0200 AM







 ベッドにもぐりこみ、何度も寝返りをうった。


 ふかふかの寝具に、清潔で肌触りのいいシーツ。

 それなのに、眠れない。


 でも、漫画を読む気にもゲームをする気にもなれない。


 閉じていた目をあきらめて開けると、部屋の壁に貼られた、暗闇のなかでぼんやりと光る星が見えた。

 タママが使っている寝室は、幼い頃の桃華が使っていた部屋で、その星にこめられた、子供の桃華を楽しませようという優しさがタママをいっそう切なくさせた。


 帰りたい。


 ふとその思いにかられ、そっと目を閉じた。


 さみしいですぅ。


 鼻の奥がつんとして、暖かいものがじわっと目に浮かんでくる。

 

 不甲斐ない自分のことを思いだしたり、急に未来が不安になったり。遠く離れた人の事を思ったり。

 訳もなく弱気になる夜は長すぎて、誰かに側にいて欲しくなる。


 ついと涙が頬を落ちたとき、こらえきれずにタママは枕元を探り、携帯を手にする。

 ボタンを押すと、画面がぱっと明るくなった。


 携帯の画面に表示される時刻は、午前二時。


 暗闇の中のその小さな明かりをぼんやりと眺める。

 時間が時間なのでどうしようかとかなり迷ったが、やがて、タママの手がボタンを操作し始めた。

 

「軍曹さん、まだ起きてますか?」


 メールの送信ボタンを、迷いながら押す。


 たぶん返事は来ない。

 だが、ケロロにメールを送った事で幾分は満足する事ができたが、やがてすぐに前以上に不安になった。

 

 お願い、軍曹さん。

 お願い。

 

 目を閉じ、携帯を抱きしめながら、タママは心の中で呪文のように呟いた。


 軍曹さんの一言で、ボクは元気になれるから。

 だから、お願い。


 祈るような気持ちでじっとしていると、胸に抱きしめた携帯から、場違いな明るいメールの着信音が響く。

 嬉しさにぱっと閉じていた目を開け、急いで確認する。


「起きてるであります。タママもまだ起きてるの? 早くオヤスミであります」


 ケロロの何気ない言葉が、じわりと心に染み渡る。


 軍曹さん……。大好き。大好き。すごく……、すっごくすっごく好き。


 心の中で、そう呟き、じんわりと幸せをかみ締める。

 

 大好きな人と繋がっている。

 

 そう思うだけで、なぜこんなに勇気付けられるのだろう?


「眠れないですぅ。電話してもいい?」


 ケロロに甘えて、またそうメールを送る。

 数分しないうちに、タママの携帯が鳴った。


「軍曹さん!」

 顔を輝かせ、弾んだ声で電話に出ると、聞きなれたケロロの声が耳に入る。


「ちょっとだけ話したら寝るでありますよ、タママ」

「うん! ありがとですぅ! 軍曹さん、大好きですぅ」


 笑顔で頷き、眠れないんですぅ〜と甘えた声を出した。

 また昼寝をしすぎたのだろう。とからかうケロロに、ちがいますぅ! とむきになって言う。

 じゃあなんで? と聞くケロロに、えへへと笑ってごまかした。


「夜中にごめんなさいですぅ」

「なになに寂しかったんでありますかー? 我輩の声聞きたかったのー? 甘えんぼさんでありますなぁ、タママは」


 小さな声ですまなそうに言うタママに、ケロロはわざと明るく言った。

 新作ガンプラの話とか、新しいギャグを考えたから聞いてほしいだとか、他愛ない話をする。


「月が綺麗であります。まん丸でね、明るいよ」


 耳元から聞こえるケロロの声にタママがじんと幸せをかみ締め、そっと目を閉じた。


 目を閉じれば、ケロロが側にいるみたい。

 それが、とても幸せ。


「軍曹さんの声聞いたら元気出たですぅ」

「あーそー? お役に立てて嬉しいであります」


 ケロロの声が遠い気がするのは、安心して出てきた眠気のせいだろうか? とタママは思った。心なしか、風を切る音が聞こえる。ベランダにでも出ているのかもしれない。

 そのケロロの姿を想像して、タママは幸せに浸った。


「軍曹さん」

「んー?」

「我侭聞いてくれてアリガト」

 タママが呟くと、携帯の向こうでケロロが笑った気配がした。


 タママは本当のことを全部言わなくて、でもケロロはなんとなく判ってて、タママはケロロが優しくしてくれる理由を知っていて。


「もう、寝る?」

「ううん……。もうちょっとだけ……」


 甘えて言ったタママに、じゃ、あともうちょっとだけ。とケロロが返事をした。


 多分、軍曹さんはもうちょっとだけ。と言いながらずっと付き合ってくれる気がする。

 その予感がたまらなく嬉しくて幸せ。


「軍曹さんに会いたいですぅ」

 心からの言葉がタママから漏れた。

 

「会いに行っちゃおうかなぁ?」

 半分本気で呟いたタママをケロロがたしなめる。

「何言ってるんでありますか、もう夜中の二時であります。我輩逃げたりしないから、ゆっくり休んで、また遊びに来るであります」

 そう言ったケロロの言葉にタママがしゅんとした。

「はい……」

 思わず落ち込んだ声で返事をしてしまう。


 でも、会いたいんですぅ。

 今、会いたいんですぅ。


 我侭だと判っているが、ケロロにどれだけ自分が会いたいか判ってもらえなかった。という寂しさに少し落ち込む。


 でも、これ以上我侭言えないですぅ。

 

 そう思った時、コンコンと窓ガラスを叩く音がタママの耳に入った。はっと窓の方を見る。

 外からと、そして耳元から機械越しに聞こえてくる音に、心臓が止まりそうになる。


 え……?


「タママ、開けて」


 確かに二箇所から聞こえるケロロの声。


 カーテンに映る影。


 心臓が大きく脈打った。


 慌ててベッドから飛び出し、携帯片手にカーテンを開ける。


 嘘……。


 目に飛び込んできたのは、満月を背にした、今一番心から会いたい人。


 緑色の円盤に乗り、照れたような顔をしたケロロがそこにいた。


「アハ、来ちゃったであります」


 ケロロが照れ隠しに笑いながらそう言って、手にしていたもう必要のない携帯を切り、ごそごそとしまいこむ。


「びっくりした?」


 携帯を切っても、ケロロの声が聞こえる。

 その信じられない事実に、タママが呆然とケロロを見上げた。


「ちょっと驚かせようと思ってたんであります」


 そう言ったケロロに、タママは頷くのが精一杯。


 感動で言葉が出ない。


 軍曹……さん。


 軍曹さんがボクに会いに来てくれた?

 こんな夜遅くに。

 あんな事言ってたくせに?


 本当に?


 目の前のケロロが消えてしまわないか心配でおずおずと手を伸ばすと、ケロロが伸ばしたタママの手をぎゅっと握った。


 本当に軍曹さんですぅ……。 


 その暖かさに、ケロロの優しさに涙ぐむ。


「入ってもいい?」


 よっこいしょと円盤から降り、タママの顔を覗き込んだケロロに、タママが涙ぐみながら頷く。


「軍曹さぁんっ!!」

「わっ、ちょっとタママ!」


 いきなり抱きついてきたタママを、慌ててケロロが抱きとめる。


「ボク、軍曹さんのこと大好きですぅ。本当に本当に大好きですぅ!」

「て、照れるぜ!」


 ケロロにぎゅっとしがみつき、一生懸命そう言うタママに、ケロロが頬を赤らめた。


「な、泣くなよぉ〜〜」


 感動で大きな目から涙をぽろぽろこぼし、泣きやまないタママに困り、ケロロがおろおろとしていると、タママがしゃくりあげながら顔を上げてケロロを見た。


「泣いちゃいますぅ〜。泣かせたのは軍曹さんですぅ!」


 背中を撫でるケロロの手の優しさに、堪えても堪えても涙が落ちる。


 涙で月がにじむ。ケロロの顔を良く見たいのに見えない。


「あーもー参ったであります」


 言葉とは裏腹に、まんざらでもなさそうなケロロの声。


 やがてタママが恥ずかしそうに泣いていた顔を上げる。


「一緒に寝て欲しいですぅ」


 上目遣いでそう言ったタママに、誰が逆らえるだろうか?


「わ、我輩最初からそのつもりであります」


 ケロロの言葉に嬉しそうににこっと笑い、タママが照れてるケロロの手を引いて、部屋の中に入る。


「お月様がまん丸で綺麗だからぁ、カーテンは開けとくですぅ」

 嬉しそうにそう言って、ケロロの手を引っ張って、ベッドにもぐりこむ。

「明るくて眠れないでありますよ?」

「もったいないから寝ないんですぅ〜」


 ベッドの中で、大好きなケロロにぎゅっと抱きつきながらタママがそう言うと、ケロロがなんとなくおちつかなさそうにもじもじとした。


「き、キスしていい?」


 ケロロが言うと、返事をする前にタママがケロロの唇をキスでふさいだ。



ENDE


20081205 UP
初出 20050508発行 Keron Attack!

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