Two Fighters Yellow&Bluck











「軍曹さん、お出かけしましょ!」

 超空間移動してきたタママが、空間から出てきた途端元気良くそう言ってケロロの部屋に下りる。

 だが、肝心のケロロは、ニッパーを手にプラスチックと格闘中だった。

「あ、うん、ちょっと待って欲しいであります」

 ガンプラの組み立てに夢中になったケロロが上の空でそう返事する。

「え〜〜」

 タママは不満そうな顔をしたが、ガンプラを組み立てている時のケロロには何を言っても無駄だと判っている。仕方なく、お菓子を口にしながら漫画を読んでケロロのガンプラ作りが終るのを待った。

「軍曹さ〜ん、まだですかぁ?」

 買い物に行く約束したのになぁ……。と心の中で恨み言を言いながら、三十分経っても終らないケロロのガンプラ作りに業を煮やし、タママが不満げな声を上げる。

 だが、ケロロは「うん、もう、もうすぐだから」と相変わらず上の空の返事を返すだけで、タママのほうを見もしない。


 軍曹さん、酷いですぅ……。

 ボク、とっても楽しみにしてたのにな……。


 漫画を放り出し、一人でぐずぐずとしていると、不意に睡魔が襲ってきた。こんな気持ちでケロロを待つくらいなら、眠った方がマシだ。

 うとうとしながら、ケロロの背を見る。


 起きたら、軍曹さんとお出かけですぅ……。


 今じゃない近い未来に希望を託し、タママの大きな目がすうっと閉じられた。






 カタカタカタとキーボードを叩く音で目が覚めた。目を擦りながら起き上がると、先ほどまでケロロがいた場所には出来たばかりのZガンダムが置かれ、ケロロはどこにもいない。

「ぐっ、軍曹さんは!?」

 飛び起きて周りをきょろきょろ見回すと、後ろから聞きなれた陰険な笑い声が聞こえた。

「買い物に行ったぜぇ……」

「え!? ボクを置いて」

「お前寝てるから起こしたくないってな」

 クルルの言葉にタママがショックを受けていると、背を向けていたクルルが振り返った。

 その顔は他人の不幸を喜ぶ意地悪く陰険な笑みを浮かべており、悪い予感にタママの背が泡立つ。

「しかも、く〜っくっく」

 クルルがいかにも可笑しそうに言って、テーブルの上に置き忘れているモアのヘアピンを親指でクイッと指した。

「まさか!?」

 クルルの意味する所を察して、タママの血走った目がくわっと開かれる。

「そう、そのまさかだぜぇ」

「あ、あの女とぉ〜〜〜〜。ボクと約束してたのにぃ〜〜。あの女ァ、どうしてくれよう!!」

 マグマよりも熱くドロドロとしたどす黒い嫉妬に飲み込まれ、タママの軍帽の耳が逆立つ。しばらく口ではとても言えないようなえげつない妄想をしていたが、やがて、大粒の涙がぽとりと床に落ちた。

「うわ〜〜〜ん、悔しいですぅ」

 涙を流して駄々っ子のように床でじたばたするタママを横目でちらっとクルルが見た。

「言っとくが俺は慰めねえぜぇ……」

 PCに向き直り、ディスプレイに向かって手を動かしながらクルルが独り言のようにそう言った。

「そんなの最初から期待してないですぅ! クルル先輩に慰めてもらうなんて気持ち悪いですぅ」

 涙が溜まった大きな目できっとクルルの背を睨みつけ、意地を張るようにタママがそう言った。

「そうかよ」

 クルルが返事をした途端、天上がぱかっと開いてアームが現われた。タママの頭上からアームが摘んでいたヘッドフォンと音楽プレイヤーがバラバラとふってくる。

「わっ!」

「失恋の曲。どっぷり浸れるぜぇ……」

「まだ失恋してないですぅ!」

「そうだったかな? ク〜ックックック」

 クルルの性格の悪さに憤慨しながら、タママは素直にヘッドフォンを耳に当てた。

「うわ〜、この曲浸れるですぅ〜、泣けるですぅ〜〜」

「…………」

 まだ失恋してないと言う割に、失恋の気分にどっぷり浸っているタママにクルルが少し呆れた。

 妙に前向きなのはタママらしい。それが例え失恋の気分でも。

「クルルさんは……」

 切ない歌を聴いて失恋気分にどっぷり浸りながら、タママがぽつりと呟いた。

「報われない恋をした事はありますかぁ……?」

 そう言って、寝転がりながらクルルの方を見上げると、クルルの背がかすかに揺れた。どうやらいつものように口元に手を当てて笑っているのだろう。

「ク〜ックックック。あるぜ」

 言い切ったクルルの言葉に、タママが目を丸くする。

「意外ですぅ」

 クルルは勝てる勝負しかしない男だと思っていたタママが、少しクルルへの考え方を改める。

「世界中でたった二人きりになっても、あいつは俺を愛さないだろうよ」

 まるで他人事のように淡々とクルルがそう言った。

「え、現在進行形なんですかぁ!?」

 タママがビックリした声を上げ、音楽を止め、起き上がって座りなおす。

「それってすっごく苦しいですぅ……。忘れようとしてクルル先輩はペコポンに来たんですかぁ?」

 思いが届かない苦しい気持ちはタママも良く判る。クルルに同情して悲しそうな顔をしたタママがそう言った。

「逆だがな……」

 タママの言葉に、クルルが聞こえないほど小さな声でそう呟く。


 思い浮かぶのは、いつでも、赤い体にベルトをかけた背だ。

 いつでも怒らせてしまうから、怒鳴っている顔しか向けてくれない。だから、背。

 唯一素直な気持ちになって見ることのできる背中が、クルルにとって一番馴染み深いものだった。


「俺はけっこう嫌いじゃないぜぇ、苦しいの」

「ボクはヤですぅ」

 辛く苦しい気持ちを思い出し、タママが顔を顰めた。

胸の辺りを手でぎゅっと掴む。

「苦しくて苦しくて好きになればなるほど苦しいのに、どうしてもっと好きになっちゃうんですかねぇ? いっそボクが軍曹さんのこと嫌いになっちゃうような酷いこと軍曹さんがしてくれればいいのにって思うんですけどぉ、多分何したってボクは多分軍曹さんのこと嫌いになれないですぅ」

「業が深いよなぁ……。お前も」

 くっくっと体を震わせて笑い、クルルがそう言った。だが、その言葉には茶化しながらも馬鹿にした雰囲気は無い。その気持ちは、クルルもよく判るからだ。

「他にいるだろ、そんな辛い思いしなくても顔に騙されてちやほやしてくれる奴がよ……?」

 まるでタママを試すように、口元だけでにやっと笑ってクルルがそう言うと、タママがぷうっと頬を膨らませた。

「ボクが欲しいのは軍曹さんなんですぅ!」

「フられた時の事考えてキープしとけよ?」

「他の誰がボクを好きだと言ってもいらないんですぅ。ボクが好きなのは軍曹さんだけ」

 はっきりとそう言いきった後、急に不安そうな顔になりタママが俯いた。

「でも、でもぉ……。ボクが他の人の事をいらないって思ってるみたいに、軍曹さんがボクの事いらないって思ってたら、どうしよう……。そう思うと夜も眠れないですぅ」

 見ているほうが胸が痛くなるような顔をしてタママがそう言った。

「可愛いとこあるじゃねェの? ク〜ックックック」

「拉致監禁薬物使用洗脳脅迫してでも軍曹さんの心をゲットしようといろいろ考えてるともう朝ですぅ」

「どこまでも攻めな奴だぜぇ……」

 やはり少しでもこいつの事を可愛いと思うのは間違いだったとクルルが思う。

 でも、タママはいくらそんな事を考えても、かなりそれに近いことはするだろうが最後まで実行できないだろう。


 なぜなら、好きだから。

 ケロロがケロロでなくなる最後の砦を超える事は出来ない。


「ま、嫌いじゃないぜぇ、自分の欲しいもの判ってる奴は。お前みたいに傷だらけになってなりふり構わないのはスマートじゃねえけどなぁ……」

 スマートじゃない。と言われて、タママが嫌そうに顔を顰めたが、事実なので反論できない。

「問題は、努力は必ずしも報われないってとこだぜぇ? ク〜ックックック。他の誰かに夢中だったり、好きじゃない奴に好かれるほどウザイ事はないからなぁ」

 それが恋するおたまじゃくしに言う事か! と言いたいが、クルルは判っていて言うのだから言うだけ無駄だ。

「やな奴ですぅ……」

 小さな声でポツリとタママが呟いた。いくら小さい声でも、クルルは自分の悪口は聞きもらさないだろう。タママもそれくらいは判っているが、せめてもの抵抗に言わずにいられない。

「とことん嫌われちまうと楽だぜぇ……」

 タママの声は当然耳に入っているらしく、恐らくその言葉を受けてクルルはそう言った。

「なんせそれ以上好意の下がりようが無いからな。ガッカリする事も無いって事だ。ク〜ックックック」

「自虐的ですぅ……」

 何がおかしいのか、口元に手を当てて、さっき以上に肩を震わせるクルルを、タママが呆れた目で見る。その考えはどう見てもまともではない。

「クルルさんだってスマートじゃないくせにー!」

 どうしても言い返したくて、ぷんとした顔でタママがクルルに向かって言った。

「ク?」

 クルルがタママを振り返ると、タママがいつのまにか立ち上がって、クルルのすぐ後ろにいた。

「嫌われたくないくせに」

 そう言うタママの顔に、一瞬クルルがドキッとした。


 あの言葉、自分に言い聞かせてるんですねぇ。


 自分を見上げるクルルの顔を見ながら、タママは心の中でそう呟いた。

 クルルとタママの視線がぶつかる。


 クルルの目に映る、かすかに同情の混じった、同じ苦しみを知るものの顔。


 同情されるのはご免だ。だがタママの顔に浮かぶのは、相手こそ違うが、同じ戦場で戦う戦友としての気遣い。

 狂おしく相手を求め、得られぬ苦しさにもがき、相手の些細な仕草や言葉で歓喜する。

 タママは、クルルの苦しみを知っている。それがどれだけ苦しいのか、胸を締め付けるのか、嵐のように襲って来るのか知っている。

 クールなふりをしているクルルももがいているのだとタママは知っている。


「……生意気言うんじゃねえ」

 クルルがヘッドフォンに手を当てると、シャキィン! と恐怖のアンテナが飛び出した。げげっと思う間もなく、黒板を引っかく不快な音がタママの脳に直接送り込まれる。

「うわわわわわわわ、嫌っ!!」

 白目になって床を転がるタママに、クルルは容赦なく攻撃を続ける。

「ふん」

 気絶寸前で辛うじてクルルは攻撃をやめ、瀕死のタママがハァハァと肩で息をする。

 ようやく呼吸を整え、タママがクルルの方を見ると、クルルの背は心なしか沈んでみえた。


 やっぱ、辛いんですねぇ。


「…………」

 その背を見ると、やり返す気になれない。返り討ちにあうからというのもあるが。


 タママにとって、クルルは自分とは比べ物にならぬほど何でもできる人だ。きっと恋もそうだと思っていた。

 やろうと思えばできるはずだ。どんな手段を使ってでも相手を振り向かせる方法なんて、クルルには何通りもあるだろう。


 でもやらない。理由はきっとボクと一緒。


「クルルさんの事好きになる人は」

 起き上がる気力もなく、寝転がったままタママが独り言のように言った。

「クルルさんのそういうとこ、絶対お見通しだと思うですぅ」

 クルルの返事は期待してない。ただ戦友として言いたいのだ。

「絶対好きにならないのは、好きと同じくらい特別ですぅ。好きといっしょですぅ」

 

絶対にクルルさんの事を好きにならない、クルルさんの好きなひと。

 ボクの気持ちをはぐらかす軍曹さん。


「クルルさんの好きな人も、クルルさんのそういうとこ判っててわざと嫌いだって言ってるのかもしれないですよぉ? もしかしたらクルルさんの事好きかも」

 

好きと嫌いは、正反対だけど紙一重。

 

タママはその気持ちがどうであれ、クルルは相手の特別な存在である事が羨ましく思う。

 

でも、嫌われるのは嫌ですぅ。

 

クルルは、ケロロの側にいることを許されているタママを羨ましく思っているだろうか?

 

でも、側にいるのに本気にされないのも辛いんですよぉ?

 

上手くいかない。


 でも、諦めないんですぅ! それはきっとクルルさんもおんなじ。

 戦友としてエールを送るですぅ!


「クルルさんのひねくれた性格からするとぉ……」

 枕にしていた二つ折りに畳んだ座布団を、いつも漫画を読む時のようにうつ伏せになった胸の下に敷く。そうしながらタママが正直にぽろっと言うと、クルルがまたヘッドフォンに手を当てた。

「あわわわ」

 飛び出たアンテナを見て、慌ててタママが手で自分の口を塞ぐ。

 いつくるかいつくるかと緊張していたが、クルルの手がすっと下がり、アンテナが格納された事にほっと一安心する。 

「クルルさんのちょっぴり一筋縄ではいかない性格からするとぉ」

 クルルに怒られなかったことに気を良くし、うつ伏せで上半身を起こし、足をパタパタさせながら調子に乗って明るくタママが口にする。

「嫌いだって言われた方が、素直に好きって言えるですぅ? きっとそれをお見通しなんですよぉ!」

 可愛らしくにこっと笑ってそう言うと、クルルが悪く無さそうに笑い返した。

「へ〜え。奴がそんな気の効いたことできそうにないがねぇ。ク〜ックックック」

「絶対そうですぅ!」

 軽いノリでそう言い、タママが寝転がったままごろごろっと転がってクルルのお尻にぶつかって止まった。

「……とクルルさんを慰めたところでぇ、このコーラ、飲んでもいいですかぁ?」

 クルルのPCの側にある、氷が溶けかけ、酸の抜けたコーラの入ったグラスを見ながらタママがそう言う。

「……好きにしな」

「わ〜い」

 グラスの中の水っぽいコーラをタママが一気飲みする。

「良くそんなの飲むな」

「あんま美味しくないですけどぉ、コーラはコーラですぅ。これはこれで良いって言うか」

「俺は酸の抜けたコーラなんて嫌だね」

そんな会話を交わした時、玄関のドアが開く音がした。


「ただいまでーす」

「ただいま〜であります」

 玄関から聞こえてきた二人の声にタママが耳を疑う。


 あれぇ〜、軍曹さん!? あの女とお買い物に行ったはずじゃ!? 帰ってくるの早くない!?

 ぴこぴこという足音が部屋に近づいて来る。


「タママ起きたぁ?」

 そう言いながらひょこっと部屋を覗き込んだケロロを、タママが信じられないという顔で見る。

「軍曹さんどうして!?」

「あれ? お菓子買いに行ったってクルルから聞かなかったでありますか? すぐ帰ってくるって言ったのに。はいこれ、待たせちゃってゴメンネ〜。お詫びであります」

 コンビニの袋に入ったタママの好きなお菓子を渡しながら、ケロロがそう言う。


 なんだか話が違う。


 聞いてないですぅ〜。

 ケロロの言葉に、きっとタママがクルルを睨みつけた。


「はい、頼まれてたコーラ」

 当のクルルは、ケロロに買ってきてくれと頼んでいたらしきコーラを受け取っている。

「水っぽいコーラなんか飲む気奴の気が知れないぜぇ」

 クルルはそう言って三百五十ミリリットルのコーラを一気に飲んだあと大きなげっぷを吐き出した。

「キくぜぇ……」

「お下品でありますよクルル!」

「やっぱ骨が溶けそうなくらい酸がきついのじゃないとな……」

 さっき自分の飲み残しの水っぽいコーラを飲んだタママを馬鹿にするようににやにやしながら、爆発寸前のタママのほうを見て嫌みったらしく言う。

「ク・ル・ル・せ・ん・ぱ・いぃ〜〜〜」

 目を血走らせ、いまにもクルルに飛びかかりそうなタママと、ニヤニヤしながらコーラの缶をゴミ箱に投げたクルルを、事情の飲み込めないケロロが交互に見ている。


「な、何事でありますか……?」

「俺はちゃんと言ったぜぇ……。こいつは勘違いしたかもしれないけどな、ク〜ックックック」

「むかつくですぅ……」

「いつまでも水っぽいコーラで満足してるようなぬるい気持ちなら、隊長ゲットできないのも当たり前だぜぇ、ク〜ックックック。片思いってのはもっとキッツイもんだろ? コーラの一気飲み位にな」

 いつもケロロの側にいながら未だケロロの心をゲットできないタママをバカにしたのか、はたまたこれがなあなあな関係に甘んじているタママに発破をかけるつもりのクルルなりのエールなのか、どちらにしろタママのテンションは一気に上がった。


 あんたそれだから嫌われるんですぅ!


 そう言いたいのを必死で堪え、戦友がどうして「世界中でたった二人きりになっても、あいつは俺を愛さないだろうよ」とまで言うような事になっているのか。


タママはその理由を身にしみて理解したのだった。




ENDE




20050817 UP
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送