Blue blood
一族の中で、最年少で隊長になれそうなのだと叔父が言った。
隊長の素質も無いのに、こんなに早い出世をしたのは凄い事だと一族の誰もが自慢げに語った。
俺の兄のことだ。
俺の一族は、優秀な機動歩兵を多数輩出している。
機動歩兵として武器弾薬の扱いに長け、地味ながらも軍を支えてきたという自負と誇りがある。事実、局地的な戦闘で俺達は圧倒的な優秀さを誇った。
長い軍人生活を経てその実力を認められ、隊長になったものはいる。
だが、それまでだ。それ以上はなれない。
俺達はいつでも使われる側。いくらでも替えのきく、軍の都合でどうにでもなる駒。
俺の兄、ガルルのように、この若さで、もっと上の階級へのステップとして隊長職に就いたものは今まで誰もいなかった。
素質があるというだけで、実力が伴わない隊長の元で散っていった一族の男達の恨みややるせなさを、俺達は幼い頃からずっと聞かされてきた。
いい上司と戦友を見つけろと大人たちは言うが、指揮官になれ。とか、出世しろ。とは言わなかった。
俺達一族は、腕力、持久力、耐久力のある恵まれた体を持ち、素晴らしい銃器センスを供えている。不思議とみなそうだ。俺も、はいはいをするようになってからすぐに、危ないからと隠してある銃の玩具を見つけるので困った。と親が笑いながら言うのを何度も聞かされた。玩具の銃さえ与えていれば、俺はおとなしく遊んでいたそうだ。
皆、俺達一族が機動歩兵になるのは半ば運命だと思っていたのだ。機動歩兵である事に誇りを持ちながらも、参謀だとか、頭を使う、階級の高い奴らにコンプレックスを抱いていたのもまた事実。
その呪縛を打ち破ったのが我が兄ガルルだ。
ケロン軍に入る前から評価が高かったガルルの最初の階級は、上等兵。一族お決まりのスタートである機動歩兵として出兵したガルルは、すぐに得意の狙撃を使って手柄を立て、上層部に注目されるようになった。
敵司令官を何十時間も匍匐前進で追い、ヒットに成功したのだ。
与えられたチャンスをガルルが逃すはずが無い。
狙撃手は、どの兵より敵から姿を隠さなければいけないその性質から斥候を兼任する場合がある。その役を任されたガルルは、狙撃の腕が一流であるだけでなく、敵の状況を適切に判断、分析する能力と、正確に報告する記憶力がある事を証明してみせた。
敵中に先行するガルルの要請で、大規模な航空部隊が敵地の空を覆い、またある時はガルルの誘導で巡航ミサイルが敵を撃破したという話を聞いて、俺の心は踊った。
こうして、ガルルは、大局を任せる指揮官としての才があると認められ、とんとん拍子に出世したのだ。
ガルルは一族の星だと。みな、果たせなかった夢や希望、悔しかった思いを兄に託した。
幼い頃の俺も、そうだった。
狙撃銃を構えるガルルを憧れの目で見上げ、その一挙一動にあこがれた。
俺も兄のようになりたいと夢を膨らませ、優秀な兄を持つことにプレッシャーも感じていた。
だが、俺のプレッシャーなんて、ガルルの感じていたものに比べれば、可愛いものだろう。
ガルルは一族を背負っていたのだから。
ケロン軍は、通常五人一組で小隊を作り行動する。
突然降って沸いた今回の話は、ある小隊の隊長のみが戦死した事に端を発する。通常、隊長はクローンを用意され、不慮の事故があった場合でもすぐに代える事ができるのだが、今回は違った。
代えの卵が汚染されている事が判ったのだ。
急遽、ガルルか、他の、隊長の素質を持つケロン軍人に隊長が任命されることになった。
相手は、隊長の素質こそあるものの、まだたいした軍功もあげていない。一方ガルルは、出世街道驀進中。
隊長はガルルに決まったようなものだと、俺にその話をしてくれた叔父は上機嫌だった。
当のガルルは、隊長になりたいとも、なりたくないとも言わず、「もし命令があれば、従うだけです」と微笑みながら叔父に言った。
ガルルはいつもそうだ。大事な事はみなかすかな微笑の下に隠し、いきなりコトを起して、みなをあっと言わせる。
苦手なものも、嫌いなものも、見事に処理をした後で、嫌いだった、苦手だった。と言うような男だ。
一族の皆の浮かれた気分が俺にも伝染し、俺は自分のことのようにはしゃいだ。
凄い、ガルルは凄い。
幼年訓練所で友達に自慢したと一緒に風呂に入っているときに俺が言うと、ガルルは苦笑した。
「ギロロ、お前がそこまで喜ぶのなら、隊長になってもいいな」
その、投げやりとも言える返事に俺はビックリした。
軍人なら、誰だって隊長になりたいに決まっている。俺も、父も、母も、一族の誰もが、ガルルもそうだと信じて疑っていなかった。
「なんでそんな言い方するんだ? ガルルは隊長になりたくないのか?」
「別にな……。もう出るぞ」
「え……、ガルル、おい、それって」
「体拭いてやるからお前も出ろ」
バスタオルで体を拭かれながら、俺はガルルを見上げた。
ガルルの顔は、いつもと一緒だ。俺の尻尾から丁寧に水気を拭き取る手も、いつも通りだ。
俺は、凄い事を知ってしまった。と思った。と同時に、ガルルが俺には本心を教えてくれた事を嬉しくも思った。
ガルルは俺にそれ以上追及させず、俺は、ガルルがそれほど隊長になりたがっているわけではない。という事を、誰にも言えずにもんもんとしていた。
ガルルは、あんなに喜んでいる一族の連中に、どう言うつもりなのだろうか?
俺の心配は、嫌な方に解決した。
ガルルは隊長になれなかったのだ。
例の部隊の新隊長は、隊長の素質を持つ別のケロン軍人に決まった。
叔父をはじめ、一族の落胆は激しく、父も母も口には出さないが、ガッカリしていることはすぐに判った。
ガルルは、集まった一族の前で、逆に皆を慰め、こんな降って沸いたような話ではなく、実力で隊長になってみせるとはっきりと言った。
隊長にはそんなになりたい訳ではないと言っていたのに。
どういう気持ちの変化だろうか?
これは、えらい事だ。
ガルルは、いつだってやると言ったことを外したことは無い。ガルルが隊長になると言ったらなるのだ。今回隊長になれなかった云々よりも、ガルルが「やる気になった」という方が重大だ。
俺は、ガルルはひょっとして、隊長になることを断ったのではないかとさえ思った。
思えば最初から、ガルルの性格を考えれば、こんな棚からボタモチ的な幸運で隊長になるのを良しとするはずが無かったのだ。
もっと、派手で、見事で、鮮やかで、誰もがため息をつくようなやり方を狙っているに決まっている。
あの微笑の下で、ど派手なプランを立てているに決まっているのだ。
そして、それは必ず実行に移され、ガルルは必ず隊長になる。
俺の兄はそういう男だ。
ガルルの宣言から数日後、射撃訓練塔を俺は上って行った。ぴこぴこと階段を踏みしめる。
塔の上でライフル銃を撃つ音が聞こえる。
あの驚異的な命中精度は、間違いなくガルルだ。あんな距離であんなに正確に当てられるのはガルルしかいない。
ベルトを斜めにかけた紫色の背中を見る前から俺は確信していた。
「ギロロ、危ないから降りてなさい」
俺に背を向けたままガルルは言ったので俺は驚いた。まるで、背中に目がついてるみたいだ。
「ガルル、隊長になれなかったな」
俺が言うと、ガルルが構えていたライフルを下ろし、俺を見た。
俺は、家では、なんとなくこの話が出来なかったのだ。この話をしたのは、あの風呂での一件以来だった。
「血が……。隊長の素質の無い、俺達の血では、やはり無理なのか?」
俺が口ごもりながら言うと、ガルルの目がきつくなった。
「そんな事誰が言った?」
「みんな言ってる」
「そうか……」
ガルルは俺の返事に目を伏せた。
俺達一族には隊長の素質を持つものは出ない。やはり、俺達の血ではだめなのかと大人たちは言った。
俺は、そんな事は無いと言いたかった。隊長の素質など無くても、ガルルは優秀だ。隊長に相応しいはずだ。
なのになんで隊長になれないんだ!
「俺、納得がいかない。ガルルは凄いのに、隊長の素質が無いってだけで隊長になれないのか? そんなの絶対に許せない」
俺は怒りでぶるぶる震えながら言った。涙がこみ上げてきて、視界が揺れる。
「私のことだろう? 何をそんなに怒っている、ギロロ?」
「ガルルは、俺の兄ちゃんは凄いんだ! どんな奴よりも凄い隊長になれるのに、なれるのに……」
俺はしゃくりあげた。涙で言葉が出ない。
「泣くな……」
言いながらガルルは俺の前にしゃがみ、目線を合わせた。俺の涙を親指でふき取る。
「私は、そんなに隊長になりたかった訳じゃないから、いい」
風呂場で聞いたことを、またガルルは繰り返した。
「でも、ならなんで皆に隊長になるなんて言ったんだ?」
「まさか、隊長職ごときで皆があんなにも大騒ぎするとは思わなかったからな。これは私の誤算だ。皆を落ち着かせるには、ああするのが一番いいと思った」
隊長「ごとき」だって?
ケロン軍のエリート職をそんな風に言ったガルルの言葉に、俺は自分の耳を疑った。
「これでは、私が大佐にでもなったあかつきには、一族みんなで私の銅像でも立てかねんな」
「立てるだろ、そんな事になったら絶対立てる」
「ほう、では楽しみにしておくか」
冗談めかしてガルルは言った。誰か別のものが聞けば、ガルルの言葉はあまりにも傲岸不遜に聞こえるだろう。
だが俺は、それが、口ばかりのものではないと知っている。
ガルルは、本気でそれに手が届くと思っているのだ。そしてそれははったりなどではない。
俺は、幼いながらに、ガルルの言葉に酔わされた。
「ギロロ、お前は自分の血が嫌いか?」
「え?」
突然のガルルの問いに、俺は目を丸くした。
「隊長の素質のない、己の血のことをどう思う?」
「俺は……。俺は、機動歩兵になりたい。だから、いいんだ」
「いい答えだ」
俺の答えは、ガルルを満足させるものだったらしく、ガルルは俺の頭を撫でてくれた。
子ども扱いするな。という照れと、ガルルに頭を撫でられた嬉しさで俺が黙っていると、ガルルは少し遠い目をして言った。
「私は、スナイパーになりたかった」
ガルルの言葉に、俺は頷く。ガルルがどんなに銃が好きか、俺はよく知っていた。
「私の体を流れる血は、私に優秀なスナイパーに必要ものをすべて与えてくれた。私は、私の体を流れる一族の血を誇りに思っている。隊長の素質が欲しいなどと思ったことは無い」
ガルルは、俺の目を見てきっぱりと言った。
今なら、ガルルがその時どう思っていたのかが判る。
ガルルは、俺が妙な劣等感を抱かないか心配していたのだ。
「お前と同じく、な」
俺を安心させるように、ガルルは笑った。
「ガルルは、ケロン軍一のスナイパーだ」
俺が急いで言うと、ガルルは頷いた。実際、ガルルは敵から賞金をかけられるほどの凄腕スナイパーなのだ。
「私の血は、私の夢をかなえてくれた。お前も自信を持っていい。お前もきっと、お前のなりたい機動歩兵になれる。誰よりも優秀な、な」
「ガルルが凄いスナイパーになったみたいに、俺は凄い機動歩兵になるぞ!」
「スナイパーの次に、お前があんなに喜ぶんなら、一つ隊長になるのも面白いと思ったのだよ。隊長の素質など無くとも隊長になれるという事を、私が一族の皆に証明してやろう」
「ガルルなら絶対なれる」
「そう言ってもらえると光栄だな」
俺は確信して言った。ガルルが、あまりにも俺がきっぱり言い切るものだから苦笑している。
「ただし、与えられた幸運に乗るのは面白くない」
ガルルは、俺の耳元にそっと口を近づける。俺は、なんだかドキドキした。
「私好みの優秀な隊員をそろえた、私だけの隊を作る。どうだ、楽しそうだろう?」
ガルルは、まるで内緒話をするように囁き、俺に笑った。
「俺も、俺も入りたいぞ!」
興奮にぴょんぴょん飛び跳ねながら、俺は張り切って言った。ガルルが、俺の頭を撫でながら言う。
「もちろん、歓迎する。お前ならきっと誰もが欲しがる優秀な機動歩兵になるに違いないからな」
嬉しくて、俺はにっこりと笑った。明日から、もっと銃の訓練をしようと誓った。匍匐前進も、トラップの作り方もだ!
ガルルが隊長で、俺が機動歩兵で、戦場に出ることが出来たらどんなに凄いだろう。
俺は、それまで、将来のことをあまりはっきりと考えた事がなかった。ただ漠然と、皆と同じように俺も機動歩兵になるのだろう。というくらいにしか思っていなかった。
だが俺はその時初めて思った。
ガルルの隊に迎えられるような、誰よりも優秀な隊長に欲せられるような機動歩兵になろうと。
「お前と私には、同じ血が流れている」
ガルルは、どこか熱っぽい目をしながら、耳元でそう言って俺を抱きしめた。
俺が、ガルルが何を言いたいのかわからず、きょとんとしていた。
「私とお前は、こんなにも近い」
ガルルが耳元に囁いた声が、今でも残っている。
夕日を浴びる紫色の背中を見ながら、俺は子供の頃を思い出していた。
機動歩兵になると決めた、あの日を。
鉄を多量に含んだ赤い砂が夕日に照らされ、砂漠は真っ赤に染まる。
砂丘に一人立ち尽くし、夕日を眺めるガルルの背中に、俺は声をかけられなかった。
作戦の開始時刻が、刻一刻と迫る。
テロリスト殲滅のため、俺達はケロン星を離れ、この星へやってきた。
隊長はもちろんガルル。そして隊に所属する機動歩兵は、俺。
赤い惑星で俺達は戦い抜き、今、作戦は最終段階へ来ていた。
首謀者の暗殺。それで事はすべて終わる。
ライフルの射程内は、相手も厳重に警備をしている。だが、通常考えられているライフルの射程外はどうだ?
この距離を、砂嵐の中を、狙撃できる男がいたとしたら?
最後を締めくくるのは、ケロン軍が誇る最高のスナイパー。
わが兄、ガルル。
俺は、観測手としてガルルを補佐する。
「ガルル」
俺はようやく紫色の背中に声をかけた。
「時間だ」
俺の言葉に、ガルルが振り向き、ゆっくりと俺に歩み寄ってくる。その表情に、迷いは無い。
あれから月日は経ち、ガルルは言葉通りすぐに隊長になり、だいぶ遅れて俺は機動歩兵となった。
ガルルはこの戦いの功績でさらに出世し、今後前線に出ることは無くなるだろう。俺は、約束に間に合った事にほっとしていた。
「二十四時間後には、ケロン星へ帰れるぞ」
すれ違いざま、ガルルは俺にそう言った。失敗する事など考えていない、相変わらずな言葉に、思わず俺は笑った。
俺は子供の頃なりたかった機動歩兵になった。
次はどうする?
俺は、兄に負けぬ男になりたいと、その背を見ながら思った。
ENDE.
20090405 UP
初出 20060219発行 Keron Attack! Z
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||