。

 そう思って、ぱあっと満面の笑みを浮かべる。

「…………そんなに嬉しいのかよ」

 涙ぐみそうな顔で感極まったようにそう言われ、クルルが困惑する。

「はい!」

 にこっと笑ってそう言い、ごくんとサンドイッチを飲み込んだクルルと皿の上のサンドイッチを交互に見る。

「あ、あの」

 わくわくした嬉しそうな声で、恐る恐るクルルに話しかける。

「ツナとイチゴはどっちが好きですか?」

「ツナ」

 クルルの愛想の無い一言に、モアがこれ以上無いというほど嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「はいどうぞ」

 再び差し出されたサンドイッチを、再びクルルがぱくんと口にくわえた。あんまり嬉しくて一口大にするのを忘れたので、手をつかえないクルルが悪戦苦闘している。

「おはへもくうやくそくらろ?」

「あ、はい、そうでした。ていうか有言実行?」

 クルルがもごもごとそう言うと、幸せに浸っていたモアがはっとした。

 クルルさんが食べるんだったら私も食べるって約束してたんでした。

 そう思ってお皿を見る。残っているのはハムのサンドイッチの半分と、イチゴのサンドイッチ。

 私もツナが食べたいなぁ……。

 そう思ってクルルの方を伺うと、クルルはまだ口にくわえたサンドイッチを相手に悪戦苦闘している。


 いいですよね、クルルさんも大変そうだし。お手伝いってことで。


「じゃ、半分頂きます」

 そう言ってクルルに近づき、クルルの口からはみ出しているツナサンドイッチをぱくんと口に入れた。




 
 口の中にある分はようやく飲み込んだが、まだ口の外にあるサンドイッチをなんとか口の中に入れようとクルルがもごもごとしていると、不意にモアが近づいてきた。

 潤んだ無邪気な瞳でじぃっとクルルを見つめている、潤いリップを塗ったぷるぷるの唇が微かに開く。それが自分に近づいてきて。


 なっ、何だよお前、何近づいて来てるんだよ。
 近づいてくんなよ……。何するつもりだよ……。


 そう思うが体が動かない。


 そのうちその唇がキスでもしそうなくらい自分に近づいてきて。もっと近づいてきて、目の前にモアの顔のアップが。


 なっ!


 ピシイッ! とメガネにヒビの入る音を聞いたのがクルルの覚えている最後だった。





「あ、あれっ! ク、クルルさん、大丈夫ですかクルルさん、寝ちゃったんですか?」


 急に倒れこんだクルルを抱きかかえ、モアの叫ぶ声も意識を失ったクルルにはもう聞こえない。








「ねぇねぇタママ、これやった事ある?」

 少し食べるのに飽きたケロロが、サンドイッチ片手にタママに話し掛けた。

「何ですぅ?」

「電気消してさ、蝋燭とかつけてさ、こう、ちびちび食うの『もう三日も食ってないであります』とか言いながらその気になって、ちっちゃい声で、『美味しい……』とか呟いちゃうの。貧乏食い」

 椅子の上で膝を抱えて身を縮こませ、もう三日も食べてない貧乏人の気分になり、ちびちびとサンドイッチを食べるケロロを見て、タママが大喜びする。

「あーやった事ありますぅ!」

 ケロロに負けじと、タママが椅子の上に片膝を立ててだらしなく座りなおす。

「軍曹さんこれやった事あるですぅ?」

 そう言って、目を血走らせ、皿の上のサンドイッチを両手で手づかみし、次から次へと口に運ぶ。

「うっは〜、うめえ〜。オラこんな美味いもの食ったの初めてですぅ〜!」

 入りきれないほど口いっぱい頬張り、手のサンドイッチをぐちゃぐちゃに握りつぶしてひたすらガツガツ食うタママを見て、ケロロの目が輝く。

「おおっ、それは!」

「ワイルド食いですぅ〜」

「やったやったぁ。楽しいよねソレ〜。骨付きの肉とか手づかみで食うとさらに雰囲気が出るんだこりが」

 夏美に知られたら殺されそうな事をしながら二人で盛り上がっていると、クルルに差し入れを届けに行っていたモアが再びキッチンに姿を現した。

「あ、モア殿、クルルどうだったぁ? 受け取ってくれた?」

 ちょっと心配しながら言ったケロロの声に、モアはニッコリと笑った。

「はい、クルルさんのラボのドアがロックされてなかったので勝手に入っちゃいました」

「クルル生きてた?」

「はい、でも、疲れてたみたいで寝ちゃいました」

 機嫌が良さそうに笑ってそう言い、テーブルの上の惨状を見て布巾を濡らす。

「ゲロ?」

 落ち込んでいるかもしれない。というのを予想していたケロロがモアの意外な反応に目を丸くする。

「サンドイッチ食べている途中で急に寝ちゃいました」

 いやに上機嫌でテーブルを拭いているモアが、楽しそうにそう言った。

「食べている途中で、でありますか……?」

 幼いおたまじゃくしじゃあるまいし、普通ならありえないシチュエーションに、ケロロの頭に疑問符が浮かぶ。

 そのケロロを他所に、テーブルを綺麗にしたモアが、今度は自分のハンカチを水に濡らす。

「タマちゃん、こっち向いて」

 モアにそう言われ、素直にモアの方を向いたタママの口元をモアが濡れたハンカチで優しく拭う。

「そんな事あるんですぅ?」

「はい、ばたんきゅーって」

 口元を拭き終わり、タママの汚れた手を指の一本一本まで丁寧に拭きながら、モアがニコニコ笑ってそう言った。

「なんか変だけどさぁ、ま、クルルならありえるかなあ? あいつ変だしなぁ」

 何気に酷いことをケロロが言って、タママと顔を見あわせる。

「だから私がベッドに運んであげて……。あ、そうそう、クルルさんの寝顔ってとっても可愛いんですよ!」

「あ、ああ、そう?」

 別にどうでもいい。と思ったケロロがいい加減な返事を返す。というか、メガネのクルルは起きている時も寝ているときも顔は一緒じゃないかと思う。モアにしかわからない何かがあるのかもしれない。もしかしてメガネを取ったのならその下の素顔がちょっと興味深いが。
 
 クルルの寝顔なんてどうでもいいものより、何でクルルがいきなり寝たのかの方が気になる。

 多分、いや絶対。何かあったに違いないのだ。

「クルル先輩がラボの入り口のロックかけ忘れるって、ありえないですよねぇ? 軍曹さん」

「絶対『開いてた』んじゃなくて『開けてた』んでありますよ」

「最強ですぅ……」

「クルル殺すにゃ刃物は要らぬ……ってやつでありますなぁ」

 ぼそぼそと二人の間に何があったのか気になる二人が呟くのを他所に、モアはルンルンと鼻歌を歌いだす。



 前よりクルルさんと仲良くなれたかな?
 
 もっと仲良くなれたら良いな。


 少女の夢がかなえられる時、意識を失っている黄色い蛙に何が起こるのか、まだ誰も判らない。


ENDE


20050602 UP

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