嵐を呼ぶ軍曹








「ゲロォっ! そうきたでありますか!」

「ギロギー! それだけはやめてくれっ!」

 星のマークがついているドアの向こうから聞こえてくるおかしな声に、前を通りかかった冬樹の足が止まった。

 なんだか騒がしい中の様子に、また何かしでかしているのかという不安と何か面白いことでもあるのかという期待を込めて、軽くドアをノックする。

「何してるの軍曹?」

 ドアを開けた冬樹の目に飛び込んできたのは、にらみ合い、一触即発の雰囲気を漂わせたケロロとギロロだった。

「お、冬樹殿。お互いの恥ずかしい過去暴露大会であります」

 小訓練校に入るまで寝小便が直らなかったとか、内緒で作った爆弾が爆発して大目玉を食らったとか、自分の、または相手の恥を暴露し、負けを認めるか恥ずかしさに耐え切れなくなったほうが負け。という戦いを繰り広げているのだと説明を受ける。

ダメージが大きいわりには意味の無い戦いだなぁ……と口には出さないが心の中で密かに冬樹は思った。

「こうやって精神を鍛え、来たるポコペン侵略の為の下準備をしているのであります」

「ふうん……」

 もっともらしい事を言っているが、ケロロとの付き合いが長い冬樹がそんなうそ臭い言い分を信じるわけが無い。

「嘘ですぅ。くだらねえ諍いから起きた馬鹿馬鹿しいケンカですぅ」

 案の定、タママがお菓子を食べながらそう言った。目は読んでいる漫画からちらりとも外さない。心から二人の争いをどうでもいいと思っている様子だった。

 同じ部屋にいるクルルも、我関せずといった様子で、皆に背を向けていつものようにPCをいじっている。


「これで終わりだ」

 ギロロがそう言って、凶悪な表情でギロギロと笑った。

 その手にある一枚のはがきに、ケロロの顔色がさっと変わる。

「そ、それはっ。それだけは、カンベン!」

 ケロロが涙目でそう言ってギロロの足に縋りつくが、貫一よろしくギロロはケロロを蹴倒した。

「うるさいッ! 読むぞ」

 ギロロの容赦ない返答に、あああ〜〜と絶望の声を上げ、ケロロが頭を抱えてへたり込んだ。

 ごほんと一つ咳をして、ギロロが文面を読み出す。


ケロロよ、元気かや……。僕は今寒ぅーい所に来とっです! 

僕はケロロの事が気になっとったまらん。君はガンバッテ自分の道ば進めばい。

それに君は三日の夜に女の子に会うそうばってん、今度はガンバッテやれや!

君はダスティ・ホフマンみたいな感じだけんなぁ……。 よかかい? ほんなこて。

僕は今一人旅。一人旅の空の下。

君は今、一人で……。

では、またネ。


ケロロ


「何それ……」

 怪訝な顔で冬樹がはがきを朗読し終わったギロロに問いかける。

「ケロロが家出した時に自分で自分に出したはがきだ」

「あーもーなんでそんなもの持ってるの! あー恥ずかしい、マジで恥ずかしい」

 これだから幼馴染というものは恐ろしい。真っ赤になったケロロがなぜかぎゅっと目をつぶりながら言った。周りの反応が怖くて目をあけられないらしい。

「自分で書いて……、自分に送ったの……? これを?」

 その声に、勇気を出して、ちら……と目を開けて冬樹を見ると、おもいっきり変だよ? という瞳で見られ、ケロロが目を閉じ耳を塞いで転がる。

「あの頃の我輩はノイローゼだったんでありますっ! 青春ノイローゼッ! 二重人格の青年期ッ!」

 足をじたばたさせて転がるケロロを、ギロロが冷たい瞳で見ている。

「さらに歌もある」

「やめてやめてマジやめて!!」

 さらに追い討ちをかけるギロロに、ケロロが錯乱して転げ回る。


家出のすすめ

作詞作曲 ケロロ


♪ 今日の朝 ぶらりと出て

  明日は見知らぬ星にいるさ

  KRR-SPを相棒に

  後には引けねぇ

   家出だぜ オーライ


理由などさらさらない

夢や希望も無い

星間船のキップを買って

銀河行きの船に乗ろう

お先 真っ暗

   家出だぜ オーライ


「軍曹さん、面白すぎですぅ」

 漫画を読んでいたはずのタママが、くっくっくと肩を震わせてそう言った。

「ゲッ、タママ聞いてたの!?」

「ク〜ックックック」

「クルル!?」

 興味の無いふりをしてたくせに自分の恥を聞かれていた事実にケロロが体中真っ赤になる。

「ああ恥かしィ〜。死んでしまいたい」

 がばっと身を伏せ、ダンダンと床をたたきながら恥ずかしさに身悶える。

「『家出してやる』という書き置きが誰にも気付かれないままに戻ってきた我輩の青春時代! 書き置きを自分で処分する時の安心感と軽い屈辱が昨日の事のように蘇るであります!」

「短かった割には濃い家出だったんだね」

「ゲロオッ! 冬樹殿それ慰めてるつもり!?」

 ばっと顔を上げて、涙目のケロロが冬樹を見上げた。まぁまぁと冬樹がケロロの背中を優しくさすって慰めてやる。

「冬樹殿〜」

 冬樹の優しさにしがみついて泣いていたケロロの泣き声がぴたりと止まった。

 嫌なオーラがケロロから立ち上る。

「もう、怒ったであります」

「ぐ、軍曹」

「我輩も禁じ手を使うであります。ゲロゲロゲロ〜」

「ホウ、お前にこれ以上のものが出せるのか……?」

 ゆらりと立ち上がったケロロから立ち上る異様なオーラ。

 だが、ギロロは余裕の表情で腕を組んでいる。

「勝敗を決めるのは単に恥ずかしさだけではないであります。相手に触れられたくないところに触れるッ! 自分が傷付いても! 肉を切らせて骨を立つ作戦であります」


確かにあれ以上恥ずかしいものを出すのはほぼ不可能。軍曹、どうするつもり!?


 勝敗の行方をハラハラと見守っていた冬樹の目の前で、ケロロが軍帽からそっと一枚の写真を取り出した。

「それじゃお客さん、今日の取っておき」

 みのもんたか通販番組の司会のようなもったいぶった口調でケロロが皆の注目を集めようとする。

 しょうもないと判っているのに、それでも期待してしまうのはどうしてだろうか?

「これを見るであります!」

 声と共にギロロと冬樹に差し出されたのは、ランドセルを背負ったケロロとギロロの写真だった。

「うわっ、貴様こんなもの持ってくるな!」

「うるさい、お返しであります!」

 なぜかギロロがそう言って異様に慌てふためく。

「軍曹と伍長が小さい頃の写真かぁ〜」

 冬樹が、宇宙人の幼い頃。という貴重な写真に感心しながら、その珍しい写真に見入る。確かに、写真の中の二人には、タママについているような尻尾があった。顔も白い部分が多くどことなく幼い。

 でも、普通だよ?

 どうみてもケロロの手紙より恥ずかしいものだとは思えない。

 写真がふっと陰り、何だろうと冬樹が見上げると、気配を感じさせずにクルルが近づき、写真を覗き込んでいた。

「へぇ、こりゃ可愛いねェ。ク〜ックックック」

「わぁ、ほんとですぅ。女の子みたいですぅ」

 漫画を放り投げ、にじり寄ってきたタママも写真を見てそう声を上げる。

「え……?」

 ケロン人二人の反応に冬樹が戸惑う。冬樹には、二人が感じた様にはどうしても見えない。

 顔の白い部分が多い事と尻尾がある以外は何も変わらないんじゃ……?

 そう思ったのだが、ケロン人にしか判らない微妙なものがあるらしい。

「そうでありましょう? この頃のギロロは、可愛くて明るくて可憐で、おまけにちょっぴり意地っ張りで、たまに見せる優しさがまた……」

 何かを力説しだしたケロロを他所に、ギロロがそーっと地下基地入り口から逃亡を図ろうとしている。

 そのギロロを、クルルが後ろからがっと羽交い絞めにした。トラブルの匂いを敏感にかぎつけ、最高(ギロロにとっては最悪)の状態へ持っていこうとする今のクルルは、後の自分がどうなるかなど考えていない。

「我輩思わず恋なんかしちゃったりして」

 両手に手を当て、頬染めてそう言ったケロロの言葉に、一同騒然となる。

 最も聞きたくなかった言葉を聞かされ、ギロロが身悶える。

「ヤメローーーーーーー!!」

 陰険な笑いを浮かべたクルルに羽交い絞めされたままギロロが涙目で身悶えて叫ぶが、ケロロはやめない。

「それが今じゃコレ! 詐欺であります。国民生活センターへ訴えてやるであります!」

 びしぃっとギロロを指差し、非難するように言ったケロロをギロロが目で殺せそうなほど激しく睨む。

「お前が勝手に女と間違えたんだろうが!」

 顔を真っ赤にしてギロロがそう叫ぶと、冬樹が信じられないという顔をした。

「え? 軍曹は伍長のこと女の子だと思ってたの?」

「だって、赤いでしょ?」

「はぁ?」

 なぜか自信満々に答えたケロロに、よけい冬樹が混乱する。

 確かに今に比べると写真のギロロはそうとう可愛いが、この目つきの悪いカエルのどこが女の子に見えるのだろうか?

「赤は女の子の色であります! だから我輩つい女の子だとばかり思ってたであります」

「たっ、単純すぎだよ軍曹!」

 あまりのアナクロさと単純さに冬樹は呆れる。

「滅茶苦茶こっぴどくふられたであります! スクープ! 初恋は実らないってのは本当だった!?」

 目に涙を浮かべて両拳を悔しそうに握りながら、なぜかスポーツ新聞風にそう言う。

「ゲ〜ロゲロゲロゲロ」

「そこ笑う所!?」

 次の瞬間、腹を抱えて笑い出した(でも涙目)ケロロを見て冬樹が突っ込んだが、緑のケロン人はそんなツッコミには動じなかった。

「ま、それは前フリ」

「まだあるのか……」

 まるで先ほどまでの事が無かったかのようにけろっとした顔でケロロが言うと、げっそりした顔でギロロが呟いた。

「実は我輩」

 表情の伺えないまるいケロロの目が、キラリと危険に光った。

「ギロロの事、まだ好き」

 言いながらバチーンとウィンクすると、ピンクのハートがあたりに無差別に発射される。

 ケロロのはしたなく開いた口から放たれたハートの散弾にギロロが打ち抜かれる。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 劣化ウラン弾よりも恐ろしくて、クラスター弾よりも非人道的なその攻撃に人格崩壊し、ギロロはついに頭を抱え床に転がりだした。

「ク〜ックックック、粘着ですねェ……」

「わぁ、初恋を何十年も引っ張ってるなんてキモイですぅ。ストーカーですぅ」

 完全に部外者の二人が、人の不幸は蜜の味とばかりに面白がる。

「隊長、ギロロ先輩は再起不能のようだぜぇ……。隊長の勝ちですよ」

 ぶくぶくと泡を吹いて倒れ、人事不省なギロロをクルルが足で突っついた。完全に動かなくなった事を確認してそう言うと、ケロロが親指をぐっと突き出し、イェイとポーズを決めた。

「ざまーみやがれ。この赤ダルマ。我輩もフラれた過去を引きずり出して大ダメージであります。ゲホォ……ッ。つっ、辛ぁ……」

「血を吐くほど勝ちたかったんだ……」

 勝利宣言を最後まで言えず涙をぽたぽた流しながら吐血したケロロの背中を、冬樹が苦笑しながらさすってやる。

 なにか壮絶にふられたらしき過去が気にならないでもなかったが、それを聞けばさらに取り返しのつかない事態になりそうで、冬樹は聞くのをやめておく。

「よ、よって、このたこ焼は勝者の我輩のものであります」

 口元の血を拭い、嬉しそうにケロロはたこ焼十個入りパックの輪ゴムをそそくさと外した。

「ええ〜、軍曹たこ焼のために告白したの!?」

「あったりまえであります。ん〜、苦労の果てにゲットしたたこ焼は美味い!」

「そ、そんな軽々しくしちゃだめだよ大事な事を〜〜」

 冬樹が諭すが、ケロロには、蛙のツラにしょんべん、まったく意に介していない。嬉しそうな顔で鼻歌を歌いながらたこ焼に爪楊枝を突き刺しては口に運ぶのを繰り返している。

 そのケロロの側に、天上からすたっと影が降りた。

「ひ、ひどいよケロロ君!」

「ゲロ? どうしたであります、ドロロ?」

 毎度毎度どこから来るんだろう……という冬樹の疑惑の目を背に、ドロロがケロロに詰め寄る。

 幼馴染の一人が、もう一人を好きになっちゃったら、そりゃ複雑だよね……。

 冬樹が、そう思って同情の目を向けていると、じわぁ〜とドロロの薄い水色の目に涙が浮かんだ。

「なんでボクに相談してくれなかったの! ボクって友達じゃないの? ひどいよっ!」

 あ、そっちが先なんだぁ……。

 「友達」っぽさにこだわるドロロのトラウマの深さを改めて思い知らされる。

「知ればドロロが苦しむでしょ……? 我輩、ドロロを巻き込みたくなかったんであります」

「ケロロ君、それで一人で悩んでたんだ。優しいんだね……」

 ケロロの優しさ(?)にじーんと感動しているドロロを、冬樹が複雑な目で見た。

 いや、多分そんなに悩んでなかったんだと思うよ。

 相談しなかったのは、相談するほど悩んでなかったからではないかと疑っている冬樹は、大人の判断で口には出さずに心の中だけでそう言った。

 ケロロに上手く丸めこまれているドロロに、小さい頃もこんな感じだったんだろうな……と思う。

「羨ましくなんかないですぅ〜。羨ましくなんか……。羨ましくなんかねええええ」

 ドガッ! ドガッ! と何かが破壊される音と、地の底から這うような声でぶつぶつ呟く声に気が付き、冬樹がくるっと振り返ると、タママが目を血走らせながら床を拳で打っている所だった。

 ああ、家が……。

 タママの嫉妬の凄まじさを表すように盛大に破壊された床を見て、冬樹は夏美がいなくて本当によかったと心から思った。

 どうせケロボールで何とかなるし……。

 諦めの入った境地で自分に言い聞かる。たこ焼一つでここまでの惨劇を起こしたケロロに凄いとさえ思う。

「ずいぶんややこしくなっちゃったね……、得たものに比べて被害が大きすぎると思うんだけど……」

 おずおずとそう言ってみるが、たこ焼を食べ尽くしたケロロは、パックを行儀悪くぽいっと放り投げた。

「明日は明日の風が吹く〜であります」

 フンフンフ〜ンと鼻歌を歌いながら、修羅場と化したケロロ専用部屋を出ていくケロロの後姿に一瞬感じた羨ましさを慌てて冬樹は打ち消した。



ENDE


20090206 UP
初出 20060219発行 Keron Attack! Z
元ネタ:みうらじゅん著 青春ノイローゼ


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